6-1
文化祭 1日前
「マダオー? 今ちょっといーい?」
いよいよ明日に文化祭を控えたその日。
自室でまったりとくつろいでいると、姉がそんな言葉と共にドアを開けた。
いや、むしろ聞く前にドア開けられてた感じだった。意味あるのかその声かけ。
「なんだよ。冷蔵庫からプリンがなくなってるとかなら、俺は知らねーぞ」
「違うよー。今日は逆。マダオにプリンをプレゼントしようと思って」
「は? プリンを? いや、そりゃ嬉しいけど……でも俺、あのニルなんとかいうプリンは、イマイチ良さがわからないんだよな」
「にるげそプリンっ! ……でも、うん、えっとね。あげるのは、にるげそプリンじゃないの。それに今日あげるわけでもなくて……えっと、えっとね……」
もじもじと口ごもる姉。なんだ、愛の告白でもしようってのか?
だが悪いな。いくら初恋の相手とはいえ、俺から渡せる愛はもう微塵も残されてはいないんだ。何故なら俺の愛は、細大漏らさずベル子へ捧げてしまっているからで……
…………。
「マダオ? どうして顔赤くしてるの?」
「……なんでもない。で? 結局どういうことなんだよ」
「うん。えっと……つまり、これを……」
そういって姉が差し出したのは、スマホよりちょっと小さいぐらいのサイズの緑色の紙っぺらだった。見ると「プリン割引券」と書かれている。
「明日、文化祭でしょ? ウチのクラス、メイド喫茶やるの。それで、良かったらマダオに来てもらえないかなぁって、思って……」
終始もじもじしっぱなしの姉。だがその理由は明白だった。
メイド喫茶。アニメなんかだとお馴染みの出し物だけど、あの恰好は普通に考えて恥ずい。身内には見られたくないってのが正直なところだろう。
その羞恥心を乗り越えてまで、弟の俺を招待してくれる姉。愛を感じる。もちろん俺の愛はベル子に……いや、やめとこう。また顔が赤くなる。
「わかった。ありがたく貰っとくよ。楽しみにしてる」
「う、うん、ありがとう。お姉ちゃん、がんばるよっ!」
ぐっと力こぶを作る姉。できてないけどな、力こぶ。
「じゃあ、私はもう寝るね。明日があるし。おやすみー」
「ああ、おやすみ――と、ちょっと待った」
部屋を出ようとする姉を呼び止めた。立ち止まった姉が目だけで「なに?」と尋ねてくる。
「この割引券だけどさ。2人で行っても使えるのか?」
「ああ、ベルちゃん?」
「ぐっ……!」
速攻でバレた。いや、隠すつもりもなかったけどさ……。
「あ、ああ、そうだよ。明日は2人でまわろうって、ずっと前から約束してて……」
「へぇー、そうなんだぁ。いやいやお熱いねぇ。さすがは出来たてホヤホヤ熱々カップル。ヒューヒュー、憎いね憎いねぇ」
「いや、どういうキャラだよそれ」
ツッコミで茶化しつつも、割と本気で恥ずかしかった。また顔が赤くなってくるのを感じる。姉には全部打ち明けてるし、今さら恥ずかしがることなんてないはずなんだけどな。
こんな調子で、明日は大丈夫なんだろうか。秘密基地やいつもの昼休みとは違って、明日はクラスメイトにも普通に見られる。「付き合ってるのか?」とか聞かれたら、一体なんて答えよう……
「でも、そうだねぇ。確かにベルちゃんには特に、ウチのメイド喫茶に来てほしいかなぁ」
「……なんだよ。そんなに俺で遊びたいのかよ。だけど出来たら程々にしてくださいお願いしますでないと俺のライフポイントはもうゼロよよよよよ……」
「ああ、違うの。ただ、喫茶店で出すプリンをベルちゃんに食べてほしいなって思ったから」
「ベル子に? なんでまた」
「ふふふーん。それはね……?」
そこで姉は、ここ最近で一番と思しきドヤ顔を決めた。
俺は、知っている。こういう顔をするとき、高確率で姉はトンチンカンなことを言う。
俺は身構えた。もちろん、大声でツッコミを入れる構えだ。
準備は万端。あとは姉の言葉を待つのみ。
さあ、来い。どんなボケにだって、俺は完璧なツッコミを入れて見せる!
