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カペ谷ベル子のベース  作者: 泉野 戒
2曲目 俺が好きなのは音楽であってベル子ではない
4/18

2-1

明くる日、日曜日。俺は悩んでいた。


コンビニのスイートコーナーの前で、ひたすらに悩んでいた。


目の前の棚には、手のひらサイズの透明なプラスチック容器が1つ。その中にはプリン状の物質が満たされていて――いや、ていうかプリンだ。プリンそのものだ。


にるげそプリンが、俺の目の前にあった。


そのヒヨコ色の洋菓子を前に、俺はさっきから10分近く悩み続けていた。


「……どうする。買うか? いや、でも、買ってどうするんだ? 俺が食べるのか? こんなバカ高いプリンを? ベル子の目の前で? どんな嫌がらせだよ。じゃあベル子にやるのか? だけどベル子にやる為にわざわざ買うって何なんだよ。ていうか俺はベル子の何なんだよ。何かのお礼とかならまだしも――そう、演奏聞かせてもらってるお礼ってことにして……。いや、だからなんでわざわざ理由をつけてまでプリン買わなきゃいけないんだよ」


悩んでも悩んでも答えは出ない。時間だけがどんどん過ぎていく。


いっそのこと、この最後のプリンを誰か別の人が買ってくれたら諦めもつくのに。


……なんて考えていた、まさにその時だった。


「あ……」


右から伸びてきた細い腕が、にるげそプリンを取った。咄嗟にその腕の主を目で追う。


ベル子……


じゃ、なかった。


「な、なによ……」


そこにいたのは、赤い髪をショートボブにしたツリ目がちな女の子だった。背は俺よりも頭2つ分くらい小さい。小学生、かな?


「だから何よその目は! なんか文句でもあるの⁉ で、でもこのプリンは、私が先に取ったんだからねっ! 絶対譲ってあげないんだから!」


なんかキレられた。


いや、確かにマジマジと見ちゃった俺にも問題はあるけど、だからって初対面の相手にここまで突っかかてくるか普通? 今日びギャルゲーでもこんな子いないぞ。


まあ、これだけ暴言を吐きつつもこの場をすぐ立ち去ろうとしない辺り、ベル子よりは気遣いができる子なのかもしれない。


「な、なんとか言いなさいよ!」


そこで俺はようやく我に返った。


「あっと、悪い。でも別にいいんだ。そこまで欲しかった訳じゃないし。ジロジロ見たりして悪かった」


とりあえず謝っといた。タメ語にしちゃったけど、年下だろうし、いいよな?


「そ、そう? なら、いいけど……」


見知らぬ女の子は、プリンを大事そうに抱えたままレジへと向かっていった。


悩みの種が消えた俺は、昼飯のおにぎりを選びに行くことにした。プリンのことではあれだけ悩んだのに、自分の昼飯はわずか数秒で決まった。




「ね、ねえ」


「ん?」


店を出てすぐ。


声をかけられたほうを振り向くと、そこにはさっきの女の子が立っていた。プリンの入った袋を大事そうに胸元で抱えながら、俺のほうをキッと睨みつけてきている。


「あ、う、その、えと……」


俺と目が合うと、途端にどもり出した。なんなんだ一体。


「その、あの……ぷ、プリン!」


「プリン?」


「そう、プリンよ! あなた、にるげそプリンが好きなんでしょ⁉」


「え、ま、まあ……」


強い語調に、思わず俺は頷いていた。いや、本当は違うんだけど。


「やっぱりね! だからあんなに悩んでたのね!」


「まあ、そう、かな?」


だから違うんだけど。


「でもお金がなくて、困ってたんでしょ?」


「ああうん、そう。そうなんだよ」


もうどうでもいいや。


「じゃ、じゃあ、特別に……」


またどもり気味に、女の子は言った。


「私のプリン、はんぶんこしてあげてもいいわよ?」


「…………」


いや、何言ってんのこの子。初対面の男とプリンわけっことか、正気なの?


