第七話:思わぬ味方と旅立ちと
お母様はいったい何を考えているのか私にはわからなかった。
昔からお母様は変わっているとは思っていたけど…
確かにアイツは強かった。
腕利きの護衛どころかお父様まで倒したのだから。
でもあんなの不意打ちみたいなものじゃない。
お父様には二度と通じないわ。
でも……アイツは、ルキフェルは本当に出来損ないなのかな?
私だってまだ使えない中級魔法、あの身体強化や魔法の融合。
出来損ないにできることなのかな?
アイツには並の魔力しかないのに。
アイツは誰にも魔法を習ってないのに。
けど私はアイツにはどうやっても勝てない。
魔力の差は歴然なはずなのに…、それなのに…
まあ、使用人たちを見てわかるようにアイツは例外なんだろうけど。
ほんっと、アイツことはまったくわからないわ。
……私を助けてくれたことには感謝するけど、
でも、アイツを認めたわけじゃないんだから!!
カポーン
………なんで僕はゆっくり湯につかってるんだろう。
あれからブレアの母親に汚れた格好をどうにかするよう言われた使用人たちにここに放り込まれた。
さすがに戦う気のない使用人しかも女性を殴る訳にはいかないしなあ。
つーか、さすがあの当主の妻やってるだけはあるな〜、うまく丸め込まれたし。
流されちゃったけどこれからどうなんのかな〜。
当主はしばらく目を覚まさないだろうけど……
あの渾身の(怨み辛みのこもった)一撃をモロに喰らったんだから一、二ヶ月は倒れていて欲しいな。
とりあえずとっとアドリビティウム家を出ていかないといけないよな。
しかしわかんないなあの人。僕を嫌ってると思ってたんだけど、なんで友好的なんだ?
夫をぶっ飛ばされたのに笑顔で接するて。
確かにブレアを助けたけどさぁ、異常だよなあの態度。
ま、それは本人に聞くか。
「ルキフェルさま? 奥様がお呼びです」
「ハイハイ、今行くよ!」
鬼が出るか蛇が出るか、どうなるかな〜。
「ようこそ、ルキフェル君。あ、お菓子どうですか? 美味しいですよ」
ズコーーーーー!!
「どうしました?」
どうしましたじゃねーーーー!!
なぜ、なぜこんなにフレンドリー。
符もグローブも取りあげられてないし、護衛どころか使用人の一人もいない。
いくら魔力切れの僕を相手にするとはいえ、不用心すぎだ。
ハッ! まさか当主並に強いのか? いやけどだったら風呂(しかも貴族用)にいれたり、こんな風に歓迎する必要ないよな。
そうならたぶん一撃でやられるし。
とりあえず起き上がるか。
「で、どういうつもりですか?」
僕はとりあえず通された応接室っぽいところのソファーに座った(お菓子は丁重に遠慮した)。
「どういうつもりとは?」
「だからなんでこんなことするんですか? 今の僕なら簡単に倒せるでしょう」
「……私は別にあなたをどうにかしようとは思ってないわ」
「ハイ?」
「私はね、ルキフェル君。貴族というのがあまり好きではないの」
いきなり問題発言ですね。
僕の驚愕した様子をよそにブレア母は話を続ける。
「私は親に決められてアドリビティウム家に嫁いできたの。別に貴族としては当たり前のことだけど私は心の中では納得できないでいたわ」
「あの……、それは」
僕の言いたい事に気づいたのかブレア母は慌てて付け足した。
「別に他に好きな人がいたわけじゃないわ。今はあの人もブレアのことも本当に愛してる。ただ…」
ブレア母は声を小さくして続けた。
「私は何も自分で選べなかった。親に決められたように生きてきただけ。それがずっと心に引っかかっていた」
僕はこの身の上話が嘘とは思えなかったので警戒をといてしっかり話を聞くことにした。どうせ今の体調じゃあ脱出もできないのだから。
「君のことを知ったのは嫁いだ後だったわ。でも会おうとは思わなかった。新しい生活に慣れるのに精一杯だったし、わりと早くブレアが生まれたからね」
僕とブレアは確か三年くらい歳が離れていたはずだ。
その頃は母もまだ生きてきたはずだが……、当主どんな根性してんだ。
「私が初めて君を見かけたのはその数年後ね。君が屋敷でブレアの魔法練習の的にされているところだったわ」
その頃は基本部屋に閉じ込められてたな。飯はいちようでたけど残り物だったし、働かないのに飯をもらえるから使用人の子どもたちにいじめられるし散々だった。
ブレアも誰に何を吹き込まれたのか、初対面で魔法をぶちかまされたんだよな。
魔法自体は未完成だったけど生身で受けるのはキツかった。
「私はその光景が信じられなかった。ブレアがあんなことをしていたなんて。そして君がブレアがいなくなった後に泣き叫ぶ様子を見て思ったの」
あれ? 僕が母のメッセージを受け取る前の話だよな。
ってあの情けないとこ見られてたのか!! 顔が赤くなってきた。
「この子も自分では何も選んでいない。なのにこんなめに遭うのはおかしいって。私はあなたを助けようと思ったわ」
ブレア母の表情が暗くなった。
「でも何もできなかった。あの人も使用人たちも気にしなくていいと。ブレアのやっていることさえ止められなかった。………本当にごめんなさい」
