助っ人の力で難所を乗り切ろう!
「…………嘘だろっ!?」
平原の、そこら中に魔物の気配を感じる。
しかし魔物の姿は視認出来ない。
それもそのはず。
魔物の気配は現在、平原の地下にあったのだから。
ぽこ、ぽこ。
地面から手が伸びる。
手の形状はワーウルフと同じ。
だが色が違う。
ワーウルフは金に近い茶色の毛並みだった。
だが地面から伸びた手は、真紫色をしている。
――これか!
先ほど晴輝の足を掴んだのは、ワーウルフだった。
それにようやく、晴輝は気がついた。
これまで晴輝が気がつけなかったのは、まさか足下に魔物が潜んでいるとは考えてもいなかったからだ。
想像もしなかったから、警戒が甘くなっていた。
先ほどはそこを突かれた。
だがもう2度と同じ手は食らわない。
晴輝は意識に、警戒の二文字を刻み込む。
地面から、みるみる紫色のワーウルフが登場する。
その数は、現時点で50。
おそらくこのワーウルフは、これまで鹿が攻撃してきたものだ。
黒紫の塊を受けたワーウルフは地面に埋まり、地中でいままで眠っていた。
そしていま、鹿の合図をきっかけに目覚めたと。
登場したワーウルフの瞳は虚ろ。
まるでゾンビだ。
あの黒紫の塊には、魔物を操る効果があると見て間違いない。
そういえばエスタが食らっていたな……。
気づくと同時に、晴輝の背筋が震える。
まさか、とは思ったがエスタは現在も晴輝の腹でもぞもぞしている。
目が合うと、ニョンニョン触角を動かした。
鹿に操られている雰囲気は一切ない。
甲殻も綺麗な焔色だ。
エスタが無事だった理由は、おそらく防疫だ。
疫を防ぐスキル。
相手を操る性質の攻撃を、スキルが防いでくれたのだ。
さらにエスタには神虫の加護もある。
ただの直感だったが、防疫を上げておいて正解だった。
「――っし!」
晴輝は間合いに入ったワーウルフに攻撃を開始。
斬る、裂く、突く、蹴る。
守り、避けて、カウンタ。
晴輝の攻撃により、ワーウルフはあっさり傷を負い、次々と斃れていく。
……ダメだ。
ワーウルフを倒す晴輝は、戦闘中だというのに酷く落胆した。
こんなのは、ワーウルフではない。
彼らはもっと、綺麗だった。
目が虚ろなこいつらは、ただ強い力を持った人形だ。
晴輝はワーウルフを、無感情に屠っていく。
屠りながら、少しずつ火蓮へと近づいていく。
「火蓮、撤退するぞ!」
ワーウルフは通常種に比べて、明らかに弱体化している。
だが量は質を圧倒する。
いくら簡単に勝てる相手でも、囲まれれば必ず押し込まれる。
その前に1度撤退する。
モンパレが発生し、スタンピードに変わりそうな気配がある以上、晴輝らだけでの対処はさすがに荷が勝ちすぎている。
晴輝は必死に血路を開く。
だが、
「くそっ!」
晴輝が進む方向に、鹿が割り込んだ。
鹿が口から黒紫の塊を吐き出した。
それを寸前で回避。
レアが背後から迫るワーウルフを粉砕。
晴輝が残ったものを撃破。
だが、押される。
鹿が入っただけで、自由に動けなくなってしまった。
鹿を越えた先では、火蓮がワーウルフに雷撃を放っている。
威力はあるが、手数が足りない。
みるみる火蓮が押されていく。
晴輝と火蓮のあいだが、開いていく。
「くそ、そこを避けろ!」
晴輝は強引に踏み込んだ。
だが鹿は晴輝の行く手を、体を使って妨害する。
体当たりを受けそうになって退避。
後方に着地。
そこを、突如地面から伸びた手に捕らえられた。
「――くそっ!」
強引になりすぎて、探知が甘くなった。
晴輝は自由な足で手を蹴りつける。
その隙を、鹿は逃してはくれなかった。
鹿の口から黒紫の塊が放たれた。
これを受ければ、ワーウルフのようになるかもしれない。
しかし、
「――ッ!!」
体が伸びきっている。
体勢が悪い。
――避けられない!
晴輝の視線の先。
鹿が、僅かに口を歪めた。
嫌らしい笑みだ。
クソくらえ!
