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リストカットとバニラアイス  作者: 君名 言葉
2/20

第2話 高校生と大学生

 ◇

 ‬

「死にたい」

 私、高嶋 ひなは常々思う。理由は腐るほどある。

 自分が社会に簡単に馴染めるような人間ではないというのは、重々承知している。昔から、小学校でも中学校でも高校でも、どこか自分の居場所に違和感を感じる事も少なくなかった。大学生になってからは、周りもみんな大人になったので、そんな事を考える事はなくなったけれど、世界に対しての鬱憤は晴れないままだった。でも別に、そんな事で死にたいと思うわけじゃない。むしろ、それらは最近になって受け入れるようになっていた。

 私の主な原因は、男だった。

 自分でも本当に、男運がないと思う。大学二年から半年以上付き合った男の、二度目の浮気が発覚したのはつい最近。同棲までして、将来も考えていた。

 だからこそ何もかもに裏切られたように感じ、はっきりと死にたいと思った。

 一度目で許さなければ良かった。黙々とLINEの返事を返すのを不思議に思えば良かった。たまに家に帰る時間が遅くなる理由を聞けば良かった。

 そんなタラレバばかり浮かんで、どうしようもない。生きる意味を失った私は、どうせ死ぬなら景色の良い所でと、午前七時にカッターナイフを持って近くの山に登った。

 頂上にちょっとした休憩スペースの東屋があった。地べたに座り込むと、ひんやりした石畳が気持ち良かった。

 それから、左腕に一本ずつ線を引いていった。一本一本描くごとに、だんだんこの世界から離れられるような気がして、止めなかった。

 ‬

 何本引いたか分からない。いつの間にか、私は深い海の中にいた。

 深くて暗い、けれど青くてキラキラ光る海の中。重力がないみたいに、ゆっくりと体が沈んでいく。左腕から流れる血が、落ちていく私の跡を紡いでいる。

「ようやく死ねるんだ」

 声にならない言葉を発した。

 そして、静かに目を閉じた。

 ‬

 このまま何もかもが終わってくれると信じ、私は幸福感を抱いていた。けれど、ふと、手を握られるような感覚に陥った。

 傷の付いていない、私の右腕を優しく握る。決して力は強くないけれど、頼り強い手だった。だんだんと、体が浮き上がっていく。沈み続けていた私は、だんだんと引き上げられていった。

 お願い。どうか、この人を、この私を引き上げてくれる人を、一目見るまで夢から覚めないで。

 ‬

 神様は意地悪だった。私の意識は、水面から出た瞬間、現実的なものになった。

「ん……」

 薄く目を開くと、見知らぬ男の子が屈んでいるのが分かった。何か言っている。

「大丈夫ですか?」

 髪の毛がサラサラ流れ、海みたいに透き通った目をした男の子。高校生くらいだろうか。

「誰……?」

 そんな質問をしながら、実は既にこの男の子を知っているような気がした。

 そして、切り傷まみれの左腕を見て、すべてを思い出した。同時に嫌な事も思い出してしまい、思わず吐きそうになるのを必死に抑える。

 意識がなくなっていたと思ったが、ただ、眠っていただけのようだ。この程度のリストカットでは死ねるはずなんてないと、初めから知っていた。死にたいと願いながら死ぬ勇気も持っていない自分を憎み、絶望した瞬間だった。

 ‬

 そんな私に同情するでもなく、一方的に独り言を喋り出す男の子。その独り言から、風太くんという高校二年生だと知った。驚いたのは、この歳でアパートで一人暮らしをしている事。アパート名まで言っていたので、そこまで言うのかとは思ったけれど。

 突然、自分の頬に冷たい何かが押し付けられた。

「きゃあ!?」

 驚いて変な声が出てしまう。傷ついた左腕が少しだけ痛んだ。

 押し付けられたのは、バニラアイスだった。甘ったるいものを食べる気はしなかったが、冷たいものは欲しい、そんな気分だった。

 一度は断ったが、彼がどうしてもと言うので、ありがたくもらっておいた。でも、表面上は無愛想に見えたかもしれない。笑う余裕は一回分しかなかった。

 その後も、ただひたすらに自分の事を話し続ける彼。風に揺れる自然を目に、甘いバニラを喉に流しんこんでいる内に、心がみるみる安らいでいく。

 彼の言葉が、優しく私の心を撫でてくれたような感覚。

 ‬

 また、会おうよ。

 声には出なかった。けれど、彼なら言わなくても分かってくれている。そんな気がした。

 ‬

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