神居古潭ダンジョンに足を踏み入れよう!
「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」発売まであと5日!!
&ついに1000万PV突破!!
温泉にたっぷり浸かり、その日に流した汗と涙をしっかり洗い流したあと、晴輝はすぐさまベッドに潜り込んで枕を濡らしながら眠りに就いた。
嫌な記憶は、眠って忘れるに限る。
翌日に目を覚ました晴輝は気持ちを切り替え、準備を行う。
折角旭川まで足を伸ばしたのだ。
今日から数日かけて、旭川ダンジョンの最奥を目指す予定である。
準備を終えて、ホテルの前で集合する。
火蓮とエスタはいつもと変わりないが、レアがどこかげっそりしているように見える。
それとは打って変わってチェプは威勢良くレアに話しかけている。
何があったかは推して知るべし。
「わたくし、女王様の侍従ですのよ!? 一緒の鞄に入れてくださいまし!」と五月蠅いチェプを、晴輝は火蓮のローブのポケットに押し込める。
(一体奴はいつからレアの侍従になったのやら……)
ポケットに入れると、火蓮が見たこともないような表情で晴輝を見た。
「なんで私なんですか!?」という内心が面白いほど理解出来る表情だった。
しかし晴輝は既にレアとエスタで手一杯なのだ。
(……すまん)
内心謝りつつ、火蓮の訴えの表情を晴輝は見なかったことにした。
神居古潭ダンジョンの改札口にICカードを翳し、1階に下りる。
ダンジョンの1階には既に、何人もの冒険家の姿があった。
おそらく先日、魔物早狩り競争に参加した人達だろう。
エアリアルのイベントに参加するだけでは物足りなかった、血気盛んな冒険家がこうして、イベント後の打ち上げとして狩りに来ているのだ。
「普通の魔物だ! 普通の魔物がいるぞ!」
「怖くない。魔物は怖くないんだ!!」
「よかった。オレはまだ、戦える……」
その中に、まるで悪いモノにでも取り憑かれたかのように魔物と戦っている集団が居た。
目がギラギラしていたり、何故か涙を流す人もいたりで、かなり近寄りがたい雰囲気がある。
晴輝の目には、彼らは決して弱くはない。だが何故か手応えがないだろう1階の魔物に執着している。
まるで戦闘のリハビリをしているみたいだ。
一体彼らになにがあったのか?
それは定かではないが、彼らに近寄らないほうが良さそうだと判断し、晴輝は道を変えた。
ルートを変えても、どこかしらに冒険家の姿はあった。
晴輝はすぐにでもスキルボードを取り出して色々と検証したかったが、人が近くにいてはボードを取り出せない。
もう少し奥に進んで人が少なくなるまで、スキルボードの操作はお預けである。
お預けになるのはスキルボードだけではない。
火蓮の魔法もそうだ。
「火蓮は大丈夫か?」
「はい」
魔法について尋ねたことがわかったのだろう。
火蓮が苦笑しながら頷いた。
「空星さんに教わった方法の攻撃が上手く行ったんですけどまだ慣れないので、その練習が出来れば良いなと思ってるんですが……いいですか?」
「もちろん」
晴輝は大きく頷いた。
杖に魔法を込めた状態で攻撃すれば、魔法の攻撃力が杖に乗るのではないか?
そう思い、晴輝は火蓮に『魔力を込めた杖で殴ってはどうか?』と耳打ちしていた。
思いつきに近い提案だったが、彼女はそれを上手く形に出来たようだ。
早速晴輝は探知を広げて魔物を捜索する。
魔物はすぐに、晴輝の探知範囲に引っかかった。
「火蓮。その先にいる魔物を頼む」
「はいっ!」
頷いて、火蓮がほわほわとした足取りで晴輝を追い越した。
曲がり角の向こう側から、1匹の魔物が現れる。
30センチほどもある、大きなネズミの魔物だ。
1階に現れる魔物としては、平均的な強さを備えている。
実に初心者向けの魔物である。
火蓮はその魔物に、無造作に近づいていく。
火蓮が杖を掲げる。
その杖の雰囲気が、僅かに変化する。
火蓮が魔力を込めたのだ。
晴輝の目の前で、火蓮が軽く杖を振るう。
その杖の先端がネズミの胴体に接触。
瞬間、
――ッパァァァン!!
