プロローグ(3)
「やっぱり、人集めもそうだけど、どこのポジションをやるかだよな」
それからじゃないと、何も動かないし。
方向性も決まらない。まぁ、ポジションが決まったところで人が集まるかどうかなんだけど。
俺はともかく、陽は手先が不器用だし楽器とかできるのかな?
まぁ、陽が歌って、俺がギターって方向が・・・。
家に帰ってから部屋に荷物を置いて。とりあえずは居間にあるソファーに座って、テレビもつけずにあれこれと考えを張り巡らせていた。
自分の部屋の椅子に座るでなく今のソファーに座ったのは、単に考えが張り巡らせやすいから。ゆったりしているし、居間みたいな広い空間のほうが落ち着く。
雑音は、ないほうがいい。
考えに集中したい。
陽はすべて本気でやる。だから、康介も本気でやってね。
だから楽器を弾くことも、ポジションも、人集めとかも、お互い一緒に頑張って本気でやる。
そういう意味。
だからこそ、さらに思い悩むこととなる。
昼間に思い浮かんだ問題を、どう解決するか。
「・・・難題だよなぁ」
頭の中が、こんがらがってきそうだ。
まぁ、陽の無理難題は一回やそこらではないけど。
そこで。
「───いった!」
食事を運ぶ金属製のトレーが、俺の頭を叩いた、ようだ。
「・・・・・・麻紀?!」
ふと振り向くと、トレーを片手にエプロンを制服のブレザーの上に羽織った姿の少女がそこにいた。
妹の麻紀。三つ下の、高校二年生。
「やっと気づいてくれた」
おにいちゃん、しばらく呼んでたのに気づかないんだもん、とため息を軽く吐く麻紀。
「そりゃ、トレーで頭叩けば気づくだろうけど!」
さすがに、トレーで叩かれたら頭が痛い。たんこぶ、出来てないよな?
頭をかるく左手で抑え、たんこぶが出来てないか確認する。
「ご飯できてるよ。冷めるから一緒に食べよ」
麻紀はトレーで叩いたのかを忘れたかのように、にこりと笑って言った。
今日は、両親とも残業で遅くなるようなので、麻紀が夕飯を作るのをすっかり失念していた。というか、麻紀が料理を作っていたのすら気づかなかった。キッチンと居間は隣り合わせの部屋だから、気づかないほうがおかしいというのに。
ともかく、それくらい深く考えてしまっていたみたいだった。
考え込むと周りのことが見えなくなる。
俺の悪い癖だ。
頭を軽く搔きながら、少し反省した。
*****************
「ひーちゃんのことででしょ」
麻紀は、自分の作った豆腐の味噌汁をすすった後、見透かしたかのように言った。
うん、我ながらうまい。とそのあとに続く。自画自賛しているが、麻紀の料理は普通にうまい。
“ひーちゃん”とは、麻紀が陽を呼ぶときに使う呼称で、小さい時から今も時折遊ぶ仲。いわゆる幼馴染みの年上のお姉ちゃんという関係で、俺も含めて、小さい頃は三人で良く遊んでいた。そして、麻紀は多分、今でもお姉さんとして慕っている。
「おにいちゃんがソファでうんうん唸ってるときは、大抵、ひーちゃん絡みのときだもんね」
気づかなかったけど、そうなのか?
思わず箸を止めてしまう。
「だっておにいちゃん、自分のことだとそんなに悩まないじゃない」
見透かしたかのように、言う。さすが妹といったところか。
・・・いや、俺がわかりやすいのか?
「で、今度は何があったの?」
麻紀も、陽の性格はよく知っている。同じ女同士だから、多分男の俺なんかよりはわかる部分も多いだろう。男と女の感性は違う。女の人のそれは、男のそれよりも感性は数倍鋭いかと俺は思う。女のカンっていう言葉もあるけど、男と女だと、見ている部分が根本的に違うんだろうな。
「ああ、やっぱりわかるんだな」
「わかるよ。っていうか、おにいちゃん、行動がわかりやすいもんね。特にひーちゃん絡みだと」
まぁ、おにいちゃんの妹だしね。と続ける。
そうなのかな。それはわからないけど。
まあいい。
「いやさ、陽があのバンドのライブに行ったのは知ってると思うけど」
麻紀も、陽がその好きなバンドに傾倒していてライブに行くってことも、直接本人から聞いていたのは俺も知ってる。その場に一緒にいたから。
うんうんと相槌をうちながら、皿の上にある卵焼きを箸でつかんで口に運んでいく。
「・・・で、今日言われたんだよ。笑いながらさ。バンドやりたいって」
うん。と卵焼きを食べて、麻紀はこくりと頷くと、少しだけ寂しそうな目を浮かべた。
*****************
「うん、私は言われてないから、“おにいちゃん”とバンドをしたいってことなんだよね。きっと」
そう。陽はやりたいって思ったらとりあえずやってみるタイプ。本気で。しかも、平気で他人を巻き込む。多分、身近な人限定ではあるんだろうけど。
それは麻紀も知るところではあるし、実際、その本気ですることの何回かは麻紀も一緒に絡んでいる。
ただ、まだ今日の今日での話ではあるから麻紀のところにまで話が及んでないだけかもしれない。
「ひーちゃんの性格を考えるとそれはないよね」
やろうと思ったら、巻き込む人には思いついた時点で言うもんね。
と俺の考えをあっさり否定してくる。
「私のことを誘ってくれないのは残念だけど、“おにいちゃん”と一緒ってことは、やっぱりそうなのかなぁ」
やはり、少し寂しそうな目をしながらちょっと気になる言葉を口にする。
「やっぱりって?」
「ん。言わない」
舌を出して答える。
何だろう? まあいいや。
「・・・まぁともかく、何をどうすればいいのか。陽はいつも突然言い出すんだからなぁ」
毒づく俺に。
「やっぱりおにいちゃん、わかってないよね」
ぴしゃりと言う麻紀。その表情には、少しばかり呆れている感じがあった。
その言葉には含みがあるように思えるが、その真意はうかがえない。
「まぁいいや。それは置いといて」
顎に少し手をかけるしぐさをして。
「あれこれ考えるよりは、まず行動してみたら?どうせ何もわからないんだし」
「何もわからないから考えるんじゃないの?」
と、咄嗟に返す俺。考えることが多いのに、考えなくてどうするの。
「いや、だから。手先器用だし立ち回りうまいんだから、動いてみればどうにかなるって」
無茶を言う。
「今回はどうにもならなそうな感じだけどなぁ。考える要素多いし」
「おにいちゃん、無駄に考えすぎるから。そういう時に限って悪い方向にいくこと多いし」
とぴしゃり。何か見抜かれてる感じがする。
「だからさ」
妹が、自分の唇に人差し指をあてて言った。
「おにいちゃん、基本的にネガティブに考えるから。ひーちゃんにならって、もうちょっと明るい方向に考えてやってみるのもいいんじゃない?」