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カペ谷ベル子のベース  作者: 泉野 戒
3曲目 俺もベル子も特別じゃない
8/18

3-3

リビングにいた姉は、ベル子を毛布でくるみ、電気ストーブのまえに座らせると、足早にリビングを去っていった。俺たちの緊迫した空気を察してくれたんだろう。


甲斐甲斐しい姉の様子でようやく気づいたんだが、ベル子は少しばかり弱ってるみたいだった。この雨のなかでずっと俺を待ちつづけていたんだから、それも当然だ。


本当なら、今すぐ家まで送って休ませてやったほうがいいんだろう。だけど、それはできなかった。


何を言えばいいのかわからない。でも、何か言わないといけない。何も言わないままここでベル子を帰したら、取り返しのつかないことになる。そんな気がした。


ベル子のためだなんて、口が裂けても言えない。これは、俺自身のためだ。俺は俺自身のために、ここでベル子と話をしないといけないんだ。


「さっき電話で、お前のお母さんと話した」


ようやく(そう、ようやく)、俺は切り出した。


「それで、聞いた。ベースを弾いたことと、あとその、ベル子の、ベースが……」


「…………」


「……わかってもらえなかった、こととか」


「…………」


ベル子は、目の前の電気ストーブを見つめていた。


赤く光る瞳の奥で、いったい何を考えているのか。


俺にはまだ、わからない。


「……その、ごめん」


ベル子がこっちを見た。


目が合って、俺は逸らした。


いたたまれなかった。罪悪感で押しつぶされそうだった。


ごめん。その言葉しか、結局思いつかなかった。謝ったこと自体が後ろめたくて、俺は自分の喉を握りつぶしたい衝動に駆られた。


違う。違うんだ。ごめんじゃないんだ。俺は、ただ……


「無責任なことを言った。もっとぶつかれとか、感動するに決まってる、とか」


まるで、別の誰かが喋ってるみたいだった。


ありきたりな言葉。言葉だけの言葉。薄っぺらで、無感情で、無機質な言葉。


「あんなこと、言うんじゃなかった。本当に、悪かった」


それでも、言わないと。ちゃんと最後まで、言わないと。


じゃないと俺は二度と、ベル子と笑って話せなくなる。それは嫌だ。それだけは、嫌なんだ。


「俺は……」


だけど、


「俺が、間違……







『間違っていた』


その言葉だけが、言えなかった。




「――――」


息が詰まる。呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、そこから先が声にならない。


言え。言うんだ。これが最後だ。言え。


俺が間違っていた。たったそれだけだ。間違っていたって。そう言うんだ。俺が間違っていた。間違っていた。それだけだ。間違っていた。間違っていた。


「――――、」


……間違っていたのか? 俺は。


心の奥に沈めた疑問。俺の喉を押し込んでいる何か。それが湧き上がって、こみ上げて、俺の脳に揺さぶりをかけた。


いいのか? それを認めても、いいのか?


ベル子のベースにそんな力はないって、認めるのか?


ベル子の母親のほうが正しかったんだって、そう言うのかよ?


俺が今までベル子に向けて言ったあの言葉が、全部、嘘だったって?


理科室で。秘密基地で。夜の帰り道で。


あの何もかもが、嘘だったのか?


「…………違う」




「俺は、間違ってなんか、ない」




もし世界中の人間がベル子のベースをヘタクソだって罵ったとしても。


ベル子自身が、否定したとしても。


俺は、俺だけは、ベル子のベースを否定しない。俺がベル子のベースに感動したのは本当だし、そこだけは、絶対に嘘にしたくない。


「ベル子のベースで感動しない人間はいないって言ったのは、間違いだったかもしれない。無責任な物言いだったかもしれない。だけどだからって、ベル子のベースが悪いだなんて、思わない。