晴輝は鹿を睨みながら最後の瞬間を待つ。
しかしその前に、
腹部に軽い衝撃。
下から赤が浮かび上がり、
晴輝に迫る塊を地面にたたき落とした。
「エスタ!」
晴輝の危機を察知したエスタが、体を盾にして塊を弾いた。
弾いた本人は、前と同様にピンピンしている。
やはりエスタに黒紫の塊は通じていない。
「よくやった!!」
ぽんぽんと甲殻を叩くと、エスタはむずがゆそうにお尻を振った。
再び鹿が塊を放つ。
だがエスタが反応。
空中で塊を弾き飛ばし、晴輝の腹に戻ってきた。
「は、はは……」
予想外のエスタの活躍に、晴輝は思わず笑ってしまった。
なんてこった。
まるで、自動防衛システムじゃないか!
晴輝の童心がくすぐられる。
未来への、一条の光が見えた。
細いその道筋を辿ればあるいは……。
最高の未来に繋がる。
そう、晴輝は確信する。
だが道のりはあまりに険しい。
そしてあまりに細い。
現に、火蓮がかなり押されている。
火蓮の雷撃は反撃の要だ。
戦場からの離脱はすなわち敗北を意味する。
だが晴輝には手が出せない。
……どうする。
「レア、あそこまで攻撃は届くか?」
「(ふるふる)」
ワーウルフを捌きながら晴輝は問う。
しかしレアの反応は芳しくない。
晴輝から火蓮までの距離は30メートルほど。
決して投擲が届かない距離ではない。
だが現在、そのあいだには鹿がいる。
また大量のワーウルフも。
それらが障害物となって、火蓮のバックアップが出来ない。
晴輝の脳裏に、四釜らを失ったときの苦い思い出が蘇る。
なにかないか……。
晴輝は焦りを抑えながら、必死に頭を働かせる。
だが、考えている時間はなかった。
火蓮が後方に下がりながら雷撃を放つ。
その背中が、ダンジョン壁にぶつかった。
「火蓮――!!」
晴輝の声が、並み居るワーウルフによりかき消された。
魔物の群をかき分けて、晴輝は必死に前に進む。
だが速度が上がらない。
前に出ても、鹿に阻まれる。
「退け!!」
晴輝は全力で切りつける。
だが、乱れた太刀筋では、斬れるものも斬れやしない。
晴輝の短剣は鹿にはじき返された。
逆に体当たりを受け、後方に吹き飛ばされる。
振出しどころか、あいだがさらに開いてしまった。
その晴輝の視線の先で、
火蓮を囲んだワーウルフが拳を上げ、
――火蓮!!
瞬間。
ワーウルフが真っ二つになった。
「……へ?」
突如、存在感が燦めく冒険家が乱入。
大剣をなぎ払っただけで、ワーウルフの胴体を5つも切り裂いてしまった。
「おうおう。慌ててきてみりゃ、なまら面白いことになってんじゃねーか!」
現れたのは燦めく存在感を身に纏い、一菱ハイエンド“壹”シリーズの大剣を手にした、大柄な男だった。
「――カゲミツさんッ!!」
*
【管理者】チャット部屋【限定】
マサツグ★さんが入室しました。
ベーコン★さんが入室しました。
時雨★さんが入室しました。
ベーコン★:おいっす
マサツグ★:やあ
時雨★:ども
ベーコン★:時雨は新宿に到着したのか?
時雨★:ん。無事に
ベーコン★:てっきり本気で新宿に来ないつもりかと思ったぞ
時雨★:チームメンバーに怒られた。すごく反省してる
ベーコン★:むぷぷっww
時雨★:・・・
マサツグ★:時雨はスタンピードの話をどこまで聞いてるかな?
時雨★:大体
マサツグ★:念のために説明しておくけど
鹿の稀少種が今回のボスだが、特殊な攻撃を仕掛けてくる
その攻撃に触れると身動きが取れなくなる
ベーコンがそうなった
ベーコン★:ああ
まったく動けなくなったぞ
まるで筋肉をいじめ抜いた後のようだった!
マサツグ★:それは知らないけど・・・
時雨★:呪い?
マサツグ★:判らない
同じ色をした魔物が群がってたから
催眠系のスキルの可能性がある
いくつか持って行った薬をベーコンに全部飲ませてみた
効果があったのは万能薬系
ベーコン★:いやいや効いたのはプロテインだぞ?
マサツグ★:ごめん真面目にお願い
ベーコン★:ア、ハイ
マサツグ★:で、完全に症状が抜けるまで結構時間がかかった
一応時雨が来るまでに万能薬系の薬品は全部かき集めておいた
ベーコン★:必要数集めるのにかなり手間取ったな
時雨★:そう
私はなにをするの?
