第3話 世界初の能力者?
田んぼを耕したり、野菜の苗を植えたり、テレビやネットで情報取集したり、チラホラと街の様子を窺ったり、ホームセンターに行ったり、スーパーに食材を買いに行ったり、日々、変わることがないのんびりした一日を過ごしている間、最初の声が聞こえてから九日後のある日、一週間と半週後。
事態は急展開した。
カナダ(もちろん誠吾は知っている)で、例の『実』を発見し、食べた人が出たのだ。
テレビの報道というか、カナダ政府の発表スピーチは、大体こんな感じだ。
「ある五十代の男性が、能力に目覚めました。田舎の街中からほど遠くない場所に、件の実を発見したそうです。見るからに恐る恐る、二の足を踏みながらも、とても信じられないながらも、ゆっくりと口にしたということです。不思議なことにその男性の言うことには、『光る』実を持った瞬間、能力の内容が分かったそうなのです。これは声が聞こえた内容通りです。例の『声』が頭の中に響くみたいに、それ以上に一瞬で、能力の内容を理解したそうです。不思議です。まるで手や足を動かすみたいに、自然と、だったそうです。実はこの世の物とは思えない程、美味だったそうです。一度も口にしたことがない、未知の味だったそうです。ここで重要な話は『実』、いえ、『果実』自体を口に含んで咀嚼しても、件の能力は得られなかったようなのです。実際に能力を得られるには、はっきり確信できませんが、その果実の中に含まれる『種』…と、言っていいのか分かりませんが、世間一般で販売されている果物の果実のような『種』を口に運び、咀嚼する…は、必要ないかもしれまんせんが、体内に取り入れれば能力が得られるという話なのです。現段階で、正しい確証は得られませんが、発見者の五十代の男性の話が本当なら、述べたような現象が実際に体内で起こるそうです。現在、カナダ政府、及び、関係機関が男性と…及び、実が存在した周辺の調査を行うべく封鎖、もしくは似たような厳重な処置をするそうです。それ以上に、本格的な、大体的に確固たる決意をもって、厳重に事を起こすそうです。この事例は、全世界にとって、革命的なことなのです。まさに、この瞬間、人類で初めて…いえ、有史以来、誰も成し遂げなかった人を超越した存在になったということです。そう言って、過言ではないのかもしれません。現在、能力の究明が最優先で行われ、国を挙げて取り組んでいるそうです。詳しい内容が後日判明すれば、カナダ政府から順を追って各国の主要機関に連絡がいき、メディアを通じて報道されるそうです。現在、五十代の男性は政府が厳重に保護し、危険が及ばないよう二十四時間体制で守られているそうです。以上で、報道を終わらせていただきます」
カナダ政府から、恐らく日本政府、もしくは報道機関に連絡があったのだろう。
発表スピーチはもちろん日本語で、その内容も日本人向けだった。
突然のことながらも、納得できる話であり、関心を持つ話であり、信憑性が皆無だと思う話である。
誠吾の中ではこの場に限り、納得と、信憑性は別だと考える。
納得は個人に対して用いられるべきであり、信憑性は集団、似たような世間一般に適用される。
つまり、何が言いたいのかというと、個人としては頷けても、集団なら、真偽のほどは分からない。
それは、報道でもなんとなく言っている。
でも、誠吾は少なからず、この突然で突飛した報道を聞いて、高揚を隠せなかった。
報道の中で話題が上らなかったが、その『実』の写真はないのかもしれない。
都合よく、スマホやカメラを持っていなかったのかもしれない。
もしくは興奮し、パニックった為に、写真を撮ることを忘れたのかもしれない。
どのみち本音を言えば、残念な気持ちだ。
例の『声』が聞こえてから九日後、このような報道を流すということは、前もって、少なくとも九日より以前に、『実』を発見し、食べ、能力を得て、然るべき関係機関に報告したに違いない。
恐らくカナダ政府が最有力候補だが、いや、間違いなくカナダ政府に連絡がいったはずだ。
その政府機関に所属する、関係者達が調査し、上が報告を聞き、研究者たる者が集まって検証を経て、ある程度、調査の中身が出来るまで、数日は時間を要したに違いない。
逆算すれば、例の『声』が聞こえた日、その日に件のカナダ人男性が実を発見し、食べたのだろう。
もしくは次の日、更には次の日、大体三日以内だろうと、誠吾は考えている。
すなわち、この事から言える事は、件の声の主は『嘘』を付かなかった事だ。
全てが嘘を付いていないとは結び付かないが、声の主が頭に響いてから、その直後か、そう遠くない時間の内に、『実』が『出現した』に違いない。
それだけ、早く『世界の救済』とやらが必要なのだろう。
その事は、日本政府は分かっているのか?
