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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
4章 派手に暴れ回っても、影の薄さは治らない
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依頼に向けて対策を考えよう!

 エスタがわちゃわちゃと足を動かし、晴輝へと器用にお湯を浴びせかける。

 そろそろ上がれ、という警告だ。


 晴輝はエスタの警告に素直に従い、温泉から上がる。

 火照った体を冷まして部屋に戻ると、既に夕食の時間となっていた。


 タオル類を置いて夕食処に向かう。


「「頂きます」」


 用意された夕食を口に運んだ晴輝は、その味に違和感を覚えて動きを止めた。

 同じく食事を頬張った火蓮も、眉を落としてシュンとしている。


 それでも晴輝とは違い、彼女は黙々と料理を食べ進めていた。


 食事の見た目は良い。だが見た目に中身が伴っていなかった。

 普段の晴輝が食べているものよりワンランク……いや、ツーランクはクオリティが低い。


 ジャガイモは甘みも香りもない。ただパサパサしたなにかになっている。

 こごみの入ったスープは、出汁が無くただの塩味しかない。


 極めつけはパン。硬くてパサパサで、ボロボロ崩れ落ちる。

 意を決して頬張ると、謎の酸味が口いっぱいに広がっていった。


「……酷いな」


 驚きのあまり、晴輝の声が震えた。


 自宅でパンを手作りしていた晴輝にとって、このホテルのパンは衝撃の味だった。

 一体どうすれば、ここまでマズく仕上げられるのか……。

 まるで、マズイと評判のドイツのKパンのようである。


 箸が進まぬ晴輝とは違い、火蓮は料理を食べ進めている。


「火蓮は、食べられるんだな」

「え?」

「料理。酷い味じゃないか?」

「……ええ、そうですね。でもこれが普通の味ですから」

「普通? これが? ……以前泊まっていたホテルで出てきた料理は、もっと美味しかったと思ったんだが」


 札幌に宿泊した際に出てきたパンは、今回のものよりも数倍美味しかった。

 だから晴輝はそれが当然だと思っていたが、どうやら違うらしい。


 火蓮が苦笑しながら首を振った。


「美味しいところは美味しいですけど、普通はこれくらいの味ですよ。私も、昔はこれが普通でした」

「……そうか」


 なるほど、火蓮が晴輝の料理を泣きながら食べていたのは、これが理由か。

 晴輝の普通と一般の普通には、大きなギャップがあるらしい。


 ダンジョンが生まれてから、生産・流通がズタズタになってしまった。


 良い食材を入手出来る強い流通ラインを持つ企業はまだ良い。

 だがカムイの湯のように流通ラインが弱い企業は、ダンジョンの影響が食事の味となって顕れているのだ。


(これが普通なら、仕方ない……)


 我慢だ、と晴輝は料理を口に押し込んでいく。


 仕方ないと判っていても、もの悲しさを感じてしまう。

 いま時代、舌が肥えるとろくな事がないと、晴輝はしみじみ思った。


「ところで空星さん、温泉はどうでした?」


 至福の入浴タイムに制限を設けた本人が、笑顔で尋ねてきた。

 もう少しゆっくり浸かっていたかった、などと口にすれば、その笑みは益々深くなるだろう。


「ああ、気持ちよかった、な?」


 もうちょっと温泉タイムを延ばしてもらえませんかね?