お前のベースはすごい。それは絶対だ。そこだけは、何があっても譲らない。


何があったって、何度だって、言ってやる。俺は、お前のベースが好きだ。


そこだけは、間違いじゃない」


はっきりと言い切って、そして俺は今度こそ、ベル子の目を真正面から見つめ返した。


「…………」


ベル子は、緩やかに目を逸らした。


電気ストーブをじっと見つめ、それから身体を包む毛布に顔をうずめた。


窓の向こうの静かな雨音が、耳に響く。そのおかげか、俺の心はすぐに落ち着きを取り戻せた。毛布から覗くベル子の耳を見ながら、もう一度自分の心を見つめ直す。


俺は、ベル子のベースが好きだ。だけど俺がベル子に入れ込んでいるのはきっと、それだけじゃないんだろう。


ベースと同じくらい、ベースに熱中しているベル子が好きだ。がんばってるベル子が好きで、応援してやりたいと思う。


母親がベル子を褒めてやれないなら、その分も俺が褒めてやりたい。俺なんかの言葉にどれだけの力があるのかわからないけど、それでも、ほんの少しでも、力になれるなら。ベル子の寂しさを、紛らわせてやれるなら――


やがてベル子は、ゆっくりと顔を上げた。


そして、ぽつぽつと語り始めた。


「お母さんに、ベースを、聴いてもらったあと。


私、バンドの人にも相談したの。私と、ベースと、あと、くらまくんのこと。


バンドの人……うん、私、バンドもしてて……。


それで、聞いたの。私のベース、どう思うかって。


みんな、上手いと思うって、褒めてくれたわ。すごいって、言ってくれた。


でも、言ったの。


くらまくんが言うみたいに、それだけで感動は、できるとは思えないって。


……くらまくん。


私が弾いてたのって、バンド曲のベースなの。


ソロのベースは、ほとんど弾いてなかったの。


普通の人が感動できるようなものじゃ、なかったの。


そんな演奏を褒めてくれる人がいるとしたら、それは……その人は……」


そこまで語ると、ベル子はそのガラスのような瞳を俺のほうへと向けた。


感情が読み取れないその瞳を、俺はよく分からないままに見つめ返す。


「くらまくんは、嘘をつくような人じゃ、ないわ」


「…………、」


俺は口を開きかけて……寸前で気づいた。


普段の無表情との、ほんのわずかな違い。前に鬼の形相を見たことがあったからこそ、わかる違いだった。


ベル子は、怒っていた。


俺に、じゃない。別の誰かにだ。たぶん、そのバンドの人間か? そいつの言葉に、ベル子はきっと怒っている。


「だって、くらまくんだもの」


「…………」


謎の理論に、緊迫感が削がれそうになる。


ここは、礼を言うところなのか? 照れるところか? 怒るところか? それとも単に肯定すべきなのか?


「だから、あるとしたら……」


態度を決めかねてる間に、ベル子は言葉を続けた。


「私と、くらまくんの波長が、合っただけのことなの」




音楽は、人によって感じ方が違うの。誰かにとってはすごくいい曲でも、違う誰かにはすごく嫌な曲になることが、あって。


そんなに上手くなくても、波長が合えば感動することがある、らしいの。


だから、私が弾いた音と、伝えたいって思う気持ちが、偶然くらまくんが聴きたくて、感じたいものと同じだった、っていうことなの。


だから、私のベースがすごいんじゃないの。波長が合った。ただ、それだけなの。


だから、だから……


だからいつか……私たちが大人になって、感じ方や好きなものが変わってしまったら。


そうしたらくらまくんは、もう今みたいに、私のことを褒めてくれなくなると、思う……。


でも、そうだとしても。ただの偶然でも。


あの日、理科室で褒めてくれた言葉と、そのときの嬉しかった気持ち。


私は、忘れない。


さっきの言葉も、秘密基地でのことも、帰り道のことも。


くらまくんとのことは、全部全部、私のなかに、残ってる。


ずっと、誰にも褒めてもらわなくていいって、思ってた。ベースだけがあれば、それでいいって。


でも、くらまくんに褒めてもらえて、すごいって言ってもらえて。


それがすごくすごく、嬉しかった。もっと言ってほしいって、思った。くらまくんのためだけにベースを弾きたいって、そう思った。


でも……ほんとうはそれと同じくらい、もっとたくさんの人にも褒めてほしいって、思ってる。


だから私、今度は偶然じゃなく、くらまくんだけじゃなく、聴いた人みんなに褒めてもらえるような、すごいベーシストになりたいって思うの。


そのときには、もしかしたら私は、くらまくんに好きって言ってもらえるような演奏は、できなくなってるかもしれない。くらまくんの好きな音楽だって、変わってしまってるかも……。