ネズミの全身が火蓮の攻撃によって文字通り粉砕された。
「……うわぁあ」
あまりの威力に、晴輝は思わず呆然とした。
まさか1階の魔物を粉砕するとは……。
火蓮の攻撃は晴輝にとって、想像以上の威力だった。
「もう少し威力が抑えられるようになった方がいいな」
「……は、い……ぅぇっぷ」
晴輝の指摘に、火蓮が口を押さえて俯いた。
現状の威力では、魔物から素材を剥ぎ取ることができない。
倒すだけならば簡単だろうが、素材が得られなければ冒険家として生活出来ない。
武具をオーダーメイドする場合、適正より低い階層で素材集めを行う場合もある。
その時に、現在の火蓮の状態では火力が高すぎて素材が集まらない! なんてことになりかねないのだ。
攻撃力を抑える訓練はしておくべきである。
晴輝は前に進みながら、火蓮の杖攻撃の習得を見守るのだった。
2階に降りると冒険家達の姿はまばらになった。
3階に降りるとようやっと冒険家達の気配がなくなった。
そろそろスキルボードを出しても問題ないだろう。
いつ冒険家に近づかれても良いように気配探知を最大にしながら、晴輝はスキルボードを取り出した。
≪魔神の使いを倒しました≫
≪スキルポイントが3増加しました≫
≪クエスト『悪神の使い討伐』をクリアしました≫
≪条件達成によりデモ・グラフ機能の解放を申請――承認≫
≪ツリー強化が解放されました≫
ログを見た晴輝の鼓動が胸を打つ。
ダンジョン絡みのイベントではないか? と晴輝は考えていたが、まさか本当にイベントが発生していたとは思わなかった。
もしかしたら他にも、ダンジョン絡みの≪クエスト≫が、様々な場所で発生しているのでは?
他には一体、どんな≪クエスト≫があるんだろう!
晴輝の体が甘い熱を帯びる。
この情報を知れば、『なろう』の掲示板にいる分析班は狂喜乱舞するに違いない。
出来れば晴輝はこの情報を彼らに渡し、ダンジョンの解析の役に立てて欲しいと思う。
だが、晴輝はこの情報を開示することが出来ない。
まず、『何故それを知ることが出来たのか?』が晴輝には説明出来ない。
それを説明しようとすれば、スキルボードについても話さなければならなくなる。
公開することなど不可能だ。
次に、悪神の使いだ。
黒い魚人はチェプが口にしたように、本当に魔神絡みだったようだ。
魔神――すなわち神が放った使いを倒せるほどの力が自分にあったとは、晴輝にはどうしても思えない。
だから本物の『魔神の使い』ではなく、『冒険家』と同じで肩書や職業に近いものなのだろう。そう考えた方が、いまある結果に納得がいく。
「どうしました? 空星さん。顔色が悪いですよ?」
「え、いや、なんでもないぞ」
不安げに顔をのぞき込んできた火蓮から顔を背ける。
さすがに「職業・魔神の使いを倒しました」と口にすれば、変な奴だと思われかねない。
「実は、スキルボードに新しい機能が解放されてたんだ」
「わあ! どんな機能ですか!?」
「ええと……」
火蓮がキラキラとした視線を向ける。
その視線を受けながら、晴輝は画面をスワイプした晴輝は、
空星晴輝(27) 性別:男
スキルポイント:3→6
評価:隠倣剣王
加護:打倒神<メジェド>
-生命力<->
├スタミナ3
└自然回復2
-筋力<->
└筋力5
-敏捷力<->
├瞬発力5
└器用さ5
-技術<->
├武具習熟
│├片手剣5
│├投擲2
│└軽装5
├蹴術2
├隠密3→4
└模倣3
-直感<->
└探知5
└弱点看破 MAX
-特殊
├成長加速 MAX
├テイム2
└加護 MAX
「のおぉぉう!!」
隠密が育ってるぅ!!
