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第1話 プロローグ


 大胆に露出した肌にフラッシュを浴びると、気分が高揚する。

 シャッター音を耳にすると背筋を甘美な痺れが駆け上り、自然と笑みがこぼれる。

 カメラを向けられると、レンズ越しに視線を感じる。その真剣なまなざしが堪らない。身体の奥が熱を持つ。


「はいかわいい。すごくいいよ!」


 すぐ傍にいるカメラマン、後ろに控える大勢のスタッフ。『私』を取り囲む男たち。

 程度の差こそあれ、誰もが『私』に注目している。この場の視線を独り占めしている。

 その中には粘りつくような、『私』を舐めまわすような視線も含まれているが――まぁ、それを責めるのは野暮というもの。


 日本中? あるいは世界中?

 ファインダーの向こうには数え切れないほどの視線がある。

 見られる。知られる。誰かの心に刻み込まれる。

『私』の肢体と、そして名前が。想像しただけで胸が熱くなる。

 背徳と羞恥、そして圧倒的な優越感に満たされる。興奮。


 ガラス越しに降り注ぐ陽光に目を細める。

 柔らかい春の日差しのもと、水着姿を衆目に晒す非現実。

 透明な水を湛えたプールに映される『私』の姿にチラリと視線を走らせる。

 異性どころか同性からも羨望の眼差しを集める身体、肌、そして顔。生まれ持った才能とたゆまぬ努力の結晶。

『かわいい』『きれい』『セクシー』あるいは『エロい』などなど……どんな表現であれ、褒められればうれしい。

 もっと頑張ろうという気持ちが湧いてくる。心の中にプラスのスパイラルが生まれる。


「は~い、こっちに視線よろしく!」


――ダメ、今は余計なことなんて考えない。


 軽く首を振ると、腰まで届くストレートの黒髪が、頭の動きに合わせてサラサラと流れる。


 グラビア撮影ってただ突っ立ってればいい――わけないじゃない。

 表情やポーズ、光の角度からカメラマンとのコミュニケーションなどなど、頭の中はフル回転。

 最高の『今』を常に更新し続ける。ひとつひとつの仕事を次につなげるために全力を尽くす。

 今回は特に気合の入った企画もの。せっかく訪れたチャンスをみすみす逃すなんてもったいなさすぎる。


 益体もない思考を頭の中から追い出して表情を作る。

 カメラマンの指示に従ってポーズを決めて視線を送る。

 肢体の柔らかさを想起させる曲線が生まれては消えてゆく。千変万化。

 途切れることのないフラッシュ、そしてシャッター音。



 ★



 心地よい快感に身を委ねていると――ふと、違和感を覚えた。

 首筋がチリチリ、胸の内がモヤモヤ。

 表情が崩れなかったのは、それなりの場数を踏んできた経験のおかげ。


「どうしたの?」


 さすがというべきか、間近でカメラを構えていたカメラマンが尋ねてくる。

『私』の、ほんの微かな異変に気付いたらしい。


「……いえ、何でもないです」


「大丈夫? ちょっと休む?」


「う~ん」


 軽く小首を傾げ、カメラマンの提案に考え込むふりをしつつ視線を巡らせる。


――なんだろう?


 カメラマンは――普通。

 スタッフたちも、どこもおかしくはない。

 マネージャーが気づかわしげなのは、これまたいつもどおり。

 どこもおかしくは――


 ドサリ


 物音。何か大きなものが落下したような。

 

「社長?」


 それは誰の声だっただろうか。

 目を向けると、倒れ込んだ大柄な男性が視界に飛び込んでくる。

 撮影が始まってから一番熱心に『私』を見つめていた年嵩の男。

 その粘着質な瞳から――光が消えていく。


 異変に気付いた人間が、その男の周りに集まってくる。

 誰もが微動だにできず、ただ固唾を飲んで見守る中、男は白目をむいて、喉を掻きむしって、何かを吐き出そうとして――やがて動かなくなった。

 血走った眼は見開かれたまま。分厚い唇の間からベロンと零れた舌。乱れた服の隙間から見える土気色の肌。

 とても不吉で悍ましくて――グロテスク。いずれにせよ、おおよそこの場には似つかわしくない姿。

 プールサイドが静寂に包まれ、そして――


「……死んでる。死んでる!?」


 傍に屈みこんでいたスタッフが声を震わせ、驚愕が爆発した。

『蜂の巣をつついたような』という表現がピッタリ。

 

――人って……あんな風に死ぬんだ。


 唐突に突き付けられた命の終わりを目の当たりにして、『私』の身体はゾクゾクと震えた。

 生と死。性と死。

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