でも、もしそのときになっても、私がくらまくんの好きな音が弾けてて、くらまくんが私のベースを好きでいてくれたら。


そうしたら、そのときは、もう一度私のベースを――くらまくんのために弾く、私のベースを。


くらまくんに、聴いてほしいの。


それで、今さっき言ってくれたみたいに、もう一度、言ってほしい。


私のベースを、好きだって、言ってほしい。


…………。




「…………だめ?」




*  *




翌日、ベル子は風邪をひいて寝込んだ。


それを姉から聞かされた俺は、その5分後には果物のカゴを持たされ、半ば強制的にベル子のお見舞いへと送り出されていた。


「男の子なんだから、ちゃんと責任とらなきゃだめだよー」


送り出すときの姉のあの言葉は、風邪をひかせた責任のことだと信じたい。




ベル子の家の前にはこれまでも何度か来てるが、昼間にこうして眺めるのは初めてだった。


白い、清潔感のある家だった。逆にいうと生活感に欠けるが……なんとなく、ベル子のイメージにマッチしてる気がした。


白い家の白い塀の白いチャイムを押して、しばし待つ。その待ち時間が、俺には嫌に長く感じられた。


ベル子がどう思っていようと、俺の言葉のせいでベル子とベル子のお母さんの間に溝を作ってしまったのは確かだ。更には娘に風邪までひかせてしまって、いったいどんな顔をして会えばいいのか……


と、そんなことを悩んでる間にドアが開いた。


「あら。くらまくんさん、ですか?」


「は、はひっ! そ、そうでしゅ! くらまくんさんです!」


「ひょっとして、ベル子のお見舞いに、来てくださったんですか?」


「そ、そうれすっ」


「それはそれは。わざわざ、ありがとうございます」


「…………」


思いのほか、対応が穏やかだった。


電話では「少し恨んでいる」とまで言われたのに、そんなのは微塵も感じられない。ベル子のお母さんと顔を合わせたのは初めてだったけども、その笑顔からは社交辞令以上の親密さが感じられた。


「恨んでいるのは、本当に、少しだけですから」


家に上げてもらう最中、ベル子のお母さんは言った。


「それ自体も、事故みたいなものだって、わかってはいるんです。昨日はすみませんでした。八つ当たり、してしまって。実際のところ、くらまくんさんのこと、悪く思ってはいません。ベル子と仲良くしてくれて、それに今日はお見舞いにまで来てくれて、本当に、ありがとう」


