第二十三話:貴族と平民と 結末編
初めにここを見に来たとき思った。
ここはイヤな場所だと…。
ここは普通じゃないと…。
ここに…居たくないと。
他の子どもたちは別につらそうでも、イヤそうでもなかった。
むしろ目には強い意志のようなものが感じられた。
自分達に自信をもっていた。
勉強など普通は嫌がりそうなことも必至に努力していた。
褒められるべきことなんだろう。
本来は将来のことなど考えず、ただ遊んでいる年頃の子どもが……
ただ親という保護者に守られるだけの……庇護者でいるはずの子どもが、だ。
いや、中にはしっかりとした目標……夢をもっているやつだっているだろう。
だが、ネガティブ思考になりがちな境遇の子どもたち全員が…となると話は違う。
孤児院の職員に専門のケアができる人がいたとしても、それは異常だ。
全員に同じように希望を与え、やる気を出させる。
それは、もはや洗脳と言ってもいいだろう。
俺はそれが嫌だった。
俺は…、俺には……与えられた希望をただ信じることなどできそうになかった。
「ここは一種の養成所なんだと思います」
「養成…所?」
「はい」
そう、俺はコイツラのような人間を知っている。
ただただ、貴族たちを崇拝する人間を…。
「貴族たちには護衛役がいます。んで、その護衛役っていうのは貴族のためなら命すら投げ出す、そんな人間が選ばれるんです」
まあ、文字通り命を預けるのだから、裏切るような人間は使えない。
だが、平民は大抵は貴族に対する負の感情をもっている。
それは富や権力、魔法などを持たざる者の嫉妬や、貴族にひどいめにあわされたことによる恨みだったりするわけだ。
まあ、貴族の横暴に起因する反抗心の方が大半かもな。
普通は自分から関わったりしないし。
「その貴族のことを絶対とする護衛役…いや、家事も教えてるから使用人も含むか? とりあえず貴族に仕える人間を育ててるんだと思います」
ま、有事のさいに逃げ出すアドリビティウム家のヤツラみたいなのより、忠誠心がある方が良いに決まっている。
『?』
ん〜、ハルトたちには難しいか。
「ルキフェル〜、それって何か悪いの?」
訂正、ハルトたち以下の知識レベルのルキアにも難しかったな……。
「つまり、ここは悪の組織の戦闘員訓練所みたいなところってことだ」
説明するのがめんどかったので、近いもので例えてみた。チョイスに悪意がこもっているが…。
「貴様ぁあ!!」
ダンッ!
男1がぶちギレしたのか、長机に跳びのって俺に向かってくる。
机に足を乗せたらダメだろうに……。
「ハァアッ!!」
「ほい」
やっぱりコイツラくらいなら、敵じゃないな。
殴りかかってきた男1の拳をかわし、体重のかかっている軸足を刈り取る。
ガンッ!
「グッ…」
そのまま派手にコケて壁にぶつかるが、その目は怒りに満ちている。
う〜ん…
「戦闘員が嫌なら、ランクを上げて怪人改造研究所でもいいぞ」
俺は変な怪人になるくらいなら、戦闘員の方がいいけどな。
怪人の方が偉いけど。
「ルキフェル…、問題はそこではないと思いますけど」
ですよね。ま、これはジョー…
「そっかぁ…って大変だよ、ルキフェル!! 早く逃げないと改造されちゃう!!?」
『おいっ!!』
…ハッ、思わずツッコミをしてしまった。
男1たちの方も同じらしく、何をやってるんだと頭をかかえていた。
まぁ、長居するのは危険という意見には賛成だな。
聞けたいことも聞けたし。
ガチャ! バタンッ!
「何をしてるんですか!?」
そんなことを考えていると扉が開いて先生さんが戻ってきた。
「(あれ? 私鍵かけたに…)」
「(キーをとってきたんだろ。鍵穴に細工しとくんだったかな?)」
「(……もう遅いよね。どうするの?)」
「(ま、そろそろ潮時って感じだし)」
俺の目的は果たした。
それに、(ミアさんたちには悪いが)できることもない。
あちらさんを説得しようとしても、すでに染み着いてしまった考えを変えるのは短時間では不可能だ。
「すいません。水入らずで話をさせてあげたくて。もう帰ります」
「ルキフェル!? 待ってください、まだ…!」
先生さんに見えないよう、ミアさんにシーとジェスチャーをして、俺はウィルたちを促した。
「待ちな…」
「逃がすか!!」
先生さんのセリフを遮って、男1・2・3と女1・2が襲いかかってきた。
静止の声は間に合わない。いや、聞こえないだろう。
男1・2・3と女1・2の一斉攻撃。
だが、………師範たちとは比べるのもバカらしい。
俺は近くにある、さっきまでウィルが座っていたイスを掴む。
そしてタイミングを合わせてイスを真一文字に振り切った。
ゴスッ!! ×5
『ッ〜〜〜!!?』
見事なまでに払いのけられた五人は、痛むところをおさえて悶絶している。
しかし、全く同じ構え・動きで襲いかかってくるとはな〜。
まさに量産された戦闘員のようになりそうだな……ヒーローに軽く倒される。
イスを床に置き、ポカンとしているミアさんたちを促していると、先生さんが詰め寄ってくる。
「なっ!? くっ、待ちな…」
「五人がかりでたった一人、それも年下にやられた……な〜んて噂になったらどうなるすかね?」
「!?」
俺はその先生さんの動きをただそう言うだけで制した。
貴族を相手にする以上、評判や信頼はとても重要だ。
まだできて間もないというのにそんな噂が流れれば、間違いなくこの孤児院の評価は最低になる。
潰れること間違いなしだ。
俺たちの口を封じれば早いが、教会は貴族とは別の権力をもっているらしいのであまり問題を起こしたくはないはず。
……………まぁ、俺たちに危害を加えようとすれば、俺 & ルキア、おまけでフォルティアさんに師範を敵にまわすことになるから、より甚大な被害がでるだろうけど。
よって、俺たちを見逃すしか道はない……と思う。
「……自信なさげだね〜」
「しゃあないだろ。こういうのは苦手なんだ」
人の考えなんて百パーセント予想できるわけないし、ただでさえ人付き合いは少ないからな。
先生さんは追ってくる様子はないが、警戒はしておこう。
なんとか孤児院を脱出(普通に正面から歩いてだけど)した俺たちだったが、その後が大変だった。
まずミアさんに、貴族の息がかかっているためヘタな手出しは厳禁だと懇切丁寧に説明した。
なかなか説得できなかったが、俺たちに被害が及ぶ可能性が高いと告げると渋々だが引き下がってくれた。
やっぱりあの五人が心配なんだろうねぇ。
その後は改めてみんなに孤児院についての俺の考察を話した。
…………………ウィルに解るよう話すのはホントに骨が折れたよ。
「理解してるか怪しかったけどね」
笑いながらそんなことを言うのは俺の隣にいるルキアだ。
つーかそんなこと言うなよ! 俺の努力が報われてないみたいだろ!
