フラージュへ
アメルはモカの家から冒険者ギルドに来ていた。
「こんにちは。ジンに呼ばれたんだけど、見てない?」
「アメルさん! こんにちは! ジンさんならギルマスの執務室です。案内しますね」
「ありがとう」
受付嬢に案内してもらうと既にジンはソファーに座っていた。
「来たか。モカたちの様子はどうだった?」
そう聞くジンの隣にアメルも座る。
「すごく元気そうだったわ。行く途中にモカちゃんと会ったんだけど、商店街のみんなが挙って色んなものあげるから、モカちゃん一人じゃ持てなくなってたのよ。まったくもう……」
呆れてはいるが、アメルの表情からして本気では怒っていないのが窺える。
「まぁ悪気は無えしな」
「そうね。あ、モカちゃん今度一緒にご飯食べようって」
「俺もか?」
「そうじゃなきゃ言わないでしょ」
「考えとく」
「行かないとモカちゃん泣くわよ」
「なんでだよ」
「モカちゃんが話す内容のほとんどが、ジンのことだったわ」
「はぁ」
「相当懐いてるみたいよ」
「そんな懐かれるようなことしてねえぞ?」
「ジン……本当にあなたって人は…………」
「そろそろ、いいか?」
部屋の主であるギルドマスターのムーゲンは向かいのソファーに座り、黙って聞いていたが二人を見兼ねて口を開く。
「あぁ、いたな」
「いたのね。こんにちは、ギルマス」
「お前らなぁ……俺も暇じゃねえんだぞ?」
「んなこと知るかよ」
「……もういい。それで話ってなんだ?」
ムーゲンがジンに本題を切り出すよう促す。
「お前の悪運がまた何かを引き寄せてるかもしれねえ」
「また? ムーゲンいい加減にして」
アメルがジト目でムーゲンを見る。
「おいおい、俺は何もしてないだろ。で、何か見つけたか?」
「クライ森で孤立したゴアウルフに連日エンカウントした。しかも、普通の個体よりも痩せ細ってた」
「痩せたはぐれが二日連続か、普通とは言えないな」
「え? 私が調査した時は特に何も無かったはずだけど……私に見落としがあった?」
「おそらく、ここ数日の変化だろうな。気づくのは難しいだろ」
「もっと慎重に調査するべきだったわ。ごめんなさい」
「仕方ねえって。アメルが調査した時に異常が無かったのなら突発的に何かが起きたんだろ。ゴアウルフの個体数が減る何かが」
「なるほどな。そうなると可能性として、ゴアウルフを倒せる魔物の出現か」
「魔物以外の可能性もある」
「そうなったら厄介だな。新しく盗賊のような輩が住み着いてたりしたら面倒だ。少なくともCランクを倒せる人間がいるってことだからな」
「どちらにしても早急に原因を見つけるべきね。ジン、どうするの?」
「後者になった時を危惧してファミリーでなんとかする」
「分かったわ」
「ギルマスもそれでいいよな?」
「あぁ、問題ない。むしろ、こちらから頼む」
「また報告に来る」
ジンとアメルは執務室を出る。
「ジン、今から行くの?」
「いいや、準備を整えてからだ。まず、エッグノッグへ寄ってエグノに街を離れることを話す」
「了解」
「それと、今回はアイツを連れて行く」
「アイツって……え、じゃあ『フラージュ』に行くの?」
「あぁ」
「……ふぅん。なら私も付いて行く」
「いや、付いて来なくても──」
「──い、いいの! あの、そう! 早めに全員集まるべきだと思うの! 早めに集まって作戦をできる限り練るべきよ! うん! その方がいいわ!」
「ん、まぁ別にいいけどよ」
「じゃあエッグノッグで待ち合わせしましょ」
「現地でよくねえか? エッグノッグで待ち合わせる必要──」
「──いいから! エッグノッグで待ち合わせ! いい?」
(あそこはジン一人で行かせたらダメ! おそらく大丈夫なんだけど、でも万が一、もしかしたらがあるかもしれないから!)
アメルは必死だ。
「……はいよ」
そんな必死になるアメルに押され、ジンは素直に言うことを聞くことにした。
ジンは一度自宅に戻り、準備を終えてからエッグノッグへ行き、エグノに街を離れることを伝えて後から来たアメルと合流。ジンとアメルは『フラージュ』に向かう。
◇ ◇ ◇
街の中心にある広場を通り抜けて向かうのは歓楽街。ここは暗くなる時間に明るくなり、人通りが減る時間に賑わいを増し、夜の街らしい色を浮かべる。
今はまだ夜というには明るすぎる時間帯。ほとんどの店は夜に合わせて準備している。だが、その方が都合が良い。
そして、二人が着いたのは豪華な装飾が施されている煌びやかな建物。大きさも歓楽街でも一、二番を誇る。そんな貴族の屋敷をも連想させる建物は店であり、店名が金色の文字で書かれている。
『フラージュ』
目的の人物がいる場所だ。
「すぅ……はぁ……さあ! 入りましょ!」
アメルは店の前で立ち止まり、意気込むように深呼吸をしてからジンと腕を組む。
「アメル、なぜ腕を組む?」
「い、いいでしょ! 別に! それとも、なに? 私と腕を組むのが嫌?」
顔を真っ赤にしながらアメルは上目遣いでジンに抗議の視線を向ける。
「ハァ……光栄なことです」
「そ、そう……ならいいの!」
ジンは冒険者ギルドを出る時と同じく、素直に言うことを聞いて、ぎこちなく歩き出すアメルに合わせて店に入った。