表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

青木ワタル 様

作者: トキタケイ

 じりじりと肌を灼くような陽射しの厳しさに、ようやく季節の移り変わりを感じます。

 窓から見える小山も、少し前まではいつになればまたあの鮮やかな色を見せてくれるのかと待ち望んでおりましたが、気が付けば爽やかな新緑に包まれ、私はあなたのいない日々をどれほど無為に過ごしてきたのかと、益々心が渇いていくような気持ちになります。

 御免なさい。久方ぶりのお手紙だというに、気の利いた挨拶ひとつ添えることもできずに。

 けれども、あなたがそれくらいで腹を立てるような人ではないことは知っておりますし、何より私とあなたの仲です。堅苦しい文言など野暮というものではありませんか。

 それとも、そんなものは私だけがあの頃に立ち止まったままでいるが故の単なる自惚れでありましょうか。

 そう考えてしまうのも、何もただ悲観的なせいだけではなく、この部屋もあなたと過ごした時のままに残し、また二人で窓からあの小山を眺める日が来はしないだろうかと希う未練がましさがそうさせるのかもしれません。何かが変わってしまうことを、私はまだ上手に受け入れられないようです。

 しかし喜ばしい変化もございました。

 窓辺に置いたサボテンが、とうとう花を咲かせたのです。

 覚えておいででしょうか。この部屋がなんだか殺風景だからと、ある日あなたが買ってこられたあのサボテンです。植物に関して無学な私でもお世話が出来るからと。

 それが、つい先日花を咲かせたのです。

 白く鋭い鱗のような花弁を重ねた、美しくも大層派手な花です。

 そして儚くもありました。その美しさは、一日と持たずに萎れてしまったのですから。

 私の心へ束の間の潤いをもたらし、それ以上の寂寥を残した一日花。

 まるであなたのようです。

 いえ、少しだけ違うでしょうか。

 サボテンは今も私の目の前に有り、だけれどあの清澄な色はその儚さに従って私のなかのあらゆる思い出に溶けてしまうでしょう。そうして確かに訪れた筈の小さな感動でさえ嘘であったかのように、何食わぬ顔して棘を尖らせこの窓辺で風を受けるのです。

 私、今でも笑ってしまうことがありまして、いつでありましたか、あなたがここで煙草を吹かしていた時のことであります。

 窓枠に肘を置き、遠くを眺めるあなたに私は何気なく「サボテンが煙たそうね」と言いました。

 明くる日あなたはホープを一箱だけ買ってきて仰られたのです。「あと10本で辞める」と。

 あなたがホープを好んで吸うようになったのはそれからでしたね。

 けして煙草を辞められなかった我慢弱さをいつまでも面白がっている訳ではございません。

 私のちょっとした悪戯心を一瞬でも真に受け、物言わぬ植物に同情したあなたの素直なところが今でも微笑ましくて。


 そうあなたは一日花とは違う。

 私の中であなたは、今も美しく咲いているのです。またその美しさは、凄まじい痛みを私にもたらすものです。しかし私はあなたを忘れる事なんて出来る筈もありませんから、むしろすすんで、あなたへの愛を証明するために痛みを求めます。あなたが深く刻まれるなら、棘に覆われた思い出を私は喜んで抱きしめましょう。

 愛しているのです。

 あなたもきっとそうであると、信じています。

 あの日のことはなにも気にすることはありません。

 ただ、帰って来てくれさえすれば。


 追伸

 次回お引越しの際はどうかお知らせください。

 

 あなたのミオソティスより。

読んで頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