 言外の提案は、満面の笑みで却下された。


 火蓮も温泉に入ったのだろう。浴衣姿で、襟元の髪が僅かに濡れている。

 浴衣から覗く白い首筋が、蠱惑的で危険だ。


 満面の笑みを浮かべたいまの火蓮を見れば、多くの男性は胸を熱くするに違いない。

 しかしいま、晴輝の背筋は少々寒い。


「今回、空星さんは湯治にきているんですからね?」

「はい」

「湯治に来たのに体調が悪くなったら、意味がありませんからね?」

「……はひ」

「問題を解決するためにも、正しい治療を行いましょう!」

「…………あい」


 彼女の見つめられた晴輝は(幸か不幸か)料理の味さえ感じなくなってしまった。

 火蓮、笑顔、コワイ。



 エスタの監視を付けられながら晴輝は2週間、温泉漬けの生活を送った。


 毎日温泉に浸かってはいるが、どれほど体調が改善しているのかは判らない。

 おそらく全力で動けば、快方に向かっているかが判るはずだ。しかし、旅館で全力で動こうものなら、床を踏み抜く未来が容易に想像出来る。

 旅館の中で体を動かすわけにはいかない。


 体調が快復に向かっているかどうかは、討伐依頼の最中に確かめるしかなさそうだ。


 ただのんびりしていても脳が溶けてしまいそうなため、晴輝はせっかくだからと武具の調整の勉強を行った。


 2週間で、自らの武具をある程度調整出来るようになった。

 刃の研磨については勿論のこと、目釘を外して柄を換装することも出来るようになった。


 魔剣やワーウルフ、シルバーウルフの短剣それぞれ、晴輝が手入れした前と後とで、手の馴染みが僅かに変化した。

 こうした丁寧な調整により、使い手のクセや味が武器にゆっくりと染みこんでいくのだ。


 まるで革製品のようだ。

 自分なりに調節出来るところは、ミニ四駆のようでもある。


 ただ……晴輝はミニ四駆に良い記憶がない。

 というのも、改造の余地があるために、いつもやり過ぎてしまうからだ。


 ボディを肉抜きしようものなら、ほとんどフレームのみになってしまう。

 ミニ四駆がコースアウトして、何度ボディが砕け散ったことか……。


 やり過ぎは良くない、という前例である。

 いまだ一切の改善を見せていないが……。

 気をつけねば。



 温泉に入り、晴輝はバシャバシャと顔にお湯をかける。

 ――さて。


 朱音から引き受けた依頼の殲滅戦『魔物早狩り競争』は明日行われる。

 討伐する魔物は第二次スタンピード戦で討ち漏らした魔物だ。


 どの種類の魔物が現れるかは不明。

 旭川のダンジョン『神居古潭』は10階までしかない、最深部が比較的浅いダンジョンである。

 上層の魔物しか現れないので油断さえしなければ、中級冒険家の晴輝は決して後れを取ることはない。


 魔物を多く狩った冒険家は、カゲミツのブログで表彰される。

 アクセス数の多いランカーのブログに名前が載れば、それだけで目立つ。


 さらに他の冒険家と競い合って勝利したとなれば、これはもう企業も放ってはおけないだろう。


 1位に輝けばそれだけで、強い存在感を手に入れる未来がぐっと近づく。

 つまり晴輝は今回の依頼で、誰よりも多く魔物を倒さなくてはならない。


 バシャ、と手で掬ったお湯を再び顔にかける。

 命を賭す覚悟で、魔物を殲滅せねばなるまい……。


「ふふふ……」


 現在晴輝は急速なレベルアップにより戦闘が行えなくなってしまった。

 だがもし全快していれば……。


 以前とは違う、パワーアップした空星晴輝の姿を、他の冒険家はその目に焼き付けることになるだろう!

 もう目立たないなんて、言わせないッ!!


