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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
4章 派手に暴れ回っても、影の薄さは治らない
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神居古潭の魔物を殲滅しよう! 4

「冒険家になろう!~スキルボードでダンジョン攻略~」発売までいよいよあと10日!!

 攻撃を次々と受け止める魚人に、晴輝は感動していた。


 晴輝の1撃必殺の弱点看破攻撃を、魚人はセンスのみで回避している。

 通常の冒険家ではあり得ないほど、身体能力も直感力も高い。


 初級冒険家では、まず避けられない。

 中級でも、不意打ちにこれだけ対処出来る冒険家は何人いるか……。


 だからこそ貴重。

 だからこそ有益。


 様々な角度の攻撃が防がれる度に、晴輝はこの戦闘の価値を実感する。

 これが、どれほど得がたい経験であるか……。


 クツクツと、晴輝は喉を鳴らした。


 集中し、集約し、意識を収束。

 仮定、実行、再試行。


 どれほど相手を分析しその上を行こうとしても、相手の神がかった回避が晴輝を阻んだ。

 まるで曲芸。綱渡り。


 ときどき、魔法の反撃が晴輝に飛ぶ。

 晴輝はそれを寸前で躱す。

 回避した魔法の風圧が、晴輝の全身を撫でて消える。


 魚人の、いささかも衰えない敵意に背筋が凍り付く。


 魚人の瞳はいまだに晴輝を捕らえられていない。

 にもかかわらず、反撃の魔法はことごとく、全力で回避せざるを得ない鋭い角度で放たれる。


 クツクツ、クツクツ。

 晴輝は喉を鳴らした。


 晴輝は楽しくて、嬉しくて、たまらなかった。


 なぜならいま、この瞬間――。

 仮面を外した晴輝の存在に、この魚人は気づいてくれているのだから!!


 なんと素晴らしいことだろう!


 魚人が反撃を行う度に、晴輝は神々に祈りたい気持ちでいっぱいになる。


 自分の存在を捉えられる者と、こうして邂逅出来るなんて。

 なんたる奇跡!!


 生きててよかった。

 諦めなくて、よかった!


 友達になれないかな?

 そんな考えが頭を過ぎり、しかしすぐに晴輝は否定する。


 友達になれるほど、魚人から感じる敵意は生ぬるくない。

 であれば、やることは一つ。


 全身全霊で、魚人に敬意を表する。

 敬意を示し、全力で討伐する。


 再び魚人の魔法攻撃。

 それを躱し、空へ。


 晴輝は跳躍し、空中で姿勢を整える。

 4メートルほど上昇し、回転。


 眼下には魚人とカムイ岩。

 その両方が、晴輝を待ち構えるように、一際光り輝いた。


「GYAAA!!」


 しかし、晴輝の行動を阻むように魚人が真上に魔法を放つ。

 ここが勝負所と理解しているのか、これまでにないほど高威力の魔法だ。


 晴輝は現在、自由落下中。

 真っ逆さまで、回避は不可能。


 しかし晴輝は慌てなかった。

 コンマ1秒目を瞑り、時雨の姿を思い出す。


 剣先まで満ち満ちた気迫。

 刀とは思えぬほど柔らかい血桜。

 その動きを、模倣する。


 晴輝はワーウルフの短剣を前に突き出した。

 その切っ先に、魔法が触れる。

 瞬間。

 ほんの僅かに手首を返し、捻る。


 圧縮された魔法の塊が、勢いをそのままに短剣の上を滑る。

 短剣の柔らかい動きに乗って方向転換。

 魔法は晴輝のすぐ横をすれすれで通過した。


 出来たッ!

 憧れた時雨の業の再現に、晴輝の全身が沸き立った。


 だが喜んでいる暇はない。

 晴輝は既に、地面まであと2メートルと迫っている。


 慌てずに、晴輝は気持ちを魔剣へと収束させる。

 文字通り、全身全霊の一撃。


 相手は攻撃直後。

 硬直中で、避けられない。


 弱点看破の光がさらに強く輝いた。


「――――ッ!!」


 無言の気合を放出し、晴輝は魚人の頭上からカムイ岩に向けて魔剣を滑らせた。


 魔剣は音もなく、するりとカムイ岩まで到達した。

 手応えすらなかった。


 晴輝は残心を解いて、両方の短剣を鞘に収める。


 パチン。

 鞘に短剣を収めると同時に、魚人の頭から股にかけて、ぱっくりと大きな亀裂が走った。


 どしゃ、っと黒い魚人がカムイ岩に崩れ落ちた。

 魚人の絶命とほぼ同時に、晴輝の体が熱を帯びる。


 かなり強いレベルアップ酔いだ。

 だが気を失うほどではない。


 魚人と同等の強さであろう鹿の稀少種を討伐したときは、意識が根こそぎ奪われた。今回気絶しなかったのは、鹿の稀少種討伐によって晴輝のレベルが大きく底上げされたからだろう。


