力を合わせて鹿の稀少種を撃退しよう!
「空気。こっちは任せろ」
カゲミツの言葉を聞いた晴輝は、胸が震えた。
『こっちは任せろ』とは、カゲミツが火蓮を守るという意味だ。
(これは『お前はボスを倒せ』って指示されたってことだよね!?)
(それも、トップランカーから!!)
つまりこれは、『俺は地味な裏方に専念するから、お前はボスを討伐して目立て!』って意味か。
(そんなステキな言葉をかけてくれるなんて!!)
――カゲミツさんは神か?
晴輝の血液が、一気に温度を上げた。
体中を歓喜が駆け巡る。
強い稀少種を単独で討伐する。
これほど強い存在感を放つシチュエーションはない。
カゲミツは知っている。
晴輝がどれほど、強い存在感に飢えているかを……。
――だからカゲミツさんは、俺に譲ってくれたんだ!
――最も目立てる、シチュエーションを!!
全力だ。
全力でこの道を踏破する!
目の前に伸びた『気づかれる存在感への道』を。
そして強い存在感を手に入れるんだ!!
「…………ふぅ」
晴輝は一度深呼吸をして、覚悟を決める。
全力を出す覚悟を。
全力で走る覚悟を。
ぶっ倒れるまで走りきる覚悟を。
これから命を賭けるというのに、
晴輝は、笑った。
息を止め、仮面を外す。
すっ……と晴輝は空気に紛れ込む。
鹿が、晴輝を見失う。
その間に、晴輝はスキルボードを取り出し、一気にスキルをタップする。
スキルポイント:4→0
-直感
探知5
弱点看破1→5
途端に、バチバチッと光が爆ぜる。
花火のように爆ぜた光が、コンマ1秒毎に収束。
集中しろ。
集中するんだ!
やがてそれは道筋となり、刻々と移り変わる。
晴輝はその道筋が、なにを意味しているのかが、感覚で理解出来た。
だから晴輝はその道筋に、身を任せた。
――さあ、冒険をしよう!
鹿がカゲミツらをターゲットするその前に、
晴輝は仮面を装着し、走った。
先ほどとは違う。
より洗練された動きに乗って晴輝は移動。
前に立ち塞がるワーウルフを、流れるように切り刻む。
斬ったワーウルフにレアの弾丸が直撃。
道を邪魔する欠片さえ残さず吹き飛ばす。
光の道が突然途絶えた。
いまのルートは、ここで終わりだ。
まだ集中が足りない。
もっと。
もっとだ!
失敗したというのに、晴輝の笑みが深まっていく。
上手くいかず苛立っているのに、口の端から笑いが漏れる。
集中し、集約し、観察し、
想像し、想定し、試行する。
ワーウルフの流れを見極め、深く、潜る。
すると再び光のルートが現れる。
今度は長い。
晴輝は焦らず、身を任せる。
「は……はは……っ!」
体が軽い。
自分の体じゃないみたいだ。
ぎこちなかった体が温まり、どんどん滑らかに動いていく。
上がる息さえ、心地良い。
これまでスキルを急激に上昇させたことで一致していなかった思考と能力が合致した。
途端に速度が、力が、跳ね上がる。
晴輝は次々とワーウルフを葬り去っていく。
だが、折角魔物を倒しても、すぐに道が途絶える。
光の筋がブツブツと途切れる。
流れが、繋がらない。
攻撃を再開。
諦めず、ルートを模索する。
しかしどのルートを辿っても、
稀少種までの道が、開けない。
調子は上がってきているが、未だに無理は禁物だ。
もし晴輝が無理に踏み込めば、一気に形勢が不利になる。
――さて、どうする?
