6-2
不意の邂逅。それに呆気に取られたのはどうやら俺たちだけじゃなくて、ロリっ子もだったらしい。
しばし、何も言わずに見つめ合う。俺は口を開いたまま。ロリっ子はスプーンを持ち上げたまま。
そのまま、時間だけが1秒、2秒と過ぎていって……
「…………(ぷいっ)」
「…………(ぷい)」
俺は顔を逸らした。何も言わずに。
いや、なんでって。なんでも何も、話しかける理由がない。
むしろ俺が聞きたい。道端で知り合いに会ったら速攻で話しかけてくるヤツいるけど、あれ何なの。RPGの主人公か何かなの。悪いけど俺もベル子もただの村人だから、話しかけられたって町の名前ぐらいしか言えないぞ。
少なくとも俺は、知り合いに会ったからって話しかけたりはしない。ベル子や姉ならまだしも、たいして仲良くもない(むしろ嫌われてる恐れがある)ロリっ子相手に、話しかける理由がない。
そしてそれはどうやらロリっ子のほうも同じらしく、横目に伺った感じだと向こうも目を逸らしてプリンに集中していた。ちなみにベル子はわずかに目を泳がせてはいるが、何かアクションを起こしそうな感じはない。
最高だ。さすがはぼっち勢。俺、こいつら大好きだ。
しめしめと思いつつ、俺は机の上のプリンを完食しにかかる。本当はもうちょっと腰を落ち着けていたかったが、こうなったら少しでも早くこの場を立ち去って、ベル子との文化祭デートを満喫……
「あの子、知り合い?」
「…………、」
……しようという目論見は、残念ながら果たせそうになかった。
そうだった。ここには、1人だけリア充がいた。
友達百人を地で行く女。
ずっと友達でいたい女子ランキング堂々の1位。
「ひとりぼっちって寂しくない?」と素で聞いてくるぼっちの天敵。
倉間、スグミが。
最悪だ。さすがはリア充。そういうところ、大っ嫌いだよ姉貴……。
「ねえ、ベルちゃん。知ってる子?」
「……うん。同じ、バンドの、赤井さん」
姉の問いに、嘘をつけないベル子は正直に答える。いつにも増してたどたどしい喋りになってるのは、まあ、そういうことなんだろう。
「へぇ~、あなたがあの赤井さん! あ、はじめまして、私は倉間マダオの姉で倉間スグミって言います! マダオのことは、知ってるよね?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………知ってるけど」
ムチャクチャ長い間が入った。
ロリっ子はいつも仏頂面だけど、今日のそれは一際機嫌が悪そうに見える。同じ顔が姉の目にも映ってるはずなんだが、まるで見えていないかのように姉は話を続けた。
「そっかぁ。いつもいつも、私の弟がお世話になってます~」
「…………」
通常時の俺なら「お前は俺のオカンかよ!」とでもツッコんでいたんだろう。
だけど今は無理だった。いたたまれなくて、いたいたしくて。
ロリっ子の顔はどんどん険しさを増していく。ベル子はプリンを食べている。オイコラひとりだけ現実逃避してんじゃねえ。しかもそれ俺のプリンだろ。返せ、返せよぉ俺のプリン(現実逃避)
「ねぇ。良かったらあなたもこっちへ来て一緒に食べない? いろいろお喋りしたいし」
「…………」
「プリン1つサービスしてあげてもいいよ?」
「行くわ」
言うが早いか、次の瞬間にはベル子とスグ姉の間には椅子があって、そこにロリっ子が座っていた。その動き、まさに疾風迅雷の如しだった。
ベル子もそうだけど、なんでプリン1つでそこまで必死になれるのかわからない。にるげそプリンが何なのかよくわからない。危ない薬とか入ってないだろうな。
半ば感心しつつもその様子を見ていると、バカにされてるとでも思ったのか、ロリっ子がガンを飛ばしてきた。
「なによ?」
「いや、別に、なんでもないけど……」
「だったら見ないで。気持ち悪い」