僕はとても驚いていたが、それ以上にうれしかった。母以外に(いや、いちよう母かな)僕を守ろうとしてくれた人がいたのが、本当にうれしかった。
「あの、ありがとうございました」
「お礼なんて言わないで。結局私は何もできなかったのだから」
「それでも…」
僕のために何かしようとしてくれたことがうれしかった。だから僕は精一杯の笑顔を作って言った。
「本当に、ありがとうございました」
「ルキフェル君……。ごめんなさい、そしてありがとう……」
涙を浮かべながら微笑む様子を見ていたらブレアが少し羨ましく思えた。
少ししてからブレア母あらためクリスさん(本名はもっと長いらしく本人にこう呼ぶよう言われた)と今後のことを話し合った。
僕の身の安全のためにはアドリビティウム家を出ていくしかないが、ただ僕が出ていっただけでは追手が差し向けられるかもしれない。
だがぐずぐずしていたら当主が目を覚ましてしまうので早急に手をうつ必要がある。
僕は結局行き当たりばったりで当主を倒してしまったので何も案がなかった。
クリスさんが言うには孤児院というところに行けば最低限の生活は送れるそうだが、問題はどんな風に当主を誤魔化すかだ。
「クリスさん、何かありませんか?」
「………」
クリスさんは少し悩んでからこう言った。
「ルキフェル君、サバイバルできるわよね?」
「? ええ、出来ますけど。それが何か…」
クリスさんの案はかなり無茶苦茶だった。
しかし、他に案も浮かばなかったのでクリスさんの案を実行することになった。
次の日。
カポカポカポカポカポカポ
朝早くから馬車に乗って僕は移動していた。貴族用ではなく普通の馬車だったからか体が痛い。
ガシャ!
目的地に着いたらしく馬車が止まり、鍵の掛かっていた扉が開いた。
外に出ると目の前に広がっていたのはどこか神秘的な感じのする森だった。
「ヘー」
「何をしてるの!! こっちに来なさい!!」
何故かついてきたブレアに急かされ、僕は森に背を向けてクリスさんとブレアの正面に立った。
この森はいわゆる秘境だ。当然、様々な動物、獣が住んでいて人にとっては危険な土地である。
クリスさんの案とは僕をこの森に置き去りにすることだ。
もちろんこの森は僕くらいの子どもが生き残れるような場所ではない。
僕だって危険なのは変わりはないが、当主に狙われ続けるよりはマシだろう。
これは賭けだった。
クリスさんが僕の方に近づいてきた。会話をブレアや使用人に聞かれない為だろう。
「ルキフェル君。ここはまだ被害がでてないと思うけど気をつけてね」
「? 被害って何ですか?」
ピシッ!
僕の答えを聞いてクリスさんは固まった。何かマズイこと言ったかな。
「ルキフェル君、町に着いたら必ず孤児院に行って常識を教えてもらいなさい。良いわね!」
正に有無を言わさぬ迫力に僕は頷くしかなかった。
「ルキフェル君。覚悟は良い?」
クリスさんが最後の確認を取る。
置き去りにすると言ってもコンバットフォームがあるため僕は馬車くらい楽に追い付けるし、サバイバルもできる。
僕をこのまま置いてきても当主は安心せずに追手を差し向けるかもしれない。
当主には僕が死んだと思ってもらわねばならないのだ。
だからといってこの方法は勘弁して欲しかった。
クリスさんが僕から離れた位置で魔力を解放する。使われるのは風属性の中級魔法。
「吹き飛ばしなさい!! メガウィンド!!」
魔法で森の奥までぶっ飛ばすなんて方法は…
ビューン!!
僕はメガウィンドにより鳥になった。
ヒューーーーー
ああ、世界ってこんなに広かったんだな
ヒューーーーーーーーー
なんだかとてもいい気分だ。心が洗われると言うか。
ヒューーーーーーーーーーーーー
………いい加減現実を見るか。
僕は森に向かって落下している真っ最中だ。コンバットフォームがあっても死ぬかもしれない。
けど準備は万端だ。あらかじめ聞いてたのだから。
「ハッ!」
僕は落下地点を中心とした円周上の木々に符を投げつけた。
込められているのは魔力とあるイメージだ。
「発動!」
僕は地面に追突する前に符に込めた術式を発動させる。
ビョーーン
「……助かったな」
イメージはクモの巣。柔軟性を高め、僕自身には粘着しないようにしてクッションにしたのだ。
まあこの際カッコ悪いのには目をつむろう。
しかし落下地点に木がなくて良かったな………………うん。
地面に降りて周りを見渡すと木々しか見えなかった。恐らくかなり森の奥なのだろう。
クリスさんにここまでして貰ったのだ。あとは僕次第なのだから頑張ろう。
ギャオオオオン!!
しかしその決意は雄叫びの聞こえた方を向いたら砕け散った。木端微塵というくらいバラバラに。
「……………嘘、だろ」
僕が暇つぶしに読んだ本にはある人の武勇伝もあった。その中に出てくる伝説級の生物が目の前にいたのだ。
鋭い爪と牙、巨大な身体、背には一対の翼を持つ。貴族でも生半可な人数では勝つことのできない正真正銘の幻獣。
ドラゴンがそこにいた。
読んでくださった方どうもありがとうございます。次回はヒロイン(予定)との出会いです。更新速度は下降中ですが、これからもよろしくお願いします。では、次回をお楽しみに。