神居古潭の魔物を殲滅しよう! 5
「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」
カウントダウン投稿スタート! 発売まであと7日!!
神居古潭の森の中。
魔物の死体を手にした男は、ニィっと口を斜めにした。
魔物早狩り競争が始まってから、男は全力で森を駆け回り、3体の魔物を討伐した。
森の中にいる魔物は約30匹と言われている。
討伐に参加した冒険家の人数が30人ほどなので、3匹狩った彼は10位以内には確実に入る。
他の冒険家の討伐数によるが、ランキング上位に食い込む可能性もある。
もし全てが上手くいって、カゲミツのブログにて表彰されれば、多くの人の目に留まるだろう。
そう考えると、男は笑みを抑えられなかった。
いよいよ俺にも『なろう』ランカーになれるチャンスが巡ってきたか……。
ここまで努力してきた甲斐があったというものだ。
魔物を鞄に入れ、男は空を見上げた。
太陽が茜色に染まっている。
もうすぐ早狩り競争終了時刻だ。
そろそろ帰ろう。
男がスタート地点に向かおうとしたその時。
突然、森がざわついた。
「……?」
遠くの方でカラスの悲鳴がこだました。
多くの鳥が一斉に羽ばたく音が響き、一瞬の静寂が生まれた。
それは森に住むあらゆる生物が逃げ出した後のような、奇妙な静寂だった。
なんだ?
男は首を傾げた。
そのとき、森の中から不気味な生物が現れた。
「――ッ!?」
その生物は男の頭上を飛翔し、一瞬にして森の中に消えていった。
「…………」
男はぽかんと口を開けたまま、その場から動けなくなった。
現れた生物は、仮面。
掲示板で噂されている、謎の仮面の男だった。
触れれば呪われそうな仮面が宙を飛んでいた。
噂通り、仮面は羽根を生やし、鱗を備えていた。
その両脇には黒い魚人の半身が携えられていた。
おそらくその魚人は仮面の機嫌を損ね、両手でバリバリ引き裂かれたのだろう。
仮面が背負う鞄には、鮭が詰め込まれていた。
あれは、仮面がこれから行う儀式に用いる生贄に違いない。
……とんでもないものを見た。
男は仮面が消えた森の向こうを眺めて、自らの手元に視線を落とした。
あの仮面を見たあとでは、手元の魔物3体がなんともちっぽけに見える。
先ほどまでは、まるで宝物のように思えていたというのに……。
「俺が、ランカー? スポンサー? ……は、はは!」
ランカーやスポンサードなど夢を広げていた自分が、あまりにも馬鹿らしく思えた。
上を目指すということは、仮面の男と競い合わねばならないということだ。
あんな男と?
バカを言え。
あんな凶悪な男に勝てるわけがない!
アレと競うくらいなら、俺はずっと無名でいい!!
「…………帰ろう」
男は肩を落とし、とぼとぼと歩き出す。
ランカーへの夢を、神居古潭の川の畔に投げ捨てて……。
*
【旭川】魔物早狩り競争【エアリアル主催】
127 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
今日の大会なまら面白かったな
有名人じゃなくてほぼ無名の冒険家が競い合ったところが特に
128 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
そだなー
実力者だけど名前が売れてない奴らがランクインして
アングラ好きな俺にはたまらん戦いだった
今後そいつらが企業に目を付けられて有名になっていくのかと思うと
嬉しいやら悲しいやら・・・
129 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
マイナーな冒険家が有名になると嬉しいんだけど寂しいよな
その気持ち、すごく判るぞ・・・
130 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
現地で競争に参加した奴いる?
俺、奇妙なもん見て眠れないんだが
131 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
幽霊か?
あそこはわりと出るらしいぞ
132 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
たぶん違う
宙に浮かぶ仮面
首から生えた羽
で、体が鱗の奴
133 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
あー仮面さんか?
あの人も参加してたのか
134 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
たぶんその仮面さんかな?
背中にシャケ背負って空飛んでた
135 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
ちょっと待って
俺の知ってる仮面さんと微妙に違うwww
136 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
さすが仮面さん
俺の想像を軽々と飛び越えていく・・・
137 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
俺も仮面さんを見たぞ
多足歩行で移動しながら魔物を索敵して
目からジャガイモ発射してた
138 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
いやいやいや
それ本当に人間か!?
