ギルドマスターと憂鬱
翌日、サレンがギルドに出勤すると、ギルマス──ギルドマスターから呼び出しがかかった。
ギルマスが居る執務室のドアをノックすると、入れ。と入室を許されたのでドアノブに手をかける。
「失礼します」
執務机で書類を険しい顔で見ているスキンヘッドの大柄な男。
『ムーゲン』
ミナンの冒険者ギルドのギルドマスター。
顔に大きな傷跡、筋骨隆々な体。過去に王都の兵士として腕を奮っていたが、兵士からギルドマスターに転向したらしい。ランクは数少ないSランク。
サレンは執務机の前に立ち、ムーゲンは書類を机に放り投げ、視線を上げる。
「サレン……だったな。お前、カクテルファミリーに何をした?」
彼女はその話だろうと薄々勘づいていた。
「ジンという男がどんな人物か調べてました」
「何故だ?」
「怪しかったからです」
「どこがだよ。何もしてないだろアイツは」
書類を見ていた時よりもムーゲンの顔は険しくなった。
「だからこそ怪しいです。調べた結果、彼はギルドの内部情報を知っていることが分かりました。つまり、誰かが彼に情報を流している人がいます」
「あぁ、知ってる。それが誰かも知ってる。」
「!? では!」
「俺が情報を渡したからだ」
「な!?」
(ギルドマスターが!? 組織のトップが悪に手を染めていた!?)
怒りに満ちた強い眼差しを向けるサレン。
「落ち着け」
手で制するムーゲン。
「勘違いするな。俺は誰かを危険に晒すことはしない」
「おかげで私は死にかけました」
「それはお前が、タブーに触れそうになったからだ」
「タブー? どういうことですか?」
「お前……調べたくせに知らなかったのかよ?」
ムーゲンは額を手で覆い、項垂れる。
「ジンという男にとって『カクテルファミリー』は本当に家族のような存在なんだ」
「はぁ」
「アイツはファミリーをこよなく愛してる。いや、愛しすぎている。だから、ファミリーに手を出されるのを嫌う」
ジンが言っていたことをサレンは思い返す。
「『ファミリーの為なら殺しだってやる』……」
「そうだ。ファミリーのことになると見境がなくなるからな」
ムーゲンは苦笑いをする。
「お前は自分の企みをファミリーメンバーにふっかけたが、それがジンだった。不幸中の幸いだな」
「もし、他のメンバーに声をかけていたら?」
「場合によっちゃ、死にかけたんじゃなくて、本当に死んでたな」
「……生きれて良かったです」
「アイツは、ファミリーへ下手に手を出さなきゃ何もしない。むしろ、この街のためになる。お前も自分の大切なものに手を出されたら許せないだろ?」
「ですが、危険です! そんな何をするか分からない人間を自由にしておくのは!」
「かもな。だから協力関係を築いてる。アイツが間違った方へ向かないように」
「ですが──」
「アイツは力を正しく使ってる。他のファミリーメンバーも同じだ。逆にお前こそどうなんだ? 根拠も無しに勝手に疑いをかけ、ギルドから不正に依頼を持ち出し、騙す真似して。アイツとお前、危険なのはどっちだ?」
ムーゲンが言ったことは何一つ間違いがなく、サレンは返す言葉もない。
(ギルマスは彼の危険性を知らないのだろうか? それとも、数少ないSランクからしたら取るに足らないものだと言う事?)
「アイツについてもう無駄な詮索は止めろ。俺が言いたいのはそれだけだ」
「はい……」
「この一件は俺とお前しか知らないし、わざわざ口外するつもりも無い。本当はペナルティを与えなきゃいけないが、アイツにお灸を据えられたみたいだからな。無しでいい」
「……ありがとうございます」
「疑うなとは言わないが、余計なことはするな。これが条件だ。わかったな?」
「わかりました」
サレンは静かに執務室を出て行った。
サレンが執務室を出た後、ムーゲンは深くイスにもたれかかり、
「俺に何も言ってこないのは貸し一つって事だろうな……。はぁ〜〜〜〜」
天を仰いだ。
執務室を出たサレンは、自分の行いを反省する。
(ギルマスは間違ったことを言ってなかった。話を複雑に考えすぎたのかもしれない。でも、彼には得体の知れない何かを感じるし、だとしても、この街には貢献してるから……)
ぐるぐると色んな考えが回るが、どうしようもできず、考えるのをやめる。
(なんか一気に疲れた。今から仕事か…………戻ってギルマスに早退の旨を伝えようかな)
サレンは重い足取りで仕事に戻っていった。