開けぬ道に、晴輝は眉間の皺を深くした。
ワーウルフを次々と倒すも前に進めない晴輝を眺めながら、火蓮は唇を噛みしめた。
火蓮の居る位置からでは、晴輝への支援が難しい。
どれほど杖に魔力を込めようと、あいだに居る魔物が邪魔で魔法が届かないのだ。
錐のように1点に絞って狙い続ければ、いつかは届くだろう。
だがそれでは火蓮側が押されてしまう。
カゲミツが前衛を行っているとはいえ、守りは完璧じゃない。
火蓮がカゲミツを補助して、やっと魔物の波を抑えられている。
――いったいどうすれば。
カゲミツの動きに合わせて魔法を放ちつつ、火蓮は必死に頭を働かせる。
火蓮の役割は魔物を倒すことだけではない。
それを、朱音との戦闘で身に染みて感じていた。
火蓮の役割は、背後から場を支配する攻撃を行うこと。
どれほど魔物に攻め込まれようと、不利な状況を打開する一手を、遠距離から正確に打ち込むことだ。
またあえて注意を引きつけることで、前衛が攻撃しやすい状況を作るのも後衛の役割の一つである。
(それらが出来なかったからこそ、朱音は何度もルッツに飲まれ、ヌメヌメウナギに襲われ続けてしまった)
現時点で、火蓮には場を支配出来るだけの経験も、戦略的知識もない。
であれば、晴輝に上げてもらったスキルの力に頼るしか手はない。
火蓮は力技に的を絞って考える。
現在の魔法の威力は、紫色のワーウルフならば1・2発で絶命させられる程度。
それでも押されてしまったのは、手数が足りないからだ。
火蓮は攻撃の回転数が足りない。
であればせめて1匹ずつではなく、1度に多くの魔物を倒せれば……。
(でも、どうやって?)
そのとき、火蓮の脳裡に雷鳴が轟いた。
火蓮はハッと息を呑んだ。
そうだ。
私は使ったことがあった!
けれどどうすればいい?
雷撃を放ちながら、火蓮は必死に感覚で探る。
すると、これまで杖とだけ繋がっていたバイパスの、その先に道があることに気がついた。
まだ自力で使ったことのない道だ。
あるいは1度だけ、導かれて通った道。
火蓮は即座に行動を開始。
杖に込めた魔力を、一気に杖の先の道に流し込んだ。
「――っくぅ!」
体の芯から力が抜ける。
それでも奥歯を噛みしめ、火蓮は耐える。
魔力を一定まで圧縮させた時、火蓮は高らかに杖を掲げる。
瞬間。
限界まで空気をため込んだ風船のように、ソレが弾けた。
――ッダァァァン!!
空から雷が落下。
鹿を中心に、雷撃の嵐が降り注いだ。
雷魔法による範囲攻撃が、次々と魔物に直撃していく。
雷撃が落ちた範囲では丁度晴輝が戦っていた。
だが火蓮に焦りはない。
なぜなら火蓮はこれまで、晴輝に攻撃を当てないよう努力を続けてきたから。
火蓮は1度たりとも、晴輝を攻撃に巻き込んだことはないのだ。
決して晴輝に魔法を当てないという揺るぎない自信が、火蓮にはあった。
だから火蓮は自らを信じ、
「――空星さん!!」
声で晴輝の背を押した。
*
突如空から雷が降り注いだ。
それは広範囲の魔物を根絶やしにする、火蓮の攻撃魔法。
1撃でも食らえば脆弱な人間の意識など容易く刈り取られるだろう。
だが晴輝は一切怯えなかった。
自らが攻撃に巻き込まれる不安を、1ミリも抱かなかった。
これは火蓮の魔法だ。
晴輝は火蓮の魔法の精度を、心の底から信じていた。
なぜならば火蓮は1度だって、晴輝に魔法を誤射したことがないから。
恐れる必要などないのだ。
晴輝の予想通り、火蓮の魔法は晴輝を避けてワーウルフに落ちていく。
まさに一瞬の出来事だった。
魔法は周りに居るワーウルフの半分以上を行動不能に陥れた。
火蓮の雷撃で、晴輝の行く手を塞いでいた分厚い壁が崩れ落ちた。
いいね。
実に良い!!
