表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夫婦交換モノ

作者: 雉白書屋

「こんばんはぁ……」


「こ、こんびゃ、こんばんは!」


 自宅の玄関にて出迎えたその女性を一目見た瞬間、俺の体は硬直したように動かなくなってしまった。言わずもがな、股間は特に硬い。

 夢ではない。彼女だ。あの彼女が目の前に。このあと俺は、俺は……。

 事の発端は会社の休憩室。先輩との会話である。


「……なあ、お前、俺の奥さん知ってるよな」


「知ってるも何も結婚式に出たじゃないっすか。いやー、美人すよねっー。うちのと違って……」


「交換しねぇ?」


「え?」


 その提案を耳にし、瞬時に俺の頭に『それAVのシチュエーションでは』とよぎったのも、普段から俺にそういった願望があったからだろうか。

 あんな妻を誰かと交換できたら、と。

 幻聴とさえ思った。なぜなら先輩の妻は非の打ちどころのない美人。スタイルもまさに男の理想通り。それに対し、俺の妻は結婚後、まるで魔法で化けていたのが正体を現したと言わんばかりに見事なまでに太り、性格もその横幅を利かせ横暴。いや、横も縦もない暴だ暴。暴力の化身。

 俺に愚痴を聞かされたことがある先輩がそれを知らないはずはないのだが、どういうつもりなのだろうか。俺を試しているのか? 哀れに思って? いや、優しく、面倒見がいいと言っても、さすがにそれはないだろう。じゃあ、デブ専? それもしっくりこない。

 と、あれこれ考えたのは、あとの話。俺は即、その提案に乗ったのだった。

 先輩には入社当初からお世話になっており、それに金も借りたことがあった。ゆえに断れない。なんていうのは言い訳だろうか。まあ尤も、ただの冗談だと思っていたのが大きいが。が無論、本気であってほしいとも俺は思っていたのだが。


 ……しかし、まさか本当に来るとは。

 夜、イカしたスポーツーカーに乗り、自分の妻を送り届けた先輩は、意気揚々と助手席に乗り込む俺の妻を引き取り、走り去っていった。

 そう、俺の妻もまた快く承諾したのだ。

 先輩も俺の結婚式に来ていたので、顔を知っていたのだろう。俺が夫婦交換の話をすると妻は拍子抜けするくらいに、あっさりと。

 先輩は俺よりも遥かに男前であり、同じ会社に勤めていると思えないほど金がある。まあ、それは奥さんの実家が太いからだろうが何にせよ、俺よりも遥かに優れている。それは男としての機能も……とは認めたくはないものだが、最近はセックスレス。俺のモノが勃たなくなってしまった要因は妻が激太りしたことにあるのだが、妻は毎日のように俺をなじり、暴力を振るった。

 と、考えるとやはり先輩は俺のために一晩だけとはいえ、この夫婦交換を提案したのだろうか……。


「ねえ、上がってもいい?」


「え、あ、はい、え、ああ、もちろんどうぞ……」


「ふふっ、ありがとう」


 ありがとう。女性からその言葉を聞いたのはいつ以来だろうか……遥か遠く……。

 いや、あった。スーパーの店員にだ。でもそれだけ。仕事を終え、言われたとおりに買い物して帰って来ても、妻がお礼の言葉を口にすることはなかった。風呂掃除もマッサージも掃除洗濯も何もかも。

 ゆえに俺はダムが決壊したように、猛烈に先輩への羨望と嫉妬心が沸き上がった。

 ……が、今後の事を考えたら手を出すわけにはいかず、先輩の妻と二人、寝室にて同じベッドに腰かけても俺は何もせず、ただ悶々とこの沈黙に耐えていた。


「ねえ、しないの?」


「します」


 これは囚人のジレンマ的なやつだろうか。先輩と俺。お互いが相手の妻に手を出さず、我慢をし、絆を深める。などと俺は考えていたが、信頼も何も全て彼女の声を聞いただけでポーンと遠くへ飛んでいった。

 しかし、先輩の妻であるということだけは忘れず、俺は先輩への感謝の意味も込めて彼女に全力で奉仕した。それもまた興奮材料となったわけだが何にせよ、俺はいつ以来かの快楽に溺れたのだった。



