カカゼ
モカの家を出て向かったのはスラム街。
その人物は、スラム街に住んでいる。ここら辺では変哲のない錆びれた建物に着くと、ジンは、その建物の半地下にあるドアを叩く。
「ジンだ。先生いるか?」
「ふわぁ〜。どうした?」
大きな欠伸をしながら出てきたのは、ヨレヨレの白衣を着た猫背の男。
【カカゼ】
ファミリーメンバーの一人。スラムの闇医者。
真っ白の髪に無精髭、歳はオリンの倍は生きている。よれよれの白衣を着ており、面倒くさがりで、いつも働きたくないとボヤく。怠惰が具現化したような人だが、彼が施す医療技術や回復魔法はこの国でもトップクラスの腕を持つ。
「先生悪い。今から診てもらいたい」
「患者は?」
「寝たきりでそこまで動けない」
「出向かないとってことか、ダルいけど行くか〜」
部屋に戻り、すぐに大きなカバンを持って出てきた。
「重い。預ける」
「わかったよ。こっちだ」
◇ ◇ ◇
カカゼを連れて、モカの家に戻る。ポーションを飲ませたのかマタリの顔色が心做しか良くなっていた。
「ジンさん。こちらの方は……?」
「ファミリーの医者だ。見てくれはあれだけど、腕は確かだ。保証する」
「お医者様ですか、ゴホッ……けど、うちにそんな診てもらえるほどのお金はありません」
「カカゼです。安心してください。治療費はコイツからふんだくるので」
カカゼは笑顔でそう言うと、カバンを置き、マタリを寝かし手をかざす。
「〈アナライズ〉」
体の状態を把握する魔法を使い診断する。
「……風邪と風邪が度重なって重症化した感じですね。これなら魔法で治せます。〈キュア〉」
主に解毒に使う魔法を行使。
「あ、凄く楽になりました!」
「やったね! お母さん!」
起き上がるマタリに抱きつくモカ。
「良かったです。病の元は断ちましたが、体はまだ弱ったままなのでしばらくは安静にしてください」
「分かりました。その、どのくらいで働いて良いものでしょうか?」
「仕事によりますね。何をされていますか?」
「小物など、雑貨を作っていまして」
「それなら、二、三日様子見て調子が良ければ問題ありませんよ。ちなみに、いつから症状が出始めました?」
「2週間くらい前ですかね。その前に風邪をひいて、一度収まったと思ったらまた咳が出始めて、目眩をする頻度が増えて、そこから酷くなりました」
「それまでに飲んでいた、それか飲み続けてる薬はありますか?」
「ええ、分けてもらった薬を飲んでます。そちらの戸棚にある粉末の物です」
「見せてもらっても?」
マタリが頷くのを見て、カカゼは戸棚から粉末状の薬を取り出し、薬を眺め、目を細める。
「こちらの薬は、もう飲まなくても問題ないです。見る限り、使用期限も近いので、こちらで処分しておきますね。代わりに、一週間分の栄養剤を渡しますから、寝る前には必ず飲んでください」
カカゼは持ってきたカバンから栄養剤を出してから、白衣のポケットに薬を仕舞う。
「ジン、ちょっと」
ジンを呼び、外に出るように促す。
「マタリ、一度外出るわ」
ジンはマタリの返事を待たずにカカゼと共に家を出る。
「先生どうした?」
カカゼは辺りを様子見てポケットに入れた薬を出した。
「ジン、これは薬じゃない。毒だ。本当の薬も混ぜてあるが、薬草の類には無い色の植物が入れられている」
「毒?」
「あぁ。彼女が弱っていたのは毒のせいだ。だが、即死するものではなく、遅効性のもの。だから衰弱させるのが目的だろうな」
「モカが薬屋から貰ったって言ってたな」
「じゃあ毒を持ったのは薬屋の誰かだな。どうする?」
「薬屋に行って、そいつから事情を聞き出す。マタリに、この事は言わなくていい」
「あいよ」
彼女たちの家に戻ると、
「さらに、ご迷惑をおかけしてしまうのでしょうか?」
マタリが不安げにしていた。治療費などを心配したみたいだ。
「いや、栄養剤も高価ではないですし、大掛かりなこともしてないので大丈夫ですよ。ただ、先程の分けてもらったという薬は、どなたから貰いました?」
「薬屋の『モズボス』という方にいただきました」
「男性ですか?」
「はい。あの方が何か?」
「いえ、そのー、興味深い薬だったので、どのように調合したのかお話ができたらなと、お会いした時に分からないと困ってしまうので、どのような見た目か教えてもらえますか?」
「なるほど。見た目は長い髪で、身長はそこそこ、かなり痩せていると思います」
「ありがとうございます。これならわかりそうです」
「あと気味が悪かったです」
モカがポツリといった。
「モカ。そういうことを言わないの。……優しい人だったんだから」
「気味が悪い?」
「いえ……その、なんで言えばいいのでしょうか?、過保護と言いますか……」
「あの人変だったよ。家まで薬を届けるって家についてきたり、看病とかいって家にずっと居たり、お母さんを変な目で見てたり──」
「──モカ!」
「いいんです。その事も頭に入れておきます。娘さんが怖がるなら、それなりの配慮もするべきだと思います。もちろん、マタリさんのためにも」
見るからにマタリにも、優しいと言うものの少なからず嫌悪感があったのだろう。
「あの……このような事まで、すみません。よろしくお願いします」
「ええ、承りました。では、これでお暇させてもらいます」
「本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
マタリの後に続くようにモカも頭を下げる。
「お大事に」
カカゼは先に家を出る。
「何かあった時は俺の所に来な。ここだ」
地図をモカに渡して、ジンも家を出る。
「ありがとう! ジンさん!」
モカは子供らしい笑顔で、その背中を見送るのだった。