さぁ、行こう! 魔王国へ‼︎
数時間後
マデリーネが帰ってきた。後ろには十数人の子どもがいる。いささか数が少ない上子どもしかいないのが疑問だ。
ソーニャがマデリーネの元へ駆け寄って行く。
「他の人たちは?」
マデリーネに聞く。
「・・・。」
マデリーネはうつむいて、何も答えない。
「どうしたの、何か言ってよ。」
ソーニャが催促すると、やっとマデリーネは口を開いた。
「無理だったっス。到着した時にはもう・・・」
マデリーネが言い終わると、ソーニャは地面にへたり込む。ミーシャとマクシムは怪我をしている子どもの介抱を始めた。
俺は彼らに目を凝らす。全員酷い顔をしている。全員自分の大切な人や家を亡くしたのだ。当然だろう。
俺はここに来て一つ分かったことがある。この国は最悪だ。
今回の件の細かい事情はさっきミーシャに聞いた。
今年は特に酷い不作で、農民の食料を確保する事すら厳しい状況らしい。実際この世界に来てまだ薄過ぎるコーンスープ以外食べてない。だから領主は今年の収穫を税として徴収せず、それを今帝都に直訴しに行っているとのことだ。だが現実は兵士が村に来て、住民の虐殺を始め、今に至る。
俺はマデリーネの近くへ行き、魔王国について聞くことにする。
「なぁ、マデリーネ。魔王国ってどんな国なんだ?」
「来てくれる気になったっスか?」
マデリーネが急に満面の笑みになって、俺に聞き返してくる。魔王国と言った途端周りがざわつき、こちらを見てくる。ここで話さない方が良いだろう。
「ちょっと、ついてきてくれ。」
俺はマデリーネを家の裏に連れて行く。
「何でこんな所に連れて来たんスか?告白っスか?ちょっと早いっスよ〜。」
この状況で、このテンションとはな、やはりこいつが人間ではないと再認識する。
だが今すべき事は魔王国についての情報収集だ。俺の味方だとは言っていたが、それだけでは信用できない。それに今さっきの子どもたちには帰る家がない。ここにいるとまた兵士が来て、次こそは確実に殺される。それにはソーニャ、ミーシャ、マクシムも例外ではない。出来る事なら彼らも魔王国に連れて行ってやりたい。
「ところでもう一度聞く。大事な話だ。魔王国はどんな所なんだ?」
二度目になるが俺がマデリーネに聞く。
「良い所っスよ〜。外からは、いろいろ誤解されてるっスけど。人間も普通に暮らしてるっス。」
マデリーネが答えた。誤解されてるというのが気になる。それに人間が暮らしているとは、餌とかではないと良いが。
「どうして誤解されてるんだ? それなりに理由はあるんだろう。」
マデリーネの顔が少し曇る。
「理由は酷いもんスよ〜。この世界のほとんどの国は亜人や魔族に対しての差別があるんス。そんでうちの国は魔王国。魔族が支配する国っスよ。だからある事ない事言われまくって、今では人を拐って食べてるとかまで言われる始末っス。」
まだ少し信じがたいが話の辻褄は合ってる。
「ところでなんだが、俺が魔王国に行く代わりに、一つ条件を付けさせてくれ。」
そろそろ子どもたちの件を話そう。
「あたしが許可できる程度の話なら良いっスよ。」
「子どもたちとミーシャ、ソーニャ、マクシムの事なんだが、」
「一緒に連れて行かせてくれ。っスよね。」
俺が言い終わる前にマデリーネが、俺が言おうとした事を言う。
「どうして分かった?」
「それぐらいすぐにわかるっスよ。アンデットだからって馬鹿にしないでほしいっス。」
「お前アンデットなのか?」
衝撃のカミングアウトだ。マデリーネがアンデットだったとは。それにアンデットというともっと気持ち悪いのだと思っていた。
「言ってなかったっスか。」
「あぁ、聞いてない。
とにかくみんなも連れて行く事は可能なのか?」
ついつい本題から離れてしまっていた。今話すべきは、こっちだ。
「大丈夫っス。でもどう言うんスか?魔王国なんて言ったら、たぶん誰も来たがらないっスよ。」
全くその問題を考えていなかった。言われてみれば、こいつの言う通りだ。彼らに魔王国に行こうと言っても、素直について来てくれるだろうか。
俺が考え込んでいると、突然マデリーネが、剣を抜く。
「どうしたんだ、いきなり。」
俺が聞くと彼女は口に人差し指を当てる。そして小声で俺の問いに答える。
「森の音が急に聞こえなくなったっス。ちょっと確認してくるっス。危険かもしれないからあなたはここに隠れてるっスよ。」
彼女はそのまま家の前面に行ってしまった。