「たっだいまぁー!」


 おかえり、と俺の言葉を待たずにドンと押し退け、家に帰ってきた我が妻。そっと俺の横を通り、振り向きざまにクスッと微笑む先輩の妻。

 この対比は何だ? 地獄と天国か? そういう絵画なのか? などと思いつつ、陽光に包まれ去っていく先輩の妻の背中を見つめ俺の心臓はギュッと痛くなった。

 俺の背後からは冷凍庫の扉をバン! と閉めた音。ジジイの嗚咽にも劣る鼻歌。アイスの袋を開けた妻の機嫌は良さそうだ。つまりはそういうことだ。先輩に敬礼。いや、交換相手を抱いたのが俺だけでないのは、罪悪感を抱かずにいられて良かったが、しかし我が妻ながら、あれを抱いたのか……と先輩に対し畏怖の念さえ沸き上がった。


「あ、あの、先輩!」


「おお、なんだ?」


 やはりデブ専なのだろうか。俺はそれが気になったからというよりは、せめてもう一度、先輩の妻をこの目に焼き付けたいと思い、走り去ろうとする先輩を呼び止めた。

 

「先輩……な、なぜです? どうして自分の妻と交換を……」


「嫌だったのか?」


「いやいやいやいや! あ、嫌なんてとんでもない!」


 俺が猛烈な勢いで首を横に振ると二人は笑い、それがやはり、お似合いで俺は寂しく思った。

 しかし、だからこそわからない。完璧すぎて刺激が欲しくなったのか? お互い、劣った相手を抱き、そしてお互いの素晴らしさを再確認しようと? それとも、単純に俺の妻が好みのタイプだった。

 そうでないとすれば……種付け。それならば納得できなくもない。男としての征服感。いやいや、さすがに訴えられれば負けるだろう……が、どうかな。俺も向こうの妻を抱いたのだからな。

 それ含めての同意だったのか? では惜しいことをした。いやいや、やっぱりないない。ではなんだ? 今更だが、おいしい話には裏があるのがつきものだ。裏……痛い目に……病気。まさか性病を広めようと?


「広めたくてな」


「えっ!? えっ!?」


「ふふふ、まあ驚くよな。ほれ、これを」


「え、はぁ、なんですこれ? 名刺? あ、裏に地図が」


「来週の金曜日に集まりがあるから、まあ良かったら顔出してくれよ」

「良かったらじゃなく、ぜったい来てねっ。ばいばーい」



 と、走り去る車の尻を見つめたのも遠い過去のことのように、あっという間にその日が来た。仕事も何も身に入らなかった。だが当然だ。


 夫婦交換会。


 迎賓館のような建物に入った俺は、ただその雰囲気に呑まれ、初めて風俗に来た時のような感覚に陥っていた。

 一方で、一緒に来た妻は堂々とテーブルの上にある料理に手をつけ胃を唸らし、白ワインで喉を鳴らしていた。

 他の参加者は多種多様。可愛い子や美人もいるが、俺は自然と先輩の妻を目で追っていた。

 彼女も俺の視線に気づいたようで手を振ってくれ、俺もまた振り返すと同時にあの夜の事を思い出し、ついついニヤニヤ。勃起までした。


 ――ワンちゃんみたいで可愛い。


 あの日の夜に彼女に言われたセリフが蘇り、耳がとろけるような気がした。

 是非、今夜もまた彼女を抱き、とろとろしたいが、くじなどの抽選を行うのだろうか。で、ないとしても抱きたい相手が被れば、ジャンケンなりなんなりするだろう。じゃないと余りものが出る。誰が外れくじ、俺の妻を抱くことになるのかと考えると、妻を抱かれるという夫にあるべき嫉妬心よりも憐憫の情が沸く。

 と、いよいよの時のようだ。


「じゃあ、そろそろ今夜の相手を決めちゃいましょうか!」


 きゃーっと女たちが沸く。俺も気分の高揚を抑えることができない。早い者勝ちということもある。駄目で元々、俺は彼女に歩み寄った。


「あ、あにょ! ま、また俺と……」


「あー、ダメダメ。あなたの相手は、もう決まっているの。ふふふっ、一目惚れですって」


「へ? 誰に――」


「あたしよぉ。でもまずはアンタもみんなと一緒に裸で横並びになりな」


 振り返った俺の目に映ったのは妻以上の大巨漢。いや、巨女。いやどちらだろうか。

 そして俺は何も言えず、訊けなかった。驚愕していたからだけではない。察したのだ。

 選択権は妻に在り。家でも、そこがどこであろうとも。


 ここは恐妻たちのコミュニティだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