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カペ谷ベル子のベース  作者: 泉野 戒
5曲目 その気持ちだけはいつまでも変わらない
14/18

5-1

「私は……くらまくんが、好き」


「――――」


聞き間違いかと、思った。


ベル子が、俺のことを好きだと言った。


そうじゃないかと自分でも思って、姉にもはっきりそうだと言われて――それでも俺は、ベル子にそう言われたのが信じられなかった。


だって、ベル子だ。あのベル子が、こんな……こんな震える声で、こんな泣きそうな顔で。


本当に、これはベル子か? 中に宇宙人が入ってたりしないか?


そんな馬鹿げた考えが頭をよぎるぐらい、俺は今の状況が信じられなかった。


ベル子は、そういうことを言えないタイプだと思ってた。自分からは言い出せないだろうって。なのにまさか、俺が告白する前に言われるだなんて……


…………ん?


あれ? 告白する前? 好きって言われた?


てことは、告白されたんだよな? 俺が? 告白する前に、告白された?


それって、つまり……


「……最悪、だ」


「…………っ」


思わずこぼれた言葉に、ベル子の身体がびくっと震えた。なんか致命的なミスをしたような気がするが、今は関係ない。


だってミスなら、もっととんでもないミスを犯しているんだから。


「遅かった。なんてこった……。こんなことなら、もっと早くに……」


「くらま、くん……?」


ベル子が、下から覗き込むように俺を見上げてきた。


それが視界に入った瞬間、俺はカッと頭を上げて、キッとベル子の顔を睨みつけた。


ベル子がさらに震えて、もはや怯えてるようにも見えるが、断固として関係ない。


だって、俺は怒ってるんだ。


「ベル子、お前、どういうつもりだ」


「どういう、つもりって……」


「何を考えてそんなこと言ったのかって、聞いてるんだ」


「それ、は……」


ベル子が後退り、顔を背ける。


弱々しい仕草。今にもこの場から逃げ出してしまいそうだ。


だけど、逃がさない。


俺は階段を駆け下りて、ベル子の肩を強く掴んだ。


「…………っ!」


「言えよ、ベル子。なんでだ」


間近にベル子の顔がある。目尻に涙が浮かんでいるのを見て、さすがに良心が咎めた。


だけど、ここで優しくしたらだめだ。これは大事なことなんだから。


「くらまくん、なら……だいじょうぶだって、おもって……わ、わかって、くれるかもって……その……」


「大丈夫なわけあるか!」


思わず叫んでいた。その瞬間、ベル子がぱっと俺の顔を見た。


目の前の瞳。今にも涙がこぼれそうなその瞳をしっかりと見つめ返して、震える肩をしっかりと両手で掴んで。


俺は、言う。


「大丈夫なわけ、ないだろ……! 俺が、俺が……」


「…………」


ベル子の頬を、一筋の涙が――




「俺がカッコよく告白するはずが、これじゃあ台無しだろっっ‼」




すっと、こぼれ落ちた。




「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」


「せっかく俺から告白しようって思ってたのに台無しだって言ったんだよ! 告白するのとされるのじゃあ全然違うだろ! なんだよなんだよ、これじゃあ俺が告白されるのを待ってた女々しいヤツみたいじゃんか! 違うのに! 俺はやる気満々だったのに! だいたい、好きとか! 一緒にいたいとか! そんなの俺のほうがずっと思ってたっつの! なのに今さら言ってもただの二番煎じじゃねえか! これ以上俺は何を言えばいいんだよ! ロリっ子に言いくるめられてベル子に持ってかれて良いとこなしじゃねえか!」


「くらまく……」


「わかってるさ! 八つ当たりだってことぐらい! わかってる! だけど……あ~、なんで俺はもう一日早く決断してなかったんだ! なんで! 昨日のうちに! 告白しとかなかったんだ! もう1日、もう1日早ければ、俺は、俺はぁ……!」


「ふんぬっ」


「いてえ⁉」


首筋に衝撃。慌てて後ろを確認すると、ロリっ子が自分の肘をさすさすしていた。


コイツ……なんてことしやがる。階段から飛び降りつつの肘鉄とか、当たりどころ悪かったら病院行きだぞ⁉


「だって、こうでもしないと止まりそうになかったし、アンタ」


「そ、そんなことねえしっ! 誰がグチグチダラダラうっとうしいヤツだっ」


「言ってないわよ。というか、そういうくだらない話はどうでもいいの」


「くだらな……、どうでも……」


コイツ、階段2つ上がってようやく目線が合うようなチビのくせに。俺の一世一代の告白を、バカにしやがって……!


