異変の根源を探り当てよう!
15階に降り立った晴輝は、すっと目を細めた。
「…………」
以前と、雰囲気が違う。
嫌な気配に背筋がざわついた。
その雰囲気が判ったのだろう。
朱音もすぐにゲートをアクティベートしに行かず、晴輝の横で身構えている。
「ねえ空気、どうする?」
ヌメヌメに囚われていたときとは打って変わって、朱音の声色は実に真面目だった。
それだけで、晴輝の危機感が5割上昇した。
これまで晴天だったダンジョンの空が、少し陰っている。
まるでダンジョンが、晴輝らを拒絶するような色だ。
「ひとまず15階でのレベリングは延期だな」
「そうね」
「え、え?」
晴輝と朱音の話に、火蓮が一人取り残された。
火蓮は探知スキルがまだ1だ。
だからか、彼女にはこの気配が感じられないようだ。
朱音については、戦闘能力の高さ的に探知スキルも高いとみて間違いない。
いまのところ、戦闘力の高い有能な姿はまったく示せていないのだが……。
それがまたらしいと言えばらしい。
しかし――。
晴輝はついつい状況とは別の角度に興味が向いてしまう。
圧倒的格下相手には負けてピーピー泣いているのに、同格か格上相手だと朱音はどっしり構えている。
多少揺さぶったところで、いまの彼女には揺らぐ気配が感じられない。
その二面性が、実に面白い。
「一体、なにがあったんですか?」
「希少種が出たのかもしれない」
「え……希少種?」
火蓮が僅かに息を飲む。
反射的に腰を落としたのは、日頃のトレーニングの成果か。
即座に危機感が反応するようになった彼女の姿に、晴輝は感心した。
「もし希少種だったら、勝てないかもしれないわよ?」
朱音の指摘に、晴輝は無言で頷いた。
個体により差はあるが、希少種はその階層の魔物よりも圧倒的に強い。
ゲジゲジの希少種ムカデだと8階上ほど。
ベロベロの希少種リザードマンでは20階も差が開いていた。
もし『ちかほ』のように下層の魔物が出現すれば、晴輝では対処出来ない。
「朱音、どうすればいい?」
「逃げる」
「明快だな」
朱音の答えに晴輝は思わず苦笑した。
確かに逃げるが勝ちだ。
モンパレも希少種も、しばらくすれば自然消滅する。
だが消えないモンパレや希少種もある。
消えなければ、確実にスタンピードを引き起こす。
「問題の魔物を見つけたら逃げる。その後、高レベル冒険家に依頼を出す。それでどうだ?」
「安パイね。お金は足りる?」
「相場が判らん」
晴輝は現状、100万円以上の蓄えがある。
だがもし強敵が現れた場合、高レベル冒険家をチームで雇わなければいけない。
たとえば上級冒険家のチームを雇うには、晴輝の所持金では足が出る。
とはいえ、晴輝が対処出来ない魔物であれば呼ばないという選択肢はないのだ。
15階のフロアは遮蔽物が少ない。
しかし腰ほどの高さがある草が生い茂っているので、目視で魔物を発見するのは容易ではない。
念のために目視を行うが、希少種どころかワーウルフの姿さえ視認出来なかった。
晴輝はさらに探知の網を全力で拡大させる。
希少種らしき存在の気配を、感覚だけで探る。
探知が能力の限界に到達した。
全身の神経が熱を帯びる。
晴輝のこめかみを、脂汗が伝う。
その探知の網が、魔物に触れた。
「――ッ!?」
瞬間、晴輝は素早く姿勢を低くした。
同時に朱音と火蓮に、姿勢を低くするよう手で促す。
探知で捕らえたのは、4本の足に細長いシルエット。
獣の頭に、大きな角が付いている。
「……鹿だ」
「鹿?」
「ああ。鹿の魔物だ」
「厄介ね」
正体がわからず首を捻る火蓮とは打って変わって、朱音は判ったのだろう。顔を大きく歪めた。
「確か別のダンジョンだと24階に出現する魔物よ」
「なんでワーウルフの希少種が鹿なんだ?」
鹿は狼の進化形じゃない。捕食対象だ。
希少種として出現する条件に合致しない。
「下から上がってきたんじゃないの?」
「ああ……なるほど」
朱音の指摘に晴輝は膝を打った。
希少種のリザードマンも、ベロベロの階に登場した。
ベロベロはアリクイなので、リザードマンとの関連性がない。
あれも下の階から上がってきた希少種だったのだ。
ということはつまり、
「スタンピードを起こす希少種の可能性があるな」
階段を上がれるということは、その意思さえあれば外に出られるということだ。
鹿の魔物は問題が生じる前に素早く倒すべきだ。
