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長田桂陣 短編集

悪い魔女に全てを奪われた少年、から全てを与えられ幸せになった悪い魔女

作者: 長田佳陣

「次は何を捧げてくれるんだい?」


 私はボロボロの少年に問いかけた。

 少年は勇者と呼ばれていた。

 この古い神殿に住まう魔物を倒せと、王に命じられここにいる。


 少年には左手が無かった。

 右目も潰れている。

 美しかった黒髪は白くなり、外からは見えないが既に味覚を失っている。

 そして先程、その愛らしい声も失ったばかりだ。


 それは魔物との戦いで失ったのではない。

 ここにたどり着くまでの戦いを生き抜くため、()()()()()()()


 私は魔女。

 少年の願いを叶えるため、少年からすべてを奪う女。


 少年は今、王国を苦しめている魔物の首領と対峙していた。

 魔物の全身には夥しい傷。

 少年がその卓越した剣術で与えたものだ。

 だがしかし、その全てが致命傷に至らず、しかも徐々に回復している。

 このままでは、少年が破れるだろう。


 少年の口がパクパクと動いたがそれは声にならない。

 私が奪ったから。


「おっと、それでは話せないよね。今だけ声を返してあげよう」


 魔物からは私が見えていない。

 私を見る事を既に奪っているから、魔物が私に気づくことはない。


「魔女よ。足を捧げては立ってはいられません。目を失えば魔物が見えません。腕がなければ剣が震えません。耳も魔物の動きを察知するには必要です」


 愛らしくも凛とした少年の声。


「じゃあ、何ものこってないね」


「魔物を倒せたなら、残った目でも足でも、腕でも」


「後払いは受けて付けてないんだよ」


「僕はこれまで、清くあれと生きてきました。その高潔さを奪ってください」


「欲望のまま生きるようになるよ? それじゃ、魔物を倒してもさ。誰からも感謝されないよね?」


「かまいません。それで民が救われるなら」


 ちょっと想定外の申し出だ。

 どうしよう?


「まぁ、とりあえずそれでいいか」


 私は少年に力を与えた。

 およそ人間には無し得ない跳躍で、少年は剣を魔物の核に突き立てる。

 だが、貫くには足りなかった。


「魔女よ! もう目も耳も声も足も要りません。全てを! 私の魂までもあなたに捧げます!」


 そう叫ぶと、少年は失った剣の代わりに全身を剣に預けた。

 剣は魔物の核を深く貫き、少年は闇に飲まれて消えた。



 魔女の森にある小さな家で、私は物言わぬ少年を見ていた。

 横たわる少年は私にその全てをささげ、全てを失った。

 命はもちろん、魂までも。


「ごめんなさい、でもこれは正当な取引だったわ。貴方は永遠にこの呪われた森で、抜け殻として私と過ごすのよ」

 

 少年の頬にふれると、まだ温かいことに驚いた。

 そして、その手を力強く掴まれたことに更に驚かされる。


「あり得ない、貴方は全てを失ったのよ!」


 少年は目を開くと、上半身を起こした。

 そして私の、呪われ爛れた手を離すこと無く言う。


「はい、ですから私の全てがここにあります」


「え? ちょっとまって。意味がわからないのだけど?」


「ですから、全部捧げたのです。だから全部、魔女様のものとしてここにあります」


 え? 何この子? 自信満々で謎現象について断言するんだけど?

 私は、少年の手を振りほどく。

 日差しの明るい部屋で、醜く爛れた顔が見えないようにフードを深く被る。


「可愛そうな呪われた子。お前はここで私と二人きり、永遠の孤独を味わう事になる。この魔物すらよりつかぬ呪われた森でね」


「え? 二人きりですか? 弱ったな」


 それ見たことか。

 さっそく後悔しているではないか。

 少年は立ち上がり、部屋の窓を開け放つ。

 そこに広がるのは、私を恐れだれも近づくことの無い呪われた森。


「おー勇者様じゃないか? いったいここだどこだね?」

「ここは、魔物の気配がしないよ!? どうなっているんだい?」

「果物がたくさんあるよ!」

「土も良質で、川も綺麗です」


 開け放たれた窓から入り込む、春の陽光と快活な人々の声。

 少年は私を抱きかかえると窓から人々の元へ飛び降りる。


「魔女さん紹介します。僕の大事な人達です。魔女さんに捧げました」


 は?


「みんな。ここは魔女さんの森なんだ。僕はこの魔女さんの助けを借りて魔物を倒すことに成功したんだよ」

「それは良かった。ところで私たちはなぜここにいるんだい?」

「魔物を倒す代償として、僕は大切なものを魔女さんに捧げる必要があったんだ。僕が大事にしているものといえば皆の事だからね」


 それは流石にだめやろ?


「なんだって!?」


 ほら。


「そうすると、もうあの酷い国王の民ではないのか?」

「横暴で高い税で俺たちを苦しめる、あの狂王から救われたって言うのか?」

「そうさ。僕たちはこの豊かな森で、この魔女さんに囚われてしまったのさ」


 そういう少年は、「この魔女さん」の下りで私の腰に手を回し抱き寄せた。

 少年はまだ10代の半ばをやっと超えたあたりだが、なにしろ勇者である。

 身長は私よりも大きい。


「信じられない。ありがとう魔女様!」


 え? は? なにがおきてるの?


「さぁ、魔女さん。あなたの民に顔をみせてあげてください」


 浮かれていた私の心がすっと醒めた。

 私は呪われた魔女。

 その呪いで全身は醜く爛れている。

 自分たちがどれほどおぞましい存在に囚われたか思い知るが良い。


 私はフードを脱ぎ、民に顔を晒す。

 どよめきがおきた。


「なんと美しい」

「お姫様みたい」


 ほわーい? あーはーん?

 自分の手を見ると、そこに呪いのただれは無かった。


「貴方は僕が思い描いた理想を奪ったのです」


 それは?


「貴方は私の思い描く理想を全て奪う魔女です。そして理想は貴方のものとなり、この地にもたらせれます。それが貴女自身であっても」


 そして私を抱き寄せると、唇をかさねた。


「またひとつ。大事なものを奪われてしまいました」


 私は悪い魔女。

 少年から全てを奪う女。


「今晩が楽しみです。またひとつ大事なものを奪われてしまいます」


 それは、私も失うのだが?


ハッピーエンド

高潔さまで奪ったからしかたがないよね。


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