「……際どい戦いだったな」


 晴輝は熱くなった息を吐き出して仮面を被り直した。


 実際、晴輝は全力を尽くした。

 最終手段である仮面外しも行った。


 それでも、相手は対応してきた。


 晴輝を補佐するレアもエスタも火蓮もいない。

 失敗をカバーする仲間がいなかったのだ。

 1歩間違えたら、死んでいたのは自分かもしれない。


 想像したイフに、晴輝は体を震わせた。

 震えから遅れて、血管を冷たさが駆け抜ける。


 不意に、魚人の体から白と黒の小さな玉が螺旋を描きながら浮かび上がった。

 それらが晴輝の目線と同じ高さになると、ピタリと上昇を止めた。


「な、なんだこれ?」


 呆然とする晴輝に向かって、玉が飛来。


 攻撃魔法か!?

 慌てて晴輝は腕を交差させる。


 玉は交差させた晴輝の腕を避けて胸に接触。

 衝撃は――ない。


 玉は胸に触れると一度弾けた。

 弾けた玉の小さな欠片が、まるで排水溝に吸い込まれる泡のように、晴輝の胸の中に吸い込まれていった。


「一体なんだったんだ……」


 突如起こった現象に、晴輝は呆然と立ち尽くす。

 通常ではあり得ない現象だった。


 まるで始めてスキルボードを手にしたときのような……まさか!?

 はっ、と息を吸い込んだ時、晴輝は自らの体の震えに気がついた。


「…………ん?」


 ふるふる、と晴輝の全身が震える。

 震えているのは、晴輝だけ……ではない。


「カムイ岩が揺れてるッ!?」


 地震か?

 混乱する晴輝の耳に、一際大きな地鳴りが響いた。


 バリバリバリバリ!!


 それはまるで、雷のような地響きだった。


「――のわっ!?」


 大きな音と同時に、晴輝の足下がパックリと割れた。

 まるで雪山に生じたクレバスのようなひび割れだ。

 晴輝は慌ててバックステップ。

 ひび割れから距離を取った。


 その地割れは幅が最大3メートルほどで停止。

 同時に地響きも消え、辺りは再び静寂を取り戻した。


「えぇえ……。なにこれ?」


 恐る恐る、晴輝は生じた亀裂をのぞき込む。

 亀裂の先は、土煙が立ちこめていてなにも見えない。


 亀裂自体はカムイ岩の端から端まで、1直線に走っている。

 どうやらいままで1つだった岩が、2つに割れたようだ。


 断面は凹凸が非常に少ない。

 割れたというより切れたという方が近いか。


「なんでこんなことが…………あっ」


 そこで晴輝は言葉を呑んだ。


 晴輝が飛び上がり、黒い魚人を攻撃する際。

 弱点看破で見えた光。

 輝いていたのは、“魚人だけではなかった”。

 そのことを思い出して、晴輝の顔面から血液が下り落ちていく。


(いやいや、まさか……そんな……)


 何度も否定するが、鮮明に残った映像記憶は晴輝に証拠を突きつける。

 あのとき黒い魚人と一緒に、


 カムイ岩も輝いていた。


 晴輝は魚人に集中していたし、カムイ岩が光ったからといってさすがに岩まで切れるなどと、予想などしていなかった。


 いや、数十メートルある大岩が短剣で切れるなど、誰が予測できよう?


「……うん。普通ではありえないからな。俺じゃない。これは、俺のせいじゃない」


 晴輝はブツブツと、小声で憶測を否定する。


 アイヌにとっての聖地をぶった切ったなんて、いくら魔物の討伐のためとはいえ罰当たりである。


 どうしよう。

 見なかったことにするべきか?

