第1話 声
その時、全てをぶった切って、突然『声』が聞こえた。
いや、それが声だったか。分からない。
頭の中で、閃きのような、確かな波紋というか、響きが聞こえた。
途端、その『全てを理解』した。
いや、分かったというより、受け入れたといった方が正しいかもしれない。
長々と、声に出して説明するわけでもなく、瞬きする一瞬の刹那みたいに、全てが駆け巡った。
余りの出来後に、誠吾はしばし呆然とするものの、今走っている道が、直線道路で良かったと心底ほっとした。
これがカーブや、狭い道、街中だったなら、事故っていたかもしれない。
言いたくないが、両親の二の舞いになっていたかもしれない。
そんな事になってしまえば、亡くなった両親に尚更、申し訳が立たない。
今は夜なので、尚更だ。
時間にして、数分、いや、数十分、意識がどこかに行っていたみたいだ。
不思議と、急ブレーキを踏んで車を止めて、今の出来事を振り返る事はなかった。
誠吾の頭の中ではまた別の新たな、様々な事が駆け巡っているが、体と心が切り離されたみたいに、一人で勝手に車を運転していた。
その間、まるで幽霊にでもなったかのように、車を走らせていた。
三十分か、そこそこ時間が経った後、誠吾は今起こった信じられない出来事について、思考する事にした。
動揺が収まるまで、時間が必要だったかもしれない。
未だ、半信半疑でありながらも、頭の中ではそれを『確かな』ものとして理解していた。
それは即ち『世界の救済』であった。
ある日、突然、この世界に『実』が誕生した。
それは様々なものを含んでいて、力を与えてくれるものだ。
いや、能力を、と言っていいかもしれない。
どの道、その実を口にすると、その力が得られるというのだ。
但し、実一つにつき、力は一つ。
二つ口にすれば、三つ口にすれば、どうなるか分からない。
その実の『実際の絵というか、詳細』は分からないものの、一目見るなり、理解するはずだということは分かった。
そう、見ただけで、一瞬でそれが何なのか分かるのだ。
しかし、『その能力の実』というだけが分かって、その能力の詳細は触れて見なければ分からない。
逆に言うなら、触れれば誰でも、その能力の詳細が分かるのだ。
実の能力は様々で、全ての能力は何なのか、分からない。
詳細と全ては、違う。
後、どれくらいの数、能力があるのかも分からない。
確かなのは、その『実』が世界各地に、点在する事だ。
そう、ありとあらゆる場所に存在する。
別の言い方をするなら、出現すると言い換えた方がいいかもしれない。
はたまた空か、地面の中か、人類未踏の場所か。
とにかく、ありとあらゆる場所に存在する。
そして、その『実』を食べた者は能力を得られるというものだ。
単純に、能力を得られるだけでなく、その能力を使って『何を成す』のかが大事だった。
そう、それは即ち、この住んでいる、地球の救済であった。
具体的な方法は掲示されてなくても、その能力を使って成す事が分かっている。
結果は、やってみないと分からない。
とにかく、その能力がきっかけか、確かな(救済の要や、鍵)ものだということだけは理解した。
それだけ、地球が病んでいるということだ。
手が付けられないほどに。
ふと、大体、思考の渦を巡らすと、一息、誠吾は呼吸を吐いた。
つまる所、一言で言い表すなら、『実の能力を使って、地球を救済せよ』とのことだった。
具体的な方法は、人類に任せられた。
託された。
もしくは委ねられた。
ふと、誠吾は先ほどの『声』の主の事が気になった。
色々と、頭を働かせてみたが、頭を巡らせてみたが、やっぱり『神』というのが妥当かと考えた。
それ以外、普通、考えつかないからだ。
あんな、超常現象を引き起こせる存在を知らない。
いや、出来ない。
出来るとしたら、人知を超えたものだ。
まあ、もっとも、この答えを出すことが出来ないと思われた。
正確に、把握することは出来ないだろう。
それぐらいの常識は、あるつもりだ。
人によったら、意見はまちまちだが、常識人なら、答えが出ないものに、正確に答えを出そうとは思わない。
正解か、どうかも分からないからだ。
性別で言えば、男か、女か、分からず、子供か、大人かも分からない。
実際、『声』に出した訳ではないからだ。
テレパシーに似た、いや、テレパシーのような『認知』の閃きであった。
真剣に『テレパシー』なるものについて自分が考えている辺り、自分でも変になったのだろうか。
そう思ってしまう。
その事を少し思い浮かべば、微笑の一つも漏れるというものだ。
傍から見たら、その姿が『怖い』かもしれない。
とにかく、世間では、この事について荒れるだろう。
賛否両論あれど、あれあられ、吹き荒れること間違いない。
それはあたかも、台風並みかもしれない。
例えが上手く表現できず、若干凹む。
とにかく、確かな事は、その『声』は『一人』だったという事だ。
おそらく、人類で言うなら、『一人の人間が発した、はたまた、もしくは、一人の人間が仕組んだ』ことだろう。
そう思わずにはいられない。
今、走っている道路に目を向けると、不思議と対向車はいなかった。
視線を動かし周りにも、停車している車はいない。
まあ、田舎だから仕方がないが、これが街中だったら、こうはいかないだろう。
想像するだけで、億劫で大変だ。
さながら、震災や、火災、それにいた災害(障害?)に近い騒ぎだろう。
意味不明に人々が騒いでいるはずだ。
田舎は田舎なれど、ふと誰も周りにいないのは不自然だと思われた。
静まり返っている。
車の走る音だけ、聞こえる。
エンジン音と、風を切る音と、アスファルトとタイヤが擦れる音だ。
不自然に思ったけど、自分ではどうする事も出来なかった。
まるで、災害が起こったのに、誰も関心を持たず、知らず知らず(我関せず)を通しているみたいだ。
あらかた一通り(?)考えて見たが、自分が今向かっている田舎の実家に移動することは止めず、ただただ、車を走らせるだけだった。
有線や、ラジオ、はたまは携帯電話(誠吾はガラゲーだ。スマホは持っていない)を使って、今の出来事を調べようとは思わなかった。
それどころか、混乱して、それどころじゃないと思ったからだ。
その事を想像するだけ、億劫だった。
とにかく今は、忘れる事は絶対できないが、なるべく気に留めずに、明日を迎えるしかないと思っていた。
明日になったら、テレビなりを見て、ある程度、調べようと思っていた。
ネットでの方法が一番簡単だが、恐らく混乱の渦中にあって、まともに情報を得られないかもしれない。
それどころか、テレビの方がより深刻かもしれない。
どうせ、ありもしないどうでもいいような事が連発されるのだろう。
落ち着くまで、どれくらい時間が経つか分からない。
とにかく今は、人類に『時間』が必要だった。
別の言い方をするなら、整理する気持ち、受け入れる(受け止める時間)ことが出来る時間、認知する時間、みたいな事だ。
全てはその後だ。