「それはね、そのプリンが……」
「極限までにるげそプリンに味と風味を近づけた、『なんちゃってにるげそプリン』だからだよっ!」
「…………」
「…………」
「…………どの辺がボケ?」
「ボケじゃないよ⁉」
リアクションの難しい振りだった。
文化祭 当日
「食べたい」
朝。
開式の辞とかそういう長ったらしいのを終えて体育館前でベル子と合流。どう回るかを軽く話し合うついでにプリンの話を伝えてみると、ベル子の反応は劇的だった。
「食べたい」
2回言いやがったコイツ。
「うん、まあ、行くのは俺としても賛成だ。でもなベル子。姉貴の教室って、最初に行くには位置的に微妙なんだよ。それにやっぱり甘いものは、デザートとして後に回したほうが……」
「食べたい」
「…………」
「食べたい」
ベル子が「食べたい」しか言わなくなってしまった。これはあれだ。ゲームのNPCを相手にしてる気分だ。「ここはハジマリの町です」みたいな。
「……わかった。姉貴の教室に行こう。だけどなベル子。プリンは1個までだ。他のものが食べられなくなるし、店にも迷惑だからな。わかったか?」
「くらまくん、お父さんみたい」
「 わ か っ た か ? 」
渋々といった様子で、ベル子は頷いた。
* *
開始早々に立ち寄ったおかげか、まだ辺りにひとけは少なかった。
『わくわくメイド喫茶』と書かれたどこか昭和の匂いのする看板を見てから、空いているドアを抜けて教室に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ! 2名様ですかぁ⁉」
一歩。
踏み込んだ瞬間に、とんでもない大音量をぶつけられた。
「あ、はい……」
「真ん中のお席へどうぞ~。2名様ご来店でぇっす!」
「「「いらっしゃいまぁせぇ~!!」」」
「…………」
なんなんだろう、この謎の熱気は。
メイド喫茶というより、これじゃあまるで……
「4卓のお客様お帰りでぇっす! お会計お願いしまぁっす!」
「お待たせしましたぁ! ご注文の、にるげそ風味もっさりプリンでぇっす!!」
「おつり800円になりまぁっす! ご来店、ありがとうございましたぁっ!」
「「「ありがとうございましたぁっ!!」」」
メイド全員が全力の声で唱和する。あまりの音量に机がカタカタと震えていた。
「くらまくん、どうかしたの?」
「いや、なんつーか……、ラーメン屋みたいだなと思って」
そう、ラーメン屋だ。しかも暑苦しい系のヤツだ。そのくせ服装はちゃんと可愛いミニスカメイドだから、違和感が半端ない。
誰がこの接客スタイルを提案したのか、聞かなくてもわかる気がした。
「お待たせしましたぁ! ご注文をどうぞ!」
俺が額を抑えていると、目の前にメイドさんがやってきた。この人もやっぱり暑苦しい。
ご注文をどうぞと言われても、机の上にお品書きのようなものは見当たらない。一瞬悩んだが、どうせプリンを食べにきたんだからそれでいいかと思い直す。
「えっと、にるげそ風味のプリン2つと……そうですね。じゃあ、コーヒーを1つ」
「申し訳ありません、お客様。当店にはコーヒーはありません」
「あ、そうなんですか。じゃあ、何か飲み物ありますか?」
「水道水のおかわりならいくらでも出来ますっ‼」
「…………」
おい喫茶店。
ていうか、さっき持ってきたこれ、水道水なのかよ……。
「じゃ、プリンだけでいいっす……」
「かしこまりました! オーダー入りまっす! プリン2つ」「お待たせしました、プリン2つでぇっす!」
「早いなオイ!」
オーダー読み上げる人と入れ替わりにプリンがやってきた。スピード命の定食屋もびっくりだ。
どういう仕組みだと教室内を見まわしてみると、後ろの黒板に縦書きの達筆風でメニューが書かれているのを見つけた。
〇 にるげそ風味もっさりプリン 200円
〇 水! 0円
以上っ!
「喫茶店からプリン屋に改名しろや!」
思わず叫んだ。
大声で注目を集めてしまったが、これは仕方ないと思う。むしろツッコミ1回だけで我慢した俺を褒めてほしいぐらいだ。
実際、もしここが秘密基地とか昼休みの理科室とかだったら、俺はもっと激しくツッコミを入れていただろう。だけどここは公衆の面前だ。俺の今後の学校生活のためにも、目立つ行動は慎まないと。
「あっ、マダオ! さっそく来てくれたんだ!」
深呼吸して気を落ち着かせる俺の背後から、姉のスグミの声が聞こえた。振り返るとそこには、いつもとは違った装いのスグ姉がいた。
純白のエプロン、首元に巻かれた赤いスカーフ。そして頭の上には、煙突のように長くて白い帽子――
姉は、コック姿だった。
「いや、メイドじゃねえのかよ!」
ツッコんだ。条件反射だった。慎むとか無理だった。
「え、え? だって私、プリンを作る係だし……」
「昨日恥ずかしそうにしてたのは何だったんだよ⁉ てっきり俺にメイド姿を見られるのが恥ずかしいのかと……」
「やだなぁマダオったら。今さらマダオにどんなあられもない姿見られたって、わたし恥ずかしくなんかないよぉ」
「こういう場所でそういう誤解を生む発言やめてくれる⁉ 風呂上がりのアレはあられもないんじゃなくて、だらしないだけだから!」
「お風呂以外にもいろいろ……」とか更に不穏なことを言い出しそうな姉に、俺は頭のコック帽を下にずらして顔面丸ごと口封じした。
マズイ。その他大勢に聞かれたのもマズイが、何よりベル子に聞かれたのがマズイ。
自分の恋人がシスコンとか、はっきり言って気持ち悪い。ここはラノベの世界じゃないんだ。シスコンがキャラとして許されるなんてことはない。
だいたい俺は、シスコンじゃあない! 神に誓って! 絶対に!
