疑心
今月、サレンは冒険者ギルドの本部からミナンへ派遣された。
各地のギルドに派遣されるのは珍しくない。なので彼女は、厄介な冒険者がいなければとか、美味しいお店があればいいな、といった事を考えるくらいにしか思っていなかった。
ミナンの冒険者ギルドに配属され、この街で暮らし始めると、必ず「ジン」という男のことを耳にする。気になってジンについて調べると、ギルド内では依頼の達成率や他の職員の評判は良く、住民の多くはジンに対して恩を感じているような反応を示す。
サレンにとって、違和感でしかなかった。
裏が見えないのだ。悪意や何か後ろめたいもの、人間に必ずあるはずのものが、その男には見えない。
サレンはギルドの業務を通じて様々な人々を見てきたが、そんな人は出会ったことがない。善人であることは素晴らしいが、理想でしかない、現実的には、ありえない。
(この街は、その男に抗えない何かがある、もしくは誰も気付かない陰謀があるのかもしれない)
彼女は、誰かが危険に晒されていると思うと居ても立っても居られなかった。
(直接確かめたい。何かあればギルドマスターに伝え、王都から応援を要請すればいい。……手始めに実力から測ろう)
持っていた掲示予定のワイバーン討伐の依頼書を制服に隠した。
次の日、サレンは、依頼書を持って、男がいる広場の噴水前に行くと、やはり、噴水の前で笛を吹いていた。様子を見て、吹き終えたところで声をかける。
「こんにちは。ジンさんでお間違いないでしょうか?」
「あぁ、合ってる。あんたは……ギルドの人間か? 見ない顔だな」
「今月から、この街の冒険者ギルドに配属されました『サレン』と申します」
「どおりで知らないわけだ。何の用だ?」
「依頼をしに参りました」
(制服を見てギルドの職員と判断したのだろう。あと、この街の職員の顔は把握済みか)
挨拶や諸々の確認をして、握手を交し、依頼所に向かうことになった。
(今のところ怪しまれていない)
「俺が言うのもなんだが、知らない男に、あんま付いて行くなよ?」
「はい。しません。今、あなたに付いて行くのもギルドからの信頼があるからです」
「そうか」
「自衛も出来るので」
「そんなにレイピアに自信があるのか?」
「そこらの冒険者を屠れる程度には……何故、私がレイピアを使うと分かったのですか?」
(これまでレイピアを使うなど一言も発していない。この街に来て取り出してすらない!)
サレンはいつでも戦えるように警戒する。
「レイピアを使いそうだと思ったから」
「……よく分かりません」
(何故、分かった? 調べられていたのか? 何故、私を?)
理由を探すが見つからない。疑問が渦を巻く。
「握手した時、ギルドで事務的なことをしてる割に握力があった。いや、手首が強いのか、手の変形も特に感じなかったし、華奢だ。重いものを振るとは思えない。なにより、一番の理由は」
「理由は?」
(握力や手首の筋肉が強かろうが、体型が小さかろうが、そこまで分かるわけが無い。一番の理由は何?)
「勘だ」
(は?)
「……なんですかそれ」
「当てずっぽうだ。さっきも言ったが、結局、レイピアを使いそうだと思ったってのが一番の理由」
ジンという男は本当に警戒すべき人物なのだろうか、自分が調べていることが徒労なのでは、と脳裏を過ったが、最後までやり通すべきだとサレンは気を引き締める。
そうして話しているうちに、依頼所に着いた。
依頼所に入り、テーブルを挟んで対面に座る。
ジンに依頼書を渡すと、依頼内容に疑問を抱いたようだが、予め用意してた理由を述べ、ギルドカードの確認を要求。
「なるほどな。わかった。……ほい」
「……はい。Aランクですね。ありがとうございます」
(彼はギルドカード上、Aランクだ。ランクで見れば強い部類だが、私もAランク程の実力があるから、私でも抑えられるし、もし出来なくても一方的に負けることは無いはず)
彼の了承を得て、依頼を受けることが決まった。依頼を終わらせるまでの時間を聞く。
「この後すぐ出るから明日には終わる」
(これはチャンスだ。幸い今日は時間がある。後をつけて戦闘もこの目で確認しよう)
彼に明日は依頼所に出向くことを伝え、ギルドに戻るふりをして後をつける。
◇ ◇ ◇
依頼所から向かったのは工房が立ち並ぶ地区。
(確か、ファミリーに鍛冶師がいたはず、その人物に会うのだろう)
彼がある家のドアをノックした。出てきたのは、女性、おそらくファミリーの一人。遠くから見てるのと工房が多く音が聞こえないため、サレンには何かを話していることしか分からない。
(二人で行くみたい)
歩き出す二人の後を追い続ける。
クライ森を二人は難なく進んでいる。土地勘が強いのか迷いもせず、話しながらもどんどん奥地に向かって行く。探索に関して、それなりの経験を積んでいるとわかった。
早くもワイバーンを発見し、何か話している。もしかしたら自分は何もせず、彼女に討伐して貰うか、彼女を囮に使い倒すのかもしれないので、自分も戦えるようにサレンはレイピアに手を添える。
戦闘が始まり、彼自身が魔法でワイバーンの気を引き、囮になっているところを彼女が回りこみ後ろから奇襲をかけた。
彼女は短刀を投げるが何故か一本こちらに真っ直ぐ飛ばしてきた。
あまりの速さにサレンはレイピアで弾く、想像以上の重さに驚くが何とかなった。
しかし、これで存在を知られたかもしれないとサレンは確認すると、彼女は見たことの無い武器を振るい、ワイバーンの首に傷をつけた直後に、彼がロングソードで首を落としていた。
(不意打ちとはいえワイバーンの首を一撃で落とせるということは、彼が本当にAランクなのは確かだろう。実力も確認できた。これ以上留まるのは見つかる可能性がある)
サレンはその場から離れ、街へ戻った。