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第8話 重要参考人たち(我妻調べ)


「大場さんは毒殺されたということですけど……」


 軽く腰を浮かせ、座り直して我妻から距離をとる。

 芸能界の闇から話題を変えるために、レモンティーで喉を湿らせてから遥が話を振る。

 我妻もこれ以上脇道にそれるつもりはないのか、あっさりと追従してくる。


「死亡したのが午後2時ごろ。毒を口にしたのは12時から1時の間ぐらいになるのかな」


「ちょうど休憩していた頃ですね」


「うん、遥ちゃんはどうしてた?」


 我妻の問いにしばし目を閉じて記憶をほじくり返す。


「……お昼ご飯を頂いてました」


「証明できる人は?」


「控室だったのでスタイリストの方と一緒だったと思います」


「ずっと?」


「途中、お手洗いにはいきましたけど……」


「どれくらいかかったか覚えてる?」


「すみません、そこまでは。そんなに長くなかったはずです」


 うんうんと頷きつつメモにペンを走らせる我妻。


「あと、途中で仮眠をとりました。30分くらいかな……」


「ありがと。当日の状況についてはひととおり聞いて回ったんだけど、この時間帯にアリバイがない人が何人かいるんだよね」


「……誰ですか?」


「えっと……まず、遥ちゃん以外のグラドル2人。カメラマンの各務原氏。あと君のマネージャーである柿本氏」


 我妻の口から柿本の名前が出て、遥は思わず眉を顰める。


「で、この4人についてなんだけど……」


 ページをめくりつつ話を続ける我妻。遥の表情変化に気付いた様子はない。


「まずはグラドルの『谷川たにかわ しずく』について」


「雫さんは……確か午前の撮影が一番最初に終わって……」


 どうしていただろう?

 遥は首をひねる。憶えていない。


「Aプロ所属のグラドル。デビューして3年。去年の夏あたりから結構見かけるようになったよね」


「今、Aプロの一押しグラドルですよね」


 業界最大手のAプロがプッシュしていることもあって、毎週のようにどこかの雑誌のカラーを飾っている。

 緩くウェーブのかかった長い髪。日本人にしては彫りの深い顔。同姓の遥から見ても見とれるほどの肢体。

 若さと美しさ、抜群のスタイルを売りにしているという点は遥と酷似しているが、メディアへの露出具合ではかなり水を開けられている。

 零細事務所所属のアイドルとしては、こういう時に事務所の力を実感させられる。

 

