ベルシスとレフィと魔豪の手
翌日、ジンが向かったのは鍛冶屋。
ここ周辺は工房などが多く、鉄を打付ける音などが響き渡っている。
着いたのは看板すらない無骨な建物、中に入ると、既にアメルが来ていたのだが、何故か、仁王立ちで目の前に二人、正座させていた。
「ジン、なんとかいって」
「お前ら、今度は何作ったんだよ?」
ジンは呆れながらも正座している二人に聞く。
「ジン。 聞いてくれ。 丸二日かけて、ついに完成したんだ」
興奮気味で詰め寄ってくるのは、
【ベルシス】
彼女は鍛治師のハーフドワーフ。
ドワーフの血が半分入っているが、ドワーフにしては珍しく身長は高い。エルフのアメルよりも身長はいくつか高い程だ。少し長い真紅の髪をポニーテールにして、オリンと大して変わらない年齢の割に見た目が大人びている。作業中は作業着を着るか、レザーエプロンをしているが、それ以外はラフな格好をしてる。
「これだ」
ベルシスが差し出してきたのは、ゴツイ孫の手。
「孫の手?」
ジンは、それを受け取って訝しげに見る。
「いたた……流石の洞察力だ。ジン。それは私とベルシスが共同開発した。その名も『魔豪の手』だ」
脚の痺れが残っているのか、少しよろつきながら立ち、腰に手を当て、誇らしげにしている彼女。
【レフィ】
端的に言うと魔法学者。
身長は低く、淡い桃色の髪を三つ編みで一つにまとめているため、よく子供に間違われるが、成人済み、ジンより1つか2つ年上だ。魔法学校の元首席、所謂天才。普段から白衣を着て過ごし、魔法や魔道具などの研究に没頭する生活を送っている。
そして、この二人は開発、発明といった点で波長が合い、便利な物からよく分からない物まで色々な物を作る。
「魔豪の手ってなんだよ?」
「よく聞いてくれた。その魔豪の手は孫の手を改良した物だ。元々は、おばあちゃんの痒みを完全にバスターするというコンセプトで開発を進め、孫の手に魔力回路を組み込み、背中を掻く手の部分を可動させる仕様にした。だが、それでは機能として不十分だと考え、二日かけ、これに辿り着いた」
「へぇ」
「ジン、まずは魔力を流してみたまえ」
ジンは言われた通り魔力を流す。
孫の手の手の部分が引っ掻くように動く。
「それでは、持ち手のボタンを押したまえ」
「ボタン? ……これか」
ポチッと押すとウィーンという機械音が鳴り、手の部分がナイフに切り替わる。
「…………」
「この変形こそが魔豪の手の真価だ。孫の手の手の部分がナイフに切り替わる。これによって縁側でお茶を飲むような平和なひとときを過ごすおばあちゃんが襲撃された時、丸腰に見せかけて、この一振りで迎撃する事が可能になった」
「このナイフの強度を剣にも打ち合えるように加工したんだよ。いやぁ、変形するから折りたたむナイフでも頑丈にしなきゃいけないってのが難しいところだったな」
「素晴らしいだろう? この魔豪の手は」
ドヤ顔をするレフィと達成感に満ち溢れたベルシスにジンは溜め息をつく。
「おばあちゃんの背中の痒みをバスターするコンセプトどこいったんだよ。もっと物騒なものバスターしそうじゃあねえか」
「そんな褒めるなよ」
「ベルシス、褒めてねえ。大体、こんな重い孫の手を持てる年寄りがいるかよ」
「「あ……」」
二人から間の抜けた声が出る。
「私としたことが……変形に固執し過ぎて、そんな単純なことを見落とすなんて……」
「あーナイフをさらに軽くしないといけないかー。また難しいことになったな」
二人して頭を抱える。
「全体的な軽量化から始めてみよう。刃もだが、何よりも持ち手の部分が原因だ。魔力回路を組み込む部分を簡略してみる」
「よし、気合い入れるか」
魔豪の手の作成を再開しようとする二人に、ジンはもう一つ気づいたことを教える。
「それと、後ろ見てみろ」
「「後ろ?」」
同時に振り向くと、引き攣った笑顔を見せるアメル。
「二人とも、さっき私に一日だけって言ったわよね? なのに、丸二日かけたってどういうこと?」
「「あ……」」
ベルシスとレフィは固まる。
「あのーあれだ。二日ぐらい経った気分だなーってことだよ。なっ、アメル。一回落ち着こう」
「ベルシス」
「レフィも何とか言ってくれ」
ベルシスが囁き声で助けを乞うが、レフィは首を振る。
「私が思うに、もう手遅れかもしれない」
「そんなぁ……」
「二人とも?」
冷や汗が止まらないベルシスと悟ったレフィ。
「正座!」
「「はい」」
素直に二人はその場に正座。
アメルの説教はジンが止めるまで延々と続けられた。