スープカレーを堪能しよう!
朝早くから、晴輝は車庫のダンジョンで食材の採取を行った。
タマネギ、ジャガイモ、ナス、コッコ、メロン、ルッツ、米……。
これまでクリアしてきた階層の食材を集めて、晴輝は下ごしらえを開始する。
コッコの骨を煮て出汁を取る。
出汁を取っている間に米の処理を行い、炊飯器にセット。
熱したフライパンにコッコのもも肉とルッツ、タマネギを加えて炒める。
そこに、粉状にした鹿の角を投入した。
角が入った途端に、スパイスの香りが台所に充満する。
「……素晴らしい!」
香りを堪能しながら、晴輝は調理を続ける。
食材に火が通ると鶏ガラスープを投入。
コッコの出汁と、ルッツの海鮮出汁が混ざり合い、香りになんとも言えない奥行きが生まれた。
スープが出来上がると、晴輝はジャガイモとナスを素揚げした。
それを皿に盛り付け、上からスープを回し入れる。
晴輝は鼻を近づけ、香りを嗅ぐ。
「おぉお……!」
いいね。
実に良い!!
その香りに、晴輝は思わず意識を失いそうになった。
第一次スタンピードが発生してから5年。
5年のあいだで、日常から多くのものが失われてしまった。
その失われたものの一つが、これだ。
これが失われたことで、多くの日本人が嘆き、悲しみ、苦しみ、涙を流した。
また再びこれを取り戻したいと、命を賭ける者さえいた。
そうしていま。
日本中の人々が追い求めたとある食が、晴輝の手により復活した。
スパイシィな香りを嗅いでいるだけで、晴輝は、目から涙があふれ出してくる。
この5年間、この日本食をどれほど追い求めたことか……。
晴輝が涙を流しながら盛り付けをしていると、家にチャイムが響き渡った。
晴輝が夕飯に招待した人達が到着したようだ。
扉を開けて入ってきたのは火蓮とカゲミツ、そして朱音だ。
「なんでお前がいるんだ?」
「アタシも呼ばれたじゃない! 呼んでくれたわよね? ね!?」
晴輝のジャブで、朱音が涙ぐんでしまった。
だが室内に漂う香りに気づき、表情が反転。
「ほら早く中に入れなさいよ!」
先ほどまでの涙はどこへやら。
頬を紅潮させて、手にしたマイスプーンをブンブンと振り回し始めた。
火蓮もカゲミツも、室内の香りを嗅いでから目を輝かせている。
目が輝いているのは、香りへの興味だけではないはずだ。
晴輝は3名をテーブルに座らせ、台所から皿を運び込む。
晴輝が運んだ皿は1人につき2枚。
米と、スープだ。
「こちらが本日のメインディッシュ。スープカレーでございます」
「「「おおお!!」」」
3人が3人とも、驚愕に目を見開いている。
彼らが驚くのも無理はない。
なんせ、カレーは数年ぶりの味なのだから。
晴輝がカレーを作れたのはひとえに、鹿の角があったからだ。
鹿の角の匂いを嗅いだ晴輝は、これがスパイスであることに気がついた。
まさかこういう登場のし方をするとは、晴輝は一切予想していなかった。
元々、通常種の鹿の角は武器に使用される。
当然ながら、スパイスには使えない。
通常種とは違って角がスパイスに変質したのは、晴輝が討伐した鹿が稀少種だったためだろう。
オークションに出せば、とてつもない値を付ける可能性がある。
だが当然ながら、晴輝はこれを売り払うつもりはない。
念願のカレー用スパイスが手に入ったのだ。
たとえ戦争になろうとも、晴輝はこれを手放すつもりは一切ない。
「それじゃみんな……」
晴輝が厳かな声に、誰かの喉がゴクリと音を立てる。
緊張感の中、晴輝は口を開いた。
「命に感謝を――頂きます!!」
「「「頂きます!!」」」
晴輝はスプーンに乗せた米をスープに浸し、口に運ぶ。
途端に、鼻腔をスパイスの香りが駆け抜ける。
スパイスに遅れて、鶏ガラとルッツの出汁が口の中に広がった。
ルッツのコハク酸、鶏ガラのグルタミン酸に、肉からのイノシン酸が加わった強烈なうま味のパンチが晴輝を襲う。
うま味が引いた後に、ピリリとした辛みが姿を現した。
「素晴らしい!!」
「はふはふ!」
「うめえ……うめえよぉ……」
「ふごっ、ふごっ!!」
火蓮と朱音が猛烈な勢いでご飯とスープをかっ込んでいる。
対してカゲミツは涙を流しながら、1口ずつカレーを堪能している。
晴輝は次に、素揚げした野菜を口に含んだ。
「――ッ!!」
いい。
素晴らしい!!
口に含んだ途端に、晴輝は目頭が熱くなった。
素揚げにより甘みが引き出された野菜が、さらにスパイスにより強烈に甘みを引き立てられている。
まるでエンボス加工のように、辛みが野菜の存在感を浮かび上がらせていた。
コッコの肉もほろほろだ。フォークでつついただけで繊維が解けていく。
その繊維の隙間にスープが染みこみ、口に含むと肉からスープがあふれ出す。
(もう、死んでも悔いは無い……ッ!!)