だが24階の魔物となると、いまの晴輝では手が出せない。
スキルボードを駆使すれば、倒せる可能性は生まれる。
だがあくまで可能性が生じるだけ。
晴輝の肉体レベルは15階相当なので、スキルがあろうと討伐成功確率は低い。
晴輝が命を賭けて戦う。
その決断を迫られるより前に、別の手を打ったたほうが良い。
「朱音は鹿を倒せるか?」
「アタシには討伐力がないから無理よ。せめてアタシと同格のアタッカーが欲しいわね」
「そうか」
討伐力とは魔物にダメージを与える力のことだ。
朱音の武器は打撃。ダメージは与えられるが、命を刈り取る能力はせいぜい短剣より高い程度でしかない。
最悪、彼女と同レベルのアタッカーがいれば倒せる。
絶対に無理という言葉が出なかったことで、晴輝はほんの少しだけ救われた気がした。
「朱音。討伐依頼は出せるか?」
「依頼は受理出来るけど、冒険家を集められるかは大井素次第よ。アタシの管轄はK町だけだから、冒険家集めには手を出せないからね?」
「それでいい」
「アンタはどうすんの?」
「ひとまず偵察を続ける。火蓮は連絡役になってくれ」
「わかりました」
この希少種を討伐するだけならば、強い冒険家が数名集まるだけで可能だ。
だがこれにモンパレが重なれば、深刻な事態に発展する。
現時点でモンパレは発生していない。
発生する気配さえない。
平原を自由に歩き回っているワーウルフは集まるどころか、存在が感じられない。
いるはずの魔物がいないという状況が、晴輝の危機感をさらに煽る。
いつどこでどうなってもおかしくはない。
監視は常に行っていた方が良い。
もし異変があれば、晴輝は即座にスキルボードを駆使して討伐する。
たとえ命を落とす結果になったとしても。
そうならずに終わればいいと、晴輝は願わずにはいられなかった。
*
【一斉】新宿奪還作戦司令室 402棟目【蜂起】
869 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
なんとか新宿駅まで押し返せたな
これも地道に継続してきた遊撃のおかげだ
870 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
やっぱ日々の積み重ねって大事なんだな
マジでここまで長かったな・・・
871 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
とはいえダンジョンからはまだ断続的に魔物が出てきてるけどな
それでもかなり防衛しやすくはなった
あとは一斉蜂起のタイミングを待つだけか
872 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
それでいつ頃突入命令が来るんだ?
新宿付近の冒険家の人数が日ごとに増えてる
そろそろ物資がやばいぞ
873 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
たしかに万能薬が一気に店から消えたな
兵站に当たってるのはどこのチームだ?
ちゃんとマジックバッグ持ってピストン輸送してんだろうな?
874 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
してても足りん
一体何千人集まってると思ってんだよ
875 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
中級以上の冒険家が集まったことで
各ダンジョンの素材供給量が極端に低下してる
むしろそれが一番ヤバイ
幸い、肝心要の熱石だけはなんとか入手出来たけどな
すべては一菱が大量に供給してくれたおかげだ
熱石が無かったから職人も冒険家も製作・修理が出来ずに困ってたからな
876 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
アレにはマジで感謝してもしきれん
武器壊れたまま素手で戦うところだったからな・・・
このタイミングで大量の熱石を集めた冒険家は神だわ
877 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
1ヶ月間くらいは持ちそうだもんな
ところでそろそろだと思うが、首脳陣は静観か?
