EX 朱音さんとのホワイトデー
本日ホワイトデーにつき、どうでも良いお話を掲載。
※本編とは時間軸・次元さえも別のお話となります。
「ねえ空気ぃ。今日は何の日か知ってるぅ?」
晴輝がプレハブに入った途端に、朱音がいやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。
まるで酒を飲んで絡んでくる酔っ払いのようである。
3月とはいえ雪はあるし、朝晩は氷点下だ。
もしかしたら彼女は体を温めるために、一杯引っかけたのかもしれない。
晴輝は熱石ストープに近づき手を翳しながら言う。
「知らん」
「ホワイトデーよホワイトデー!」
「ほぉん……」
そんなものもあったな。
晴輝は適当に相づちを打ちながら、熱石ストーブの上で湯気を上げるジャガイモを手に取った。
黒く焦げた皮をパリパリ破り中身を露出させる。
皮の下は飴色。ジャガイモの糖質が表面に浮かび上がり、加熱されてカラメル状になっているのだ。
口に含むと芋がパラパラと解けた。
そこに糖分が絡まり、強烈な甘みが口の中いっぱいに広がった。
「やはり冬はストーブの上で焼き芋だな!」
「そんな話はしてないわよ! ってかそれアタシが育ててた芋なんですけど!?」
育ててたと言うが、別に彼女はジャガイモの生育を行っていたわけではない。
ジャガイモをストーブの上に置いて、食べ頃になるのを見守っていただけだ。
「ねえ返してよ。アタシの芋を返してよぉ!!」
どれほど芋を食べたかったのか。
朱音が涙を浮かべて抗議する。
「また採ってきてやるから」
「すぐ採りに行きなさいよ! 今・すぐ・ナウ!!」
朱音が目をつり上げ叫ぶ。
「……そういえば干し芋を木寅さんに貰ってたな」
「いいじゃない! ストーブの上に置くことを許します!」
ころっと表情を変え、彼女は目を輝かせた。
誰もお前に与えるとは口にしてないのだが?
鼻先ニンジンならぬ鼻先干し芋に敏感に反応した朱音の様子に、晴輝は思わず吹き出しそうになった。
「じゃあそれがホワイトデーのプレゼントってことで――」
「違うから! 全然違うから!!」
「……っち」
晴輝は忌々しげに舌打ちをした。
誤魔化せなかったか。
「ほらアタシって美女で女神じゃない?」
「殴っていいか?」
「暴力反対ッ!!」
朱音が頭を抑えて慌てて蹲った。
怯えるならば、何故挑発した……。
「空気はいつもいつも、アタシのおかげでストレスなく冒険してるでしょう?」
「ウーン。ソウダナ」
晴輝は適当に相づちを打つ。
彼女のお店があることで、素材の販売や武具の購入にストレスがないのは確かだ。
もし店がここに無ければ晴輝はわざわざ札幌まで素材を販売しに出かけなければいけなかったのだ。
晴輝が冒険に注力出来ているのは、彼女の(お店の)おかげで間違いはない。
その代わり、彼女とのやりとりで若干のストレスがかかっている気がしないでもなかったが、晴輝はあえて反論しなかった。
それよりもいまは芋。
晴輝は芋に夢中だった。
冬に、ストーブの上で焼いた芋は、なんと美味であるか。
――実に良いな! 素晴らしい!!
「それなら感謝の気持ちを表わすべきだと思うのよ!!」
ズビシッ! と朱音が晴輝めがけて指を突きつけた。
晴輝が反論しなかったせいで、増長したようだ。
彼女はその顔に謎の自信を滾らせ、キラキラと目を輝かせている。
そんな彼女を放置して、晴輝は芋を食べ終えた。
「なあ朱音。ゴミ箱はどこだ?」
「そこのカウンターの下よ」
「おう、サンキュ」
残った芋の皮をゴミ箱に捨てて、晴輝はプレハブを出る――。
「ちょおっと待ったぁぁぁ!!」
「……なんだよ?」
出たところ、ぐゎしっ! と肩を掴まれた。
指に込められた力は、かなり強くなった晴輝をしても簡単に振りほどくことができそうにない。
「芋を食べて帰るとか、アンタ一体なにしに来たのよ!?」
いや、芋を食べに来ただけだが? などと挑発を口にすることが出来なかった。
込められた力があまりに強く、そろそろ肩に深刻なダメージを負いそうだった。
何故こうも必死なのか?
……まさか。
晴輝はハッと息を飲み、首を回して朱音を見た。
「お前、そんなにホワイトデーのプレゼントが欲しいのか……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。ななな、なんでそんな目でアタシのことを見るのよ!?」
美女だの女神だの口にしている朱音は、ホワイトデーだっていうのに誰にも相手にされない。彼女はそれが、悲しいのだ。
……と考えた晴輝は、その瞳に憐憫を滲ませる。
晴輝が悲しい気持ちになったのは、自身のバレンタインデーの記憶がオーバーラップしてしまったから。
晴輝がかつて学生だった頃。
バレンタインデーはいつもそわそわしていた。
投稿時には下駄箱と机の中を入念にチェックし、休み時間、下校時間はそわそわと学内を歩き回る。
「俺は別にいつも通りだぜ!」という雰囲気を放ちながら、相手にチョコを渡すタイミングを作ってあげていたのだ。
結果はお察し。
晴輝にチョコレートを渡す女子は、1度も現われなかった。
それどころか、晴輝を知っている女子すら――。
存在感ゼロのせいで、好き嫌い以前の――。
……やめよう。
晴輝は首を振る。
これ以上過去の記憶を思い出すと自殺したくなる。
晴輝は涙を拭い、宣言する。
「……わかった。お前の気持ちは、十分俺に伝わったッ!」
「アンタなんでいきなりそんなに気合い入ったのよ? アタシはただ――」
「皆まで言うな! 年中寂しいお前のために、俺がとっておきのプレゼントを用意してやる!!」
「ちょっと待って! なんか凄い勘違いしてる気がするんですけど!?」
背後から朱音の叫び声が聞こえたが、もう晴輝の耳には届かなかった。
一人寂しい思いをしてきた朱音のために、思い出に残る1日にしてあげようじゃないか!
晴輝は全力でダンジョンを駆け抜けた。
熱い思いを滾らせて。
熱い涙で頬を濡らして。
そして本日。
朱音のお店の営業時間が終わる直前に、
「アハーハハァーン!!」
晴輝は大量の魔物の素材を、朱音にプレゼント(有料)したのだった。
「アタシが求めたプレゼントと全然違うんですけど!!」
「――あ!」
「え? ……いやダメよ、それだけはダメなんだか――」
「『冒険家になろう』を見ましたぁぁぁ!!」
「もうイヤァァァアハーハハァーン!!」
涙を流すほど悦んでくれるなんて……。
これで今日のホワイトデーは朱音にとって、忘れ得ない、最高の1日となっただろう。
やりきった晴輝は、満足感をその表情に湛えるのだった。
※ホワイトデーは、普段お世話になっている相手に、
助走を付けた全力のプレゼント(拳)をお見舞いするイベントです。