 オロオロとする晴輝の視線の先で、


「――っぷはぁ!!」


 キュッポン! とチェプがカムイ岩から顔を引っこ抜いた。


「…………なんだ、生きてたのか」

「勝手に殺さないでくださいまし!!」


 ふんぬ! とチェプが目を怒らせる。

 その姿に、晴輝の乱れた心が沈静化した。


 なにかあるかと思い突っ走ったが、ダンジョン関連の収穫はないのか?

 晴輝はため息を吐き出し、チェプに尋ねる。


「チェプは一体、何故ここに来たかったんだ?」

「それはわたくしが、一番シャケだからですわ」

「一番シャケがここに来たらどうなるんだ?」

「一番シャケは神様へのお供えですわ。それくらい、わからないんですの?」


 もしかしてバカなの? というチェプの視線に、晴輝は若干苛立った。

 こいつをここから蹴り飛ばしたら、どこまで届くだろう?


「はわわ!」


 晴輝の殺意に気づいたのか、チェプが体を震わせた。

 だから何故いちいちしなだれるのか?


「それで、お前は一体どこから来たんだ?」


 旭川ダンジョン『神居古潭』は全10階。

 一般モンスターが出るのは9階までだが、そのあいだに亜人系の魔物は一切出現しない。


 なのでチェプは第二次スタンピードの際に『神居古潭』から抜け出した魔物ではないはずだ。

 では、一体どこで出現した亜人なのか?


「お前はどこで生まれた?」

「わたくしはシャケですから、他のシャケと同じように川で生まれ、川を遡上してきましたわ」

「お前のようなシャケが石狩川に居るか!」


 亜人の鮭が川をバタフライ泳ぎで遡上する姿を想像し、晴輝はその身を震わせた。

 なんという、邪悪な光景なんだ……。


「石狩川にいる一般的なシャケに、手足はないからな?」

「そう言われましても、わたくし、精霊ですので」


 普通の鮭とは違うんです! とチェプはふんぞり返る。

 たぶん、普通の精霊とも違うと思うが、そこを突っ込んでも話は進まない。

 晴輝は言葉をぐっと呑み込んで、別の問いを口にする。


「お供え物になったはずのお前は、なんで生きてるんだ」

「それは、あなたが魔神の使いを倒したからですわ」

「…………魔神の、使い?」

「はい。あれは神居古潭で悪事を働く魔神の使いでしたの。その使いを倒すべく、一番シャケを供えて神に祈りを捧げ、神を降臨させる予定でしたのに。それをあなたは……」


 まさか魔神の使いを倒すとは。

 まったく困った人ですわ、とチェプが頬に手を当て微笑んだ。


 とても素敵な笑顔だが、魚類の微笑みである。

 晴輝の心にはちっとも響かなかった。


「……え、本当にあれが魔神の使いだったのか?」

「ですわ」

「シャケを捧げたのに、神や天使じゃなく魔神の使いが来たのは何故だ?」

「……はて?」


 彼女は魔神の使いが現れた理由を知らないのか。

 チェプは不思議そうな表情を浮かべて体を傾げた。


 まずは情報の整理だ。晴輝は顎に手を当て考える。


 チェプは川でポップし、カムイ岩を目指した。

 チェプが祈ると空から魔神の使いがポップした。


 神話通りに進むなら、空から現れるのは魔神の使いではなく神であるはず。

 何故魔神の使いが現れたのか……。


(いや、そもそもダンジョンの外で魔物がポップするものなのか?)


 考えるが、晴輝には答えが出せない。

 もう一度チェプに祈りを捧げさせてみるべきか?


 思案を終えて顔を上げた晴輝は、太陽の色の変化に気がついた。


 地上に近づいた太陽が、ゆっくりと茜色へと変化する。

 森や川は、太陽と共に茜色に染まっていく。

 カムイ岩から望むその変化は、まさに絶景というにふさわしい光景だった。


 その光景に晴輝はしばし見とれ、ふと気がついた。


「……あれ、討伐戦終了時刻って、いつだ?」


 気づくと同時に、全身を冷たい血液が駆け巡る。


「――日暮れで終了じゃなかったっけ!?」


 やばいっ!


 即座に晴輝は黒い魚人の死体に手をかける。

 一人で持つには少々重いが、文句を言ってる暇はない。


「全力だ……。全力でスタート地点まで戻らなければ!」


 もし1秒でも遅れれば、

 集めたポイントがゼロになり、

 折角の存在感アップのチャンスすら得られなくなってしまう!!


