因果応報
「この人殺し!」
言葉と共に投げた紙が頭に当たり、彼が振り返る。
「は?何言ってんだよ。俺が?」
「そうだよ!お前が真由を殺したんだ!皆知ってる!」
「お前まだ言ってんのかよ。だからそれは俺のせいじゃねぇって、この前校長が言ってたろ?」
「読めば分かる。そこに全部書いてあるから。」
「は?読めば分かるってお前、また告発文か?『せんせー、上田原くんがいじめをしています。』ってか?そのせんせーが、俺のせいじゃねぇって言ったばっかだろうがよ。ばっかじゃねぇの?お前らもそう思うよな?」
そう言って取り巻きの方を見ると、彼らは気まずそうに顔をそらす。多分、彼らは何が書いてあるか知っている。だけど、読んでみろ、とは言わない。
「そう、だな。告発文とか、馬鹿みてぇだわ。」
「そう、それな。」
彼らの返事も、前ほど乗り気では無さそうだ。
「なんだよお前ら、ノリ悪くね?」
不安になったのか、クラスに目を向ける。
「お前らそう思うよな?」
その問いかけに返された沈黙を破るように入ってきたのは、隣のクラスのお調子者、神田陽平だ。
「よう有名人!雑誌に乗った気分を直撃インタビュー!」
一瞬の沈黙。視線で察したのか、上田原が答える。
「……は、俺?」
「他に誰よ。」
神田が当然といった様子で言う。
「俺雑誌なんか読まねぇし。で、どんな記事だよ神田。」
少しイラついた調子で上田原が聞く。
「読んでないの?手に持ってるのに?てっきり、読んで怒ってくしゃくしゃにしたのかと思ってたわ。」
神田が笑いながら言うと、上田原はすぐに紙を開く。
「……は?なんだよこれ!」
記事に目を通した上田原は、すぐに丸めて神田めがけて投げつけた。
「あ、やっぱそうなる?」
神田はそんなことを言いながら投げられた紙を避ける。
「どういうことだよ!なんだよこれ?」
上田原が怒鳴ると、神田は軽い調子のまま答える。
「どうって、それを聞きにきたんじゃん。どんな気分よ?」
彼は上田原が怖くないんだろうか。彼にいじめられるとどうなるのかは、彼の足元に投げられた記事に全て書いてあるというのに。
「てめぇナメてんのか?」
上田原が立ち上がる素振りを見せると、神田は素早く逃げの姿勢を取る。
「じゃ、用も済んだし、俺は帰るわ。またねー」
ズルい人だ。彼はすぐに逃げられるが、私たちは機嫌の悪い上田原と一日同じ部屋で過ごさなくてはいけないのだ。
神田を追いに立ち上がった上田原だったが、神田を外まで追う気はないようだった。雑誌の記事が効いているのだろうか。
教室の視線が集まっていることに気付き、舌打ちをして席に戻った上田原だったが、その矛先は、思い出したかのように私に向いた。
「あの記事、お前か?」
「なにが…?」
「お前が週刊誌にあの告発文送りやがったんだろ!このブス女!」
上田原が怒鳴る。
「いや、これ、その、私、じゃ、ない……」
恐怖で上手く話せない。
「じゃあ誰がやるってんだよ!あ?」
先ほどまで上田原に集まっていた視線は、今やその全てがわずかに外れていた
今にも掴みかかってきそうな上田原が更に何かを言おうというその時、誰かが零した。
「ひどいよ。」
静かなその声は、確かに教室中に響いた。
「上田原くん、ひどいよ。」
声の主は、クラス委員の前田さんだった。
前田さんは泣きながら続けた。
「私、知ってた。上田原くんが篠田さんをいじめてたこと。でも、先生たちに言っても何もしてくれなかった。私も、何もできなかった。」
皆俯いている。皆分かっていて、何もできなかった、何もしなかった。
「私、すごく悪いことしちゃった。今すごく反省してる。なのに上田原くん、そんなのってひどいよ。」
前田さんが声を上げて泣き始めると、周りに女子が集まってくる。口々に、私も、とか、前田さんは悪くないよ、とか言っている。
「いい加減諦めろよ上田原。」
次は男子からだ。
「今まではお前の親父さんのことがあるから目つぶってたけど、それがなきゃお前に気を遣う理由なんかねぇよ。」
「おいお前ら、嘘だろ?」
先ほどまでとは雰囲気の異なる視線に上田原が少したじろぐ。
「嘘じゃねぇよ人殺し。」
取り巻きの一人が言う。
