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桜のあと  作者: 九七
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プロローグ(2)

 午前の授業は、陽のせいで授業の内容が一切頭の中に入ってこなかった。

 得意の授業も、苦手な授業も。

 頭の中は、

 (バンドなんて、いったいどうやるんだ?)

 ってことで一杯だった。

「何とかなる」

 と陽は言っていたけど。いや、今回は「何とかなる」の範囲を超えてるだろ、さすがに。

「────さて、どうしたものか」

 毎度のことだけど、()()()()()()()に関しては、いくら拒否しようが、断ろうが無駄だったりする。というか、半ば、強制的に付き合わされる。

 ライブに行ったバンドの、おそらくはコピーをやりたいってことなんだろうけど。

「素人が一からやって、見様見真似でできるもんじゃないよな」

 頬杖をついて、思わずうなってしまう。

 まぁ、軽くならってことでいいならギターは家にあるから、見よう見まねで鳴らす程度ならできなくはないしカラオケ程度の歌ならそれに合わせることもできる。

 だけど、人前でってことだとわけが違う。



 *****************



「こーすけ!」

 大声で自分を呼ぶ声に、ふと、俺は我に返る。

 気づくと、目の前には頭を悩ませている張本人の、幼馴染みの姿があった。

「あ、やっと気づいてくれた。目、開きながら寝てたの?」

 と陽。

「目の前で何回も呼んでるのに気づかないって」

 何か、考え事でもしてたの?小首を傾げながら続ける。

 そのしぐさは、幼馴染みとしてのひいき目で見ていたとしても、かわいい、と思ってしまう。

「いや陽、さ」

 みなまで言わせず。

「いいから。けっこう時間たってるしお昼食べよ!」

 と、手を引っ張る陽に、俺はお昼休みがすでに5分以上過ぎていたことに、今更ながら気づいた。




 *****************




 学年を問わずいる数人の学生に混じり、俺たちは構内のベンチのある一角にいた。

 日当たりがいいせいなのか学生が集まりやすいみたいで、昼休みとかはこうして学年とか関係なく複数名集まっている。グループだったり、はたまた一人だったり、カップルだったり、上級生も下級生も性別も関係なく、多種多様に会話をしている様子がうかがえる。

 

「───特に、あの曲が良くってさー」

 と朝の続きとばかり、陽はご飯を食べながらまくしたてる。

 俺も、陽の付き合いというかお薦めでその曲を聞かされたが、陽の言っている曲は確かにいい曲ではあった。曲も詩も全体的なバランスも俺好みだし。

 その薦めた張本人の陽にとってみれば、その曲を生で聞いてしまったから尚更だろう。やってみたい、という気持ちも、わからなくはない。

 だけど。

「・・・聞いてるの、康介?」

「聞いてるよ」

「いや、その口調は聞いてないでしょ」

 少しむくれる陽。

 こういう仕草を見せると、余計に陽は畳みかけてくる傾向にある。

「いや、だからあの曲が良かったのはわかったけど」

 カラオケとかで歌うのじゃダメなの?

 と俺は意見を言ってみる。さすがに良かったからバンドをやりたい、というのは飛躍しているだろう。

「わかってないなぁ」

 と陽。陽も歌を歌うのが好きで、カラオケとかにも時々行っている。その傍らで、俺も半ば強制的に連れて行かされている。けど実際、俺も陽もそのバンドの曲、特にその曲はそらで歌えるくらいには歌っている。お互いに下手ではない、というくらいには言ってもいいんじゃないかというくらいには、歌にはお互い自信は持っている。

「生演奏で歌うからいいんじゃない」

 カラオケじゃ物足りないよ。と言ったところでちょうど弁当を食べ終え、弁当に入っていたケースを持ってきたポーチにしまう。

 ちなみに俺は、総菜パン2個だったのでとっくに食べ終えている。

「大歓声の中、大音量の演奏の中で歌えたら、楽器が弾けたら気持ちいいんだろうな!」

 あまり膨らみのない胸の前で、両の拳を握る仕草を見せる。その目は、大人数の前で歌っている自分と、多分、隣でギターを弾いている俺を想像していたのだろう。瞳が輝いているように見える。陽はともかく、俺はかっこよくギターを弾ける自信なんてないけど。

 ちなみに女性らしくと言ってしまうとあれだけど、女の子の中でも、陽は小さい部類には入るだろう。今年から俺たちは大学生になったけど、陽は普通に中学生くらいに見えて、実際に間違われることも時々ある。それくらいには外見は中学生ぽく見える。メイクもあまり派手にしているわけでもないし。そもそも、メイクを覚えたってのも高校卒業するくらいだったからなぁ。

 そんな俺は、男にしては平均より高くて180㎝くらいあって、陽と歩いていると身長差が半端ない。


 可愛いけど、子供体型なんだよな、陽は。

 ・・・・・・子供体型って言うと怒るけど。

「陽って小さいから、もっと身長大きくないと色々大変じゃない?」

「ステージに立っても見えないっていうの?」

「ステージに立てばさすがに見えるでしょ。観客席の上に立ってるわけだしね」

 俺は、少しからかうように言う。

「あー、やっぱり馬鹿にしてるんだ」

 と、ぽかぽか叩いてくる。

 ここら辺が子供っぽいんだよな、陽は。

 体が小さいから、というわけではないだろうけど、言動まで背伸びをする。そんな印象。実際は人懐っこくて明るいだけなんだけど。

 まぁ、幼馴染みの見た目としての意見が多分にあるのは否めない。

「・・・で、話を戻すけどさ」

 口調を変えて、真面目に問いかける。

「実際、どうするつもりなの?」

 そう。やるのはもう仕方がないとして。陽は、言い出したらまず自分の言ったことは曲げない。だから、取りあえずはやらせてみる。それで成功すれば儲かりもの。失敗したら失敗したらでそれはそれ。トライアンドエラー。気のすむまでやらせてみる。これはいい。

 だけど。

 ビジョンが見えない。

 小さい頃の遊びとかいたずらとかとはわけが違う。それに金もかかる。本格的にやるなら、ちょっと器用だからとか、ちょっとやってみたいとかでじゃ当然通用しないだろう。それに、そのバンドはフォーピース。人数だって、歌と、それとギターもしくはベースが兼任でもドラムもあるから、スリーピースにしたって最低もう一人必要(いる)。俺と陽だけじゃ足りない。

 だから、どの程度なのか。どこまでやるのか。

 陽の本気度は、果たして()()()()()()()()

「だから言ってるじゃない」

 陽は、俺の目を見返して、真面目に答える。

「わたしとバンド、一緒にやろうって」

 不敵な笑みに本気の瞳。


 ───やっぱり、そういうことか。

 その返答は、俺の考えを肯定するだけの回答となった。


 さっき頭によぎったこと考えて。それをそのまま飲みこむ。

 陽の意見はそういうことだった。


 それを聞いた俺の頭の中の考察は、より一層深くなって、家に帰ってからも続くこととなった。

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