このままだと勝手に動き出す冒険家が出てくるぞ
878 名前:マサツグ★
やあ
お待たせして申し訳ない
879 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
>>878 キター!!
それでどうなんよ?
いま動きないってことはなにか待ってるのか?
880 名前:マサツグ★
>>879
実はそうだったんだ
ただもうすぐすべての準備が終わる
881 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
よしっ!
じゃあ俺武具のメンテ念入りにやっとくわ
882 名前:ベーコン★
パンプアップも忘れるなよ!
883 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
>>882 ちょw
パンプアップて
疲れて動けなくなるじゃねーかww
てかおっさん大丈夫なのか?
884 名前:ベーコン★
心配かけてすまなかったな
俺は大丈夫だ!
885 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
不思議だ
俺(の筋肉)は大丈夫だ! って言ってるようにしか聞こえん
886 名前:ベーコン★
HAHAHA
さてそろそろ一斉蜂起だ諸君
気合いを入れろ! 筋肉にな!!
憎き魔物どもに、目に物見せてやるぞ!
887 名前:新宿奪還に集った栄えある名無し
>>886
最前線で目に物(筋肉)を見せつけるんですねわかります
*
監視を行っている晴輝の目が、希少種の異様な行動を捕らえた。
草原にワーウルフがポップすると、それを察知したボスがワーウルフに接近。
口から黒紫色の塊を吐き出して、ワーウルフに飛ばした。
「――ッ!?」
その攻撃の不気味さに、晴輝は思わず声を漏らしそうになった。
塊にはさして威力が感じられない。
だがその塊が当たったワーウルフが、突如地面に倒れ込んだ。
ビクビク、と痙攣してしばらくすると、ワーウルフが地面に飲み込まれていった。
(まさかワーウルフを相手にレベリングをしているのか?)
晴輝の背筋が凍り付く。
レベリングを行う魔物の噂を、晴輝は一切聞いたことがない。
もしそうであれば、本来の能力よりもレベル分だけ実力が上乗せされてしまう可能性がある。
魔物が魔物でレベリング出来るなら最悪である。時間が経てば、誰にも手が付けられなくなる。
しかし晴輝はこの仮説について、あまり肯定的にはなれなかった。
というのも、黒紫の塊を吐き出す鹿に殺意が感じられなかったからだ。
倒すつもりはないが死んでしまったか、あるいはもっと別の意味があるのか。
攻撃を眺めているだけでは、鹿の狙いがわからない。
だが晴輝はその攻撃を見る度に、いますぐ止めなければと感じてしまう。
何があろうと、あの攻撃は止めた方が良い。
でなければ大変なことになる。
命を賭けてでも……と思ってしまう。
動き出しそうになる体を、晴輝は必死に理性で制止する。
いま動いたら、間違いなく殺される。
少なくともそれくらい、現在の晴輝と鹿の実力差は開いている。
晴輝は自らの力に自惚れてなどいない。
中層に出て、中級冒険家になった。
カゲミツと共にモンパレと希少種を滅ぼした。
スキルボードを手にする前と比べると、大躍進だ。
だが強くなったからといって、なんでも出来るわけじゃない。
スキルボードがあるだけで、格上の魔物を簡単に倒せるわけでもない。
勝負に賭けるのはチップではなく命。
ここはカジノではなく、戦場だ。
慎重すぎるくらいの判断でなければ、すぐにゲームオーバーだ。
せめて気づかれた時に、逃げられる準備だけはしておくべきだろう。
鹿の魔物の行動に強い危機感を抱いた晴輝は、素早くスキルボードを操作した。
シリアスパートがスタート。
ここからは1章から張り巡らせていた伏線が時空を超えて効いてきます。
どうぞ、『1部完結』までお楽しみください。
ところで、熱石を集めてくれた神って一体誰なんだ……(棒読み




