報告と警告
次の日、依頼所にサレンが来たのは夕暮れ頃だった。ジンは彼女をイスに座らせ、依頼の報告をする。
「遅くなり申し訳ありません」
「気にしないでいい、ギルドの仕事で忙しかっただろうしな」
「いえ、まだ仕事中です」
「そうか」
「証明部位を見せていただけますか?」
ジンはサレンにワイバーンの証明部位を渡す。
「……確認できました。こちら報酬のハート金貨30枚になります」
「いらねえ」
「え?」
「武器の修理費に当てたらどうだ?」
「……どういうことでしょうか?」
「それはこっちのセリフだ。なんの真似だ?」
「仰っていることが分かりません」
ジンはため息を一つ吐く。
「この依頼、ギルドからのじゃないだろ」
サレンは口を結ぶ。
「まず、俺らは依頼を受ける時は報酬をこっちで決めんだよ。これまでの依頼書を見て報酬を決めたんだろうが、それは要求する金額を決めた後に記入されたものがほとんどだ。依頼書を弄ることに関しては、お前もよく知ってるだろ? こんな風に、自分で作れるからな」
「今回だけが例外なのでは?」
「かもな。だから確認した。さっき仕事中って言ってたが、今は勤務時間外だな? 今日夕方に、ここへ来たのは仕事終わりだからだ」
「確かに、勤務時間外ですが、自分が仕事をこなせない不甲斐なさ故の時間外労働です」
「俺を訪ねてきた丸一日の休みの日もか?」
「何故、私の出勤日を知っているのですか?」
「確認したって言っただろ。お前について調べた」
ジンがベルシスの家へ行った時に、レフィに渡したメモはワイバーン討伐の依頼についてと、ギルドにサレンについて調べて欲しいという内容で、二人がクライ森に行ってる間にレフィは起きて調べていた。
「ギルド内の情報が漏れているんですか?」
サレンの言葉に怒気が絡まる。
「ある意味お前のそれも漏洩に近いものだろうが。ワイバーン討伐はギルドからの依頼予定があったが、俺ら宛では無かった。つまり、お前自身が個人的に依頼をしてきたんだ」
「…………いつから気づいていたんですか?」
「依頼書を見て気づいた。なんなら最初会った時から疑ってた。……さて」
立ち上がり、ベルシスに借りたナイフに変形させた魔豪の手をイスに座るサレンの首に近づける。
「っ!! 今どこからっ!?」
「俺の質問に答えろ。じゃなきゃ首が飛ぶぞ。見たと思うが、これはワイバーンも切れる代物だ」
一気に依頼所の空気が張り詰める。
「私が死んだら問題になりますよ?」
「構わねえ。ファミリーの為なら殺しだってやる。あと質問するのは俺だ。勝手に喋ってんじゃねえよ」
ナイフを首筋に当てる。
「くっ! ……わかりました」
「目的はなんだ?」
「ジントニックの調査」
「理由は?」
「私が信用出来なかったから」
「続けろ」
「この街ではジントニックという人物が中心になっている。高ランクの依頼は多くがこの人物がこなし、冒険者、住民からの評判が良い。逆に良すぎるくらいに」
「どうしても信じられませんでした。何か裏があるかもしれないと考え、個人で確認するために行動に出ました」
「それでワイバーンの討伐依頼か」
「はい。ランクの適正を測るために、ワイバーンを倒せるか自分の目で確認しようと思いました。ということは尾行も気づかれていたのですね」
「ベルシスもな」
ベルシスがワイバーンの戦闘中に投げて外した短刀はワイバーンではなく潜んでいたサレンに牽制として投げたもので、おそらく自身に命中する直前にレイピアで弾いた。
予想よりも離れた場所に短刀が落ちていた事から、ジンは察した。
「ワイバーンを討伐出来るのならランクは適正。依頼に関しては問題ないと判断するつもりでした。また、住民の評判については追々調べる予定でした」
「協力者は?」
「いません。個人で行いました」
ジンはサレンを観察する。
(表情、声色、どれも嘘をついていない)
「わかった。その話を信じてやる」
ナイフを首筋から離す。
「この件は互いに無かったことにしよう。俺が招いたことでもあるしな。だが、正義感が強いのはいいが、その生き方は短命になるぞ」
「この生き方しか知らないのです」
「そういうのは嫌いじゃない」
ジンはサレンの意外な返しに笑う。
「それと、警告だ」
「ファミリーに何かしてみろ。そん時は首を飛ばすだけじゃ済まさねぇからな」
念のために釘を刺す。
頷くサレンの頬に汗が伝う。
魔豪の手のボタンを押し、ウィーンという機械音が鳴り、手の形に戻した。その音に反応して、体を固くするサレンの肩に手の部分を置く。
「まぁ、街のヤツらはお人好しがすぎるから疑うのも無理ないか。だから、アイツらが困ってる時は手を差し伸べてやってくれ。何かあれば俺らも協力する」
真情を伝え、魔豪の手をしまった。
「わかりました。しかし、あなた自身のことは、まだ信用しません」
「それでいい」
サレンは席を立つ。
「これで失礼します。報酬の方は……」
それどころではなく流れてしまっていたが、依頼は完了したから渡すべきという考えはサレンの律儀な性格が出てる。
「始めにも言ったが修理費にでも当てろ。ベルシスの短刀で刃こぼれしただろ。なんならアイツに修理を頼むか?」
「分かりました。それは結構です。頼むにしても自分で頼みます。では」
彼女は扉に手をかけ、立ち止まる。
「あなたを信用していませんが、一つだけ信憑性のあることを言ってました」
「?」
「『知らない男には付いて行くな』です」
サレンは丁寧にドアを閉め、立ち去っていった。
「……命知らずが」
ジンは笑うしかなかった。