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第5話 親睦会~撮影2日目

すみません、寝過ごしました・・・


『親睦会』という単語に食いついてきた二人の刑事を見て、遥は柿本が懸念するところに思い当たる。


「アイドル達の親睦会、興味あるなぁ」


「ごく普通でしたよ?」


「いやいや、僕らの『普通』と君たちの『普通』が同じとは限らないでしょ?」


「そうですか……」


 引き下がる様子はないらしい。


――別に構わないけど。


 我妻たちの期待に応えるつもりはなかったが、遥は話を続けることにした。

 レストランで夕食を済ませた後、一同はホテルの地下ラウンジへ移動。

 ドリンクやおつまみに手を伸ばしつつ、談笑したりカラオケしたり。

 主役であるグラドルだけでなく撮影スタッフも交えて楽しく過ごした。

 途中で多少行き過ぎているような場面もあったが、誰もが『そういうもの』だと軽く流していた。

 遥も同様。わざわざ揉めて余計な波風を立てるメリットはない。

 

「そう言えば、桐生さんは欠席されてましたね」


「へぇ、大場氏は?」


「もちろん出席されてました。思いっきり張り切ってましたよ」


 少し意外だったのは、大場はもっと豪快――と言うか強引な人間かと思っていた。

 業界一の剛腕という噂のわりに、間近で見た限りでは意外と繊細な人物だと感じた。これも人たらしの才能なのかもしれない。

 ……故人の人となりについては、他社の人間である遥の口から語ることは憚られる。


「おお。そのとき何か変なものを口にしたりとかは?」


「え……いえ、どうでしょう? ごめんなさい……よくわかりません」

 

――て言うか『変なもの』って何よ!?


 言葉を濁しつつも心の中ではツッコミを入れざるを得ない。

 特におかしなところはなかったはずだ。


「……お前は飲んだのか?」


 これまで表情を堅く引き締めていた山口が唐突に口を挟んでくる。


「飲んでません」


「飲ませてません!」


 山口の問いに激昂する柿本。大慌てで遥の声にかぶせてくる食いつきぶり。

 大人たちに交じって仕事をしているとはいえ、遥自身はまだ15歳。飲酒は不可である。

 しかし『そういう状況』に置かれれば、流されて酒を口にすることがあるかもしれない。

 未成年飲酒ともなれば監督責任が発生してしまう。柿本はそれを危惧していたのだ。


「証明できるのか?」


「……できません」


 遥と柿本はお互いについて証言できるが、身内のかばい合いと受け取られたらどうしようもない。

 ほかの人に聞くにしても、もう一か月以上前の話。しかも酒の宴での出来事である。誰かが常に遥を見張っていたとは思えない。


「それって、大場さんの件と関係あるんですか?」


 やや棘のある口調で逆に問い返す。

 意図的なものであったが、なかなか効果的だった模様。

 なまじ整った顔だけに圧力がある。


「……」


「はは、聞いてみただけ」


 挑発的なニュアンスを含む遥の物言いに眉を寄せる山口。

 場を取り成すようにおどける我妻。


「とりあえず、続きをお願いできる?」


「ええ、構いませんが……」


 チラリと山口に目を向けると、再び目を閉じている。しかし僅かに鼻が膨らみ、息は荒い。

 視界に入るとイラッとする。少し間をおいて心を落ち着け、山口の様子を無視して話を続ける。


「私と柿本さんが退出したのは……何時ぐらいだったかな? すみません、憶えてないです」


「憶えてないだと?」


「はい」


 部屋に帰った後でメイクを落とし、シャワーを浴びてベッドにダイブ。

 弟にメッセージを送り、眠りについたころには日付をまたいでいたはずだ。

 翌日の朝が早いのに失敗したという苦い記憶が残っている。


「メッセージ、見せてもらっていい?」


「……ちゃんと夕飯食べたかってだけですよ」


 スマホを確認してみると『0:25』と表示されている。

 弟の返事は『うるさい、さっさと寝ろ』だった。身内びいきかもしれないが、こういう所が可愛いと思う。


「ご飯はお母さんが作ってくれてるんじゃないの?」


「母は仕事が忙しいので、普段は私が作ってます」


「かなちゃんの手料理……今度僕にも食べさせてくれない?」


「何でですか?」


 明らかに事件と関係ない。

 思わず素で引くと、山口が我妻を睨み付ける。


「……おい」


「ま、まあ、その話はまた後で」


「後なんてありませんよ」


 