まぁ、とにかく孤児院には近づかないよう言い聞かせた。
あんなことがあったから、先生さん方は俺たちに接触してはこないと思うが、あの五人が暴走する危険もないわけではない。
ま、不祥事を起こした上、俺にも負けたんだからそれなりの罰を受けるはずだ。
外出が禁止されてもおかしくはないだろう。
もし広場なんかで俺たちとケンカして負けたら、それこそ揉み消しなんてできないし。
「ところでルキフェル」
「なんだ…」
このことはミアさんと年少組には話していない。
話したら無理にでも助けにいこうとするだろうしな〜。
けどアイツラは差し出された手を取りはしない。結局こっちが不利になるだけだ。
そんなことを考えながら適当にルキアと会話しようとした俺だったが、次のルキアの一言で頭の中が真っ白になった。
「いつ孤児院をぶっ壊しにいくの?」
…………………………………………………………ハイ?
「あんなとこないほうが良いでしょ。私たちなら楽勝だよ!」
「……………いや、そうだけどな」
確かに俺一人では無理だが、ルキアと一緒ならあんな孤児院の一つや二つわけはない。
わけはないけど………
「ルキア。孤児院を壊すことはできない」
「えぇぇぇっ!!?」
「俺もあの孤児院自体は叩き潰したい。でも、そうしたらあそこにいる子どもたちはどうなると思う?」
「教会で預かれば…」
「残念だがそんな余裕はない」
そもそも規模が違い過ぎる。
こちらが五人に対してあちらは数十人はくだらないだろう。
「それだけの子どもが路頭に迷えば、大半は死ぬだろう。それに教育されてた内容が、な…」
「あっ…」
ルキアも気づいたか。あんな態度じゃ、助けてくれる人も助けてくれなうだろう。
「じゃあどうするの?」
暗い顔になったルキアが俺にまた聞いてくる。
「……………………どうにもできない」
そう、何も俺にはできない。
あの五人を助けることも、孤児院を潰すことも………なにも。
「…………ミアさん泣いてたよね」
「…………ああ」
「……ウィルも、エイミも、ハルトも泣いてた」
「……そうだな」
完全に理解してはいなかったが、あの五人がひどいめにあうことは感じたらしい三人は泣いていた。
ミアさんを先に説得していたから三人を宥めてもらえたが、俺とルキアでは止められなかっただろう。
そのままミアさんたちは一緒に部屋にこもっている。
俺たちは念のための仕掛けをして、いつも鍛練に来ている森の中にいる。今日は鍛練の気分ではないが、居づらくなってルキアと二人で出てきたのだ。
あの五人と暮らした記憶がない俺たちには、四人の間に入っていくことは、できなかった。
いや、入る以前に俺はあの五人を罠にかけ、利用した。俺たちが有利になるように……。
正直なところ顔をあわせるのも居心地が悪い。
「弱いのかな……私たち」
「ルキアは…弱くないさ」
二人そろって月を見上げながら、俺とルキアはどちらともなく手を重ねた。
「無力なのは俺だよ。情けないよな………」
貴族を叩きのめしたのに、いや叩きのめすことはできりのに、俺は今必死に逃げ隠れしている。
今日だって、貴族の非人道的な行いを知ったのに何もできないでいる。
「貴族と平民ってそんなに違うのかな?」
ルキアはこちらを見ず、すがるように問いかける。
俺はそのルキアの問いに答えることはできなかった。
そんなに大した違いはない。
心ではそう思っていても、目の前の現実には貴族と平民の間にある、とてつもない壁を実感せずにはいられなかった。
「俺は……本当に無力だな」
見上げる月の輪郭は、雲ひとつない夜空だというに……俺にはにじんでわからなかった。
どうも読んでくださった方ありがとうございます。
なかなか筆が進まず、風邪にかかったりしたためかなり投稿が遅れてしましました。
申し訳ありません。
あとついでにサブタイも直しました。微妙ですが、中編が二つあるよりいいかな~と。内容に変更はないです。
次のいよいよルキフェルたちの旅が始まる…のか?
とりあえずお楽しみに~(^^)ノシ