「最近ではタレントとして、深夜番組にも出演してる」


「……ですね」


「遥ちゃんはそういうの、どう?」


「オファーがありません」


 出れるものなら出てみたい。悲しい現実だった。

『美少女すぎる小説家』というキャッチコピーは目を引くものの、基本的にはキワモノ扱いに近い。

 グラビアアイドルとしては正統派の雫とは色々と違うのだ。残念ながら。


「そうなんだ、意外だね」


「別にいいじゃないですか。それで、雫さんのアリバイはどうなんですか?」


「ええっと、周囲の人間には『昼食を食べる』と言ってるみたいなんだけど、姿を見た者はいない」


「ホテルの監視カメラは?」


 遥の問いに我妻は首を横に振る。そんな刑事の様子に遥もまた首をかしげる。

 いくら休憩時間とはいえ、撮影中にグラドルが姿を消すなんて奇妙ではある。

 しかも誰も行動を把握していないなんて……


「次に『桐生 なぎさ』ちゃん。この子は売り出し中の新人声優だね」


 スレンダーボディを恥ずかしそうに隠す姿が脳裏に浮かぶ。

 顔立ちは整っていたし、映像映えしそうな人だと思った。

 さすが声優だけあって、よく透る、それでいて耳に残る心地よい声が印象に残っている。

 将来は女優に転身しても通用しそうな人材だと見受けられた。


「……あまり詳しくないんですが、声優がグラビアって普通なんですか?」


「うん、最近はあるみたいだね」


 少なくとも小説家よりは。

 余計な一言を付け足す我妻。

 それを言われると、ぐうの音も出なくなる小説家である。


「ただ、今回の企画については『こんな仕事やりたくない』って同業者に零してたって話」


 あくまで声の仕事が第一であるはずなのに、自分の外見ばかりが評価されることに嫌悪感を抱いていた。

 特に性的な視線を向けられることが耐えられないとのこと。年相応と考えるか潔癖と見るか迷うところだ。

 そして、そんな仕事を持ってくる自分の所属事務所や、Aプロに対しても思うところがあったらしい。


「当日は……午前の撮影の一番最後になってたはずですが」


「そうだね。撮影を終えてからしばらく自室にこもってたみたい」


 時間にして1時間ほど。

 午後の撮影にも一番遅れて姿を現したと遥は記憶している。

 実際には、そう愚痴っているスタッフの姿を覚えていただけだが。


「監視カメラの方はどうなんですか?」


「部屋に入るところと、出るところは確認されている」


「ずっと自分の部屋にいたのなら、大場氏と接触する機会はないのでは?」


「……まあ、そうだよね。確認が取れないだけで彼女って線は薄いんじゃないかな」


 それでもアリバイがないことには変わりない。

 可能性があるなら疑わなければならないのが警察のお仕事。若い刑事はそう笑った。


「そしてカメラマンの『各務原かがみはら 洋司ようじ』」


 ま、この人も有名だよね。我妻の言葉に遥も頷く。

 業界に限らずグラドルに興味がある人間なら誰でも知っている有名カメラマン。

 彼の手にかかると3割増しで美しく、そしてセクシーな姿になると言われている。

 写真集ひとつとっても『撮影 各務原』と記載されているだけで売り上げが変わるほど。

 各務原の手掛けた写真集が切っ掛けでブレイクしたアイドルも少なくない。


「各務原さんはずっと忙しそうでしたよ」


「うん、なぎさちゃんの撮影が押したおかげで大変だったらしい」


 それでも、雑事をアシスタントに押し付けて自分はしっかり昼食を摂っている。


「どんな仕事も身体が資本ですから、ちゃんと食事はするべきです」


「遥ちゃんが言うと、なんかエロいね」


「セクハラですか」


「ごめんごめん、そう怒らないでって」


 軽いジョークのつもりなのに、想像以上にマジで謝られた。

 正直なところ、ちょっと意外だった。


「で、各務原氏の話に戻ろう。彼も昼食後に姿が見えない時間帯があるんだよね」


 時間にしてだいたい30分くらい。

 どこに行っていたかもわからず、本人も言葉を濁している。

 

「話を聞いたところによると、彼は今回の企画に乗り気じゃなかったみたい」


「そうなんですか?」


 初耳である。


「うん、各務原氏は一回の仕事で基本1人の撮影に集中したいって言ってる」


「ふ~ん」


 遥としても各務原の作品すべてを知悉しているわけではない。

 言われてみれば企画ものは少なかったかな、という気はする。


「彼としては、遥ちゃんを撮りたかったみたいだよ」


「それは光栄です」


 現場であいさつに伺った際に、各務原自身から同じことを言われた。

 てっきり社交辞令かと思っていたが、どうやら各務原は本気だったようだ。

 天下の各務原に認められたと思うと――テンションが上がる。


「各務原撮影の遥ちゃんの写真集。出たら3冊は買うね」


 だらしなく相好を崩す我妻。

『観賞用、保管用、布教用』ということらしい。

 別に1冊で良いのではと思わなくもないが、買ってもらえることは素直にありがたい。

 

「これまでも自分の意にそわない仕事をさせられてきているみたい」


「その相手というのは……」


「もちろんAプロ」


 二人の間にため息が漏れる。

 カリスマカメラマンといっても、業界最大手のAプロにはかなわないということか。

 なまじ表現者としての矜持があるおかげで、大場氏との仲は決して良いわけではなかったとのこと。

 ほかにも、被写体だけでなくロケ先や使用する写真について揉めたこともあったらしい。


「それで最後が遥ちゃんのマネージャーである『柿本 勇』氏ってわけ」


「柿本さんですか……」


「そう、彼は結構面白い経歴だよね」


 学生時代は空手に専心。幾つかの大会で優勝したこともある。

 大学を出て某社に就職。営業部に回されるも成績不振でドロップアウト。

 そして現在は『かなたプロダクション』代表取締社長である。


「そして柿本氏は遥ちゃんの遠い親戚にあたる、と」


 遥がグラビアデビューして予想以上の反響があったせいで、『空野 彼方』兼『空野 かなた』を法人化しようという動きがあった。

 その際に選ばれたのが柿本。経営者としての能力というよりは、遥のボディーガードとしての役割が求められている。

 高遠家の親戚筋の中で(物理的な)実力と誠実な人格を買われた抜擢である。

 娘の芸能界デビューに際する両親の妥協点であるとともに、ちょうど職を失った柿本の手が空いていたというのも大きな理由の一つ。


「柿本さんは……真面目な人ですよ」


 もともと遥と柿本は親戚同士と言ってもそれほど接点はなかった。

 それでも自分のために粉骨砕身してくれる柿本のことは信用しているわけで、擁護の一言も言いたくなる。


「うんうん、だからこそ大場氏とは合わないよね」


「それはまあ……」


「特に遥ちゃんがコナを掛けられたとなると烈火のごとく怒りそうだ」


 サラッと放たれたその言葉に遥は硬直する。


「……何のことですか?」


「調べはついてるよ、遥ちゃん。大場氏に言い寄られたそうじゃない」


「別にそういう話じゃありません」


「そう?『自分の女にならないか』とか『俺のものになれば日本一の女優にしてやるぞ』とか言われてない?」


 セクハラも結構あったんじゃない?