 ★



 日曜日の朝、起きたのは午前4時。ホテルのモーニングコール。

 遅寝早起きで頭痛がひどかった。

 シャワーを浴びて眠気を飛ばし、身支度を整えてから現場入り。スタッフへの挨拶も忘れない。

 

「早くない?」


「朝日をバックにした写真を撮りたかったそうです」


「水着で?」


「水着で」


 日程的にはここしかチャンスがなかったから、仕方がないと言えば仕方がない。

 朝食はホテルのバイキング。雫、なぎさと相席になったと思ったら、唐突に写真を撮られた。


「『各務原さん、ひどい』って3人で愚痴ってましたね」


 各務原は撮影カメラマンである。『各務原かがみはら 栄一えいいち』という中年男性。

 中肉中背で髪の毛は大きく後ろに後退している無精ひげの男である。

 地味な容姿とは裏腹にグラビア界の巨匠であり、彼に撮られたアイドルの多くがブレイクした。

 各務原に撮影されることは、この業界では一種のステータスとなる。


「いや、そういう写真は需要あるでしょ」


「それはそうかもしれませんけど、食べてるところを撮るのは止めて欲しかったです」


「水着よりも?」


「水着よりも」


「そうなんだ……」


『よくわかんないな』などとこぼしつつメモを取る我妻。

 食後に再び撮影。場所はホテルの部屋でひとりずつ。


「ふ~ん、他の二人が撮影してる間は時間ある感じ?」


「……そうですね」


「かなちゃんは何を?」


「宿題です。あと小説のプロット考えたり」


 スキマ時間の有効活用を忘れない遥であった。


「真面目だ」


「ありがとうございます」


 軽く微笑み返すと、我妻はサッと視線を逸らせた。

 自信のある笑顔を作ったつもりだったので、遥は何気にショックを受ける。

 ……今までの態度は何だったのだろう?


「ゴホン。それにしても……ホテルの部屋って何かエッチだね」


「そういうシチュエーションですから。でも、私の時はずっと柿本さんが傍にいましたよ」


「いかがわしくとも何ともないね」


「ウチの譲れない一線なんです」


 チラリと視線を横にやると、柿本は目を閉じて筋肉質な腕を組んでいた。

 暗くなってきた部屋の雰囲気も合わさり、何だか刑事二人を威嚇しているようにも見える。

 一度話を中断して席を立ち、蛍光灯をつける。部屋が明るくなるとホッと表情を緩める我妻と視線が合った。

 ……あまり気にしない風体で再びソファに腰を下ろす。


 場所をプールに映して雫となぎさの撮影。

 昼食はおにぎりとサラダ。

 遥以外の二人は何も口にしていなかった。


「大場氏は何食べたか憶えてる?」


「食事の時は一緒じゃなかったので……ただ、多分ホテルのレストランで何か食べられたんじゃないかと」


「なるほど」


「その辺りはもう調べられているのでは?」


「一応だよ、一応」


 そして短い昼休みを挟んで遥が撮影。場所は午前の最後と同じプール。

 しばらく各務原の指示に合わせて色々やっているうちに、大場が突然苦しみだして――そのまま……


「後は刑事さんたちの方がご存じじゃないですか?」


「そうだねぇ……」


 騒音を立ててやってきた救急車とパトカー。

 慌てふためくスタッフ一同はその場に留め置かれ、所持品検査とボディチェックを受けた。


「あれ……何であの時ボディチェックなんてあったんですか?」


 思い返してみると奇妙だった。所持品検査はともかく、いきなりボディチェックはやり過ぎのような気がする。

 大場が誰かに殺害されたと、あの時点でわかっていたのだろうか?

 ただの病死の可能性は最初から放棄されていた? なにか見落としがあっただろうか?