「あ、ちが……! べ、別に逆ナンとか、そういうのじゃないから!」


いや、そんな勘違いはしてないけど。勘違いできるほどモテないんだけど。


「その……にるげそプリン好きな人って、私の周りにあんまりいないから、ちょっとお話したいなーって思っただけで……」


「話って、プリンについて?」


「うん。プリンについて」


ここはどもらずに、はっきりと頷き返してきた。プリンについて何を語り合うつもりなんだコイツは……。


そういえばベル子に姉の話をしたときも、ベル子のヤツは会ってみたいとか何とか言ってたっけ。今思うとあれは、にるげそプリンが好きな姉に会ってみたい、って意味だったのかもしれない。


なんだろう。にるげそプリン好き同士は、妙な仲間意識でもあるんだろうか? 理解できん。


「そ、それで、どうするの? 食べたいなら、近くの公園に行きましょ? コンビニの前だとちょっとみっともないし……」


「いや、俺はこのあと用事あるから」


「あ……そ、そうなの?」


なんかすごい残念そうだ。多感な年頃の女の子にこんな顔をさせるとは、にるげそプリン、恐るべし。


「悪いな、気ぃ遣ってもらったのに」


「あ、べ、別に、私はそんな……!」


「それじゃ、俺はこれで」


女の子の言葉を最後まで聞かず、俺は足早に立ち去ることにした。




「変なヤツだったな……」


相手の姿が見えなくなるところまで来てから、俺は1人呟いた。


本当に、変なヤツだった。まるでギャルゲーのヒロインをそのまま現実に再現したみたいなヤツだった。


「これで明日、あの子が俺のクラスに転校してきたら完璧だな」


いや、もしそうだとしても、さっきの俺の対応はことごとくフラグへし折ってたから、次のシーンはやってこないか。


ま、別にいいんだけどな。今の俺はそんなの求めてないし。


「ベル子のヤツ、いるかな」


秘密基地に足を向けつつ、俺の思考もそっちへと向かっていた。


あの場所で過ごす、穏やかな時間。


それがあればしばらくは何もいらないと、そう思えるくらいに俺はあの雰囲気が気に入っていた。


だからまあ、フラグはへし折っといて良かったんだろう。きっと。




*  *




その日ベル子が姿を現したのは、太陽が木々の向こう側に消え、辺りがうっすらと暗くなり始めた頃のことだった。


「ようベル子。今日は遅かったな」


読んでいた本から顔を上げて、俺は声をかけた。


だが、ベル子からの返事はなかった。ただ俺の顔をじっと見つめ返してくるだけで、微動だにもしない。


「くらまくん……くらまくんって、」


「ん? どうした?」


「もしかして、暇なの?」


「ぐ……」


第一声がそれかよ。


まあ3日続けて来てるんだし、そう思われても仕方ないのか。


「別に、暇じゃないけど……」


「じゃあどうして、今日も来てるの?」


お前のベースを聴きたくて来てるんだよ、とは、なかなか言いにくい。恥ずかしくて。


いや、それを言うなら昨日俺は、ベル子の音が好きだとかなんとか言ったような覚えがあるし、理科室で会ったときもベタ褒めしたワケだが。むしろこれだけ褒めてるのになんでベル子には伝わらないんだろう。まさか言わせたいのか。俺に。


