悪役令嬢?のダンジョンマスター
悪逆非道?のダンジョンマスターの男女逆転物語。
本編はあっちですし書いていて楽しいのもあっちですが、読みたいのはこっちという難しい作者の心。
ここは私のダンジョン。
ダンジョン開闢から。
ダンジョンマスターになってから。
そして、私が生まれてから10日間が経った。
『名前:--
種族:人間
職業:ダンジョンマスター
勲章:異世界の知識を持つ者 ダンジョンの幕開け ダンジョンの波瀾の幕開け 自殺志願者 常軌を逸したマスター 豪胆マスター 初めては固有モンスター 名付け親 命名センス 銘を授けし者 強者殺し 覇者殺し 到達者殺し 超越者殺し ドラゴンスレイヤー殺し 将の器 剣聖の名を継ぎし者 密偵狩り 祝踏破者駆逐 大物取り 上級竜を倒せし者 宝物ダンジョン 魔素溜まりダンジョン 魔境の支配者 百の骸を吸いし迷宮 千の骸を吸いし迷宮 万の骸を吸いし迷宮 骸の迷宮 死に神の派遣者 情報の暴虐者 万の軍を退けしダンジョン 余命宣告を受けし者 節約上手 貯金好き ドケチ P依存者 性格重視マスター キャラ萌え ド変態 特徴付けマスター シチュエーション萌えマスター 吐き気を催す醜悪なる存在 スキル大好きマスター スキル愛 異常性愛者 ステータス重視マスター 偏屈脳筋 省みぬ挑発野郎 豪運 九死に一生の天運 明日死ぬ Pアホ使用者 ギャンブル依存症 外道 上級風竜を従えし者』
その激動の人生、いえ、ダンジョンマスター生は始まったばかりと言うのに。
「どうして……悪口がすごい」
かつて生まれてから10日間でこれだけ悪く言われた生き物はいるのかしら。絶対にいないわいるわけがない。
私は頭を抱える。
生まれてからの期間に等しい成長具合だったらこんなに悩まずに済むのに、なんの因果か生まれた時から成人年齢。
ステータスに年齢は表示されていないから、本当に成人なのかは分からないけれど。
私は改めて自分のステータスを見る。
名前。付いてないのは別に良いの。今はそこを考える時間じゃないから。
種族。人間、これも良いの。弱い種族だけど気に入ってる。
職業。ダンジョンマスター、これは当然。ダンジョンマスター以外の何者でもないわ。
……勲章。
「見れない、見れないわっ、心が折れるぅ」
私は再び頭を抱えた。
どうして私がこんなに頭を抱えなきゃいけないのか。本当に頭を抱える、いいえ、丸めるべきは、貴方達よっ
「なんでこんなことになったのっ」
私はビシッ、と、私の配下であるネームドモンスターを指差した。
「だってよー、もうダンジョンに魔物いねえんだもん」
まずは悪びれずにそう言い放ちおったマキナ。
「アンタのせいでね、私は外道って呼ばれてんのよっ」
『外道
ダンジョン外で虐殺を繰り返した最低最悪という言葉では最早言い表せない外道に授けられる勲章。
・魔石等級上昇
・魔石等級制限半解放
・ダンジョンコア波動強化
・ネームドモンスター自我強化
・ダンジョンバトル拒絶不可
・ダンジョンバトルにおいて敵対者の取得P上昇』
「最低最悪のねっ」
何が悲しくてそう呼ばれなきゃいけないの……。
マキナは18歳の男の子。
身長は高く、筋肉も付いているけど程よくスリム。触ると意外とゴツゴツした筋肉と指。ノースリーブにジーパンというラフ過ぎる格好だけど、それが様になるような体格と態度。
白色と水色の綺麗な色合いの髪の毛と、翡翠色の右目、蒼色の左目。
目つき鋭く大人びたようにも見えるけど、どこか幼さと生意気さを感じさせる顔をしたわんぱく坊や。
……今回のはわんぱく坊やでは到底済まないけど。ぶち殺したろか。
……返り討ちに合うから実行はしませんが。くぅ、もっと弱く生成してやれば良かったっ。
「あっはっは」
笑いやがったよコイツはぁああ。
マキナはこのダンジョン、つまり私のダンジョンのダンジョンモンスター。