「…………」
見てただけでこれって。やっぱり嫌われてるんだな俺。別にいいけどさ。
「すみませーん。注文いいですかー」
「はーい。……って、スグミじゃないの。何サボってんのよアンタは」
「ごめんね、後で埋め合わせするから。ちょっと早めの休憩ってことで。ね?」
「ま、今は別に忙しくもないからいいけど」
「ありがとー! のべ子ちゃん大好き―!」
「はいはい、ミートゥーミートゥー」
抱きつく姉を慣れた様子であしらうのべ子さん(メイド)。いいなあ羨ましいなあどっちがとは言わないけど。
「それでね、ありがとうついでにね、プリン1つ注文していい?」
「はーい。プリン1つ」「お待たせしました! ご注文のプリンでっす!」
相変わらず無駄に早いスピードで、プリンが届いた。
受け取った姉は、そのままプリンをロリっ子へと差し出す。
「はい、どうぞ。プリンだよ」
「…………ふん」
プリンに釣られたことが恥ずかしいのか、ロリっ子は礼も言わずにプリンを受け取ると、スグ姉から顔を背けて食べ始めた。
そうしていると、位置的に俺のほうからはロリっ子の横顔が見える。だから気づいたんだが、ロリっ子はプリンを食べる時だけいつもの仏頂面が消えていた。
その幸せそうな顔は、なんつーか、認めたくはないんだが……
ちょっとだけ、可愛く見えた。
「……なによ?」
じっと見ていたせいで、さっきよりもキツめなガンが飛んできた。
「あ、いや、その……」
反射的に言い訳の言葉が口をついて出そうになる。……が、言葉が形になるまえに、俺は気づいた。
ロリっ子の頬が、ほんのり赤く染まっていることに。
「えっと……」
これ、照れてる、のか? 照れてるんだよなこれ。てことは、睨んでるのももしかして照れ隠しか? あれ? ってことはこれ、もしかしてアレか? アレなのか?
もしかして、ツンデレなのか?
「な、なんなのよ! 言いたいことがあるんならはっきり言えばいいじゃない! 男のくせに陰険なヤツね!」
その反応で、今度こそ俺は確信した。間違いない。コイツ、ツンデレだ。
はぁ~、そっかあ、これがツンデレかあ。ほんとにいたんだなツンデレ。すげーよ、俺リアルではじめて見たよ。なんか街中で幻の魔法生物を見つけたような気分だ。
「いや、言いたいことっていうか……お前ほんとプリン好きなんだなって思って」
「なによ、悪い? あんただって好きでしょ、にるげそプリン。コンビニであんなに悩んでたぐらいなんだから」
「あ、いや、あれは……」
俺はベル子のほうを横目に伺った。
ベル子は自分のプリンも俺のプリンもすっかり平らげてしまって、今は手を膝の上に、テーブルの上をじーっと見つめていた。
あのコンビニのときの話を、ここでベル子に聞かれるのはちょっと恥ずい。なんせあれは貢ぐかどうかで悩んでたんだからな。
だけどここで変に口ごもれば、またぞろロリっ子の機嫌を損ねるのは想像に難くない。
少し考えて、結局俺はありのままを話すことにした。
「いや、あのときはベル子にやるプリンを買うかどうかで悩んでたんだよ。にるげそプリンが好きなのは、俺じゃなくてベル子だ」
「カペ谷ベル子が……?」
ロリっ子が、視線をベル子のほうへと目を向けた。
テーブルを見ていたベル子が、一瞬だけ顔を上げてロリっ子を見た。だけど何も言わずにまたテーブルを見る。
テーブルの下で、手が、スカートをぎゅっと握っていた。
「ふーん」
ロリっ子は、興味なさげに相槌を打った。
プリンをスプーンでひとすくい、口に含むと、しっかり味わってから嚥下する。
「で? カペ谷ベル子。あんたはまったり派? はんなり派?」
「まったり派」
「アレンジはあり派? なし派?」
「少しなら」
「タイミングは食前と食後どっち?」
「両方」
「アンタにとってのにるげそプリンとは?」
