表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リストカットとバニラアイス  作者: 君名 言葉
8/20

第8話 過去の汚れと失くしたピース


 ◇


「やめてよ」

「大丈夫だって。ちょっと休むだけだよ」

 かなり酔ってしまっている。足取りが覚束ないのが自分でも分かる。

 自分に選択権などないまま、元カレに手を引かれ、居酒屋の裏の路地を歩く。どこに向かっているかは明白なはずなのに、わざと知らないふりをしていた。

 私、また汚れちゃうんだ。

 それで良いのかもしれなかった。呆れるほど綺麗な彼に、二度と近づけなくなるくらいに穢れることができれば、この不確かな感情を捨て去ることができるはずだ。

 どれくらい歩いたか覚えていないが、きっと数十メートルの距離だった。

 引かれる手が止まったかと思えば、眼前にはうざったいくらいのネオンが煌々と輝いていた。


「俺が受け付け済ませておくから」

 まるで善人のような口ぶりだ。こういうところが嫌いだったのだと、言いそうになる。

「ん……」

 自動ドアは開いたのに、私の足は中に入ろうとしなかった。まったく、やりきれない。

 足取りの止まっている私に気付き、引き返してきた。

「どうしたの?」

 下から顔を覗き込まれる。私はどうしたいのだろう。

「やっぱり……やめない?」

「そんなこと言ったって、もう部屋とっちゃったって。何もないから大丈夫だって」

 そんな分かり切った嘘を拒否できない自分が嫌だった。この自動ドアを越えるということは、ある一人の男の子との決別を意味している。

 しかし、それが傲慢な考えであることはとうに悟っていた。

 私が一方的に迷惑をかけていただけ。私が勝手に想っていただけ。彼は私のことを、ただの迷惑な酔っ払いとしか思っていないのだ。

 そう考えると、だいぶ心が軽くなった。この身軽さなら、この建物に入ることは容易だ。


「分かった」


 そう言って、頷いた。元カレはにっこりと笑い、私の肩に手をまわした。思わず、ビクッと震えてしまった。

「怖がってるの? なんか俺、悪い人みたいじゃん」

 冗談のつもりで言ったのだろうが、私には真実としか思えなかった。あなたが悪い人でなければ、なんなのか。

「さ、行こうよ」

 そう声を掛けられ、"Welcome"と刺繍されたカーペットに足をつけようとした。


 その時だった。


 私の重心は、肩を組まれた左側ではなく、右側にグイっと引っ張られた。

 手を引く男の子の後ろ姿は、自殺しようとしていた日に見た背中と一緒だ。

 そして、自分の心にぽっかり空いた穴の正体を、失くしてしまったピースの正体を、確信した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