私が生成、つまり作った完全なる配下。
名前を与えられ、ダンジョンマスターに絶対の忠誠を誓う代わりに、自由と権利と力を授かった、ダンジョンの守護者。そしてダンジョンマスターの右腕であり相棒。
相棒にこんなことをされているのか私は。
「まあまあ、おかげで俺のLvが14に上がったじゃねえか」
「アンタしか得してないじゃない。ってこの前Lv13じゃなかった? 1しか上がってないじゃない」
「ああん? 舐めんじゃねえぞ、俺は上級竜だぜ。Lv1上げるにも大変なんだよ」
マキナは今でこそ人化という種族特性を使い、人の姿を取っているが、本当の姿は竜。それも上級竜と呼ばれる種族の竜。
そこいらの魔物なんか束になってかかってもビクともしない、世界最高峰の能力を持つ竜。
「じゃあ問題ですっ。そんなすごーいマキナがLv1上げるために一体どのくらいの魔物を倒したんでしょうか」
「ん? んー、いっぱい?」
「私が最低最悪の外道と呼ばれるぐらいよっ」
「あっはっは、上手ぇな」
笑ってやがるよコイツはぁああ。
マキナはダンジョン外に出て、たくさんの魔物を倒した。ダンジョンモンスターも魔物なんだけど、フィールドにいる野生の魔物とは敵対している。
だから倒すことに問題はない。
でもダンジョンは待ち構えて侵入者を倒すのが仕事なの。侵入してきた人や魔物を倒すのがダンジョンなの。
自分から狩りに行くってアンタ……。
それにマキナは最終階層の守護者でしょ? 私とダンジョンコアを守る最終階層の守護者でしょ? ……なんでそんなのが遠征に行ってるのよ、ああ、泣ける。
「ダンジョン広げるからせめてダンジョン外は……、って自分の階層以外では絶対に戦って欲しくないんだけど」
「ドンマイドンマイ」
ケラケラと笑いながら私の肩を叩くマキナ。
守る気一切ない。……どつきまわしたろか。
「セラ、アンタも一言くらい言ってよ――て、情報の暴虐者はアンタのせいだった」
「恐縮です」
褒めてねえよっ。次はそんな、あー言えばこう言うセラ。
「暴虐者って何よっ、暴虐って」
『情報の暴虐者
情報を集めるためなら倫理を無視するブラックダンジョンに授けられる。
・魔石等級上昇
・ダンジョンコア波動強化
・ネームドモンスター思考力上昇
・トラップコスト制限解放』
「暴か虐かどっちかでも付いてたら基本アウトなのに2個も付いてんじゃないっ」
暴走族しかり嗜虐的しかり。
それに何が悲しくて生後10日でブラック企業の社長にならないといけないの……。
セラは22歳の青年。
身長はそこそこ高いけど線は細くて肌も白い。でも意外と腹筋はバッキバキ、ただそれを見る機会はほとんどない。いつも執事服を着ていて露出は少ないものね。
綺麗な黒髪を後ろでまとめて、血のような真紅の右目に灰色の左目を付けた、小さな顔。
シャツにネクタイ、白手袋、物語から出てきた絶世の美男子とはコイツのことやで。
……そんな顔してやることがエグイのよこの子。笑顔で人刺すタイプよ。
……でもこの子が笑顔を見せるなんて、他のネームドモンスターか私くらいね。
……他のネームドモンスター相手には正面から戦うだろうし、その時刺されてるのはきっと私ね。……。
「お嬢様、私はお嬢様を刺すなんてこと致しませんよ」
私の想像の中で血にまみれた殺人鬼と化していたセラが私にそう応える。私喋ってないけど。
セラもこのダンジョン、つまり私のダンジョンモンスター。
種族は吸血鬼。
その中でも公爵に位置する高位の吸血鬼。そんな凄い子が殺人鬼にならなくて本当に良かった。
でも例えもし殺人鬼になったとしても、私を襲うことはない。
なぜならこの子も私が生成しこの世に生みだした、忠実なる僕。
名前を与えられ、ダンジョンマスターに絶対の忠誠を誓う代わりに、自由と権利と力を授かった、ダンジョンの守護者。そしてダンジョンマスターの右腕であり相棒。