「…………心の、ふるさと」
ロリっ子がスプーンを置いて、ベル子の手をがっしと掴んだ。
「カペ谷ベル子、アンタのこと誤解してたわ……アンタは今日から、私の親友よ!」
「いや、なんだよそれ。……なんだよそれ!」
思わずツッコんだ。2回。俺としたことが「なんだよそれ」しかツッコミが思いつかなかった。
いや、だけどこれはおかしいだろ。なんだったんだよ、さっきまでのシリアスな空気は。
だいたい、ロリっ子はついこないだまで「ベル子は友達じゃない」とか言って素っ気なくしてたはずだ。それをたかだかプリンで親友とか。急展開にも程がある。
「何よアンタ。にるげそプリンをバカにする気? プリンに沈めて殺すわよ」
「イマイチ迫力に欠ける脅し文句だな」
「前言撤回。プリンがもったいないからやっぱりもずくにするわ」
「なんでもずく⁉」
「ねえカペ谷ベル子。あんた、なんでもっと早く言わなかったのよ」
俺のツッコミをスルーしつつ、ロリっ子はベル子に向き直った。
「そうしたら、これまでだってプリンの話で盛り上がれたのに」
「赤井さんは、喜ばないと思ったから……」
「何言ってんのよ。身近ににるげそプリン好きの同志がいて喜ばないヤツなんかいないわよ」
いや、そんなことないだろ。
「それは、そうだけど」
え、そうなの?
「でも、赤井さんは私のこと……良く思ってないと、思ってたから」
「はあ? なんでそんな風に思ったのよ?」
「…………」
ベル子は押し黙った。
だけど、言わなくたってそんなのはわかりきってる。ロリっ子からベル子への冷たい態度。あんな態度を見せられたら、そう思うのも無理ないだろう。
「……別に、嫌ってなんかいないわよ」
そこは多少の自覚があるのか、そう言うロリっ子は少し後ろめたそうだった。
「ただ、あんたが人付き合いとかニガテそうだったから距離を置いただけ。私も、得意なほうじゃないし」
なんだそりゃ、と、俺はあやうく口に出すところだった。
つまりロリっ子は、前からベル子と仲良くしたいと思ってたってことだ。ただ、変に気を遣ってたせいでそう出来なかったと。
いや、どんだけ不器用なんだよ。俺も人のこと言えないけど。
「それに、そんなことで失敗してカペ谷ベル子にバンドやめられたら、たまったもんじゃないもの」
「いや、そんなことってお前……」
「そんなことでしょ。音楽よりも大切なことなんてないわ。少なくとも、私にとっては」
そこだけは照れ隠しでもなんでもない、本音のように思えた。
一瞬ムッとなったが、考えてみればベル子にも似たようなところがある。ベースがあれば他には何も要らないみたいな。それがロリっ子にもわかっていたから、あえて踏み込もうとはしなかったのかもしれない。
「でも、私のその身勝手のせいで嫌な思いさせてたんなら、謝るわ。……ごめんなさい」
「…………、」
「ちょっと、やりすぎたかもしれない。初めてのリーダーで張り切ってて……バンドと私情を分けるって方針が間違ってるとは思わないし、だから、ルールを変えるつもりはないけど。でも、その……バンドとか関係なくただの友達ってことなら、仲良くしててもルールには反してなくて……要するに、あんたがどうしてもって言うなら、だけど……」
らしくないたどたどしい口調で、それでもロリっ子ははっきりと言った。
「友達に、なってあげてもいいのよ?」
無駄に高圧的な物言いは、やっぱりこれも照れ隠しなんだろうか。
それでも、これまでの捻くれ具合からしたら嘘みたいな、それは真っ当な友達の誘いだった。
その思いは、きっとベル子にも伝わってるはずだ。それにベル子もずっと、ロリっ子とは仲良くしたいって思ってたはずだ。
だったら、ベル子は。
ベル子は……
「…………」
ベル子は、何も言わなかった。