晴輝は頭を抱えて絶叫した。
あれか? あの戦闘の時か!?
あぁ!! 俺のバカバカバカ!!
地面をペチペチ叩きながら、過去の自分に呪詛を紡ぐ。
命を守るためとはいえ、とんだ代償となってしまった。
「か、空星さんどうしました?」
「…………隠密が、レベルアップしてた」
「……へ? あ、ああー。それは、災難でしたねー」
苦汁を舐めるような晴輝の声とは打って変わって、火蓮の声は淡々として抑揚がない。
凄い温度差である。
「そ、それで新しい機能はどんなものでしたか?」
「ん、あーえっと」
晴輝は自らのスキルツリーに目を走らせる。
ログにある通り、スキルポイントが3つ増えている。
その他にツリーで変わったのは隠密と(なるべく今は見たくない)それぞれスキルと数値の横に出現した“<->”だ。
この“<->”が今回解放された『ツリー強化』に関わるものだろうと予想出来る。
晴輝は生命力の横の<->をタップした。
『生命力の強化を解放しますか? Y/N(必要pt3)』
すると、ツリーの前面にスキル強化と同じ確認画面が出現した。
生命力の強化を解放するだけで3ポイントは、少々重たい。
現状、ポイントを得られるのは到達階層を更新したときと、稀少種を倒したときのみである。
スタンピードを率いるような稀少種を倒せば3ポイント増加する。また≪クエスト≫の討伐対象をクリアしても、一定のポイントが得られるはずだ。
だが、これらをすべて解放するだけのポイントはそうそう得られない。
おまけに開放してもそれで終わりではない可能性が高い。
スキル強化を気軽に解放することは、晴輝には出来なかった。
「多分だけど、スキル強化――新しく開放された機能は、スキルツリーを強化するものじゃないかと思う」
晴輝は呟くように憶測を口にした。
“<->”がある位置は、スキルツリーの最上部である。
このことから晴輝は、“<->”をアクティベートすると、その下位ツリー全体の効果が底上げされるのではないか? と考えた。
「たぶん?」
「ああ。実際に振らないとわからない。詳しい説明がないからな。だが振るにしても1振り3ポイントなんだ。試しに振るにしては消費ポイントが多すぎる」
さて、どうしたものか。
晴輝が考えていると、火蓮が意を決したような表情を浮かべた。
「試しに、私の魔力のスキルを強化して頂けますか?」
「ん……けど」
「そもそもスキルって、ボードがないと弄れないじゃないですか。失敗したって、初めから無いものだったって考えれば、痛くないですから」
そう言って、火蓮がほわんと牧歌的な笑みを浮かべた。
スキル振りが失敗だったら、自分で努力してその分のスキルを上げれば良いだけだ。
そんな火蓮の言葉に、晴輝は目が覚める思いがした。
3ポイント振り分けて失敗しても、3ポイント分努力してスキルを上げれば良い。
たしかに、そんな考えもあるな。
火蓮の言葉に、晴輝は笑みを浮かべて頷いた。
少しずつ、火蓮の肝が据わってきている。
1歩ずつ前進する彼女が、とてもまぶしく感じられた。
自分も立ち止まっているわけにはいかないな。
そう思い、晴輝はひとまず火蓮のツリーをタップした。
黒咲火蓮(18) 性別:女
スキルポイント:3→0
評価:精霊王槌人
加護:雷鳴神人<オキクルミ>
-生命力<->
├スタミナ2
└自然回復1
-筋力<->
└筋力1
-魔力<->→<+1>
├魔力5
├魔術適正5
└魔力操作5
└変化<雷>4
-敏捷力<->
├瞬発力1
└器用さ2
-技術<->
└武具習熟
├鈍器1
└軽装1
-直感<->
└探知1
-特殊
├運2
└加護 MAX
「やっぱりか」
想像したとおり、3ポイントを使って開放しただけでは終わりではなかった。
晴輝は再びタップすると、今度はポイント振り分けの確認と同時に、ツリー強化の説明が現れた。
『ツリー下層スキルの効果を増幅させる(MAX10)』
説明に書かれている内容は、概ね晴輝が想像した通りだった。
晴輝はスワイプして、自らのツリーをタップする。
空星晴輝(27) 性別:男
スキルポイント:6→3
評価:隠倣剣王
加護:打倒神<メジェド>
-生命力<->
├スタミナ3
└自然回復2
-筋力<->
└筋力5
-敏捷力<->→<+1>
├瞬発力5
└器用さ5
-技術
├武具習熟<->
│├片手剣5
│├投擲2
│└軽装5
├蹴術2
├隠密4
└模倣3
-直感<->
└探知5
└弱点看破 MAX
-特殊
├成長加速 MAX
├テイム2
└加護 MAX
恩恵を受けるスキルの数が最も多い技術ツリーを選んだ方が、1振りの効率は高い。
しかし、しかしだ。
技術ツリーには隠密がある!
