外伝 教授の章 第一回戦勝国会議
今後、視点変更がある際はタイトルにそのキャラ名が記載されます。
「第一回、戦勝国会議を始める。」
そう言うと3人の王と勇者”教授”とエルフの族長”ネル”がいる。先の長谷川達のとの戦いで、辛勝としたが実際、”教授”がもたらした武器の9割は使用不可、そして、兵士たちもほぼ全滅となった。そして、その中でも中心的役割を果たしたこの”勇者”と”エルフの族長”の力は偉大だった。
「長くつらい戦いだった。」
2度敗北し、そして、服従の上の奇襲。大国の誇りも捨てた作戦でしか勝てなかったのだ。実際は、エレノアが邪魔しなければ長谷川達は即死して、ただネルたちが被害を押し上げたかもとも言うが、そこは全員があずかり知らないのであろう。が教授にはこれが長丁場になるのは目に見えていた。
「だが勝ったのだ。」
「それでは第一の課題だ。この勇者と、この娘の処遇を決めたい。」
「私の国に来て欲しい。」
「私の領にこそふさわしい。」
当然予想できた内容であった。
「先に報酬の話。できればこれ聞いた後で考えて欲しい。」
ネルが口を開いた。
「私の要求は大きく3つ。一つは報酬としてエルフの里を国として認めて欲しい。一つは勇者をそのエルフの里の所属にしてほしい。」
「それは?」
「そして各地に私の持つ商会の施設を建設させてほしい。私としては、勇者を独占するのは、あの国みたいな結果を生む。」
それは全員が見ても…当たり前だと思った。
「なら、勇者を独り占めしないでみんなで持てば、必要な時に呼べばいい。そこにお金が出るかもしれないし、そこでは優秀な人材も送る。だから勇者のいいところが取れる。」
その提案に全員が黙った。確かに勇者を手に入れた名誉は欲しいが、独占すれば攻めて来かねない。住民も最悪勇者の圧政が怖いと言えば嫌う物も出て雇用、その悪い面を全エルフが引き受けるというのだ。これこそ名案ではないか。と王たちは思うだろうな…。こっちに拒否権がある。そして、常にオーバーパワーを抱え込む利権。怖くないのか?
「優秀な人材と言ったが?」
「今は兵士たちがいなくて人材がいない。だから優秀な人材を派遣という形で共有すれば、いい。各地で商館を置かせてほしいと言ったのはこの人材の往復を行うため。そして私たちからはエルフのみんなが出る。エルフたちはみんな魔法が使える。だから役に立つと思う。」
その言葉に会場はざわめいた。当然だ。魔法は現在ごく少数が発現するだけの極めて奇跡的な力だ。それが集落単位で存在すれば奇跡と言っていい。
「確かに、あとエルフの国というのは?」
「私はエルフの族長。だからエルフに利益がないと私もみんなに顔向けできない。だから国と認めさせることで、報酬はそれでいいと思う。」
「確かに今は疲弊している。報酬もただではない。」
「私もそれでいいぞ。」
教授も頷いた。だが、この提案、なんか準備良すぎないか?教授の疑問は大きい。
「なら、その件は承認した。教授殿は報酬はどうする?」
「確かにあそこまでの大敗に違い損害だ。報酬はどれを要求しても口約束にしかならないだろう、私は辞退するよ。」
「すまない。」
「そして、商売に関しいくつか提案がある。私たちは商売をしている。その観点で通貨発行権利をもらいたい。」
ネルのターンは続く。この純粋そうな少女は何を言っているんだ…。
「通貨発行?」
「あの交換券もどきか?」
その言葉に教授は顔をそむけた。顔を見られるのはまずい!なんという悪辣!勇者(軍力)を握る、流通を握る、そして、金も握る!なんという悪辣!
「商売する上で通貨がばらばらだと商売しにくい。そこで、私たちが通貨を発行して、それを各王様が認めて欲しい。そうすることで各通貨が統一され潤滑になる。当然そうすることで国の負担も減る。」
「でも貨幣は何と交換するのだ?」
「それはわが商会と、エルフの国が保証する。私たちの国で売れるモノなら何でも交換していい。但し、いくつかは交換できない。そして私たちは、通貨発行のお礼に皆さんにこの通貨を渡す。」
…もはや開いた口がふさがらなかった。なんという世界征服。魔王より悪辣なエルフ!しかも貨幣を渡す?それは国家の餌付け。もはや大方ギルドだろうがそれが国家の上に立った証である。
「どれくらいの量だ?」
「それはみんなで煮詰めていきたい。だって、より平等でないとみんなで喧嘩しちゃう。これ、困る。」
いやそれ、戦争煽ってる!
