青木ワタル 様
じりじりと肌を灼くような陽射しの厳しさに、ようやく季節の移り変わりを感じます。
窓から見える小山も、少し前まではいつになればまたあの鮮やかな色を見せてくれるのかと待ち望んでおりましたが、気が付けば爽やかな新緑に包まれ、私はあなたのいない日々をどれほど無為に過ごしてきたのかと、益々心が渇いていくような気持ちになります。
御免なさい。久方ぶりのお手紙だというに、気の利いた挨拶ひとつ添えることもできずに。
けれども、あなたがそれくらいで腹を立てるような人ではないことは知っておりますし、何より私とあなたの仲です。堅苦しい文言など野暮というものではありませんか。
それとも、そんなものは私だけがあの頃に立ち止まったままでいるが故の単なる自惚れでありましょうか。
そう考えてしまうのも、何もただ悲観的なせいだけではなく、この部屋もあなたと過ごした時のままに残し、また二人で窓からあの小山を眺める日が来はしないだろうかと希う未練がましさがそうさせるのかもしれません。何かが変わってしまうことを、私はまだ上手に受け入れられないようです。
しかし喜ばしい変化もございました。
窓辺に置いたサボテンが、とうとう花を咲かせたのです。
覚えておいででしょうか。この部屋がなんだか殺風景だからと、ある日あなたが買ってこられたあのサボテンです。植物に関して無学な私でもお世話が出来るからと。
それが、つい先日花を咲かせたのです。
白く鋭い鱗のような花弁を重ねた、美しくも大層派手な花です。
そして儚くもありました。その美しさは、一日と持たずに萎れてしまったのですから。
私の心へ束の間の潤いをもたらし、それ以上の寂寥を残した一日花。
まるであなたのようです。
いえ、少しだけ違うでしょうか。
サボテンは今も私の目の前に有り、だけれどあの清澄な色はその儚さに従って私のなかのあらゆる思い出に溶けてしまうでしょう。そうして確かに訪れた筈の小さな感動でさえ嘘であったかのように、何食わぬ顔して棘を尖らせこの窓辺で風を受けるのです。
私、今でも笑ってしまうことがありまして、いつでありましたか、あなたがここで煙草を吹かしていた時のことであります。
窓枠に肘を置き、遠くを眺めるあなたに私は何気なく「サボテンが煙たそうね」と言いました。
明くる日あなたはホープを一箱だけ買ってきて仰られたのです。「あと10本で辞める」と。
あなたがホープを好んで吸うようになったのはそれからでしたね。
けして煙草を辞められなかった我慢弱さをいつまでも面白がっている訳ではございません。
私のちょっとした悪戯心を一瞬でも真に受け、物言わぬ植物に同情したあなたの素直なところが今でも微笑ましくて。
そうあなたは一日花とは違う。
私の中であなたは、今も美しく咲いているのです。またその美しさは、凄まじい痛みを私にもたらすものです。しかし私はあなたを忘れる事なんて出来る筈もありませんから、むしろすすんで、あなたへの愛を証明するために痛みを求めます。あなたが深く刻まれるなら、棘に覆われた思い出を私は喜んで抱きしめましょう。
愛しているのです。
あなたもきっとそうであると、信じています。
あの日のことはなにも気にすることはありません。
ただ、帰って来てくれさえすれば。
追伸
次回お引越しの際はどうかお知らせください。
あなたのミオソティスより。
読んで頂きありがとうございます。