 しかしさて、今回の依頼は中級以上の冒険家すべてに告知されていた。

 ライバルとなる冒険家も強豪揃いが予想される。


 力量は晴輝と同等以上。戦闘経験は晴輝より豊富だ。

 正攻法で出し抜ける相手ではない。


 正攻法では勝ち目が低い。

 で、あるならば……。


「くっくっく」


 遠くに見えた存在感の強い光に、晴輝は喉を鳴らす。

 風呂桶に乗ってスィー、と温泉を漕いで遊ぶエスタを眺めながら、晴輝は勝利をもぎ取るための作戦を練り上げるのだった。


          *


 翌日。晴輝らは旭川ダンジョン『神居古潭』に赴いた。

 神居古潭は旭川の市街を抜けた先の山中にある、地区の名称を指す。

 名前の由来は『神の住む場所』。


 石狩川の急流を挟んだ両岸が美しい景勝地であり、希有な景観でもあることから、旭川八景の1つに指定されている。


 今回の依頼の集合地である『旧神居古潭駅舎』前には既に、依頼に参加するとおぼしき冒険家が多数集まっていた。


 彼らの装備はミドルクラス以上。

 いずれも強力さを誇示するような輝きを帯びている。


「“壹”を装備してる人も居るのか」

「わぁ……すごいですね」


 晴輝と火蓮は、冒険家が装備している“壹”シリーズを見て、気後れしたように息を吐いた。


 さながらここは、北海道を代表する冒険家の見本市である。


 特に“壹”――ハイエンドを装備出来るものは、下層に手の届く実力者だ。

 上層の魔物しか現れない『魔物早狩り競争』に参加するようなレベルの冒険家ではない。


 しかし、彼らは伊達や酔狂でこの依頼に参加しているわけではない。

 彼らが依頼に参加したのは、『なろう』ランカーの壁を乗り越えるためである。


 下層やその先の深層に届く実力があったとしても、冒険家ポイントが稼げなければランカーにはなれない。


 依頼をこなせば冒険家ポイントが稼げるが、ブログでアクセスを稼ぐ方が効率よくポイントを取得出来る。

 つまり、『なろう』では秀でた実力よりも、目立てる人材が正義なのだ。


『なろう』ランカーの壁を乗り越えれば、その先に待っているのは企業からのスポンサード打診――一流(プロ)冒険家への道である。


 ハイエンド装備の冒険家を眺めながら、晴輝は表情を引き締めた。

 彼らを押しのけて勝利せねば、強い存在感は得られない。

 いやが上にも、緊張感が高まっていく。


「あの、空星さん」


 緊張感に満ちた晴輝の横から、火蓮が自信なさげな声を発した。


「私は一体なにをすれば。というか、私でも戦えるんでしょうか……」


 火蓮が居心地悪そうに肩を揺らした。


 現在の火蓮は中層で戦えるだけの実力が備わっている。

 しかし、それはあくまで魔法を使っての戦闘だ。


 今回火蓮は、衆目の面前ということもあり、魔法なしで戦わなければならない。

 故に、不安になっているのだろう。


「大丈夫だと思うが……」


 晴輝は彼女の戦闘力に対して、さして疑問を抱いていない。


 地上に抜け出したのは上層の魔物のみである。

 油断は禁物だが、対処は出来ないことはない。


 とはいえ晴輝がいくら言葉を重ねても、不安は払拭されないだろう。

 いつだって、自信を生むのは言葉ではなく経験なのだ。


「そうだな。たとえばこういうふうに――」


 晴輝は誰かに聞かれぬよう、そっと火蓮に耳打ちする。

 晴輝の言葉を聞いた火蓮が、コテンと首を傾げた。


「上手く行くでしょうか? いままでやったことがないので、どうなるか……」

「上手く行けば御の字。失敗してもデメリットはなしだ。試してみる価値はあると思う」

「そうですね。もしチャンスがあれば、試してみます」

「よし。じゃあ火蓮はレアとエスタと行動してくれ」

「えっ!?」


 火蓮の表情が固まった。

 彼女の反応を無視し、晴輝はレアを地面に下ろす。


 共に行動出来ないのが不満なのか。

 レアがペチペチと晴輝の手の甲を葉で叩く。


「みんな一緒じゃないんですか?」

「別行動の方が良いと思って」


 出来るなら個人での勝利を狙いたい。

 だが、相手にハイエンド装備者がいる以上、個の能力で戦っては勝ち目が薄い。


 であれば――。

 晴輝が考えた作戦は1つ。


 晴輝とレア、エスタと火蓮が分散して魔物を撃破する。

 一緒に行動して魔物を倒すより、分散して別々の魔物を狙った方が効率よく魔物を撃破出来る。


 晴輝は個人勝利ではなくチーム勝利を目指すつもりだった。


 手数の多い晴輝とレアは分かれる。

 エスタは晴輝、レアは火蓮と行動する。


 2チームに分かれて素早く索敵し、魔物を撃破する。

 これが前日に、温泉に浸かりながら考えた晴輝の作戦だった。


「あ、エスタは空星さんと行動だったんですね」

「……ん、なにか不満か?」


 晴輝は首を傾げる。


 まさか一緒に行動したかったのか?

 そんな疑問の視線に、火蓮が慌てて首を振った。


「いえ。もしかしてレアだけじゃなくエスタも私に合体して行動するのかなあーって思ってたんで」


 確かに、エスタは自動防衛装置。

 防御力の低い火蓮には必要な戦力かもしれない。


(だからって合体って言わなくても――)


 そこまで思い、晴輝はピタリと固まった。


 ……ん、合体?


 カチカチカチカチ。

 晴輝の脳内で、とあるヴィジョンが一瞬にして構築された。


 途端に、全身の血液が沸き立った。


「ソ・レ・ダ!!」

「はふぇっ!?」


 高揚した晴輝は感激のままに、火蓮の肩をがしっと掴む。

 突然の行動に驚いたのか、火蓮が頬を赤らめた。


 その下。

 晴輝の太ももを、ベチベチとレアが叩く。痛い。


 3人を余所に、エスタは地面を掘って、土の中にいるミミズをチュルチュルすすっていた。


 お前は一体なにをしてるんだ……。

 晴輝の視線に気づき、モキュ? とエスタが体を傾げる。


「(……食べる?)」


 食べません。

晴輝くんがなにやら思いついたようですね。


レア……エスタ……合体……うっ、頭が。

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