「恐縮です」
「そう。このタイミングでの恐縮は合ってるわ、ありがとう。でもナチュラルに心の中を読んでくるのやめてくれないかしら」
私喋ってないからね。
「これはこれは、失礼致しました。心に留めておきます」
セラは執事、アンポンタンのマキナとは違う、老獪なやり口で私に仕えている。
だからか知らないけど、凄くやり過ぎている。
確かに、あと3ヶ月もすれば、近隣にある国との戦争が始まってしまう。結構絶望的と言うか、とにかくシビアな戦い。
その戦争に備えるためにセラは、敵国の城内に監視カメラを仕掛ている。
こっちの世界の人って、カメラとかもちろん知らないから見つからないの。
もう情報が情報を呼んで、情報の波に飲まれてるわ。
この授かった勲章の、情報の暴虐者って悪口はきっと、ダンジョンモンスターをダンジョンから出してダンジョン外の情報を仕入れて仕入れてしてるからね。
「当たり前だわっ。ダンジョンから出ちゃってる、出ちゃってんのよ。ダンジョン側のがダンジョンから出ちゃったらそりゃ倫理無視になるわよっ」
電波が届かないからリアルタイムじゃないけどカメラ仕掛けたらそりゃ言われちゃうに決まってんだろっ。
私のためにやってくれてるのは分かるんだけどさあ。
「恐縮です」
さっき心を読むのやめてって言ったじゃない、貴方やめるって言ったじゃない。……あれ、言ってない、心に留めておくって言っただけだわ。
心に留めた上で、仕える主の言葉無視してんのかいっ。
コイツはコイツでもう……。
「ともかく暴虐者って言われちゃってる現状を考えて、少しで良い、少しで良いの、抑え気味にしましょう、範囲拡大はよしましょう? ねえセラ」
私は大きなため息を1つついてから、セラにそう言う。
もう遅いんだろうけど、それは勲章的な意味で。私の心労的な意味はいつだって遅くない。
「……」
セラ? セラさーん? どうして返事してくれないの?
さっきまで心の声だって聞こえてたのにーっ。
もうこの2人はダメ。
ダンジョンマスター初日に生成した1人目のマキナと2人目のセラは個性が強過ぎる、御しきれない。
なら、3人目はどうかしら。
ダンジョンマスター2日目に生成した、彼等に次ぐネームドモンスター。
「オルテ、オルテ」
私はオルテに話しかける。
オルテは16歳の美少年。
同年齢の女の子よりも小さな背と、ダークエルフという系等の種族特有の褐色の肌を持つ、ちんまい少年。
目深に被った魔法使いの三角帽子からは少ししか見えないけど、流れる銀髪は綺麗で、左右の深い緑色の目は宝石のよう。魔法使いの格好だけど、弓を使う狩人で、森の暗殺者。
力も異様なくらいあるのにそれを感じさせないちっちゃいオルテ。
少しサイズの大きいローブを地面に擦るように着る姿も、あり余る袖からちょっとだけ出る私より小さな手も可愛らしい。
「オルテはそんなことしてないもんねー。ねーオルテ」
「……」
「……」
「……」
これは無視じゃない。オルテはとっても無口な子で、反応がとても遅い。待ってあげればきっと反応が返ってくる。
「……」
「……」
「……」
「……し――」
ほら返ってきた。可愛い。
「てる……」
……。
……。
してるんですかー。
そうですかー。
ポツリと、罪悪感を感じていない、むしろ褒めてオーラを出しているかのようなオルテ。
「……ジョオー」
女王、私のことだ。なんだろう、無表情だから分かりにくかっただけで、本当は反省していたりするのかしら。
「……飴」
……。
「はい、飴よー。夜に歯磨きはしなさいね」
飴を渡すとオルテはとても美味しそうに食べ始める。
おい、私に味方はいないのか。私のダンジョン内に私の味方がいないってどんなだ。
っていうかここにいなきゃどこにもいないのよ?
