サラリーマンの風呂事情
「ええ、私の頭皮は深刻なダメージを受けました」
「どういうことだ?」
私は飲み干したコーヒーカップを机に置き、答えた
「一週間前に起こった出来事が、全ての原因です」
▼一週間前▼
部屋の中でバスタオルと着替えを持ちながら風呂に向かう。
この瞬間が一日で一番ワクワクする。風呂は入ってる間だけではなく入る前の雰囲気も楽しめるから良いな。
風呂の扉を開け、漂ってくる蒸気がほのかに湿らせる。
シャワーの温度を確認しながら、頭から被る。体が温水で暖められる感覚は何度体感しても気持ちがいい。
さて、シャンプーで髪の毛を洗うとするかな。
強く洗うと額がもっと後退してしまう。少しとはいえ、額が後退しているからな。優しく洗わなければ……
そんなことを思いながら、シャンプーをいつも置いている位置に手を伸ばすが、シャンプーがない。
「ん、何でシャンプーが……」
そうだ、忘れていた。
昨日、ボディソープと一緒に詰め替え作業をしてキッチンに置きっぱなしだったな。
前が水のせいで見えない状態だが、手探りしていけば辿りつけるだろう。多少床が濡れるのはこの際仕方がないだろう。
キッチンまで手探りで歩いていき、シャンプーとボディソープの容器を回収し風呂場に戻る。
多少の問題はあったが、もう何も恐れるものはない。風呂の心地よさを味わおうか!
……おかしい。
髪の毛を覆う泡の感覚がいつものシャンプーの泡の感覚じゃない。というかこの感覚は、シャンプーではなくボディソープ――
瞬間、シャワーで目の泡を洗い流し自分の今使っていた容器を手に取る。
手の中にあった容器は、ボディソープの入っている容器だった。
まずい。
非常にまずい。
ボディソープで髪の毛を洗うと頭皮がダメージを受けると聞いたことがある。どういう意味だって? 額が少しどころじゃないほど後退するってことだよ!
いかん、頭の上に載っている白い泡が黒い悪魔に見えてきた。
とっとと手を打たなければ、二十四歳にしてバーコードになってしまう。
シャワーで泡を洗い流してから、風呂場から体がビショビショのまま飛び出る。
くそっ、何かないのか。肌のダメージを軽減できるようなものは……
刹那、中村の頭の中に過去の出来事が蘇る。
▼二ヶ月前▼
良い匂いがそこら中からする食堂。昼は殆どの人がここに昼食を食べに来る。
他の人が数人で固まって食べている中、一人で昼食を食べていると、誰かに肩を強く叩かれる。
「おい、中村。一緒に飯食わんか」
振り返ると、私と同じの額が後退した部長がそこに立っていた。
「ええ、一緒に食べましょう」
部長はお盆に載った大きめのカツ丼を机に置きながら言った。
「お前、彼女とか作らないのか」
「作らないというか、作れないんです」
「またまたぁ~、お前の性格ならいい女の一人や二人、絶対いるだろぉ~?」
部長がにやけ顔のまま私のお盆の前に二つほど何かを置いてきた。左側のものはプラスチックの容器に透明なゲル状の液体が入っている。右側のものは四角いパッケージに大きく小数が書かれていた。
「何ですか? これ」
「コンドームとローションだ」
「ぶっ……」
思わず持っていたみそ汁を落としかけた。何でそんなもの会社に持ち込んでるんだこの人は。
「そんなの要りませんよ。返します」
「いやいや、一応受け取っとけって。コンドームはともかく、ローションは肌へのダメージを防ぐ役割もあったりするから」
そういって部長は私のかばんの中にコンドームとローションを突っ込んだ。
「……まぁ、そういうことなら一応貰っておきます」
「こういうのは大切に取っておくんじゃなくて、ここぞというときに使うんだぞ? まぁ、男からのこんなプレゼント大切に取っとくわけないか」
そうか、部長にもらったローションだ。たしか部長は、肌のダメージを防ぐ役割もあると言っていた。肌に効くなら頭皮にも効果はあるはず。
ローションを置いている棚を開けて、ローションを取り出す。
蓋を即座に開け、ローションを頭にぶっかける。
私はローションまみれのまま言った。
「間に合ってくれ、私の頭皮……ッ!」
▼一週間後▼
「中村、お前額が前よりかなり後退してないか?」
部長が心配そうな顔で近づいてくる。
私は持っていたコーヒーを飲みながら部長の質問に答えた。
「ええ、私の頭皮は深刻なダメージを受けました」
最初はクールなサラリーマンとOLの恋愛を書こうとしてたのに、どうしてこうなったんだ。
改善点などあればご指摘いただけると嬉しいです。