 殺人現場(後から考えれば)に居合わせた経験がなかったので、あの時は特におかしいとは思わなかった。


「その辺は駆け付けた奴の判断だったんじゃないかな」


「そういうもんですか」


 ボディチェック、所持品検査、事情聴取。

 撮影なんて続けられる状態ではない。解放されたときには既に日が沈んでおり、柿本に家まで送ってもらった。

 家に帰った後はもうクタクタで、ベッドに倒れ込んでしまった。

 どうにかこうにか目を開けてメイクを落とし、軽くシャワーを浴びたのは最早意地と言ってもいい。

 

「あの時は『なんで私たちがボディチェックなんて受けなきゃなんないの?』って、腹立ててましたね」


「さすがにその辺りはちゃんとしないと、こっちも仕事だからね」


「でも……私たち、水着でしたよ」


 凶器が何であれ、一体どこに隠せというのか。

 見ればわかるだろうに。


「ちなみに水着はどんなのだったの?」


「白のビキニでした」


「何か隠せそうだったりしたんじゃないの?」


「結構際どい奴だったんですけど」


「え、嘘、見たい!」


「残念ながら企画そのものが凍結されましたので」


「え~、大場氏、なんで死んじゃったかな……」


「……おい」


 こればっかりはさすがに山口に同意せざるを得ない。

 人ひとり死んでるのに我妻の態度は随分と不謹慎だ。

 一般的な警察のイメージとはあまりにもかけ離れている。


「私が話せるのは大体これくらいですが……柿本さん、何か追加することあります?」


 瞳だけ動かして柿本を促すと、


「いえ、特には。ですが……もう一度だけ言わせていただきますが、空野には絶対に飲酒はさせていませんので」


 額の汗をハンカチで拭きながらも、再び柿本はその点を強調した。

 未成年を監督する立場にある人間として口にせざるを得ないのだろう。

『心配性だな』と苦笑しながらも、柿本の生真面目さに支えられていることを遥は自覚している。

 メモを取っていた我妻が、シャープペンの尻でこめかみのあたりをトントンと叩く。

 遥たちのアイコンタクトには気づいていない様子。


「う~ん、何か……何でもいいんだけど、気になったこととかない?」


 撮影時の状況はひととおり答えたにも拘らず、若きエリート(仮)は食い下がってくる。

 すでにAプロに足を運んでいるらしいので、遥が話した内容については予め聞き及んでいるということか。

 だからと言って、彼らの気を引けるような新しいネタを求められても――遥としては困ってしまう。


「そうですねぇ……ところで、大場さんの死因は何だったんですか?」


 情報交換――と言うほどのことではないものの、手がかりが少なすぎる。

 彼らが持っていないネタを記憶の海から引っ張り上げるにしても、何かしらの取っ掛かりが欲しい。

 そう期待を込めて尋ねてみた遥だったが、

 

「民間人への情報漏洩はしない」


 遥の提案をバッサリ切る山口。取り付く島もない。

 隣に座る我妻は、年の離れた同僚のかたくなな態度に頭を抱えている。

 そういう態度を取られてしまうと、遥としてはお手上げだった。


「だったら、これ以上お話できることはありません」


 遥と山口の視線が交錯。

 頼りない蛍光灯の明かりに照らされた部屋の空気に緊張が走る。

 造り笑顔を浮かべた遥とむすっとしたゴツイ顔の山口。互いに一歩も引かない。


「……そうか、失礼する」


 のそりと立ち上がる山口。あからさまに気分を害した様子だが……最初からこんな感じだった気もする。


「あはは、またお話を聞かせてもらいに来るかもしれないし、そのときはよろしくね」


「我妻、もたもたするな」


 ドアを開けながら、名残惜しそうに何度も振り返ってくる部下を叱りつける年配刑事。

 二人が立ち去った後、柿本がぽつりと漏らす。


「……すみません、かなたさん」


「いいじゃない、別に」


 休日を返上して事務所に顔を出したわりには、ただ疲れるだけだった。

 実りのない問答ではあったが、相手が警察とあれば文句も言えない。


「さっさと解決してくれればいいけど……」


明日は3話投稿する予定です。

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