確かに辺りが急に静かになった気がしないでもない。だからといって彼女の反応はどう考えても過敏過ぎる。俺はバレないように彼女を追う。
彼女は家の玄関で立ち止まる。そして辺りを一度見渡してから、今度は空を見上げる。俺もそれに倣って空を見る。
そこではこちらに一羽、鳥のようなものが飛んで来ている最中だった。だが鳥にしてはかなり大きい。
近づいて来るにつれてそいつの全貌が見えてきた。そいつはコウモリのような翼を持ち、馬以上のサイズを誇り、そして背には人が二人乗っていた。他のみんなも全員こいつの方を見ている。
そしてそいつはそのまま高度を落とし、ついに家の前の畑に着陸した。するとそいつの上から男が一人降りる。
マデリーネがそいつに剣を向けた途端、男はベルトから何かを取り出し、マデリーネに向ける。その直後、まるで雷が落ちたような音が響く。そして直後マデリーネが腹を押さえて地面にしゃがみ込む。
銃声だ。男の持っている物をよく見る。それはどうやらリボルバー型のピストルのようだ。
この世界にピストルなんかあるのか?ふと疑問に思う。
「もう安全だ、諸君。私が助けに来た。」
マデリーネを撃った男が、そう叫ぶ。俺は男の前へ走って行き、男と対峙する。
「君は何者だ?その顔この国の者じゃないな。」
先に口を開いたのは、男の方だった。
「まずはお前が名乗りやがれ。」
「ワシはエリセイ、ここの領主だ。名乗ったぞ。」
この男は例の帝都へ直訴に行ったという領主だった。次に俺が名乗る。
「俺は赤星だ。ところでなんだが、その銃どこで手に入れやがった。」
ついでに俺が今一番聞きたいことも聞いてやった。
「君はこの武器の事を知っているのか?」
逆に質問で返された。
「もちろん知ってるとも。」
近づいてよく見ると、ピストルについてより細かな事がわかった。
ナガンリボルバー
ベルギー製、ロシア帝国及びソビエト連邦制式採用拳銃。この辺りの情報は『教授』の趣味に付き合わされて散々覚えた。
「という事はもしや君が、異世界から来た勇者か?」
この領主はどうやら俺の事を知っているようだ。それに勇者なんて言われると気分が良い。
「そうだ。」
俺が答えると領主は銃をベルトに引っ掛け、俺に近づいて来る。一瞬身構えたが、どうやら握手を求めているようだ。
「まさかこんなにすぐに勇者に会えるなんて。」
俺は握手に応える。なかなか離してくれない。そして領主は握手をしたまま話し出す。
「この銃は君を召喚したと言う魔術師から貰ったんだよ。彼には命を救われた。」
ところでさっきからもう二つ気になる事がある、領主が乗って来た謎の生物とまだその上にいる女だ。
「ところでこの生き物と女は?」
領主は少し驚いたように答える。
「こいつは騎竜というドラゴンの一種だ。君の世界にはいないのか。そしてこちらは」
「リナよ。」
領主が名前を言おうとした瞬間、女が自分で答えた。
もう一つ、領主には聞いておかなくてはならない事があった。
「質問責めで済まないが、どうして兵士たちはこの村を襲撃したんだ?」
周りの全員が一気に領主の方に注目した。
「エリナ姫の差し金だ、あのクソガキの。ここを襲った兵士もアイツの私兵だ。どうやら収穫を納めなかったのが、よほど気に障ったらしい。
すまない、ワシが不甲斐ないばかりに。」
そう言って領主は頭を下げた。
「悪いのはお前じゃない。そのナントカ姫だろ。とにかく今はここの人間だけでも助かる方法を考えないと。」
俺は急いで領主のフォローに入る。ここで一つ良いアイデアを思いついた。
魔王国へ行く話を、この領主に合わせるのだ。少なくとも俺がいうよりは、説得力がある。
早速領主にその内容を耳打ちする。
「君は正気か?」
領主が素っ頓狂な声を上げる。
「信じられないならコイツに聞け。マデリーネ、起きろ。」
するとずっと蹲っていた、マデリーネがやっと顔だけを上げる。
「アンデット使いが荒いっスよ。」
「この女、アンデットなのか?!」
領主がマデリーネを指差して、再び素っ頓狂な声を出す。俺は領主には答えず、マデリーネに話しかける。
「早速で悪いが、この領主に魔王国について説明してくれ。」
マデリーネが領主に俺がさっき聞かされたのと同じ内容を話す。
「まだ、少し信じがたい。だが確かにこの国にいるよりかはワシ達にとっては安全だろう。皆にはワシから説明しよう。」
そう言うと、領主は皆んなの前へ歩いて行った。