いや、きっと分かっているだろう。
分かった上で、今でも迅速に対処しているはずだ。
これから、カナダ政府は大忙しだろう。
その多忙さを細部まで想像できないが、すぐ下にある大国、アメリカ合衆国を初め、他の国同士のやり取りが一番であり、数多くの国が声を上げて参加を表明するに違いない。
次に、主要な、有名な機関等がくるかもしれない。
この主要な機関というものは、ありとあらゆるものが該当される。
とある財団、とある研究機関、とある学術施設、とある団体、とある宗教、挙げればきりがない、と思う。
思惑は様々あれど、どうなるか見ものだ。
面白半分に駆り立てるわけではないが、果たして、この名乗りを上げた様々な機構の内、どれぐらい真剣に、『声の主の意向を守って』、取り組むだろう。
誠吾の予想では、四割、いや、それ以下だと思う。
ありきたりな、もっとも代表的なことを述べるなら、自分自身が所属する、関係機関の名誉の向上、そして繁栄と発展、更にはメンツを保つことに第一と考えるだろう。
守るべき、一番の目標とするだろう。
それ自体、悪い事とは言わないが、これまでの地球の歴史を繰り返し見ていて、良くないイメージというか、良くない結果に繋がるだろう。
過剰に、反発する者が出てくるものだ。
悪い意味で、欲深い。
良い意味で、研究熱心。
馬鹿と天才は紙一重。表裏一体、みたいな感じだと誠吾は思う。
取り留めのない事が、漠然と誠吾の頭の中を巡っているが、話を戻すと、カナダ政府の発表が本当なら…いや、きっとカナダ政府からの発表なのだから本当の事だろうが、あの頭の中に響いた『実』や『能力』の話が、これで少なくとも、何度も自分で考えているが『本当』の事であることがたぶん、確かめられ訳だ。
少なくとも、政府の発表が噓八百や、出鱈目は言わないだろう。
この、カナダ政府と日本の合同発表を、誠吾は当然、家の座敷で聞いていた。
所用で外出し、スマホや、街角のテレビで聞いた訳ではない。
今、誠吾は家の座敷にいて、昼からテレビを見ていた。
簡単な昼食を済ませた後、もはやこの部屋が自室だ。
布団も持ってきて、ここで寝ている。
テレビとネットが出来て、くつろげる家具があれば、そこが居場所になる。
時間は、ふと、柱にかけてある振り子付きの時計に目を向けると、十二時四十三分。
毎日が日曜日ゆえに、ゆったりとできる。
もう少しすれば日課の、日課になりつつある、畑仕事に出かけるつもりだった。
五月ももう終わり。
もうすぐ梅雨の時期だ。
体を動かしてもほとんど汗もかかないし、蚊も出ないし、作業もはかどる。
そう言えば、改めて思い出したが、外出した際、この数日の内に、街中で『それらしい姿の人』を見かけた。
登山用か分からない靴を履き、スコップを持ち、リュックを背負い、帽子をかぶっている。
たぶん『実』を探しに行っているのだろう、と誠吾はそう思った。
街中で、他の市民と一緒に、政府の発表を聞かなかったことを、真剣に喜んだ。
周りが騒ぎ立て、収拾がつかない状態になり、怒涛の如く意見が乱立し、パニック一歩手前までいっただろう。
そんなものに巻き込まれたら、たまったものじゃない。
抜け出すのにも、一苦労かもしれない。
現に、『良い意味で』と、言ってもいいのかもしれないが、世界のありとあらゆる場所で、パニックが起こっているだろう。
それを思うと、このカナダ政府の発表というか、他国ではどんな報道をされているのか分からないが、日本政府を返したこの報道は間違っているのではないだろうか。
不必要に混乱を招いている。
いや、招いているといった言葉ではぬるい。
まき散らしていると言っても過言ではない。
もっと穏便に、平和に粛々と受け止められる報道はなかったのだろうか?