 慌てた晴輝は魚人を両手に掴み、チェプを鞄に乱暴に詰め込んでカムイ岩から飛び降りた。


「いやぁぁぁですのぉぉぉ!!」


 夕暮れに染まる神居古潭に、鮭の悲鳴がこだまして消えていった。


          *


 その時、エアリアルが司令室代わりに使っている旧神居古潭駅舎内に衝撃が走った。


『カムイ岩に強力な魔物の気配が出現! ランクはB以上です!!』


 その気配を察知したベッキーは、唇を小刻みに震わせている。


 Bランク以上の魔物となると、『ちかほ』のモンパレで戦った、リザードマンに匹敵する強さである。


 当時ベッキーは、リザードマンに手も足も出せなかった。故に、その脅威をより深刻に捉えているのだろう。


 もちろんカゲミツも、Bランク以上の魔物の出現に動揺していた。

 だがその動揺を、仲間の前で見せるわけにはいかない。


 カゲミツはエアリアルのリーダーである。

 リーダーがどっしり構えていれば、仲間は安心するものなのだ。


「よし。それじゃひとまず俺が出る。ベッキーは千里眼で全体を俯瞰しろ。ヨシ、どら猫、ヴァンには現地へ。カムイ岩の麓で合流だ」

「は、はい!」


 ベッキーはずり落ちそうになった眼鏡を押し上げ、衛星電話を手に取った。

 彼女が仲間に連絡を付けているあいだ、カゲミツは武具を素早く着用していく。


 現在カゲミツらは『ちかほ』の27階まで進出している。

 Bランクオーバーの魔物は、多少手こずるが決して倒せないレベルの相手ではない。


 冷静に対処すれば問題ないだろう。

 しかし、


(こんなところに、突然Bランク以上の魔物が現れるなんて。一体なにが起こったんだ……)


 あまりにも不自然だ。

 もしかすると魔物の出現はこれで終わりではないかもしれない。

 そう考えると、カゲミツの不安は増大していく。


 辺りでは魔物を倒した冒険家が、素材を丁寧に剥ぎ取っている。

 その素材を買取に来た一菱出張買取所の店員が、鑑定に計算にとせわしなく動き回っている。


 彼らに異変を気取られてはいけない。

 己の不安を努めて隠しながら、カゲミツはカムイ岩を眺めた。


 カゲミツの位置から見るカムイ岩に、なんら大きな変化はない。

 スタンピードの時のような、嫌な雰囲気も感じない。


 ふと、カゲミツは馴染みの冒険家が思い浮かんだ。

 彼が居れば、より安全に魔物を倒せるかもしれない……と。


 しかし彼は別のチームだ。

 いくら緊急事態だとはいえ、チームメンバーと同じように招集をかけるわけにはいかない。


 おまけに彼はいま、魔物のポイントを稼ぐので精一杯なはずである。

 邪魔をする訳にはいかない。


 カゲミツは頭を振って、浮かび上がった仮面を意識から追い出した。

 そのとき、


「か、カゲミツさん。先ほどの魔物ですけど――」


 駅舎から現れたベッキーが、回りに気取られぬよう小走りで近づいてきた。

 良くないことが起こったのだろうか?

 困惑した彼女の表情を見て、カゲミツの警戒感が高まっていく。


「反応がロストしました」

「……は?」

「たぶん、冒険家の誰かが倒したのかと」

「……まじか」

「マジです」


 今回の『魔物早狩り競争』に集った冒険家は、全員中級以上である。

 その中でもBランクオーバーの魔物を倒せる冒険家は一握り。


 Bランクオーバーは30階層前後に出現する強力な魔物だ。

 現在『ちかほ』で最も深い場所を探索するエアリアル以外で、Bランクオーバーを相手に出来るのは1チームか……2チームが良いところだ。


 そのうちのどちらかが倒したか?

 しかしそのチームがカムイ岩の上に出現した魔物を発見して素早く倒せるものだろうか?


 混乱を落ち着けようと、カゲミツはゆっくり息を吐いた。

 遠く、カムイ岩を眺めながら息を吸い込み、


「――――ッブホ!?」


 突然真っ二つに割れたカムイ岩を見て、口と鼻から同時に息が漏れた。


「…………カゲミツさん、どうします?」

「…………うーん」


 なにも見なかったことにしよう!


 そんなカゲミツの意見は、ベッキーにすげなく却下されるのだった。

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