「それより、もっと大事な話よ。ひとつ聞きたいの。まあ、聞くまでもないんでしょうけど」


「な、なんだよ……」


「ベル子は、バンドをやめるの?」


ロリっ子はその質問を、俺のほうへと投げかけていた。ベル子ではなく、俺へ。


なんで俺に……なんて、聞かなくてもわかってる。


ベル子の想いは、全部聞いた。だから後は、俺がどう答えるか。それにすべてが懸かっている。


ベル子がベースを続けるのか、どうかは。


「――やめねえよ」


「…………そ」


それだけで、ロリっ子は階段を下りて教室のほうへ歩いていった。


嫌に物分かりがいいな……本当に納得したのか? わかったフリしてカッコつけてるだけとかじゃないだろうな。


あいつの目的は、ベル子を人前でも弾けるようにすることだったはずだ。だけど最後の質問は、ベル子がバンドを続けるかどうかだった。


妥協したのか? いや、あいつの性格的にそれはなさそうだ。だったら、ベル子の言葉を信じたんだろうか。ベル子にとって俺はただのファンじゃないっていう、その言葉を……


「……あの」


「…………」


「ねえ、くらまくん」


「うん? お、おう……」


振り返ると、そこにいたのはいつものベル子だった。無表情で、何を考えてるのかよくわからないベル子。あまりの切り替えの早さにちょっと引く。


いや、よく見ると頬がうっすらと赤いな。照れてるのがわかる。そうか、ベル子はいつもこうやって感情を隠してたのか。


そう思って見るとこの顔も、なんかこう、うん……いいな。


「私も、聞いてもいい?」


「な、なんだよ?」


無表情のベル子は、何を考えてるのかわからない。だから、何を聞こうとしてるのか想像もつかない。


告白されて、告白した(結果的に)。こんな状況で、ベル子が聞いてくることって一体……


「くらまくんは、その……ベースをしてる私が、好きなの?」


「…………」


……ああ、もう。


わかってない。コイツ、ぜんぜんわかってない。


部外者のロリっ子ですらわかってたってのに、肝心のベル子がぜんっぜんわかってない。


「はぁ~……」


思わず大きなため息をついて、それにベル子が過敏に反応した。割と臆病なベル子にはちょっとばかし酷い態度だったかと思わないでもないが、正直、これぐらいは許してほしいところだ。


「あのなあ、ベル子。確かに俺は、お前のベースが好きだ。大好きだ。ベースを弾いてるお前が好きだし、その手が好きだし、ずっと聴いていたいって、思ってる。だけどな。いいか、ベル子。たとえベースがヘタクソになったって、お前がベースをやめたって、俺はお前のこと……」


「…………」


「お前の……こと……、…………」


「…………?」


「…………」


やべえ。


これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。


さっきので告白は終わったつもりでいたけど、改めて言うのってすっげえ恥ずかしい。ベースのことは割と普通に褒められるようになったけど、ベル子本人のことって思うと、なんか、急に……


うぅ~、これ、言わなきゃダメか? 言わなくてもさっき勢いで似たようなこと言ったし、伝わってるよな? てか、ここまで言えば普通伝わるよな? あとはテキトーにごまかしても……いや、それはさすがにカッコ悪すぎるか。ベル子もなんか、待ってくれてるみたいだし。


にしてもコイツ、本当にわかってないのか? わかってるのにわかってないフリしてたりしないか? まあどっちにしても、俺がはっきり言うしかないのは変わらないんだけどさ。


くそ、言うしかないのか。だけど逆に考えれば言えば済むわけだし、たった一言だ。たった一言、言うだけなんだから。


「俺は、お前が……その……」


言え。言うんだ、俺。言っちまえ。


ごくりと、唾を呑み込む。呼吸を整え、そして、


「好き、だから」


――言った。


「…………」


おい、なんかリアクションしろよ。


好きって言ったんだぞ。お前が聞いてきたから恥ずかしいところを無理して言ったんだ。だんまりはねえだろ。


いくら待っても、返事はない。ベル子はただ自分のつま先を見てるばっかりで、微動だにもしない。


「いや、その、だからさ」


仕方なく、俺は言葉を繋いだ。


「ベースを弾くの怖いとか、そんなふうに思う必要、ねえよ。ベル子は、ベル子の弾きたいように弾けばいい。それでもし俺の好みと違ったら……まあ、褒めてはやれないかもだけど、だからってベル子の前からいなくなったりはしない。俺はベル子のベースが好きだけど、ベル子のことも好きだから。側にいたいって、俺も思ってるから。ベースを続けようが、やめようが、俺のその気持ちは変わらないから。だから……」


ベル子はまだ、つま先を見つめていた。


照れ隠し。顔を見せないための。それはもう、わかってる。


「お前は、お前のしたいようにすればいいから」


ベル子がそうしたいなら、それでいい。ベル子の自由にさせてやりたい。だけど……


今だけは。


「…………ぁ」


この言葉だけは。


ベル子の目を見て、伝えたかった。


だから俺は、ベル子の頬に手を添えて、その顔をそっと上向けた。


「どんなお前でも、俺は好きだ。だから……」




「俺のこと、信じてくれないか?」




それはもしかしたら、瞬きする程度の時間だったのかもしれない。


それでも俺には、ベル子が口を開くまでにかけたその時間は、途方もなく長いもののように思えた。


「……わかった」


そして、ベル子は、


「くらまくんのこと、信じる」


そう言って。




ゆっくりと、その目を閉じた。




…………んんん???


