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リストカットとバニラアイス  作者: 君名 言葉
12/20

第12話 女子高生とカルボナーラ


 ◇


「ふぅ。ちょっとはマシになったかな」

 久しぶりに自宅に帰り、私はというと、部屋の掃除に励んでいた。

 昨夜、元カレからの急な呼び出しに自分から付いて行き、ホテルに連れ込まれそうになったところで風太くんが駆けつけるという、まるで仕組まれた展開のようなことが起こった。

 未だにありありと脳に焼き付いている。それはまさに、ヒーローと呼ぶにふさわしかった。


「かっこよかったなぁ……」


 元カレとの思い出が染みついている家に帰りたくはなかった。その結果、約一週間ほど、ネットカフェと、年下である高校生の家に住みついていた。本当に情けない話だ。


 帰ってしまえば、思い出が私を息苦しくしてしまうんじゃないかと憂いていた。けれど、それは杞憂だった。

 実際には、今のようにその高校生のことばかり頭で考えているので、苦い思い出なんて気にならなかった。

「すっかり乙女になっちゃってさ」

 もう、当たり前のように彼のことを好きになっている。もちろん、決してこの想いを伝えることはない。


「えっと、カルボナーラ……」

 料理のレシピが大量に載っているサイトで、カルボナーラの作り方を調べた。

 明日は、お客さんが来ることになっている。

 昨晩、「明日は家に帰る」と彼に伝えた。その報告を、なぜか喜んでくれなかった。昨日言っていた言葉を、未だに覚えている。


「ひなさん、いなくなっちゃったりしませんよね」


 耳を疑った。もちろんそんなはずはない。でも、彼は、私の奥にある不安を感じ取っていたのかもしれない。

 その結果、明日の昼に風太くんが家に来ることとなった。私の方が年上なのに、彼がすっかり保護者のような存在になっている。


 そういうわけで、私は朝から部屋の掃除をし、散乱したゴミを片付け、彼の好物のカルボナーラの材料の買い出しに行こうとしているのだ。

 料理なんて普段ほとんどしないが、お礼の一環として作ろうと決めた。なんせ、私には返すべき恩がたくさんある。


 美味しそうなレシピをいくつか保存し、私はスーパーに赴いた。

 様々な食品が並んでいたので、直感で良いと思った材料を買い、後は隠し味に入れると書いてあった、昆布茶の粉末を購入した。

 首尾よく材料がそろったことに満足し、鼻歌交じりでレジに並んでいた。


 前を見てみると、制服姿の女子高生が並んでいた。ショートカットで目がくりくりしている可愛い子だ。だが、その子はさっきからずっと困っているのに気付いた。

「お客さん、まだです? ないのであれば、商品を預かっておきますが……」

「確かに持ってたはずなんですけど……なんでないんだろ……」

 鞄の中身をごそごそ探っている。買い物かごには、特売の豚肉や数種の野菜が入っている。


 彼女を見て、私は助けようと決めた。

 財布から五千円札を抜き取り、彼女に渡してこう言った。

「これ、使いなよ」

 その時の女子高生の驚いた顔は、傑作だった。

「え……? でも私、赤の他人ですよ?」

「いいの。ほら、使って」

 お札を、半ば強引に彼女に押し付ける。人からの優しさに遠慮する姿が、どこか自分と重なった。余計に助けたくなる。

「じゃあ、使わせてもらいますね」

 そう言って、彼女は先にお会計を済ませた。

 レジの向こうのサッカー台で、彼女は私を待っていた。


「本当にありがとうございました。お金を返したいので、住所を教えていただけますか?」

 高校生らしからぬ丁寧な言い回しが特徴的だった。敬意を挟んでいるので当然だが、少し距離感を感じる。

「返さなくていいよ。今日の夕飯は豚の生姜焼き?」

 冗談を言って和ませようと思った。この女子高生は、さっきからずっと申し訳なさそうにしているからだ。他人からの善意を素直に受け取れない気持ちが、私にはよく分かる。

「そうですね、今日は生姜焼きにしようかなって」

 話しているだけで、すごくいい子なのが伝わってくる。

「そうだ、ちょっとお茶しない? 近くのカフェにでも寄っていこうよ」

 いきなりこんな提案をしたら怪しがられるだろうか。

「で、でも……」

「この後予定ある?」

「予定はないんですけど……お金が……」

「もちろん私が奢るよ。さぁ、レッツゴー!」


 彼女は最初は当惑した表情を浮かべていたが、一緒に歩いているうちに楽しそうに話しだした。

「桔梗ちゃんって言うんだ? めちゃくちゃかっこいい名前だね」

「いやいや、ひなさんの方が可愛い感じでいいですって。桔梗って、なんか可愛げないじゃないですか」

 そんなことを嬉々として話す桔梗ちゃんは、とても可愛かった。笑顔が似合う子だ。

「あ、このカフェでいいかな」

 いつの間にか、良さげなカフェの前に着いていた。


 カランコロン


 味わい深い木造のカフェの扉を開けると、気持ちの良いベルの音が鳴り、店員さんが笑顔で迎えてくれた。

 私たちは、一番奥の席に座ることにした。お客さんは、他に一人、近所に住むと思われるお爺さんが、新聞を読みながら珈琲を啜っていた。店内はそれほど広くはなく、テーブル席が四席、カウンター席が四席だけだった。