「そうですね」
心を読んでくるねえ、チミは。そして否定しないさい。執事だからって何でも肯定しなくて良いの、たまには否定して欲しいの。いやアンタはちょいちょい否定してくるわ。逆ぅ、タイミング逆ぅ。
私にも味方がいるって言って頂戴。
「吸血鬼、貴様。姫様のことを悪く言うな。私が許さんぞ。姫様、私は姫様に強く生成して頂いた事を心より感謝し誇りに思っております」
ああ、いた。
ここにいたよ私の味方。
「そう。ありがと、嬉しいわローズ」
「姫様は素晴らしい慧眼の持ち主です。姫様こそ最上のお方。仕えることができたことは我が今生の喜びでございます」
「ありがとうローズ、嬉しいわ」
「姫様のお役に立てることに、私は身を震わせて喜んでおります、なんでもお申し付け下さい。命に代えても叶えてみせます」
「嬉しいわローズ、ありがとう」
「姫様が――」
「分かってる、分かってる。もう分かってるわローズ、凄いよく分かってるもの、ありがとう」
「いえ、それほどでもございません」
満足そうな顔で頷くスポーティで爽やかな青年。
ローズ。
身長が高く無骨な鎧姿が似合うローズは、21歳。
外ハネの目立つ赤い短髪で、髪と同じ左の瞳と澄み渡るような空色の左目を持つ、プロスポーツ選手もかくやと言える体格。
太さはないが筋肉質で胸板は厚く、手首の少し上も筋が良く目立つ。
そして大体いつ見てもキリっとしているが、今みたいなときは結構頬を染めている。
ううーん、アリ、ね。
ローズももちろん魔物。私が生成したダンジョンモンスター。
人狼という種族なローズは、その中でも上位のワーフェンリルなんだけど、狼耳と狼尻尾からは逃れられていない。
頭には狼の耳が生え、体の後ろで尻尾がブンブン振られている。
ううーん、アリ、ね。
「姫様は全く素晴らしいお方です」
私のことを全く崇拝していないネームドモンスター達。しかし彼は違う、彼だけは私のことを強く強く崇拝してくれている。
まるで他のネームドモンスター達の分もまとめて崇拝してきているよう。
とてもとても可愛い。
疲れるけど。
分割して欲しいけどっ。
「では姫様、不肖ローズ、今日もLv上げに行って参ります」
「ええそう。分かったわ、ダンジョンも広げたからもうちょっと待ってれば深くまで魔物も入って来るだろうし、頑張ってね」
「はいお任せ下さいっ」
キラキラした目で見られる私。なんて素直な良い子なのかしら。
「おい吸血鬼、不本意だが貴様に姫様の護衛を任せる。傷1つつけてみろ、その心臓に杭を打ちつけてやる」
するとそんなローズがセラに向かって敵意を見せながら言う。
吸血鬼と人狼、仲悪いのよねー。
けどまあ、本当にローズは真直ぐだわ。
「私がコレの護衛?」
そしてアンタは捻くれてる。コレ呼ばわりはやめなさいコレ呼ばわりは、一応創造主よ。
「まあ良いでしょう、はあ。さっさと行って下さい、弱者にはサボっている時間など、ありはしませんよ」
「ぬかせっ。――では姫様、少しでも力を身につけ役立てるよう、行って参ります。ダンジョンを越えてどこまでも」
私とセラ相手に声色を全く変えるローズ。
「行ってらっしゃい」
でも私のその声に狼の尻尾を大きく左右に振って応えてくれた。
あれ、今あの子ダンジョンを越えてって言った?
ちょっと?
ローズ?
