後の祭りの後片付けをしよう!
「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」発売まであと6日!!
日間総合表紙にランクイン! 更に、なんと累計ランキングにも載ることができました!!
これも皆様のおかげでございます。本当にありがとうございます!!
晴輝は魂が抜けたような気分のまま、火蓮とレア、それにエスタと合流する。
レアは相当大暴れしたのか、どこかすっきりしたような様子である。
レアとは対象的にエスタは疲労の色が濃い。かなりこき使われたのだろう。
「俺のせいで入賞出来ず、すまなかった」
「いえいえ。ところで、到着が遅れたみたいですけど、空星さんはどちらにいらっしゃったんですか?」
「うん。……ちょっとな」
さすがに、カムイ岩で大立ち回りを繰り広げ、挙げ句魔物と一緒にカムイ岩まで切断してしまった、などとは説明出来ない。
晴輝は視線を逸らして言葉を濁した。
「もしかしてまだ体調が回復してな――」
「むはぁ!」
火蓮の言葉を遮って、晴輝の鞄からチェプが顔を覗かせた。
突然の鮭の出現に、火蓮が固まった。
その横にいるレアが、ギロリとチェプを睨んで2本のノズルを向ける。
「レア、待て! いきなり攻撃をするな!」
晴輝が慌てて手を翳す。
この状態でレアの攻撃を受ければ、その被害はチェプだけに留まらない。
鞄は確実に壊れるし、下手をすれば晴輝にもジャガイモが食い込むだろう。
「…………ああ、空星さんはまた妙なものを拾ってしまったんですね」
目を離した隙にとんでもないものを、と火蓮が諦めたような表情を浮かべた。
妙なものであるのは確かだ。
晴輝に反論の余地はない。
「酷い、人でなし! わたくしがいくら魅力的だからといって、こんなところに詰め込むなん――あら?」
暴走しかけたチェプがなにかに気づいたようにピタっと動きを止めた。
彼女が見つめているのは、レアだ。
レアを見つめるチェプの目が、だんだんと光に溢れていく。
「んまぁ! まぁまぁまぁ! なんてステキなんでしょう!!」
興奮したチェプが鞄から脱出し、コテンと地面に頭から落下。
「んぎょぇ!」
奇妙な声を発し、しかしすぐに立ち上がってレアの前で平伏した。
「なんて美しいお姿なんでしょう。わたくし、感動いたしましたわ!」
「(…………なにこれ?)」
興奮するチェプにドン引きしたレアが、晴輝にどうにかしろと視線で訴えてきた。
しかし晴輝も、何故チェプが興奮しているのかがわからない。
「おいチェプ。一体どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもありませんわ! あなたにはわかりませんこと!? わたくしたちの目の前に、崇高な存在である女王様がいらっしゃるのですよ!? 頭が高いです――んぎょぇ!!」
あまりにも鬱陶しかったのだろう。
レアがジャガイモ石を射出。
石はスコーンとチェプの頭にぶつかった。
レアの投擲が弱めだったのは、相手を敵視していないからか。
あるいは女王と言われて喜んでいるからか。
レアの後ろの葉が、僅かにフリフリと動いている。
どうやら、後者である可能性が高い。
チェプは姫で、レアが女王。
当然ながら、女王の方が位が高い。
だからチェプは興奮して、レアに平伏したのか。
レアとエスタを切り離し、晴輝はそれぞれの定位置に戻す。
「女王様がなんということを!」とか「はしたない!」とか、「殿方に触れるなんて淑女にあるまじき」とか。鬱陶しいチェプは、何度かレアのジャガイモにより口を封じられた。
「空星さんは、なんでチェプを拾ったんですか?」
「俺にもわからん」
「いくら空星さんとはいえ、さすがにちょっと……」
「……おい火蓮。お前は一体俺をなんだと思ってるんだ?」
「……」
問うと火蓮の目がスィィっと泳いだ。
なにかよからぬ思いを抱いているに違いない。
いずれ、機を見て問い詰めねば。
何故チェプを拾ったのか。そう火蓮に尋ねられたが、晴輝にも理由は定かではなかった。
あのままカムイ岩に放置したら可愛そうとか、これから取って食べてやろうとか、一つも思ってはいない。
脊椎反射で鞄に詰め込んでしまっただけだ。
まるで使った道具を片付けるように。
「まさか…………」
「どうしました?」
「いや」
晴輝は首を振って悪い予感をかき消した。
いまから思い悩んでも仕方が無い。
明日、神居古潭ダンジョンに降りたときにでも確認しようと。
「そうだ、空星さん!」
「ん?」
振り返ると、火蓮が満面の笑みを浮かべていた。
「私、実は――」
どこかに恥ずかしさを感じさせるその笑顔に、晴輝は小さな胸騒ぎを覚えた。
だめだ。
それ以上は、言ってはいけない!