「暇じゃないなら、いつもは何してるの?」


「それは……家でゴロゴロしたり、本読んだり、ゲームしたり」


「…………」


「ああ認めるよ! 暇だよ俺は!」


物言いたげな視線に耐え切れず自白した。なんか、クツジョクだ。


「もしかして、遊ぶ友達、いないの?」


「あのなベル子、知ってるか? 友達っていうのはな。表では親しげに接しつつ、裏では常に相手の顔色を伺い、隙あらば出し抜こうとするヤツらのことを言うんだよ」


「友達、いないのね」


「いねーよ! 悪いか!」


「どうして怒ってるの?」


「怒らいでか!」


首を傾げるベル子。本気でわからないらしい。マジかコイツ。


そういえば、ベル子のほうも友達いなさそうだよな……。


「もしかして、くらまくんは友達がほしいの?」


ギター……じゃなくてベースを取り出しながら、ベル子は言った。


「べ、別に? そんなモンいなくても、本読んでれば退屈しないし?」


「そうよね。私も、ベースがあればそれでいい」


「…………」


「なに?」


「なんでも……」


ベル子つえーな。俺とは大違いだ。昨日見せたあのセンチメンタルな一面は、いったいどこに行ったんだろう。


「ていうか、やっぱり友達いないんだな、ベル子も」


「うん。いない」


「一度もできたことないのか?」


「中学のときは、結構いた」


「何人ぐらい?」


「さんにん」


「…………」


「なに?」


「なんでもない……」


ちくしょう、目頭が熱い。この俺としたことが、まさかベル子に泣かされる日が来るとは……。


3人。結構いるって言っといて、たったの3人。


本当に、友達いないんだなあ……。


「大丈夫だ。もう大丈夫だ、ベル子。今日からは俺がお前の友達だから。お前はもう、1人じゃないから」


「そう。ありがとう」


ベル子が弦を爪弾いた。


てん、と音がした。


「…………お前、ほんっっとにどうでもよさそうだな」


「だから、そう言ってるじゃない」


ああ、これは友達できないわ。これはしゃあないわ。


「あのさあベル子。こんなこと俺が言うのもどうかと思うけど、お互いにたった1人の友達なんだからさあ。嬉しいとか、大切にしようとか、そういう風に思わないのか?」


「友達って、人数で価値が変わるものなの?」


「うぐ……!」


コイツはまた、平然とした顔でなんて核心を突く問いを……。


「た、確かに価値は変わらないけどっ! ていうかそれは友達がいるヤツのセリフだろ!」


「人に価値をつけること自体がおこがましいのかも」


「だからそれは友達がいるヤツのセリフだろ!」


「女の子は、どうしたの?」


「へ?」


急に何の話だ? 女の子?


「はじめて、ここへ来たとき。ここはくらまくんともう1人、女の子との秘密基地だって、言った。その子は、友達じゃないの?」


「あ、ああ……」


そういえばそんな話したっけ。あいかわらずよく覚えてんなコイツ。


「アイツは、えーっと……友達とは、違うと思う」


「仲、わるいの?」


「そんなことはないけど……」


「友達じゃないの?」


「……違うな」


「…………そう」


どういう納得の仕方をしたのか、そもそも納得したのかどうかすら怪しかったが、とにかくそれから帰る直前まで、ベル子が口を開くことはなかった。




*  *




ベル子とそんな話をした、その日の夜のこと。


「なんか最近よく出かけてるけど、どこ行ってるの?」


夕飯時。藪から棒に姉がそんなことを聞いてきた。


ほんの3秒前まではテレビ番組の話題だったってのに、姉の脳内でいったいどんな変遷があったのか。謎だ。


「どこって……どこでもいいだろ、そんなの」


我ながら、この返しは失敗だった。ごまかすにしてももっといいごまかし方があったはずなのに。


案の定、普段はぽけっとしている姉の顔に、いやらしい小悪魔的な笑みが浮かんだ。


「なぁに? お姉ちゃんには言えないようなこと? へぇ。ふぅん。気になるなぁ」


まずい。完全にウザ絡みモードだ。


こうなった姉はそう簡単には引き下がらない。部屋にこもろうが風呂に入ろうが俺の後ろをストーカーみたいにつけ回してくる。いや風呂だけはホントやめてほしい色んな意味で。


我が至福のバスタイムを守り抜くためにも、このウザイ姉を早急に何とかせねば。


「いや、ほんと、たいしたことじゃないんだよ。ほら、森の奥の秘密基地あったじゃん? あそこだよ」


「あ~、あったねぇ、そんな場所」


あの場所のことは姉も知っている。懐かしそうに顔を綻ばせた。


「思い出すなぁ。あそこでよくおままごととかやったよね。私がずっとお母さん役やってたら、まーくんが『ぼくもおかあさんやりたい』って泣いて怒りだして。まーくん、子供のときからお母さんのこと大好きだったもんねー」


「あぁぁあああ! 聞こえない聞こえない聞こえないぃっ!!」


ぽわぽわした顔で俺のメンタルを豪快に抉りとっていく姉様。話だけでもアレなのに、まーくん呼びとか。背中がぞわぞわする。


「あれ? でもどうして今更あんなところに行ってるの? あそこ、何もないよね?」


「はぁ、はぁ、はぁ…………っ、そ、それは……」


心に深い傷を負ってなお、話を逸らせなかった。俺は詐欺師には向いていないのかもしれない。


「えっと……いま読んでる小説の場面がさ、その、ちょうどあそことイメージぴったりなんだよ。それで雰囲気だすために、最近はあそこで本を読むことにしてるんだ」


「……ふーん」


(あ、これは信じてないな)


俺と姉は2人きりの姉弟で、お互いのことは知り尽くしている。だからこそ嘘は見抜かれたんだろうし、見抜かれたことに俺も気づいた。あとついでに言うと、なんか企んでそうだなーっていう嫌な感じも、その時に感じてはいた。


とは言え、ウザ絡みモードだけは脱したみたいだったし、俺のメンタルポイントもジリ貧だったしで、結局俺はそれ以上なにを言うでもなく、そそくさと飯を食い終えて部屋に引っ込んだのだった。

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