このツリーは、決して育ててはいけないッ!!
そのため、ひとまず晴輝は敏捷力を強化した。
敏捷力は短剣で戦う上で必要な能力だ。上げて損はない。
一度スキルボードを消して、軽くサイドステップする。
「……うん、違うな」
以前よりも、明らかに体が軽くなっている。
感じられる変化はビッグコッコを倒して取得した、羽根飾りを装着したときと同じか、それ以上だ。
これが+2・+3と上がるにしたがって、さらに効果は増していくだろう。
通常のスキルは戦闘や訓練によって上昇する。
だがこのツリー強化はどうか?
もしこれがボード操作でしか上げられないのであれば、通常スキルにポイントを振るよりも、こちらを優先してポイントを割り振った方が良いだろう。
3ポイントは重たいが、自然成長しないなら、3ポイント以上の価値はある。
「火蓮はどうだ?」
「……少し、力が扱いやすくなってます」
火蓮は杖を前に掲げて、中に力を込めて吸い上げてを繰り返している。
どうやらその力の移動が、以前よりも滑らかに行えるらしい。
ちょんちょん、と晴輝の肩がつつかれた。
「ん?」
振り返ると、レアが葉を揺らす。
「どうして私を頼ってくれないのよ?」と、葉が膨らんでいる。
エスタが「ぼくもいるよ!」とツンツン足で晴輝の腹をつつく。
好奇心と期待感の高まりが、お尻の動きに現れている。
実にいじらしい2人の素振りに、晴輝は思わず吹き出してしまった。
オーケィ。
それじゃレアもエスタもスキル上げだ!
レア(0) 性別:女
スキルポイント:3→0
評価:二丁葉撃帝
加護:地下宝守護神<プタハ>
-生命力<->
├スタミナ1
└自然回復0
-筋力<->
└筋力5
-敏捷力<->
├瞬発力2
└器用さ3
-技術<->→<+1>
└武具習熟
└投擲5
└二丁投擲4
-直感<->
└探知1
-特殊
├宝物庫2
└加護 MAX
レアは投擲攻撃がメインなので、技術ツリーを強化する。
エスタ(0) 性別:男
スキルポイント:3→0
評価:硬殻帝
加護:辟邪神(神虫)
-生命力<->
├スタミナ1
├自然回復0
└防疫1
-筋力<->→<+1>
├筋力3
└被損軽減7
-敏捷力<->
├瞬発力5
└器用さ1
-技術<->
└武具習熟
└甲殻7
-直感<->
└探知1
-特殊
├武具破壊3
└加護 MAX
エスタは守りが要だ。被損軽減と甲殻それぞれスキルがあるが、効率を考えて筋力ツリーを上げることにした。
2人とも、スキルが上がった感覚を確かめるように、フリフリ、葉とお尻をそれぞれ動かしている。
「んまぁ!」
「……」
そのとき、忘却の彼方に消え失せていた懸案事項が、晴輝の意識に強引に滑り込んできた。