………………今は!
「ち、違うんだベル子! 確かに昔はスグ姉のことすっげえ好きで結婚したいって思ってたけど、でも今は別に……」
振り返り、すぐさま弁解を試みた俺は、しかし……
「ん、おいしい」
「…………」
もくもくとプリンを食べるベル子の姿を見て、口を閉ざした。
「たしかに、にるげそプリンに似てる。でも、なにか違う……?」
「ベルちゃんもそう思う? 私もがんばったんだけどねぇ。何が違うんだろ?」
「あっさりしすぎてるかも。にるげそプリンは、もう少し、まったりしてる」
「んー、でもこれ以上卵入れると、舌触りが悪くなっちゃうんだよねぇ。ねぇ、マダオはどう思う? ……って、マダオ?」
「いいんだ……いいんだよどうせ……俺はプリンにも勝てない、ヘッポコ彼氏なんだから……」
ちくしょう、目からしょっぱい水がこぼれてきやがる。べ、別に泣いてなんかいないんだからね! 目にゴミが入っただけなんだからね!
俯いて愚痴っていると、スッと顔の下にスプーンが差し出された。そこにはプリンが一口、乗っていた。
顔をあげると、ベル子だった。何も言わず、ただプリンを差し出している。
一応、横目に自分のプリンを確認したが、もちろんまだ手付かずだった。スプーンも未使用だ。
つまりベル子は今、自分のプリンを俺に食べさせようとしている。なぜか? そんなこと、わかりきっている。俺を慰めるためだ。
「――――」
なんか、ちょっとだけ感動した。あのベル子が、大事なプリンを、俺なんかのために……。食べ物でご機嫌取りするっていう発想そのものには、この際ツッコまないことにして。
俺は口を開いた。横から姉貴の「きゃー!」とかいう黄色い声が聞こえる気がするが、今だけは意識から追い出した。人の目よりも大事なものが、ここにある!
プリンを口に含んで、味わう。
「どう?」
感情の伺えないいつもの顔で、ベル子が聞いてきた。
「うん、うまい。すごく」
正直、味なんてわからなかった。頭の中が色んな感情でいっぱいで。
だけど俺はそう答えた。そう答える以外に、ないと思った。
しかし……
「そう……」
なぜかベル子は、残念そうだった。
俺が不思議に思っていると、ベル子は俺のプリンを取って、一口食べた。さっき俺が食べた分と、ちょうど同じぐらいの量を。
俺にプリンを返しながら、ベル子は首を捻る。「たしかにおいしいけど」とかなんとか。そんなことを言いながら。
「…………」
なんなんだ、今のやり取りは。俺はベル子に慰められたんだよな? そうだよな?
まさか、まさかとは思うけど、プリンの味に関して俺の意見を聞きたかっただけとか、一つ一つの味の違いを確認したかったとか、そんなことはないよなあ⁉
「でも、200円でこの味は、すごいと思う」
「ほんとう? ありがとう! ベルちゃんにそう言ってもらえて嬉しいよ!」
「だからもう1個、食べていい?」
「もちろん!」「だ・め・だ!」
俺が思い悩んでいる隙につけこんだベル子を、しかし俺はしっかりと押し留めた。
「最初に言っただろ、プリンは1個までって。まだまだこれからあちこち回るんだから、今から腹いっぱいにしてどうするんだよ」
「…………ちっ」
「ちっ⁉」
え、今の……ベル子か⁉ 幻聴とかじゃなくて? こいつ舌打ちとかするの⁉
「お、おお、怒っても、だ、駄目だからな……! だいたい、そんなひとりでいくつも食べたら、店も困るし……」
「私は別にいいよー? 材料はたーっぷりあるし、それにほら。あの窓際の子なんて、もう5こめだし」
く……姉貴め。余計なことを。俺的にはベル子と色んなとこ回りたいだけだってのに。
ていうか、5個って。どんな甘党だよ。このプリン結構ボリュームあるのに。どんだけ好きなんだよ。
――完全に、興味本位だった。
俺の邪魔をしたヤツがどんなヤツか、見てみようって。そんな気持ちで、チラッと姉の言う方向に目をやった。
「あ……」
声をあげたのは、ベル子だった。
しかしベル子が声をあげていなかったら、俺があげていただろう。だってそこにいたのは、俺もベル子も知っている人物――
ベル子のバンド仲間の、ロリっ子だったのだから。