マサツグ★:ボスを囲んで一気に攻める
ベーコン★:紫の塊は絶対に避けろ
触っただけで俺みたいに動けなくなる
マサツグ★:俺も試しに戦ってみたけど
避けられる速度だし剣でも弾ける
ただし避けるのは厳禁
一緒に戦う他の冒険家に当たるかも知れない
飛び散らないように武器でたたき落としながら攻撃してもらう
それが出来るのは俺とベーコンと時雨くらいだ
期待してるよ
時雨★:ぐー
マサツグ★:寝るな
他のランカーには申し訳ないけど雑魚の殲滅に当たってもらう
じゃないと犠牲者を増やすだけになるからね
ベーコン★:雑魚が足下湧きするから気をつけろよ
簡単に足を掬われるぞ
マサツグ★:経験者は語る
ベーコン★:・・・
時雨★:っふw
ベーコン★:!?
マサツグ★:それじゃ予定通りによろしく
ベーコン★:ほいさ!
時雨★:了解
時雨★さんが退出しました。
ベーコン★さんが退出しました。
マサツグ★:この会話はログに格納しておく。
もし奪還作戦が失敗し、僕らが死亡したら
その時はこのログを参考にして対策を立ててほしい
残されたランカーにはどうか、絶望せず、諦めず
前を見て、日本の未来を担ってほしい
よろしく頼む
*
命の奪い合いをしている戦場だというのに、晴輝はそんなことをすっかり忘れて、カゲミツの登場に歓喜した。
「どうしてここに!?」
「そりゃおめえ。兄弟がピンチだって聞いたら、動かねえ訳にはいかねえだろ?」
兄弟というのは、あくまで彼が一方的に言い張っている論である。
晴輝は強い存在感が欲しく、カゲミツは存在感を失いたい。
2人ともないものねだりだ。
とはいえベクトルは逆。
決して兄弟ではない。
だがいまはその論に、晴輝は頷いてしまいそうになる。
「あ、兄弟だけど依頼料はきちんと貰うからな?」
「…………」
訂正。
兄弟なら危機的状況で命より先に金の話などしない。
火蓮がダンジョン壁を背にし、その前をカゲミツが守ることで、一気に戦場が安定した。
カゲミツは大剣持ち。
モンパレ相手には不利である。
不利であるはずなのだが、カゲミツはワーウルフをものともせず屠っていく。
いくら15階の魔物とはいえ、亜人の強みである思考力を失っては木偶に同じ。
上級冒険家カゲミツの質を、策なき量では圧倒しきれないのだ。
「登場していきなりお金の催促をするなんて、とても兄弟の言葉とは思えないな」
「兄弟でも仕事は仕事だ。ここまでなまら飛ばしてきたんだぜ? 少し色付けてほしいくらいだべさ」
「じゃあお金の分だけ働いてくれ」
「へっ。当然だな」
無駄口を叩きながらも、次々とワーウルフを葬り去っていく。
前衛に守られることで、火蓮の魔法が精彩を放ち始める。
カゲミツの手が届かないワーウルフに、火蓮が次々と雷撃を放っていく。
「お、おいなんだその攻撃は!」
「魔法だ」
「ま、魔法!?」
晴輝のカミングアウトにカゲミツが目を剥いた。
火蓮がカゲミツの目の前で魔法を使った。
このことに、晴輝は一切危機感を抱かなかった。
魔法を隠して切り抜けられる状況ではない。
それに、晴輝にはカゲミツに知られたところで悪い事にはならないだろうという予測もある。
あまり長い付き合いではないが、晴輝はカゲミツの人柄を信じていた。
「魔法についてはチームの機密事項だ。口外してくれるなよ?」
「当然だべさ。しっかし魔法かあ。やっぱりあったんだなあ!」
カゲミツも未知を求める冒険家だ。
散々あると言われ、けれどまだ見つかっていなかった魔法を目にして、モンパレの最中だというのに彼はまるで子供のように瞳を輝かせた。
「――てかおい空気! 魔法もすげぇけど、お前もまたえらいことになってるじゃねーか! なんだよその虫は!?」
「新しい仲間のエスタだ。見た目通り優秀だぞ」
晴輝が無駄口を叩いているあいだも、エスタはシュンシュンと回転しながら浮かび上がり、鹿が吐き出す黒紫の塊をたたき落としている。
いまや晴輝は鹿を前にしても、無駄口を叩く余裕が生まれていた。
対してカゲミツは、動揺を隠すのに必死だった。
(一体アイツは、この短期間でどんだけレベルアップしてんだよ!?)