スープカレーは、そう思えるほどの味だった。
晴輝が製作したスープカレーは、北海道で開発された。
北海道カレーと言っても過言ではない。
当初晴輝は、通常のカレーを作るつもりだった。
だが鹿の角は、晴輝が考えていたよりもスパイシィだった。
そのため、通常のカレーではなく、よりスパイスの香味が重要となるスープカレーを作ることにした。
結果は大正解である。
これほどの味のスープカレーとなると、スタンピード前でも晴輝はあまり食べた経験がない。
皿が空になるころ、晴輝は泣いていた。
火蓮もカゲミツも、朱音も。
懐かしいカレーの味に、涙を流した。
作ったスープカレーを全て消化したあとは、デザートのメロンで〆る。
「頂いた命に感謝を――」
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
食べ物の消えた食卓には、至福のため息が何度も浮かんでは消えていった。
*
【秘匿回線】勇者と風の部屋【鍵付き】
マサツグ★:今回は突然呼び出してどうしたんだい?
カゲミツ★:新宿駅のスタンピード壊滅作戦は成功しただろ?
だがボスは見つからなかった
マサツグ★:そうだね
ボスはどこにもいなかった
操ったと思われる紫色の魔物だけを残してね
カゲミツ★:そのボスなんだが心当たりがある
マサツグ★:・・・詳しく
カゲミツ★:まずは事実だけを伝える
新宿駅のボスとおぼしき鹿が北海道の車庫のダンジョンに出現した
そのボスを俺と空気のチームで倒した
いずれ一菱本社に紫色になったワーウルフの素材が詳細鑑定用に届く
同じボスかは新宿で討伐した紫魔物の素材と比べて判断してくれ
マサツグのスポンサーは川前だがなんとかなるだろ?
マサツグ★:わかった。知り合いを当たって素材を見比べてもらうことにするよ
カゲミツ★:頼む。
・・・って、嘘だと思わんのか?
マサツグ★:ダンジョンのことだからなにがあっても不思議じゃない
カゲミツ★:だけどよ・・・
マサツグ★:空が同じだろう?
カゲミツ★:空? 中層の?
マサツグ★:そう
どこのダンジョンでも空は同じに見える
だからもしかしたら
ダンジョンはすべて繋がってるんじゃないかって
カゲミツ★:通常板でそういうオカルトはよく話題に上ってるな
マサツグ★:うん。確証はないけどね
でもあり得ないとも思わない
否定するだけの根拠がない
僕らはなにも、ダンジョンについて知らないんだからね
カゲミツ★:そうだな。まあ、そっちの方で検証を頼む
マサツグ★:了解した
もし同じボスなら朗報だ
ただ、発表するには時間がかかるだろうし
少し情報の形を変えないと騒ぎになるけど
カゲミツ★:公表については任せる
マサツグ★:カゲミツ達の功績を奪う形になるかもしれないよ?
カゲミツ★:さすがに強い魔物がダンジョンを移動するなんて聞いたら
冒険家も気が気じゃねえだろ
功績が発表出来なくても仕方ねえ
ただ俺は良いが、仮面のチームにはなにかしてあげてくれ
たとえば褒美とか・・・
さすがに新宿を騒がせたボスを倒したってのに
なんも無しじゃ可哀想だ
マサツグ★:なるほど。考えておくよ
ところで、
ボスを倒したときの「仮面のチーム」って?
*
チャットを終えた後、マサツグは椅子の背もたれに深く背中を預けてゆっくりと息を吐き出した。
「…………」
ボス系モンスターのダンジョン移動。
これが一般冒険家に漏れたら……。その衝撃は計り知れないだろう。
今後の冒険家活動に大きな影響を与えかねない。
かといって稀少種討伐の続報を出さぬわけにもいかない。
奪還作戦の陣頭指揮を執ったマサツグとしては、『新宿駅』を安心して冒険出来る環境に復帰させなければいけないのだ。
情報の取捨選択は一つも間違いが許されない。大変な作業だ。
しかしマサツグの口元は、どうしようもなくつり上がっていた。
「ついに、来たか」
かつて札幌の地で出会った仮面の冒険家は、マサツグが想像していた以上の速度で成長していた。
トップランカーであり、一部ではガチ勢トップとも呼ばれるマサツグを凌ぐほどの成長速度である。
まさに脅威、という言葉がふさわしい。
「うん。落ち着いたら会いに行こう」
会って、相手を見定める。
今度は真剣に。
もし彼が、カゲミツが語った通りの冒険家だったら――。
(なんとしてでもブレイバーに引き抜かないと……)
マサツグは部屋に設置した備品庫に向かう。
カゲミツは彼に、褒美を与えてほしいと言っていた。
しかし名目が、ない。
彼らが鹿の稀少種を倒したことは、現時点で最機密事項。
その名目で、討伐褒賞を与えるわけにはいかない。
「…………あっ。そういえば一つ、カードがあったな」
マサツグは記憶の彼方で消滅しそうになっていた、3人の冒険家達の顔を思い出した。
彼らが札幌で何をしたのかを、マサツグは知っていた。
日本からゴミが消えてせいせいする。
その事件に、仮面の男が関わっていた。
今回はその繋がりを使わせてもらおう。
「折角だから、一番強いのが良いよね」
将来、チーム・ブレイバーに引き入れる予定の冒険家に贈るのだ。
このプレゼントで相手の興味を惹く。
そのためには、少しも手を抜けない。
だが、マサツグは迷わなかった。
きっと、これなら喜んでくれるだろう。
その確信が、マサツグにはあった。
日本最難関ダンジョン『新宿駅』の深層でドロップした『中でも強い装備』を手に取り、マサツグは口を綻ばせるのだった。
スープカレーを『シャバシャバのカレー』とか『カレースープやろ?』とか言う奴は絶対許さない。
ただ、上記のように言いたくなる気持ちも分かります。
大阪で食べたスープカレーは、本物からはほど遠いただの『カレースープ』でしたので……。
次回。
3章最終話です。