「姫殿。ところでわしもまたLv上げかのう、そろそろ飽きた頃合じゃ。もう行かんでも良いじゃろ」
手を伸ばしてももう届かない位置まで行ってしまったローズを見送った私は、後ろから話しかけられる。
後ろの、ちょっと下。布団。アンタ、まだ起きてなかったんかい。
「キキョウ、そこは行きなさいよ。Lvもまだ上がりやすい時期でしょ?」
「面倒じゃ面倒じゃ。マキナのアホが辺りの魔物を殲滅してもうたから近場におらぬ。ふあーあ」
「空間魔法で行けばすぐじゃない」
「眠い時は寝る方が良い」
「サボり魔め、良いからっ。研究室欲しいんでしょ、P貯まったら生成したげるから、まず布団から出るっ」
「はあー、やれやれせっかちじゃのう姫殿は」
布団を剥ぎ取るとようやく現れた金髪の若い男。
キキョウ。
ド派手な柄の着物を着崩し胸元を大きく露出させるキキョウは、19歳。
金色のサラサラな髪の毛を少し垂らし、碧眼の右目と同色をどこまでも深くした左目で私を見る。
触ればゴツゴツしているだろう若さを残す平べったい体や鎖骨の窪みからは、どこからともなく色気が香り、艶美な雰囲気。
それと同時に毒のような危なっかしさを醸し出している。
若い内からこんな露出して将来が心配だわ。
キキョウもまた魔物。
金華妖狐という妖狐系等の魔物で、その証拠に頭からは狐耳、剥ぎ取った布団の下からは狐の尻尾が姿を見せる。
くあーぁ、と大きなあくびをするキキョウは、いつも通りけだるそう。
「まあ、研究室をくれると言うのなら、少しくらい働くとするかの」
興味がないことには全く興味を示さない私のネームドモンスター達の中でも、彼はそれが極端。何かで釣らないと絶対に行動を始めない。
手のかかる子だ。
まあ手のかかる子ほど可愛いって言うけどね。
ただかかりすぎじゃない?
もうちょっとやる気だしなさいっ。
「ではLv上げ、行くとするかの」
「お願いね。ダンジョンも広げたから、もうちょっと待てばちゃんと来るわ。頑張って」
「うむ」
木崩している着物の前を閉じて帯を締め直す、私が。自分でやりなさい全く、あ、髪はちゃんと結びなさい、座んなさいもうっ。
「ではマキナよ。そういうことじゃからの、おんしは姫殿と遊んでおれ。将棋も碁もわしは飽きたわ」
すると座ったキキョウがマキナに向かって面倒そうに言う。
2人は遊び仲間。どっちかと言うとマキナが強引に巻き込んでるんだけど。
よっと、できた。カッコ良いカッコ良い。
でもアンタはもうちょっと積極的になりなさい。
「コレが相手になるわけねえだろ」
そしてアンタは消極的になりなさい、謙虚に。コレ呼ばわりはやめなさいよ、一応創造主よ。
「さっさと倒して戻ってこいよな、ゼッテーだぞ」
「面倒じゃのう、じゃがまあ先輩に言われてしまえば仕方ない。今日は早く戻るとするか。では行くとしよう、効率的にLvを上げたいから、ダンジョン外じゃの」
サボる口実を手に入れたキキョウは、それでも面倒そうに出発する。
「行ってらっしゃい」
でも私のその声には後ろを向いたまま片手を上げて応えてくれる。
あれ、今あの子ダンジョン外って言った?
ちょっと?
キキョウ?
「おひめ様ーおひめ様ーぼくはーぼくはー、ぼくはどうするー?」
手を伸ばそうにも消えてしまったキキョウを見送った私は、横から突撃される。
「ぐふうっ、ニ、ニルもLv上げ、頑張って頂戴」
「頑張るよー、食べるよー」
「前も言ったと思うけど、倒した魔物はなるべく食べないでね、Pに換えたいから。お弁当用意するしお腹空いたらそっち食べてね」
「お弁当?やったー、お弁当、お弁当、ありがとー」
「喜んでくれて良かった。お弁当を食べて、魔物は食べないのよ、分かる?」
「お弁当、お弁当、お腹空いたよお弁当はどこー?」
私の上に乗っかったままはしゃぐ少年。
ニル。
王子様のようなシャツと半ズボンが眩しいニルは、15歳。
明るい緑色の短い髪は天然パーマでくるくる渦巻く、けれど触り心地は抜群。そして赤青のバランスが良い紫の左目と、クリーム色に近い灰色の目は、興味と期待に溢れている。
サラサラな肌、スベスベの手足、半ズボンから覗く足には筋肉もあまりついていない確かな少年。
常に腹ペコでちょっとお馬鹿なところもあるが、素直で純真。無垢そのもの。