139 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
>>138
お前、仮面さん初見か?
この程度で驚くなよ
140 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
そうだぞ
これが彼の通常営業だ
141 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
いや驚くだろ!
てかなんでお前ら平然と受け入れてんだよ!
142 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
仮面さんなら何でもアリだからな
この程度のトランスフォームで驚いてたら
仮面さんの追っかけにはなれんぞ!
143 名前:神居古潭を駆けずり回る名無し
マジか・・・
あ、いや別に追っかけになるつもりはないぞ
てかそんな奴おっかなくて追っかけらんねーよ・・・
*
晴輝は全力で木々の間を飛翔した。
時々、足の裏でうっかり木の幹をへし折ってしまったり、進みたい方向とは真逆に移動したり散々だったが、なんとかスタート地点まで戻ってきた。
しかし、
「……なん、だと!?」
旧神居古潭駅舎では既に、撤収作業が始まっていた。
晴輝は愕然として、地面に四つん這いになった。
晴輝はここまで、カムイ岩から木々を足場にしながら跳躍を続けてきた。
最速で移動してきたのだが、残念ながらまっすぐ進めなかった。
おまけに土地勘がないせいで、完全に道に迷ってしまった。
そのせいで、スタート地点に戻るのに、予想以上に時間がかかってしまった。
日は山の向こうに消え、星々がその存在感を強く放つほどに。
「俺の、存在感が……」
……まだだ。
まだ諦めるのは早い!
晴輝は気力を振り絞り、立ち上がる。
これから集計が始まる可能性だってあるのだ。
諦めてはいけない!
希望を捨てず、晴輝は黒い魚人を引きずりながらカゲミツの元へと近づいていく。
「カゲミツさん。あの――」
撤収の準備を見守るカゲミツに近づき話しかける。
だが黒い魚人を見たカゲミツは、晴輝の言葉を遮るように手を前に翳した。
まるで頭痛に苛まれているかのように顔をしかめ、こめかみを軽く叩く。
「あー、その、なんだ。少し話し合おう」
そう言うと、カゲミツは旧神居古潭駅舎に視線を向けた。
こちらに来い、という合図だ。
晴輝は無言で頷き、カゲミツのあとに続いた。
「まず、そうだな」
駅舎の中に入ったカゲミツは、窓から外を入念に見回してから振り返る。
「お前、なんてことしてくれたんだよ!?」
「……え? ちょっと待て。一体なんの話だ?」
「カムイ岩だよカムイ岩! お前が壊したんだろ!?」
「……な、なんのことかな?」
仮面越しでも判る。
空気の目はいま、スイスイ泳いでいる。
帰ってきた彼の姿を見たとき、カゲミツはすぐさまピンときた。
カムイ岩が2つに割れたのはこいつのせいだ、と。
証拠は彼が手にしていた魔物。
真っ二つになっている亜人の死体は、『神居古潭』には生息していない。カゲミツでも見たことがないタイプの魔物だった。
おまけに、その死体は一種異様な雰囲気を纏っていた。
それは既に死んでいるというのに、カゲミツの背筋が震わせるほどだった。
マッチョな人間を見て力持ちだと判断するのと似たような感覚で、冒険家は一定レベル以上になるとその姿から、魔物の実力をある程度判断出来るようになる。
(この魔物とやり合ったら、俺でも苦戦しそうだな……)
チームなら倒せる。
だがソロだと……難しいか。
そう、カゲミツは魔物の実力を判断した。
この魔物は十中八九、先ほどベッキーが感知したものだ。
しかしまさかそれを、空気が倒してしまうとは。
魔物狩りで空気がどこまで上位に食い込めるか想像していたカゲミツは、己の想像の斜め上にブッ飛んだ成果に頭を抱えていた。
まさか彼が、存在感アップへの道をみすみす逃すとは、考えもしなかった。
「一体どうするつもりだよ……」
「見なかったことに――」
「出来るかっ!」
カゲミツが激しく突っ込むと、空気はわちゃわちゃと手を動かした。
おそらく自分でも、カムイ岩破壊について焦っていたのだろう。彼の内心が手に取るように理解出来る。
そんな彼の態度を目にして、カゲミツはほっと小さく息を吐く。
カムイ岩はあくまで自然の岩山だ。
自然遺産になっているわけではないし、割れたからといって誰の迷惑になるものでもない。
スタンピード前ならばいざ知らず、現在においてカムイ岩を割った冒険家にクレームを入れるほど余裕のある者などどこにも居るまい。
出来事としては大きいが、ミスとしては非常に小さい。
にもかかわらず、Bランクの魔物を倒せる冒険家が己の小さなミスが原因で焦りに焦っている。
その小市民っぷりに、カゲミツはただただ安堵するのだった。
「ま、あれだけの出来事だったってのに、気付たのは俺らだけだったからな。たぶん大事にはならんべ」
「そうか……」
カゲミツから怒りのオーラが萎んでいくのを感じ、晴輝はほっと胸をなで下ろす。
――ん?