晴輝が止めるより早く、
「魔物早狩り競争で3位になったんです!」
「うわぁぁぁぁ!!」
空星晴輝27才。
本日は、どうやら厄日らしい。
*
【疾風怒濤】 管理人:カゲミツ
『魔物早狩り競争 結果発表』
おう、カゲミツだ。
前に告知した通り、今日は旭川の神居古潭ダンジョン周辺でモンスター早狩り対決を行った。
エアリアルじゃ初めてのチーム主催のイベントだったが、沢山の人が集まってくれて嬉しかった。
初めてのイベントで、ルールとか進行とか、色々拙いところはあったと思う。
そうしたなか、参加した人が楽しんでくれたなら幸いだ。
それじゃ早速、結果の発表を行う。
【個人】
1位 ガッツ 5ポイント
2位 バルト 4ポイント
3位 火蓮 3ポイント
【チーム】
1位 男日和 8ポイント
2位 番磨戦隊アドベンジャー 6ポイント
3位 道犬協 5ポイント
入賞した者はおめでとう。
入賞出来なかった者は、次回のイベントの時に頑張ってくれ。
いろいろと、精神的ダメージを負った者もいるみたいだが、大丈夫。お前達は、なにも悪くない……。
冒険家を諦めず、どうか立ち直ってもらいたい……。
*
「やっほーアタシ参上!」
脳天気な声が、深夜の旧神居古潭駅舎に響き渡った。
カゲミツは顔を上げて、現れた相手を睨み付ける。
「まさかとは思ったが、本当に来てたのか」
「愛する弟子がイベントに参加してんだから、師匠が来るのは当然でしょ」
「とか言いつつ、自分の店に客が来ないから暇つぶしに来たんだべ」
「…………で、問題のブツはどれよ?」
駅舎に現れた人物――夕月朱音が不自然なほど急に真顔になった。
自分の店に客が来なくて暇だった、というのは図星らしい。
とはいえ彼女はただ観戦しに来たわけではない。
裏では今回のイベントが成功するよう、一菱旭川支店の店員に混ざって隠れてサポートしていたのだ。
口調や態度に惑わされる人間が多いが、実のところ朱音は日本のエリートが集う一菱のダンジョン部門において最も能力の高い社員である。
考えていないようで、考えられた行動を取っているのだ。
……たぶん。
カゲミツにとって朱音は、油断ならない人間の一人だった。
同時に、同じだけ信頼もしているのだが……。
まったく、調子が狂う。
カゲミツは頭痛を堪えるようにこめかみを指で押し込んだ。
今回のイベントでカゲミツは、空気を上位に入賞させたかった。
そうすれば彼は大企業の後ろ盾を得られるだろうと。
なのに、アイツは……。
予想の斜め上にぶっ飛んだ仮面の男を思い出し、カゲミツは苦笑を浮かべた。
「この魔物だが、どう思う?」
「んーどれどれぇ?」
朱音が空気から預かった魔物(死体)の検分を始めた。
魔物は亜人タイプの魚人。全身が真っ黒で、鯉のようなフォルムの体から手足が生えている。
この魔物は素材の鑑定を行ったあとで返却する予定だが、その前にカゲミツはこの魔物を、目が確かで口の堅い人物に検分してもらいたかった。
この魔物は一体どこから出現したのか。
そして、何故Bランクもの強さがあったのか。
手動充電式のライトに照らし出された魔物の死体は、時間が経ってもなお異様な雰囲気を纏っている。
その死体を朱音は、臆すことなくまじまじと観察している。
「どう思う?」
「Bランクの亜人ね」
「どのダンジョンに居る魔物か判るか?」
「さあ。アタシも初めて見たわ。これ、どっから出てきたの?」
「それがさっぱりわからん」
「ベッキーはなんて?」
「突然ポップしたって」
「……そう」
朱音が険しい顔をして腕を組んだ。
彼女はベッキーの『千里眼』を知っている。
突然出現したなど信じ難い事態だが、開眼能力である『千里眼』で察知した以上、疑う余地はほとんどない。
「多分だけど、これは唯一種ね」
「やはりそうか……」
カゲミツは眉間に皺を深く刻む。
唯一種とは、ダンジョンでごく希に生まれる、1体しか存在しない魔物のことである。
レア度は稀少種よりも高いが、能力にはかなりのばらつきがある。
極端に強い唯一種が出現したと思えば、極端に弱い唯一種も出現する。
ただ、今回出現した唯一種は間違いなく強い部類である。『神居古潭』ダンジョンには、不適切なほどの……。
「空気はどうやってこの魔物を倒したのかしらね」
「……空気から聞いたのか?」
「なわけないでしょ?」
「だったらなんで空気が倒したって判ったんだよ」
「女神は何でもお見通しなのよ!」
ふふん、と朱音が得意げに鼻を鳴らす。
一体誰が女神だって?