たぶん、それをするなら、小出しするしかない。
少しずつ少しずつ、内容を発表し、あたかも、透明な水が入ったグラスに、一滴着色した水滴を垂らすように、気が付けばグラス全体の水が、着色した色に変わっていた、みたいな感じがベストだ。
そうすれば、時間はかかるが、人々は受け入れやすい。
人は慌てると、碌なことがない。
碌な行動や言動を起こさない、と言い換えた方がいいかもしれない。
こうして、延々と、畳の上で胡坐をかき、長テーブルに両腕を付き、頭を載せてテレビを見ながら考えている自分を見ると、誠吾も少なくとも碌な事を考えていないことが分かる。
どうしても、不思議と『良くない』事を考えてしまうのだ。
これはあれか?
もはや、遺伝子レベルの重傷で、はたまた神の導きか。
考えるだけならまだしも、人類が行動に出ないことを祈るばかりだ。
誠吾は大丈夫だ、たぶん…。
他にも、まだ色々と考える事がある。
一番な事は『実を食べた能力の内容』だ。
どんな能力なのか、発表されていない。
全容が分かるまで時間がかかるかもしれないが、それが一番に発表されるべきだろう。
自分としては、そう思う。
その事に興味が尽きないし、高揚する。
まるで、テレビアニメのようなことを想像する辺り、自分は重症だろうか。
今日この頃、その手の能力を見る機会は、テレビをつけてアニメ番組にチャンネルを変えれば、嫌でも目に付く。
もはや定番とされつつある。
このカナダ人の男性(たぶん国籍はカナダだと思うが、もしや旅行者ということはないと思いたい…)は、そんな能力を身に付けているのだろうか。
いや、身に付けることが出来たのだろうか。
能力にもよるけど、誠吾は少し羨ましいという気持ちがある。
死を少なからず望んで覚悟しているが、最後に能力を手に入れたいという気持ちは少しはある。
まだまだ、子供(自分では)だし、いつまで経っても、少年のような心を持っているのかもしれない。
見た目は、冴えないおっさんなのに。
それを思うと、少し凹んでしまう。
誰でも歳は取りたくない。
まあ、いずれ、その能力の話もあるだろう。
今は、世界的に見ても、報道する事自体に、大いに問題があるため、控えられ、先送りにされているに違いない。
カナダ人男性の身の安全、親類がいれば、そうだろう。
周りもそうだろう。
他にも、誠吾では想像もできないが、安全を確保するために様々な手続きや行動が必要なのだろう。
なにせ『人類初』だからだ。
やり過ぎる事はないだろう。
完全に、安心できる環境は構築出来ないが、その時を楽しみに、誠吾は残念ながら酒は飲めないが(無理すれば飲める。しかし時に、腹痛を引き起こす)、酒の肴にして、待つことにしよう。
とりあえず今、誠吾がすることは、世界中で話題をぶっちぎりで独占している政府の発表を気にすることではなく、実際に『実』を捜索するべきことでもなく、田んぼに行き、農作業をすることだ。
こんな発表があっても、『実』を探しにいかない自分がいる事自体、本当に『一般人』だと理解させられる。
これが、何かしらの『成功者』、『勝ち組』なら、即座に『実』を探しに行くのだろう。
お金を湯水のごとく使って、ありとあらゆる手段を用いて、『実』を確保するための確率を上げるはずだ。
ふと、今、思い付いたのだが、『実』の『数』はどれぐらいあるのだろう。
その事も、もっとも知りたい、『能力の内容』の次ぐらいに、重要で知りたい事だ。
頭に響いた『声の主』も、実の数については触れてなかったはずだ。
当然、先ほどの発表の中にもなかった。
いや、考えると『ない』のが当たり前か。
『実の数』を知っているのは『声の主自身』であり、『人類側』ではないからだ。
余談だが、誠吾はカナダのトップが誰なのかも知らないし、国自体についてもほどんど知らない。
ロッキー山脈、ナイアガラの滝、ぐらいかもしれない。
後、寒く、なんとか公園が有名であるらしい。
しかし、この機会に、カナダのありとあらゆる事がトップになり、世界中に知れ渡るだろう。