いつもと同じ無表情で、テーブルの上をじっと見つめて、何も言わず、ただ座っていた。
それはまるで、機嫌を損ねて、無視しているみたいにも見えた。
「…………、……」
ロリっ子が、咄嗟に何かを言おうとして、
だけど寸前で、その口を閉じた。
「あんたは、そんなに……」
今度はゆっくりと、言葉を選ぶように、ロリっ子は何かを言いかけて、
だけど結局、またその口を閉じた。
「…………」
何かを諦めたような、ほんの少し寂しげな表情を見せて、ロリっ子は、
「……わかった。じゃあ私、もう行くから」
言葉少なに席を立った。
そんなロリっ子と目を合わせることもなく、ベル子はやっぱりテーブルの上を見ていた。
その様は傍から見れば、優しく手を差し伸べてくれた同級生を、素っ気なく突き放したかのようで――
――違う。
ベル子は、そんなヤツじゃない。そんなに強くないし、しっかりした自分の意志を持ってるわけでもない。
臆病で、トロくて、そのくせ呑気で。かと思ったら気が小さくて、泣き虫で。
――今までも、ずっとこんな風だったのか。
ロリっ子の差し出す手を掴めず、見送って、すれ違って。
イライラした。ベル子といるといつもこんな気持ちにさせられる。あの日もそうだった。知り合ってすぐ。曇り空の下、2人で並んで家路についたあのときも。
あのときは、俺はベル子のことをよく知らなかった。でも今は、多少なりともベル子のことをわかってる。ベル子が答えを出せないときは、急かしたりせずにじっくり見守ってやるのが一番いいんだってことも、わかってる。
――だけど、今は。
ロリっ子はもうこちらへ背を向け、出口へ向かおうとしていた。
――もう、時間がない。
いまベル子と話してるのは、俺じゃない。俺が待ってやりたくても、周りは待ってくれない。
どうしたら。どうすればいい。俺が、今の俺にできることは、何か……
「…………」
ベル子が、テーブルの下で自身の手を握った。
何かを掴もうとするかのように。もしかしたら本当は、いつも肩にかけているベースの紐を握りたかったのかもしれない。
何か、考えがあったわけじゃなかった。
それどころか、何も考えてなかった。考える時間はなかったし、考えるよりも先に、手が動いていた。
手が動いて、そして、手を上から掴んだ。
ベル子の手を。
いつかのコンビニで、ベル子が俺の手を掴んだときみたく。
テーブルの下、誰の目にも映らないその場所で、俺はベル子の手を握っていた。
「――――」
ベル子は、相変わらずの無表情だった。
手を握った俺にアイコンタクトをくれるわけでも、手を握り返してくるでもなく。
ただ、俺が手を握った、その瞬間に、
「――赤井さん」
ベル子は、口を開いていた。
「……なに?」
少しの間があって、ロリっ子が振り返った。
貼りつけたような仏頂面。それが今だけは心なしか、優しく見えた。声にいつもの棘がない。
その目と、声を、ベル子は真正面から受け止め、そして――
「……ょ、ろしく……おねがい、します」
絞り出すように、そう言った。
あれだけ時間をかけて、出てきたのはたったのそれだけ。主語もなくて、それこそすれ違いが起きかねない簡素すぎる言葉。
だけどロリっ子は、「何が?」なんて、聞き返してきたりはしなかった。
「……ふん」
ただ、偉そうに鼻を鳴らして。
戻ってきて、椅子にどすんと座り直して、ない胸を反らして、ふんぞりかえった。
「ったく、仕方ないわね。そこまで言うなら、なってあげてもいいわよ。友達に」
言葉とは裏腹な、隠しきれない感情を声の端っこに匂わせて。
あと、匂い立つばかりのツンデレ臭を撒き散らして。
ロリっ子はスッと、ベル子へと手を差し出した。
「よろしく、ベル子 」
本当の意味で差し出された、ロリっ子のその手を。
ベル子は今度こそ、自分の手で握り返した。