その言葉に気付き、晴輝は首を傾けた。
「カゲミツさんは戦闘に気付いてたのか?」
「ん? おう。強い魔物が現れたから、戦いに向かったんだがな」
「気付いてたんだったら助けてほしかったんだが……」
黒い魚人との戦闘は、晴輝にとってかなり際どいものだった。
仮面を外しての隠密攻撃まで解放せねばならないほどに、晴輝は追い詰められていた。
出来るなら、仮面を外す前にエアリアルに助けに入って貰いたかったものである。
「出現に気づいてからすぐにカムイ岩頂上に到達出来るわけねーべや! てか、岩山を登ろうとしたときにカムイ岩が割れて、なまら焦ったんだからな!! なあ、空気ィ。お前、カムイ岩割ったことは反省してんのか? んん?」
終わったと思っていた話題が再燃。
カゲミツが顔を引きつらせながら、晴輝の頭を片手で締め上げた。
さすがは北海道ナンバーワンの冒険家。
晴輝の頭がミシミシと嫌な音を立てている。
「しし、してますしてます! 反省してます!」
「ったく……」
カゲミツの握力が緩んだ隙に、晴輝は彼の間合いから離脱した。
危うく頭蓋骨が割れるところだった。
自らの頭を撫でながら、晴輝はほっと息を吐き出した。
「しっかし、ほんとにお前は不思議だよなあ。そんだけの事をしておきながら、なんで存在感がないんだべ? カムイ岩が割れたのに、誰も気付かねえしよ……」
「……誰も気づかなかった、のか? 他の冒険家とか――」
「誰も気づかなかった。エアリアル以外、誰一人として」
「なん……だと……」
あれだけの大事を引き起こしたにも拘わらず、岩が割れたことにカゲミツらしか気づいていないとは。
誰にも知られず喜べば良いのか、それともこれだけの大事を起こしてすら気づかれない己の存在感を憎めば良いのか……。
この現象を引き起こしているのは間違いない、憎き透明神――メジェドのせいだ。
この加護がなければ、誰かに見つけてもらえる存在感だったのでは? と思うと、涙に血が混じるほどの熱い思いがこみ上げてくる。
とはいえ、メジェドの加護がなければ、晴輝はここまで戦えなかった。
過去の戦闘のどこかで、落命していたかもしれない。
それを思うと、メジェドを責めるに責められない。
「と、ところでカゲミツさん」
「……ん?」
「キルラビットと魚人を討伐してきたんだけど……そのぉ」
「もうタイムアップだ。諦めろ」
「グハッ!」
まるで吐血するかのような息を吐き、晴輝は地面に四つん這いになった。
ここまで、存在感アップのためだけに頑張ってきたのに……。
うるうると、晴輝の目に涙が溜まっていく。
「そういや、空気のチーム成績は4位だったな」
「お?」
キュッと涙の元栓が閉まる。
しゅたっと晴輝は立ち上がり、カゲミツの肩を掴んだ。
「4位ということは、入賞だな?」
「アホ。入賞は3位からだ」
「そ、そうか……」
「ただ」
「…………ただ?」
ごくり、と晴輝の喉が鳴る。
緊張感が高まるなか、天上を睨みながらカゲミツが呟いた。
「たしかあと2ポイントあれば入賞出来たような」
「なん、だと……ッ!!」
カゲミツの呟きを聞き、晴輝は再び地面に四つん這いになった。
あと2ポイントで、3位入賞。
晴輝の手元にある魔物は2体――つまり、丁度2ポイント分である。
あと少し、到着が早ければ……ッ!!
「うわぁぁぁぁ!!」
晴輝は自らの運命の巡り合わせを、恨む他なかった。