なんだ? なんで目を閉じた? 瞬きにしたら長すぎるし……え、てか、この状況って、まさか……え?


俺の手がベル子の頬に添えられてて、ベル子が上を向いて目をつむってて、周りには誰もいなくて、それでついさっきお互いの想いを確認したところで……


え? もしかしてこれって、アレか? そういうアレなのか?


ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ! 全然そんなつもりなかったのに、気がついたら雰囲気ができあがってる! ベル子がその気になってる!


えぇー……、う、嘘だろ。いや、嫌じゃないけど。ただ心の準備ができてないっていうか、むしろベル子の心の準備早すぎてびっくりっていうか。


こ、これは、後には引けない、よな? 引いたらカッコ悪いどころじゃないし……どうしよう。俺、息くさくないかな? 今朝ちゃんと歯ぁ磨いたよな? 唇乾燥してないか? そもそも初めてがこんなところで大丈夫か?


ヤバイ。頭のなかゴチャゴチャで何を考えたらいいのかわからない。ラノベでテンパる主人公バカにしてたけど、今度からバカにできそうにない。


どうしよう。どうしようも何も一つしかないんだけどどうしよう。


時間がない。頭の整理をしてる時間が。ベル子が目を閉じてから何秒たった? いや、何分? これ以上は待たせられない。


行くしか、ない。


「…………、」


俺はもう一度、唾を飲み込んだ。


ゆっくり、ゆっくりと、ベル子の顔へ顔を近づける。


視界いっぱいに、ベル子の顔がある。すぐそこに。まつ毛の数まで数えられそうだ。胸が高鳴って、頭のなかが真っ白になっていく。


ベル子のいい匂いがする。石鹸の匂い。呼吸音どころか、心臓の音まで聞こえてきそうな距離。それを、更に縮めて。


そしてやがて、その距離は、


ゼロに、なる……




――寸前で、ベル子が目を開いた。


「ぅおひゃやらあぅ⁉」


反射的に、俺は壁際まで飛びのいていた。


ビビった。ビビったなんて言い方が生っちょろいぐらいビビった。


ふわっと開ける感じじゃなかった。いきなりだ。パチっと目を開けやがった。いや、なんでだよ。


「えっと……ごめんなさい?」


疑問形かよ。


「いつまでも来ないから、もしかしたら、黙って帰ったのかと思って」


「信用されてねえなあ俺!」


さっき信じるって言ったばっかでそれかよ! 大丈夫なのかこれで!


「でも、くらまくんが遅いのも、悪いと思う」


「うぐっ……」


実際遅かっただけに、言い返せない。


いや、でもこっちにも、心の準備とか色々ありましてですね……


「くらまくんのほうから、しようとしたくせに」


「うぐぐぐっ……」


ベル子的には、そういうことになってるらしい。


確かにあのシチュエーションでああいうことしたらそういうことになるよな。全面的に俺が悪すぎて、言い返す気にもならない。


「えっと……じゃあ、今度こそ……」


と、仕切り直そうとしたところで。


予鈴のチャイムが、鳴った。


「…………」


「…………」


「あー、そのー……じゃ、じゃあ、続きはまた今度ってことで……」


「…………………………」


「おぉう……」


怒ってる。怒ってる。ベル子が怒ってる。


これはきっと、お見舞いでにるげそプリン持っていかなかったときぐらいには怒ってるぞ。あれ? それって大して怒ってないってことにならないか?


「…………」


やがてベル子は、ぷいっと顔を背けて階段を下りていった。


「えーっと……」


ひとりポツンと残された俺は、後を追いかけたほうがいいのか、そっとしといたほうがいいのか、しばらく悩んで……


結局、距離を空けて後ろをついていくっていうかなり微妙な選択を下した。


「……べ、別にヘタレとか、そういうんじゃねえし。俺も教室に戻らないと遅刻するから、仕方なくだし」


小声で自分に言い訳をしておいた。


なんか、余計みじめになった。




揺れるベル子の黒髪を、後ろから眺めながら歩く。


後ろからじゃ、ベル子がどんな顔をしてるのかすらわからない。それに後ろ姿なら、授業中にもずっと目にしてきた。


それでも俺は、歩くベル子の後ろ姿を飽きずに眺め続けていた。


すれ違った男子高校生Aが、気味悪そうに俺を避けていった。それに気づいて、慌てて俺は顔を伏せた。


気味悪がられるのも無理はない。一応、自覚はしてる。今の俺は、きっとニマニマと不気味な笑みを浮かべてることだろう。


ベル子を怒らせてしまったことが後ろめたい反面、どうしても、嬉しい気持ちが抑えられなかった。


ベル子が、俺を好きでいてくれた。


今さら、その実感が湧いてきた。


これで何が変わるのかもわからない。付き合うとかそんな話すらまだできてない。


でも、好きでいてくれた。


それがわかっただけで、俺は飛び跳ねたいぐらいに嬉しかった。

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