晴輝は仮面の内側で、獰猛な笑みを浮かべた。
「――空星さん!!」
火蓮の叫びに背中を押された。
晴輝は笑みを浮かべたまま、一気にトップギアまで加速する。
先ほどの雷撃で鹿の憎悪が火蓮に向かっている。
鹿が火蓮に向けて、黒紫の塊を吐き出す。
その前に、
「――ッ!」
晴輝は鹿の背後に到達。
浮かんだ光の筋めがけ、素早く短剣を走らせた。
「ギョァァァァ!!」
鹿の悲鳴。
残響。
吹き上がる血液。
鉄の臭いが鼻を突く。
「お前の相手は俺だぞ」
晴輝が挑発。
憎悪の矛先が一瞬で切り替わった。
鹿が素早く反撃。
後ろ足を振り上げる。
瞬間。
晴輝は即座に回避。
30センチほど離れていたのに、風圧が直撃。
晴輝の体を僅かに押した。
当たったら、2度と立ち上がれない。
そう予感させるほどの威力だった。
序盤に比べて、鹿の動きがかなり鈍っている。
これは鹿が火蓮の雷撃を何度も受けたせいだろう。筋肉の動きがかなりぎこちない。
それでもこの速度。この風圧。
もし雷撃が1度も当たっていなければ。
そう考えると、晴輝の背筋がぶるりと震えた。
いままで戦ってきた魔物とは一線を画す実力だ。
かつてないほどの強敵に、晴輝は益々笑みを深くする。
いいね。
実に良い!
命が奪われる可能性がある。
その脅威に臆するどころか、晴輝はただただ笑った。
立ち塞がるは強敵。
乗り越えるは己の力。
限界を超えて、ただひたすらに臨む。
さあ――冒険をしよう!
意識が集中し、集約し、筋繊維一本の動きも見逃さない。
晴輝は鹿の間合いの中で、鹿の攻撃を次々と回避する。
足蹴りを躱し、身当てを躱し、角突きを躱す。
躱す度に、晴輝は鹿を切りつける。
弱点を攻撃しているというのに、浅い。
それだけ相手が硬いのだ。
「は……はは……」
攻撃しながら、回避しながら、晴輝は笑った。
体がイメージを刹那でトレース。
考えるより速く、身体が反応する。
理想通りに動いていく。
もっと、もっと!!
晴輝は踊る。
身を焦がすほどの感情が消えないように。
速度に乗った身体が、失速しないように。
晴輝が手順を間違えると、すかさず鹿に強い存在感が飛んだ。
――カゲミツのタウントだ。
憎悪を動かしつつ、必要以上に動かしすぎない。
カゲミツの開眼能力は、これ以上ないタイミングで飛ばされた。
さすがは上級冒険家だ。
憎悪をコンマ1秒ズラされた鹿は、晴輝への攻撃をことごとく失敗させた。
晴輝はカゲミツの支援に助けられ、同じ失敗を二度繰り返さぬよう徹底して脳裡に動きをたたき込む。
「はははっ!!」
戦う以外にやり場のない感興が飽和して、笑いとなって溢れ出る。
何もかもが、晴輝の想定を超えている。
恐ろしくハイレベルな戦場で、晴輝は想像以上に動けている。
この感覚を、決して失わぬよう。
流れを二度と相手に渡さぬように。
ギュっと短剣を握りしめ、晴輝は鹿に斬り掛かる。
観察し、想像し、想定し、試行する。
筋繊維の1本1本を捉え、予測する。
アドレナリンが体を加熱する。
鼓動が激しく胸を叩く。
斬って、突いて、蹴って、回って。
回避、フェイント、カウンター。
己の限界を超えた体が、思考速度を凌駕してもまだ伸び続けている。
それはまるで坂道を全力疾走するような、不安定なコントロールの上に成り立つ躍動。
思考と反射がかみ合って、もつれそうな体を正確無比に動かし続ける。
限界の先に広がった無限とも思える世界に、晴輝はただひたすらに夢中になった。
鹿が口から塊を吐き出す。
狙いは顔面。
エスタが跳ね上がり防御。
晴輝の顔の前で僅かに停止。
これが、狙いだったのだろう。
晴輝の目の前に生じた死角を、鹿は見逃さなかった。
ニッ、と鹿の唇が歪む。
それを晴輝の探知がつぶさに捉えていた。
鹿の笑みを見て、晴輝も笑った。
(悪いな)
目を瞑っていても相手の動きを全て把握出来る。
それほどレベルの高い探知を持つ晴輝は、
既にすべての予測を終えていた。
ほんの僅かに体をズラし攻撃を回避。
鹿の足が、明後日の方向を蹴り上げた。
その隙に晴輝は鹿の正面に出た。
――やられたらやり返す。
「レア!」
晴輝の声と共にレアが射撃。
レアが晴輝の願い通り、鹿の顔面に弾を飛ばした。
だが晴輝の予想は、大きく外れた。
「――ァアアア!!」
目から血を吹き出しながら鹿が悲鳴を上げた。
晴輝はレアの射撃で、鹿の顔面に石が直撃するものと予測していた。
その予想が、斜め上に外れた。
レアが発射した弾はジャガイモ石ではなく、晴輝がレアに1本だけ渡したあの、9階のボスを倒した時にドロップした小さな槍だった。
それが鹿の眼球に直撃した。
背後では『ホレホレ!』と自慢げに、レアがツタを晴輝の肩に絡めている。
どうやら褒めてほしいようだ。
「ハハハ!」
全くの予想外。
だからこそ、面白い!!