ほぼ初対面の人にお礼を言われるのは、どうにもムズ痒かった。相手がベル子似の美人となると尚更だ。


俺が返答に窮していると、ベル子のお母さんはくすっと笑ってから、俺をベル子の部屋まで案内してくれた。


「ベル子、調子はどう?」


『ん。だいぶ、良くなった』


「そう……今、くらまくんさんが来てるのだけど、入ってもらってもいい?」


『くらまくん……』


それきり、反応が途絶える。


部屋の中からは何も聞こえない。掃除とかをしてる様子でもない。あまりの静けさと、その時間の長さに、だんだん不安になってくる。


一方、隣にいるベル子のお母さんはと言うと、ニコニコしたままで慌てた様子はまったくなかった。その落ち着きっぷり、さすがはベル子のお母さんといった感じだ。


本当に長い時間、たぶん、10分は待っただろう。


ようやく、返事があった。


『どうぞ……』


「はい、お邪魔します」




初めて入ったベル子の部屋は、がらんとしていた。


ベッドと、机と、ベース。それだけしかなかった。


かといって綺麗にしてるというわけでもなく、床には脱ぎ散らかした服が転がっている。さっきの時間でそれぐらいは片しとけよ。目のやり場に困るだろうが。


ベル子のお母さんは、その服を自然な動きで回収しながら、


「それでは、私はリビングにいますから。何かあったら声をかけてくださいね」


そう言って、部屋から出ていった。


部屋に残されたのは、俺とベル子の2人だけ。


「…………」


ベル子は、さっき自分でも言っていた通り、だいぶ調子が戻ってきているようだった。昨日の夜のほうが、まだしも辛そうだったぐらいだ。


そんなベル子の様子に安心した一方で、俺は別の理由で落ち着かなかった。女の子の部屋に2人きりという、この状況に。


今日はお見舞いに来てるんだ。だからそんな変な緊張するほうがおかしい。


それに、寝ている女の子をじっと見つめるのはマナー違反だと聞いたことがある。まあ相手はベル子だからその辺は気にしなさそうだけど、それにしたって病人なんだから、用が済んだら早々に立ち去るのが礼儀ってもんだ。