 我妻のおどけるような口調が腹立たしい。

 まるであの場にいて一部始終を眺めていたかのような口ぶりである。

 誰がそんなことをべらべら喋ったのか、リーク元を探し出して八つ裂きにしてやりたくなる。

 遥は大きく深呼吸して、心を落ち着ける。


「……それ、柿本さんに言いました?」


「言ってないけど……あれ?」


 当てが外れたのか、我妻は視線を逸らして頭を掻いた。


「じゃあ秘密にしておいてください」


「あれ、柿本氏は本当に知らない?」


「柿本さん大変そうだし、つまらないことで煩わせたくないんです」


 もともと営業、もっと言えば芸能関係の仕事と柿本は相性が悪い。

 それでも自分の我儘に付き合って頑張ってくれている柿本に余計な心配を掛けたくないのだ。

 適材適所。お互いにできることで助け合えばよい。『かなたプロダクション』はそういう理念の下で運営されている。


「わかった。約束する。……で、どうだったの?」


「大場さんとは何もありませんでしたよ」


 こんな質問をされて『イエス』と答える奴は居ないだろうに。

 目の前にいる刑事は、遥の言葉を信じるのだろうか。


「断ったら大変なんじゃないの?」


「別に業界関係者全員が大場さんの愛人ってわけじゃないし。実力でのし上がってる人も大勢いますよ」


 むしろそっちの方が大半だと思う。


「よかった~」


 いつの間にか緊迫していた我妻の雰囲気が緩む。


「遥ちゃんがあのエロ親父のものになってたかと思うと夜も眠れなくて……」

 

 撃ち殺してやろうかと思っちゃったよ。

 指をピストルの形にしながら笑っているが、目がマジだった。


「我妻さん、警察ですよね?」


「僕は警察である前に一人の男であり遥ちゃんのファンだから」


「それ、全然カッコよくありませんよ」


 真面目に仕事しろ。


「となると、柿本氏には動機がないか」


 しかし柿本もまた姿が見えない時間帯がある。

 疑いを捨てようとしない我妻に、遥は情報を開示すべきか迷う。

 迷った結果――


「……編集部には問い合わせたんですか?」


「K社は知らないって」


「『月マシ』は?」


「『月マシ』?」


『月刊マシンガン』略して『月マシ』。S社の月間漫画雑誌である。

 遥とはあまり関連の見えない雑誌の名前が出てきて、我妻は怪訝な表情を向けてくる。


「『月マシ』で私が漫画の原作を担当するって話があるんです」


 グラビアの営業に足を運んだ際に、逆に話を持ち掛けられたところから始まった企画だ。


「柿本氏はその打ち合わせをしていたと?」


「小説やグラビア以外で、柿本さんの直近の仕事で思い当たるのはそれくらいですね」


 これ、オフレコでお願いします。

 まだ公開されていない情報なのだが、柿本のためを思えば仕方がない。


「わかった。そっちを確認してみるよ」


 最後に残ったチーズケーキの欠片を口に放り込み、水を含む我妻。

 遥が口にしたレモンティーはとっくに冷めていた。


「あとは……堀田氏」


「……誰ですか、それ?」


 唐突に我妻の口から出た名前は、遥の記憶に存在しないものだった。


「『堀田ほった 輝夫てるお』大場氏の部屋にルームサービスを持って行ったホテルマンだよ」


「ああ……」


 大場の部屋に出入りした唯一の人間。

 捜査関係者から見れば怪しいことこの上ない。


「ホテル勤務3年目。職場内での悪評は聞かないけど、ギャンブルにはまっちゃってて借金があるらしい」


「それはまた、何と言うか……」


 ベタな設定。

 言葉にしないものの、我妻も同意見の模様。


「この人のことは……」


「知りませんよ、全然」


「だよね。ま、他の連中が張り切って取り調べてるからお任せかな」


 気楽に仕事をぶん投げる男であった。


「いや~、やっぱり腹を割って話し合えば情報出てくるなぁ」


 コーヒーを飲み干してから、そんなことを言う。

 やけに嬉しそうだ。


「……私が犯人だったらどうするつもりだったんですか?」


 あまりにあけすけな我妻の様子を見ていると、つい尋ねたくなる。


「実はスタイリストの証言でアリバイがあることは確定してたから」


「『刑事の勘』とか言ってませんでしたっけ?」


「そっちの方がカッコいいじゃない」


 悪びれる様子のない我妻の笑顔に、遥は軽く天を仰いだ。


――そういうことは先に言いなさいよ!


 やはり当初の勘が当たっていた。食えない男だ。

 窓ガラスの向こうに目を向けると、夜闇が迫ってきている。


「さて、そろそろ出ようか。駅まで送るよ」


「いえ、結構です」


 即答。


「まあまあ、そう言わずに」


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