食べ物で釣られたら絶対に騙されると思う。
ニルだって魔物。
ハーピィという鳥と人が混ざったような魔物の、上位種であるハイピュイアという種族。
だから背中には綺麗な翼が生えている。いつまでも触っていたくなる質感の翼、お昼寝に最適。
「お弁当っ、お弁当っ、お腹空いたよっ、おひめ様ー」
私に毒を吐いてくるネームドモンスター達の中でも、ニルはそんなことをしない。ピュアな子。今だってキラキラした目で見られてる。
それはまるで……。
可愛い、可愛いんだけど――。
ガブっと噛まれる私。予測して前に出した指が噛まれた。
間違いじゃない、だって2回3回ってすっごく噛まれてる、味わわれてる。
「んー、おひめ様美味しい」
「私は食べ物じゃないのよ、アンタいっつも私のこと食べ物を見る目で見てるけど」
「なんで?おひめ様美味しいよ」
嬉しいのか悲しいのか、私はニルにかじられる指を引き抜――、引き抜――、引き……離さんかいっ。
「むうー、もおー。お腹空いてるのになー。他に食べ物ないかなあ、あ、飴、オルテ……」
頭を引っぱたいて指を引き抜くことに成功した私の指。
ニルは次の獲物を探す為に視線を彷徨わせ、無事オルテの持っている飴に着地する。
けど、今度は私の時みたいに無理矢理食べに行かない。
むしろサッと目をそらした。
「……飴、もう6つ」
そしてアンタは食べすぎよ。虫歯になるわよ。というかコレ呼ばわりはしてないけど、アンタは私のこと何だと思ってるの?飴製造機かしら、一応創造主よ。
「ニルも、いる?」
「だだだだだ大丈夫ー、大丈夫だよ。飴は全部オルテのだから、うん。ぼくは向こうの山で食べ物探してくるよ行って来まーす」
慌てたニルは、翼と手足を一生懸命に動かして、逃げるように家を飛び出した。
「行ってらっしゃーい」
その声にも反応してくれないくらい。
あれ、今あの子山って言った?私のダンジョンに山はないわよ。
ちょっと?
ニル?
ダンジョンの幕が開けて、初日にマキナとセラを。2日目にオルテを。
そして3日目にローズ、キキョウ、ニルの3人を私は生成した。
これが今の私の配下、ダンジョンの仲間。
6人共強い種族で、その実力も確か。
のはずなのにあれから1週間、落ち着いて過ごせる日はまだ1度も来ていない。
ダンジョンマスターってもっと落ち着いた仕事じゃないのかしら。
ダンジョンモンスター、特にネームドモンスターからは敬わられて、このダンジョン最奥から指示だけ出して暮らすんじゃないのかしら。
どうしてこんなに悩みが尽きないの?
心が削られていくの?
「そんじゃあ俺もLv上げてくんぜ、向こうの火山にゃ竜がいるっぽいんだよな。火竜だし中級竜だけど暇つぶしにゃなんだろ」
「行ってら――ってそこもダンジョン外でしょっ。出ちゃダメって何回言ったら分かるのっ」
「では私も。ああ、私はダンジョン内で魔物を倒しますよ、魅了してダンジョン内に入らせれば良いわけですから」
「尚悪いわっ。サラっと最悪の戦法とってんじゃないわよっ」
「行ってきまーす」
「行ってきます」
2人は玄関から手を振り頭を下げ出て行く。
「待ちなさいっ、オルテっオルテっ手伝って。あの子達を止められるのはアンタだけよっ、オルテっ、……オルテ?」
部屋の中には誰もいない。
オルテはもう行ってきますをしていた。
「ダンジョン内に誰もいないって……。誰か侵入してきたら私普通に死ぬじゃん、というかセラ、アンタローズに私の護衛任されてなかったっけ……」
どうしてこうなったのかしら。
これからどうなっていくのかしら。
きっと彼等はこれからもダンジョンの外で暴れ続ける。
そうして私に悪行が加算されていく。
マスターと。
お嬢様と。
ジョオーと。
姫様と。
姫殿と。
おひめ様と。
呼び方だけは敬っているのに、言うことを聞かず。
私に止める術はない。だからこれからもこんな毎日が続いてく。
悪逆非道のダンジョンマスターな毎日が。
――いいえ。
悪役令嬢のダンジョンマスターな毎日が、きっと続いていく……。どつきまわしたろかっ。
本編よりも、ダンジョンマスターが大分カッコイイですね。
女々しい男ダンジョンマスター。
男らしい女ダンジョンマスター。
感想や質問、評価など、よろしくお願いします。
たまに書きますので、またよろしければ読んで下さい。