「分かった。それは国に持ち帰ろう。」
「早速、それを書面にする。」
「書面?」
「口約束だと、後で、言った言わないになる。私たちの秘術で、契約の書面というものがある。それ、使う。」
そう言うとネルは懐から4枚の木の板を出した。私はこの少女が、4000歳を超える老獪だったと言われても何の疑いもしないだろうよ。
「これは?」
「これに同意するサインをすると、これに書かれたことに反することを行ったら字が焼けて、破った証拠になる。これはずっと残るからこの条約の証明になる。」
「それで構わないな。」
「ああ。」
3王は鷹揚にうなづく。
「じゃあ、エミリ、おいで。」
そう言うと、会議所の扉を上げ、一人の麗しい女性のエルフが現れた。当然、その姿に全員の目が釘付けになる。白い衣にすっとした体。その姿は神話で見る美の神を見る様だった。
「は、ネル様。」
彼女は自然と片膝をつき、ネルの前に傅いた。あまりに自然だった。その様子にネルに対して”教授”は危機感を持っていた。
「この契約書に条約の締結文を書いて。」
「は。」
この少女に傅く美人というだけでインパクトも大きい。ここに来るまでに篭絡できるであろうと思ったものは多いのではないか?それを見事に打ち破る光景である。実際の彼女は立派に”族長”だったのだ。エミリは書類を鮮やかな手つきで書き終えると各王に書類を手渡す。もし後世に語るなら、さも神話的な印象となるだろう。
「その書類にみんなで名前書くといい。それで契約締結となる。商館はエルフで建てるし、資材もこっちで用意するから気にしなくていい。土地のの場所だけ、くれればいい。」
「そういえばエルフの国はどこにあるのだ?」
「それに関しては実は移住。」
「何?」
「今いるのはかなりの山奥、往復に2か月かかる。これ商売に困る。だから空いた土地・・・例えば聞いたところによると、消滅した都市”エアヴァンゲル”というのがあったと聞く。そこに移り住む。それなら近いし、開拓した土地を無駄にすることない。」
「そこは荒れると困るからな、何かあったら言ってくれ、手伝うぞ。」
「ありがたい。ただ、何かあればお願いしたい。」
そう言うとネルは大きくお辞儀をした。
「さて、皆さん、今日はエミリに運ばせた、パルミダークの酒と、それに合う、エルフの里の塩パン、そして一夜干しがある。ささやかな酒宴、別室に用意。楽しんで。」
「おお―わが領地の酒か、うまいぞ!」
「そうなのか?その塩パンとか?」
「それは俺の国で時々出る高級パンだ。あれはうまいんだ。」
書面を書き終わった王たちはがやがやと、会議場を後にしていった。それを苦虫かみつぶした顔で見つめていたのは”教授”だった。これは交渉事で言えば圧勝を通り越した”蹂躙”である。日本という国を知らなければ私も頷いたかもしれない。素直な少年と老獪極まりない老婆を前にして交渉事で物を引き出すのは難しい。そこまでの力量差に見えた。
「どうした?勇者。」
「お前はこの世界を支配して何がしたい?」
「…ん。へいわ?みんなが楽な世界。みんな楽しい、これ幸せ。その為に今は働く。私の偉い人は言った。”みんな幸せなら誰も苦労しない。自分のできることをやる。それが幸せに近くなる”。」
「………。」
押し黙ってしまった。あまりにも善人なんだが…何か隠してる。
「君に改めてお願いしたい、雇い主よ。」
「雇い主かどうか知らないが、引受先。」
「私の仲間になってくれないか?」
「いいよ。」
「軽いな。」
「私の邪魔をしない限り、あなたの雇い主、だから仲間。だから当然。」
そんなネルの目は純粋だった。と思いたい。あの策略の張り巡らせっぷりからすると異様に見える。それくらいの純粋なかわいさだった。




