頼まれ事、ついでに面倒事
「ベルシス、いるか?」
ジンは、以前借りた魔豪の手を返すのを忘れており、ベルシスもしくはレフィへ返しに、ベルシスの家に出向いていた。
「はーい」
出てきたのベルシスでもなく、レフィでもなかった。
「アメルか、ベルシスの家にいるなんて珍しいな」
「二人の生活を正そうと思ってきたの。そしたら、もうひどいのよ。部屋に脱いだ服とか紙とか魔道具とか散らばってて、着いてすぐ片付けから始まったわ」
ため息をつくアメルにジンは苦笑するしかない。
「あーごめんなさい。会って早々こんな話して、ベルシスに用事?」
「気にすんな。この間借りたコイツを返そうと思って、渡しといてくれるか?」
ジンは魔豪の手を出して見せる。
「分かったわ。ジンのこれからの予定は?」
「特に決めたことはない」
「よかった! 一つお願いがあるの」
「お願い?」
「そう。この間ギルドで受けた依頼の報告し忘れてて、代わりにお願いできない? ベルシス達の事で手も目もあんまり離せなくて」
「珍しいな。忘れるなんて」
「弓の調子が悪いことに気を取られて忘れちゃってたの」
アメルは頬を膨らませて拗ねたように言う。
「分かった。俺がやっとく」
アメルから依頼書を受け取る。
「ありがとう! 助かるわ」
「ベルシス達をよろしく」
「頑張る!」
ジンは踵を返し、ギルドに向かう。
「二人とも遊んでないで片付けて!」
家の中からアメルの声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
昼間から酒を飲む、真面目に掲示板で依頼を吟味する、ただ仲間と談笑する。色んな声や武器防具が鳴らす金属音が響き行き交う。
冒険者ギルド。自由を求める人間が集う場所。
ジンは受付に行き、座っている職員に依頼書を渡す。
「あ! こんにちは、ジンさん! 完了報告ですか?」
「ああ、頼むわ」
「はい。あれ? これはアメルさんの?」
「色々あってな」
「分かりました。特に提出していただくものは無いので、これで完了です。お疲れ様でした」
「おう」
「あの! 冒険者登録はここですか!?」
隣に、いかにも新人という見た目の少年少女二人が受付に来ていた。
「はい。冒険者登録ですね? こちらで合ってますよ」
「よし! 登録お願いします!」
「かしこまりました。こちらに記入をしてくださいね」
ジンは、その二人を横目に受付から入口付近の掲示板へと移り、依頼を見ていく。
(周辺調査、薬草採取、周辺調査、ゴブリン討伐……やたら周辺調査が多いな)
すると、冒険者登録が終わったのか、先程の新人の二人が掲示板を見に来た。
「姉ちゃん! これにしようぜ! ゴブリン討伐!」
「ケン。討伐の依頼は私たちには早いよ。まずは薬草採取から始めよ?」
二人は姉弟らしい。
「えー!」
「えーじゃないの。わかった?」
「はーい……」
姉は渋々了承する弟を連れて依頼を受けにいった。
「…………あの二人…………るぞ……」
酒場のテーブルに座っていた三人組の男が、あの姉弟を見て何かを話しながらギルドから出て行く。
「よし! 行こう姉ちゃん!」
「ちょっと待って!」
姉弟も勢いよくギルドを飛び出して行く。
「チッ」
それらを見て、嫌な予感がしたジンは後を追った。
◇ ◇ ◇
「なぁ、お前ら。新人だろ?」
姉弟はギルドから出て歩いていると三人組の男達に声をかけられた。
「あぁ! そうだぜ!」
「やっぱりな! そうだと思ったぜ」
「おっさん達はなんだ?」
「ケン! 初対面なのに失礼よ」
「ハハッ、俺たちはCランクの冒険者だ」
「すげえ! Cランクかよ!」
「あぁ。この先輩冒険者からアドバイスをしようと思ってな。依頼はなんだ?」
「薬草採取!」
「なら、薬草の群生地の地図を売ってる場所を特別に教えてやるよ。ついてきな」
「ほんとか!? やったぜ!」
「ケン。本当に行くの?」
「大丈夫大丈夫!」
「あ、ちょっと!」
男達についていく姉弟。歩き続け、段々と人通りが少なくなり、着いたのはスラム街だった。
「ここに地図があるのか?」
「無い」
「え?」
「馬鹿だなーお前ら、ホイホイついてきて、こっちとしてはありがたいんだけどよー」
男達は立ち止まる。
「持ってる物全部置いていけ、そうすれば何もしないでやるよ」
汚い笑い声をあげる。
「騙したな!?」
「騙したつもりしかないな」
さらに大きな笑い声をあげる。
「姉ちゃん。逃げて!」
「ケンを置いてなんかいけない!」
「はや──がっ!」
「ケン!」
殴られた弟に駆け寄る。
「だ、誰か! 誰か助けて!」
「ここで叫んでも誰も来ねえよ。さぁ、痛い目見る前に早くしな」
「逃、げろ……姉ちゃん……」
「お願い! 誰か!」
「意味ねえって言って──」
「──おい、何楽しそうなことしてんだ。俺も混ぜろよ」
男たちが振り返るとジンが立っていた。
「なんだお前?」
「ミナンの冒険者じゃねえな……」
「チッ! まぁなんでもいい。お前も有り金全部置いてきな」
「うるせえ。さっさと失せろ。怪我すんぞ」
「はぁ? この状況で何言ってんだ? 俺らCランク冒険者だぞ?」
「失せろ。二回言ってもバカにはわかんねえか」
「この野郎! おい! やるぞ!」
男三人がジンに向かって来る。
一人が大振りのストレートを放つのを横に身体をずらして避け、胴体を殴り、沈める。
もう一人が上段蹴りをしようとするも片脚を上げた瞬間に金的。股間を抑え崩れ落ちる。
最後のリーダーの様な男が顔目掛けて放つ拳を手で受け止める。
「! 動かねえっ……ぐぁぁぁ!」
そのまま握り潰すように力を込めるが、正面の男が腕を払って離れる。
「ちくしょうっ! こうなったら」
正面の男が姉弟達の方へ走り出す。しかし、姉弟の元へ到達する前に、後ろからジンに頭を掴まれ地面に叩きつけられる。
「グガッ!」
「ゴミが。二度とこの街に近づくな。わかったな?」
「クッ! 離せ!」
「わかったかって聞いてんだろうが」
ジンは抑える力を強くする。
「ぁぁぁぁぁぁ! わかったわかった! もう近づかない! この街から離れる!」
男の髪を掴んで顔を上げさせ、
「次は殺す」
投げ捨てるように離した。
動けるようになった他の二人が突っ伏した男を連れて去っていく。
「あの、ありがとうございました」
お礼を言う姉らしき少女。
「この街の為だ。お前らの為じゃねえ」
「それでも、助けていただきありがとうございました」
「…………依頼書よこせ」
「え、あ、はい」
ジンに依頼書を渡すと何かを書き始めた。
「今日は街の外に出るのはやめとけ。ギルドに戻って、この事を話せば、依頼失敗にはならねえから」
「あ、あの!」
依頼書を返して立ち去ろうとするジンを少女の弟が呼び止める。
「アンタが来なかったら姉ちゃんを……守れなかった……ありがとう」
「……次は、お前が守れよ」
「っ! うん! 次は俺が守る」
ジンは踵を返す。
「本当にありがとう!」
「ありがとうございました!」
姉弟は、その背中に感謝の言葉を重ねた。