カゲミツのこめかみに青筋が浮かんだ。
朱音が空気を言い当てたのは、決して当てずっぽうではない。
おそらく彼女は切り口を見て、使用された武器の種類を判別したのだ。
一菱随一の武具販売店の店員ならば、それくらいの判断は出来て当然だった。
「まさかBランクをソロで倒すとはね」
「……そこまで判るもんなのか?」
「当然。だって傷跡が1種類しかないじゃない」
なるほど、とカゲミツは朱音の説明に感心した。
「空気は、そろそろかしらね」
「やっぱり、お前もそう思うか」
「アンタ、空気をどうにかすんの? アイツは大丈夫だと思うけど」
「俺もそう思う。俺は、な。ただ、外野は黙ってないべ」
「……そう」
朱音がほんの僅かに目を伏せた。
非常に珍しい反応に、カゲミツは目を見開いた。
しかしそんな仕草もすぐにかき消え、朱音は忌々しげな表情を浮かべた。
「それでこの魔物についてだけど、情報はきちんと封鎖してるんでしょうね?」
「あたりまえだろ?」
カゲミツは気をとりなおして腕を組む。
地上に突如、Bランクの魔物が現れたなど、噂が流れただけでもパニックになってしまう。
この魔物の情報の扱いは、かなり慎重に行っていた。
「にしても、あいつと関わると、誰にも言えないことばかりが増えてくな……」
「そう言いながら、嬉しそうね」
「そうか?」
「ええ、そうよ」
指摘する朱音も、口元がほころんでいた。
そんな表情をしてしまうのも、無理はない。
なぜなら空気は、これまでの冒険家が歩んでいない、道なき道を既に歩み始めているから。
それが判っているから、カゲミツは彼を気にかける。
きっと朱音も、そうだろう。
ダンジョンに積極的に関わる人種はみな、未知に心を惹かれるものだから。
「ずいぶん惚れ込んだもんだな」
「将来間違いなく上客になるんだから、目をかけるのは当然でしょう? そういうアンタだって、ずいぶんと気にかけてるじゃない」
「当たり前だろ。アイツには早いところ俺を抜かしてもらわなきゃ困るからな」
「あーはいはい。アンタは結局、一番目立つ所から早く退きたいだけなのね」
朱音に図星を突かれ、カゲミツはばつが悪そうに目を泳がせた。
しかしすぐに、真顔になる。
「だから早く後ろ盾を見つけて欲しかったんだけどな。……これから、何事もなければいいんだが」
強くなればなるほど、嫌が応にも目立ってしまう。
それは空気とて例外ではない。
いくら存在感がゼロでも、上げた成果はゼロにはならない。
成果を見れば、誰だっておかしさに気がつける。
嗅覚の鋭い人物から、徐々に彼の存在が認知されていくだろう。
事実として彼は既に、カゲミツと時雨、それにマサツグの目に留まっている。
多くの冒険家が彼の偉業をスルー出来なくなるのも、時間の問題だ。
そうなれば、引き抜き合戦、足の引っ張り、虚偽の流布。
確実に、一悶着起こる。
存在感が空気の彼を目当てに波乱が起これば、事態がどこまで波及するかは想像もつかない。
最悪の場合、チーム抗争も勃発しかねない。
……それも、本人不在の状態で。
「大切な芽なんだから、どうやって守るかはしっかり考えなさいよ」
「そりゃお前もだろうが。なんとかして本社に掛け合えよ」
「アレがスポンサードを受けられると?」
「……いや、すまん。俺が悪かった」
彼には企業の目に留まるほどの存在感がない。
企業に守って貰うという選択肢は、存在感と同じでゼロに等しい。
とはいえ、完全にゼロではない。
カゲミツが手を尽くせば、企業と契約出来る未来も生まれよう。
一菱と契約を結ぶカゲミツが、多くの推薦人を集めて推薦すれば、一菱本社も動いてくれるに違いない。
しかし、空気には別の問題がある。
それが改善出来なければ、企業は永遠に手を上げないだろう。
その問題とは――見た目だ。
あの見た目の冒険家を支援しようなどという、物好きな企業はどこにも居るまい。
(……いや、番磨ならギリギリ興味を示すか?)
「なあ、あいつの見た目はどうにかならんべか?」
「諦めなさい」
「即答かよ!」
「だって、ねえ? もし酷い見た目の武具を装備しただけで、強すぎる存在感が消せるなら、アンタはどうする?」
「あー……うん、そだな。聞いた俺が悪かった」
間違いなく、カゲミツも酷い見た目の武具を装備するに違いない。
やっぱ無理かー。
夜の旧神居古潭駅舎に、闇より深いため息が響き渡ったのだった。