「なんか、雰囲気良いですね。落ち着く」

 現役女子高生の評価を得られたのだから、このお店も光栄なことだろう。

「なに頼もうかな。桔梗ちゃん、遠慮しなくていいからね」

「じゃあ私は、アメリカンで。甘いの苦手なので」

「えっ……」

 まさかの展開になってしまった。女子高生はみんな甘いもの好きだろうと高を括っていたが、ブラックを頼むなんて。

 年上の私が甘いの頼むのもなぁ……


 メニューを凝視し続けていると、何かに気づいたように桔梗ちゃんが話しかけてきた。

「あの、ひなさん、私がブラックだからってひなさんもブラックじゃなくていいんですよ?」

 半笑いを浮かべながら言ってきた。どうして気持ちが読まれているのだろう。

「ひなさん、口に出てましたもん」

 みるみる顔が赤くなっていくのが分かった。

 そして、結局、抹茶クリームフラペチーノを注文した。

「まさか口に出てたなんて……」

「ふふふ。ひなさんって、すごく綺麗なお姉さんなのに、たまに子供っぽくて可愛いですよね」

「子供っぽいのは嫌だなぁ……」

「そういうのをギャップ萌えって言うんですよ」

 こう話してみると、この子も一般的な女子高生なのだと分かる。褒めてもらえたのは素直に嬉しかった。


 それから十分程経ち、互いの商品が運ばれてきた。

 彼女は常に感謝の言葉を述べていた。


「午前中は部活だったの? ほら、制服着てるから」

「はい。バスケ部のマネージャーです。土曜日なのに出勤なんて、ブラック企業ですよね」

「ふふ。あ、敬語じゃなくていいよ」

「りょーかいです!」

 冗談交じりの彼女の話に、思わず笑みがこぼれる。


「桔梗ちゃんは、学校楽しい?」

「んーまあまあかな。退屈はしてない……かも」

「そっか。好きな人とかいるの?」

 女子っぽい質問をしてみる。

「好きな人……同じ学校ではないんだけど、同じ塾に通っている男の子がいて、好きって言うか、ちょっと気になってはいるの」

「いいね。楽しそう」


 純粋に羨ましいと思った。私も学生時代にまともな恋愛をしておけば、今みたいに捻くれて、一般的な青春というものに背を向けるような生活ではなかったかもしれない。

「でも、全然振り向いてもらえなくて。というか、超鈍感なんですよね、あいつ。人を好きになる感情が分からないとか言ってたし」

 その話を、どこかで聞いたことがあるような気がした。懸命に思い出そうと努力したが、結局無理だったので首を振った。

「私も真っ当な恋愛がしたいな。桔梗ちゃんみたいに純粋な乙女心みたいなのって、もうなくなっちゃったんだ」

 ふと、今までの元カレ数名を思い出してしまった。


 「大丈夫だよ」


 急にそう言った彼女の顔を見て、はっとした。

「ひな姉はすっごく素敵なお姉さんだよ。きっと、身近に素晴らしい相手がいるはず。まだ気付けてないだけだよ。大切な人ほど近くにいて分からないって言うし」

 私よりずっと純粋で綺麗な心を持っている。それなのに、私よりずっと大人で、人生を知っているように思える。

 彼女の言葉に、少し救われた気がした。それに、いつの間にか呼び方が変わっているのがなんだか微笑ましかった。


「ありがとう。桔梗ちゃん、幸せになってね」

「ひな姉もだよ。ひな姉、好きな人がいるんでしょ?」

「えっ?」

 今まで自覚したことはあったが、その感情は度々否定してきた。けれど、改めて他人に言われると、なんだか不思議に感じた。


「好きな人……ね……」


 確かに、私はあの男の子に好意を抱いている。すごく頼り強くて、優しくて、一緒に幸せにも不幸にもなってくれる。

 だが、その想いを伝えれば何かが変わってしまうのを確信していた。私たちの関係に亀裂が生じるのは間違いなかった。

 別に、彼を自分のモノにしたいわけではない。ただ、ちょっとだけ大人の席で、綺麗にキラキラ光る彼を眺めていたいだけなのかもしれない。


 その後、ちょっとだけ世間話をして、桔梗ちゃんと別れた。途中から、ずっと"ひな姉"と呼んでお姉さん扱いをしてくれて、なんだか妹ができたみたいだった。兄弟のいない私にとっては貴重な経験だ。連絡先を交換して、絶対にまた会おうと約束した。


 不思議と、心は軽かった。

 ああ、私、いろんな人に救われて生きてるんだなぁ。

 明日になって、彼にカルボナーラを振舞うのが楽しみで仕方なかった。

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