だからここは適当に挨拶だけして、帰るような流れを……


「くらまくんって、やっぱりヒマなのね」


「お見舞いにきたやつへの第一声がそれかよ!」


俺のプランは、跡形もなく打ち崩された。


「だって、昨日の今日でお見舞いにきてくれるなんて……友達、つくったほうがいいと思う」


「お前にだけは言われたくねえよ⁉」


「私は、ベースが友達だから」


「ボールは友達みたいに聞こえるけど、それ普通にぼっちだからな?」


「あと……」


ベル子が一瞬だけ目を泳がせて、それから俺の目をじっと見つめた。


「くらまくんも、友達」


「…………」


「どうしたの?」


「……いや、なんでもない」


「…………?」


ベル子が昨日言っていた、だんだん欲張りになってきたって話。


今、その気持ちが俺にもわかった気がする。


友達。


この前までは、その言葉が嬉しかった。もちろん今でも嬉しい。だけど、心のどこかで不満に感じている自分がいる。


つまり俺は、ベル子と……


「今日は、ありがとう」


「へ? な、なにが?」


「お見舞い。ありがとう」


「あ、ああそれか。いやあ、姉貴がさ。行け行けってうるさくて、それで、その……」


「……そう」


「あ、いや……俺も心配だったから、その……どっちにしろ、来たとは思うけど……」


「そう」


「…………」




「ありがとう」




*  *




それから俺たちは、とりとめのない話をした。ベル子が割と元気そうだったのもあって、のんびりだらだらと、どうでもいい話をした。


「じゃあお前がお母さんに認めてほしかったのって、バンドに入ってることを認めてほしかったんだな」


「うん。ずっと、内緒にしてたから」


「そっちはオッケーもらえたのか?」


「もらえた。ベースを、聴いてもらったときに」


褒めてもらいたいと言った、ベル子のあの言葉も嘘じゃなかったんだろうし、最終目標ではあったんだと思う。


だがもう一つ、別の目的があった。それを俺は知らなくて、そこがちょっとした掛け違いになっていた。


「もうすぐ、文化祭だから……その前に、お母さんに言っておきたかったの」


「まああのお母さんなら、ベル子のベースがどうあれ反対はしなかっただろうけどな」


「そう、かしら」


「いや、なんでお前のほうが不安そうなんだよ」


どうもベル子は、自分の母親のことを信じきれていない感じがする。あんな良いお母さんなのに。


「てかお前、文化祭でバンドやるんだな」


「言ってなかった?」


「言ってなかった」


「そう」


「…………」


「えっと……ごめんなさい?」


「……別に。いいけどさ」


俺はベル子の何ってわけでもないから、ベル子に報告の義務はない。それこそ母親に報告する義務があったとしても、俺に報告する義務はないだろう。


だけど、ベル子ファン第1号として、その事実を知らなかったことがたまらなく悔しい。


「……当日は、ぜったい最前列確保してやる。そうだ、ベル子ウチワとか作って持ってくとか……」


「それは、やめて」


珍しく、本気で嫌そうなベル子だった。


「最前列も、やめたほうがいいかも。ステージ見上げるの、疲れるから」


「そういう問題じゃないんだよっ! 演奏してるベル子を真正面から見れるチャンスなんて、そうそうないんだぞ!」


「そこまで言うなら、また今度見せてあげてもいいけど」


「えっ、あ、えと、ああ、うん……」


改めてそう言われると、なんか照れるな。


「どうして、くらまくんが照れてるの?」


ごもっともで。


「文化祭当日は、バンドだけか? クラスの出し物とかは?」


「うちのクラスは、展示」


「あ、そうだった」


ベル子が同じクラスだってことを、一瞬ド忘れしてた。あと、出し物が展示ってことは普通に忘れてた。


言い訳させてもらうと、ここへきて急に物忘れが酷くなったのには一応理由がある。俺の脳内キャパシティが別のことに全力だったからだ。


「てことは、バンドが終わったらベル子はヒマなんだよな」


「そうね。バンドが終わる前でも、準備まではヒマ。くらまくんと同じくらい」


「そっかあ。ヒマかあ」


「…………?」


ここまでの流れは、自然なはずだ。そしてお互いヒマなことは確定。


となれば、ここからの流れだって自然なはず……!


「べ、ベベベ、ベベベベベ」


「ベ?」


「ベル子!」


「…………、はい」


「よ、よよよ良かったら、ぶ、文化祭の日、お、おおお俺と一瞬ににに……」


「…………」


「ま、まわって、くれないか?」


「くるくる?」


「違うっ」


うちの学校にフォークダンスはない。


「私は、別にいいけど」


「本当か⁉」


「でも、くらまくんは」


「え、俺?」


「うん。くらまくんは、女の子は、いいの?」


「お、女の子?」


この流れで出てくる女の子。その心当たりがなくて、俺はオウム返しするしかなかった。


「秘密基地で、一緒に遊んでたっていう、女の子」


「…………あ」


「その子とまわったりは、しないの?」


「あー、ベル子。その子って、実はだな……」


今更隠すことでもないし、言ってもいいよな? 読者はたぶん勘づいてるだろうし。


「姉貴なんだ」


「…………?」


「いや、だから。昔あの秘密基地で一緒に遊んでたのは、俺の姉貴、スグミなんだ」


「くらまくん……お姉さんとお付き合いしてるの?」


「なんでそうなるんだよ!」


「だってこの前、女の子とは友達じゃないって……」


「友達じゃないだろ。姉弟なんだから」


「…………」


どこか腑に落ちないって様子のベル子。


だけど俺は嘘はついてないし、隠してたのも、姉貴と遊んでたのが恥ずかしいからって理由があったんだ。責められるようなことじゃない。と、思う。


「じゃあ、くらまくんに彼女は……」


「いねえよ。友達いないのに彼女だけいるわけないだろ」


「…………」


咎めるような視線に、なぜだか罪悪感が湧いてくる。


「な、なんだよ……」


「なんでも……」


ベル子が布団で顔を隠した。明らかになんでもある感じなんだが、これは聞かないほうがいいんだろうか。


「えっと……じゃあ、俺はこれで帰るよ。明日は、学校来れそうなんだよな」


掛け布団が、こくんと揺れた。


「じゃあ、また学校で。……あ、あと、秘密基地には」


「いく」


ベル子が、布団の下から目だけを覗かせた。


「くらまくんも、きて」


「…………」


思えば、これが初めてだった。俺とベル子が、秘密基地で会うことをはっきりと約束したのは。


ベル子に、来てと言われた。


ただそれだけのことが、無性に嬉しかった。


「ああ、行くよ。絶対行く。ヒマじゃなくても行く。だから、ベル子――」




「お前のベース、また聴かせてくれよな」




ベル子は返事の代わりに、もう一度布団に顔を隠した。

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