よくやった!
晴輝はツタにタッチして、一気に攻勢に出た。
折角レアが作ってくれたチャンスだ。
この機は決して、逃さない!
斬る裂く突く蹴る。
守り、避けて、カウンター。
重傷を負った鹿から、みるみる冷静さが欠落。
体内に憎悪が溜まり、力強さが増していく。
鹿の攻撃は1撃でも当たれば致命的だ。
油断は出来ない。晴輝は益々集中力を高めていく。
観察しろ。
相手の攻撃を全て避けきるんだ。
ひとつも予兆を見逃すな。
逆転を赦すな。
相手の暴力を、業の力で上回れ!
背後から襲いかかるワーウルフをレアが蹴散らし、
地面から現れたワーウルフは、晴輝が蹴りで首の骨を粉砕する。
「ギギギ」とボスがワーウルフを呼び続ける。
だが晴輝は、この死闘に一切ワーウルフの関与を赦さない。
次々とボスの攻撃を回避し、
次々とボスの体に傷を負わせていく。
すると突然、かつて無いほど強い光がボスの首筋に灯った。
手を伸ばせば触れられる。
だが鹿は既に攻撃に入っている。
無理に踏み込めば、その攻撃が晴輝に当たる可能性がある。
「――ッ!!」
迷ったのはコンマ1秒もない。
ほぼ即決だった。
即決で、晴輝は冒険を選んだ。
自分の直感を信頼した。
ワーウルフの短剣が首筋に伸びる。
それが、
――ィィィイイン!!
鹿の角に弾き飛ばされた。
勝った。
鹿の口が歪む。
突き出した角が、真上に持ち上がる。
そこに、晴輝は合わせた。
相手の攻撃のタイミングから、1歩遅れて放つカウンター。
手元に残った魔剣を首筋へ滑らせる。
刃が一際強い光に触れた。
瞬間。
鹿の首が勢いよく跳ね上がった。
鹿の頭がくるくると、血をまき散らしながら舞い上がった。
晴輝の攻撃に首を切断するほどの威力はなかった。
魔剣が断ち切ったのはせいぜい、首の接続の一部。
だがそこに、首を振るった後の強い力が加わった。
筋肉による制動を失ったことで、鹿の攻撃は自壊を招いた。
首は、自らの力に耐えきれず千切れ飛んだのだ。
まるで合気のごとき一撃。
弱点看破が無ければ、気付けなかった僅かな"隙"だった。
鹿の体が倒れるのと同時に、晴輝は背中から地面に倒れ込んだ。
背後でバタバタと抗議する、レアの葉の感覚が遠くなる。
――クソ! まだ魔物は残っているのに!!
晴輝は必死に抵抗するが、無駄だった。
圧倒的強者を倒した晴輝は、強者のもつ経験値エネルギィにより容赦なく意識が切断された。
《条件達成によりデモ・グラフの等級上昇が可能となりました》
《デモ・グラフの等級上昇を行います――上昇完了》
《一部機能が解放されました》
レビューを頂きました。ありがとうございます!
レアに渡した小槍に、やっと出番が来ました。
そして、ついに死闘が終了。
……あれ? 誰か、登場してない人がいるような……。(キノセイカナ?