以前カゲミツが目にした空気は、垢抜けないところがあった。
戦闘はまだまだ。中級になりたてという甘さがあった。
だがいまカゲミツが目にしている男は、以前とはまったく違う。
動きは洗練され、速度も力強さも段違いだ。
同じ仮面をかぶった別人だと言われても、カゲミツは信じてしまうだろう。
それほどの変化だった。
『車庫のダンジョン15階に出現した希少種討伐』
その依頼は、一菱買取店店員の大井素を経由してカゲミツのもとに舞い込んだ。
依頼主は空気。
それが大井素からもたらされたとき、カゲミツは一も二もなく依頼を引き受けた。
空気はカゲミツの恩人だ。
彼がいなければ、『ちかほ』のモンパレを討伐出来なかった。
空気がいなければ、エアリアルは壊滅していたかもしれないのだ。
それほどまでに、かの戦闘における空気の功績は大きかった。
だからこそ、カゲミツは走った。
あの戦闘後から急速に向上したスタミナをフルに生かして、全力でK町へと走っていった。
空気はまだ中層に出たばかりだ。
15階に出現した稀少種を相手にするには、荷が勝ちすぎている。
ヘタをすればカゲミツが到着するまでに、空気は命を落としているかもしれない。
故に、カゲミツはどれほど呼吸が辛くても両足が痙攣していても、休まず全力でダンジョンを駆け抜けた。
――今度は俺が空気を助けるんだ!
――俺が恩を返す前に、死ぬんじゃねえぞ!!
飛躍したスタミナを存分に生かし、カゲミツはダンジョンを駆け抜けた。
空腹を無視し眠気を無視し、ただひたすら空気の無事を祈りながら、下へ下へと進んでいった。
しかし、実際に15階に到達してみて、どうだろう?
――これ、俺いらないんじゃね?
そう思えるほど、戦況は空気に対し有利だった。
15階に登場した稀少種相手に有利に戦えるほど、空気は飛躍的に成長していたのだ。
まったくの予想外だった。
もちろん、カゲミツの参戦は無駄ではない。
現在背後にいる少女の窮地を救うことが出来た。
前衛に入ることで場が安定しているので、決してカゲミツの努力は無駄ではなかったはずである。
しかし背後の少女も大概だ。
――なんだよその攻撃は!?
少女はバチバチと紫色のワーウルフを絶命させていく。
攻撃は弓じゃない。投擲でもない。
あると思われていた、噂され続けていた。
だが未だに誰も目撃したことがない力――魔法だった。
初めて見る魔法に、カゲミツは内心冷や汗が止まらなかった。
これを口にすれば、一体どんな騒乱を巻き起こすことか。
想像するだけで胃が痛くなる。
さらなる胃痛を引き起こす種が、稀少種だ。
(まさか……)
カゲミツは『なろう』内の掲示板において、『★』付きIDを持っている。
『★』はランカーに与えられる。これがあることでランカー専用の掲示板の閲覧、書き込みが出来るようになる。
ランカーが得た最前線の情報を、ランカー間で共有出来る。
これはランカーに赦された特権である。
そのランカー専用掲示板により、カゲミツは新宿の攻略状況を把握していた。
どのような希少種が現れたかについても……。
(いや、まさかな……)
ここは北海道。
対して新宿は内地。東京にある。
新宿駅に現れた希少種が、遠い北海道に同時に現れるとは考えにくい。
しかし、カゲミツがいくら否定しようともピタリと当てはまるのだ。
ベーコンが倒れ、勇者マサツグが逃げ出した、かの厄災の魔物の情報に……。
真偽は定かではない。
それを判断する情報がない。
カゲミツは一旦、掲示板の情報を放置し、戦場に集中することにした。
「空気。こっちは任せろ!」
カゲミツは空気にそう告げて、自慢の大剣を振り回す。
現状、戦況は微妙な均衡を保っている。
一手間違えればすぐに破滅に向かうだろう、危うい状況には変わりない。
だが、鹿は無限に魔物を召喚出来るわけじゃない。
自らの特殊な攻撃により、ワーウルフを従えているにすぎない。
紫色の塊の攻撃は厄介だが、鹿のレベルはリザードマンと同じ程度とカゲミツは推測した。
つまり、カゲミツと晴輝が対峙すれば間違いなく勝てる相手である。
勝利の鍵はワーウルフ。
ワーウルフを狩り切ってしまえば、こちらの勝ちは揺るがない。
これはいわば、耐久勝負だ。
空気は一人でモンパレを切り抜けた実績があるし、カゲミツはスタミナが向上しているので耐久戦にはうってつけだ。
不安な点は、戦闘能力が不明な少女か。
しかしこれはカゲミツが守りきれば良い。
故に、カゲミツは晴輝に頷いた。
このままワーウルフが枯渇するまで持ちこたえれば間違いなく勝利出来る。
だから、こっちに気を囚われて、ミスすんじゃねえぞ空気!
晴輝の依頼を引き受けたのはカゲミツ!
ここは騙すつもりでミスリードしました。
スマヌ、スマヌ……(だが反省はしない!
ちなみに時雨さんは、激おこぷんぷん丸な仲間に『チームハウスにある時雨の刀コレクションを捨てる』と言われて、慌てて東京に戻りました。




