3.HelloWorld!!
すぐ側を風が駆ける音がする。
瞼を開けるとそこは、まだ経験したことのない未知の世界。
「Hello,world!!」
今までの、どの世界でも始まりはこの言葉。
新たな世界の始まりへの、俺のスイッチ。
「……あれ?誰もいないのか?」
目の前にはただただ広い草原が広がるばかり。人っ子一人いやしない。スタート地点はバラバラ、なんて公式サイトに書いてあったかな。まあいい、初期装備はあるんだ。何も持たずに異世界に来てしまった、ってのよりはマシ。死んでも復活出来るんだし、いや、死なないけどさ。
取り敢えず探索だ、獲物もなにか見つけられたら狩る。狩れればな。
「なんもねぇな」
おかしい。どれだけ歩いても何も無い。森もなければ泉もない。そろそろ喉が渇いてきたぞ。このゲーム、腹は減るし喉も乾くのだ、料理人プレイヤーは必ず居るだろうな。後からサブ職業の追加ができるらしいから俺も入れようかと思っている。ほんとに見つからないぞ?!……仕方ない、GMコールだ。
「はい、こちらGMです。なにかありましたか?」
やっぱりGMって何人もいるんだろうか、初日で色々忙しいだろうにすぐに対応してきた。
「スタート地点ってのは、みんなバラバラなのか?」
「いえ、そんなはずはないのですが……失礼、AIの1人が貴方をそちらへ飛ばしてしまったようです。今すぐ、スタート地点へ転送させていただきます。誠に申し訳ありません」
「いや、ちょっと待ってくれ、まだもう少しここに居たい。またコールするからそのときに。」
「何もありませんがよろしいのですか?」
「せっかく誰もいないんだ。試したいことがある。構わないか?」
多分、このゲームなら出来る。
「ええ、そもそもこちらの不手際から始まったことなのでもちろん」
俺の夢が叶うぜ!!多分な!!
通信を切って、早速“誰もいない”という好条件のもと、四足歩行を始める。何をやっているのかって?決まってるじゃないか。俺は、狼になるのだ!
「取り敢えず発動……っと」
取っておいた獣化スキル。β版じゃゴミだって言われていたけどそんなことは無いはずだ。使えれば楽しく遊べると思う。このスキルの難点は四足歩行だ、だからそれが克服できればいい。幸いにもβ版終了からサービス開始まで半年ほどあった。俺はその時間を使って超埋もれていた狩猟ゲームをやっていた。そのゲームでは自分が動物になって獲物を狩る。そのゲームで俺は狼を選び、狼のカッコよさの再確認と四足歩行を練習していたのだ!!多分誰か他にもやってる奴、いるんじゃないか、と思う。このゲームで俺が狼になりたかった理由としては、獣化スキルで狼になった後、狩りをしたかったからだ。狩りをするだけならば、練習に使ったゲームでいいんだが、俺は『より強い獲物』を狩りたいのだ。よって、このような事になっている。
「おお、白銀!!」
伏せの体勢で自分の手を確認する。……ちゃんと脚だ。銀の毛並み……!最高だな。でも鏡が欲しい、ちゃんと確認したい。ぐっと首を回して尻尾を確認。
……ぐるぐるぐるぐる、あ。
「恥ずかしい……」
犬がよくやる自分の尻尾を追いかけて輪のようにぐるぐる回る、という行動をしていたことに気づいた。精神値が削れた気がする。気にしていたら負けだということにして操作の確認だ。最初は軽くから、徐々に速度を上げて最高速度を確かめる。隠しステータスの1種であるスタミナの確認も同時に行うが、獣化状態と人型では変化したりするのだろうか、これは要検討だ。あの狩猟ゲームの狼と比べてこの身体はより柔らかくしなやかだ、ジャンプが高い。この状態でスキルを使うとどんな効果を発揮するのかも試して見なければならない。人型に戻り、木を切って丸太にしてくる。この立派な牙と爪の威力、確かめてくれるわ!!
「流石ファンタジー、根本から違うわ」
リアルの狼と比べてはいけない。恐ろしい殺傷能力だ、丸太に大きな爪痕が残った。使ったのは大剣スキルのアーツの一つである「スラッシュ」。これは大剣装備時にしか使えないのだと思っていたが、何故か狼形態でも使用可能だった。この爪は大剣として認識されるのだろうか?それとも思い込んでいただけで武器によるアーツの制限はないのか?使えたらいいな、とは思っていたが思わぬ収穫。自由が売りのゲームだけある。もしかしたらレイピアなんかでも大剣スキルが使えるのかもしれない、みんな試していないだけで。レイピアで大剣スキルのスラッシュを使ったら折れそうではあるけど。だってスラッシュだ、レイピアは突くための武器であって間違っても斬ったりするものではない。
となると検証の幅が拡がるな、狼形態でやれることは今のうちに確認しておこう。俺が取ったスキルは狂化、大剣スキルⅠ、格闘スキルⅠ、付与魔法、氷魔法の五つだ。この数はランダムでも手動でも変わらない。先程使ったアーツ、戦闘系スキルから発生する技のことだが、これはスキルを育てていくと新しいものが増えていくそうだ。格闘スキルは動きのサポートの為。付与魔法を取った理由は、ただ単にカッコいいからだ、属性剣とか夢だろう。魔法が使いたい!そして炎よりも氷のが好きだという理由で氷魔法も取っている。そして狂化、これは攻撃力が上がる代わりに防御力の下がるというスキルで、しかも効果が切れるまで戦い続けるように思考が持っていかれるという。好きな時に発動可だが、俺はこのスキルを戦闘中はパッシブスキルのように使おうと思っている、その方が熟練度が上がるのが速い。だがその常時発動にはデメリットがあるのだ。この狂化というスキル、防御力ダウンを気にしなければ攻撃力を求めているプレイヤーには喜ばしいものかもしれない。だが取らないやつのが圧倒的に多いのだ。何故だと思う?それは、このスキルの発動中はフレンドリーファイアが有効だからだ。……PKは持っているかもしれないな、このスキル。それはともかく、このゲームではソロプレイは向いていないらしい。パーティーのが圧倒的に多いそうだ。そんなゲームで強制ソロプレイをさせるスキルは人気が出ないのも当然だろう、俺はソロプレイするつもりだから取ったけどね!
狼形態の動作確認がある程度完了したので転送してもらうことにした。