「お前、やりすぎだったんだよ。」
「は?お前らも一緒にやったじゃねぇかよ。なのに、なんでいまさら、」
上田原の言葉を遮るように取り巻きが言う。
「俺らだって!殺されたくなかった。うちは親がお前の親父さんの会社で働いてるから逆らえなかった。だからしょうがなくやってただけだろ!」
「は?お前らだって、」
言いかけた上田原に取り巻きが詰め寄る。
「なんだよ、俺らも殺すのか?篠田にやったみたいにか?」
吐き捨てるようなセリフに、上田原は言葉を失う。
「それは……」
「やーい人殺し〜」
言葉に詰まった上田原をからかうようにかけられたその言葉は、やがて怒りのこもった合唱へ変わっていく。
「役所と建設会社の蜜月、息子のいじめ殺人をいん、ぺい……?なにこれ?」
騒ぎを聞きつけて廊下から顔が覗く。その中の一人がたったの一声で全員の注目を集める。通りかかったのは、隣のクラスのアイドル、井上莉々花だった。
「なにこれ?もしかして上田原?」
「続き読めば分るぜー。」
上田原を囲む輪から誰かが言うと、彼女は更に読み進める。
「えっと、『今年1月、M県N市にある建設会社U建設の社長Kが、息子Rがいじめていた少女が自殺したことにつき、I市議を通して教育委員会に働きかけて隠蔽していたと、複数の関係者が明かした。』?ウケる、完全にあんたじゃん、上田原。良かったね、雑誌載るとか有名人じゃん。」
お気楽に言う。
「お前も来月から雑誌載るんだろ?お揃いじゃん。」
輪の中からの気楽な問いかけは、彼女の気分を害したようだった。
「は?私はモデル。こんなのと一緒にしないで。私はこんな雑誌に載る予定ないから。行こ。」
そう言い残して、友人と共に廊下に消えた。
「上田原お前、リリカ様にフラれてやんの。」
「だっせえ。お前、『俺より井上にふさわしいやつがうちにいるか?』とか言ってたのによ。」
上田原を囲む輪から嘲笑が起こる。
HRによって中断されたその流行は、丸一日続いた。上田原は、次の日から学校に来なかった。
当然の報いだ。私の親友を自殺に追いやったあいつを、私は絶対に許さない。
「ねえ真由、見てる?」
私は誇らしかった。彼女を追い詰めたあいつを追い払ったのだ。だけど彼女は、そんな私を叱るだろう。彼女は優しかったから。
「私もやっぱり同類なのかな。」
彼女の答えを聞くことは出来ない。私はもう、彼女には会えない。
「人殺し」
「流石にやりすぎ」
クラスメイトからの視線が、言葉が、私に突き刺さる。
上田原の一家が心中したそうだ。今朝の新聞を読んだ父が教えてくれた。父は新聞に目を向けたまま、
「理乃も、このことはこれで終わりにしなさい。」
と言った。私は
「そうする。」
とだけ答えた。大丈夫、きっと今日で全てが終わる。
「みん、な……?」
周りのクラスメイトに問いかける。この後に起こることを、私は知っている。こうなったらもう誰も私を助けてはくれない。
「ごめん私、ちょっと頭痛いかも。保健室で休んでくるね。」
誰も、何も言わなかった。
私は保健室に行き、そこで一日を過ごした。
放課後、教室に戻ると私の椅子は無くなっていた。
「人をいじめたら、いつかきっと地獄に落ちるんだよ。だから私は、人をいじめたりしない。」
真由がいつだかそんなことを言っていたっけか。
「真由、"いつか"はちゃんと来たよ。」
夕暮れの部屋に一つ、相手を失った机が投げ出された。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
自分で読み返しても嫌になるほど陰鬱な気分になるものですから、少しでも中和しようと思い、後書きを添えさせていただきます。
さて、私事にはなりますが、遅筆と怠惰のサラブレッドらしい私ゆえ、前回の投稿からかなりの時間が開いております。実はこの作品も、私のメモにいつからか残されていたものです。昔の作品を読み返してみると、今の私には浮かばないように思える表現があり、中々面白いものがあります。是非、私の以前の作品たちと読み比べていただければと思います。陰鬱なものもありますから、是非ご無理のない範囲で、読了は計画的に。
それではまた、私の筆の向く先で。