中札内ダンジョンで依頼をこなそう!4
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中札内ダンジョン10階は、知る人ぞ知る鬼畜階。
自然モンパレ発生装置の居る場所である。
能力はさして高くはないが、対策を怠れば物量で押されて撤退を余儀なくさせられる。
捕獲した魔物は全国の道具屋などで、剥製となって広く販売されている。
その名も、ピヨコ。
晴輝が『ちかほ』のモンパレ殲滅作戦で使用した、魔物を呼び寄せる魔物である。
そのピヨコが中札内の10階に、大量に生息している。
本来ならば避けて通りたかったところだが、熱石の鉱脈は11階。
ここを避けて通ることは出来ない。
歩みを進める晴輝の前に、黄色く小さい、ふわふわした魔物が現れた。
――ピヨコだ。
剥製ながらも、晴輝はその能力を体感している。
ピヨコが一度『ピヨッ』と鳴くだけで、大量の魔物を呼び寄せる。
晴輝は僅かに体が強ばる。
さて、どう出る?
晴輝が緊張するなか、ピヨコがこちらの存在に気がついて、
「――ビェッ!?」
ぎょっとしたように体を強ばらせて、バタバタと空を飛べない羽を羽ばたかせながら瞬く間に逃げ出していった。
「……おお、やっぱりフィギュアとはいえヌメヌメウナギの効果は凄いな!」
ピヨコが逃げ出す様を見て、晴輝は感動に震える。
『ちかほ』の探索のときもそうだったが、ヌメヌメウナギの効果は絶大である。
魔物には、手にしたウナギを、振り回せ!
そんな標語が生まれても良いくらいだ。
中札内ダンジョン10階の攻略方法は、当然ながらWIKIにも書かれている。
1、ピヨコに手を出してはいけない。
2、通常はヌメヌメウナギを使って通り抜けろ。
3、捕らえるときは慎重に。
非常に明快であり、単純な攻略法だ。
だが実際に、WIKIの攻略法通りに実行したら何が起るのか?
本当に攻略出来るのか?
それを実際に経験することで、真の理解が得られる。
目で見て触れて、体験して得られた感情は、色鮮やかで、感動的だ。
これで心置きなく10階を突破出来る。
ピヨコが逃げ惑う光景を眺めながら、晴輝は10階をずんずんと進んでいくのだった。
*
「ちょ、ちょっと待って無理、無理だからぁぁぁ――」
「あっ!」
涙をジャバジャバ流す朱音の頭が、スポンとルッツに飲み込まれた。
途端に体がくたっとなる朱音。
「…………」
「朱音さん!?」
火蓮は慌てて雷撃を放ち、朱音からルッツを引き剥がす。
「エグ……エグ……ふえぇ、もう帰るぅ」
ルッツの魔の手から逃れた朱音が、ぬちょぬちょのまま涙を流す。
あんまりな出来事に若干、言葉が幼児退行している。
朱音は近接戦に強い。10階程度の魔物なら決して後れを取らないほどに。
火蓮の雷撃が通電しているのに、一切ダメージを受けていないのがその証拠だ。
彼女の身体能力は、火蓮でさえ傷付かないほど高い。
にもかかわらず、この体たらく。
原因は朱音の武器。
あまりに相性が悪すぎる。
泣きじゃくる朱音を火蓮はなんとか慰めたかったが、ぬちょぬちょなので近づきたくない。
火蓮は魔法攻撃が主体なので、ルッツに飲み込まれるまでは至らない。
幸い、雷撃が通じる相手なので、接近する前に退けられる。
火蓮にとってルッツは相性抜群の魔物だった。
そんな火蓮が朱音に不用意に近づけば、
『アンタ、ずいぶんと小綺麗じゃない! アタシと同じ目に遭わせてやるぅ!』とかなんとか言いながら、恐ろしい速度でハグしにくるだろう。
実際、以前に10階を訪れたときはハグされた。
ぬちょぬちょで磯臭い、ロマンティックの欠片もないハグだ。
おまけに朱音の胸の辺りの弾力が、火蓮のプライドを消滅間際まで追い込んだ。
火蓮はその時のハグがトラウマになっている。
色々と、トラウマだった。
朱音には、近づけない。
「じゅ、11階まではもうすぐですから、頑張りましょう!」
「もうルッツはいやああぁぁぁ!」
*
熱石の採掘は、晴輝が想像していたよりも単純だった。
11階の通路に脇に、大小様々な茶色い小石が積み重なっている。その中に、2・3センチほどの、黒ずんだ小石が混ざっていた。
似た色の石にうまく紛れているが、Kが5%ほど濃い。
色が5%も違えば、製版作業で鍛え抜いた晴輝の目は誤魔化せない。
試しに軽く叩いてみると、カイロのような温もりを帯びた。
間違いない。熱石だ。
まさか本当に魔道具と名の付くアイテムが無造作に落ちているとは。
晴輝は自らの目で見るまでは、半信半疑だった。
魔道具はもっと、レアなものだと思っていた。
その幻想がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
晴輝は通路に落ちている熱石を次々発見し、まるでスーパーの特売『詰め放題398円』のお惣菜のようにマジックバッグに放り込んでいく。
晴輝が訪れたことのあるダンジョンの床面は土だったがここは岩盤。
10階からは『ちかほ』も車庫のダンジョンもワンフロアだったが、ここはまるで炭鉱のように道が延びている。
また草木が生えた2つとは違って、ここにはぺんぺん草も生えていない。
その代わりに、小石が落ちている。
そして小石の1%ほどが魔道具だ。
この熱石は、他のダンジョンにおける草や木と同じ。
フィールドの基本設置物のような扱いなのだろう。
だから人間が採取しても補填される。
他のダンジョンの設定が草原であるなら、ここは坑道。
採掘・採取が出来るのも、人間を誘い込むダンジョンの作戦か。
晴輝はレベル3の探知と、微細な変化も逃さない目を最大限使って、熱石をかき集めていく。
採掘を開始して5分ほど経過したころ、晴輝の探知が魔物の接近を感知した。
11階の魔物はたしか……。
晴輝が思い起こしているあいだに、その魔物が姿を現した。
根を上手く用いて移動してきたそれは、レアと同じ植物タイプ。
ジャガイモのような姿に丸い葉。
背丈はジャガイモより低い。
中央から枝分かれした茎が、大量の弾を宿したサヤを身につけている。
「……ごくり」
その姿を見て、晴輝が生ツバを飲み込んだ。
それは中札内ダンジョンにおける固有種。
枝豆の魔物だった。
枝豆は晴輝から20メートル前で停止し、根を1本ずつ地面に埋め込んでいく。
あれは何をやってるんだ?
晴輝が動きを見定めているあいだに、枝豆が根を張り終えた。
次の瞬間。、
「――ッ!?」
魔物から豆が射出された。
敵との間合いはまだ20メートルはある。
ジャガイモよりも間合いが広い。
さらに、20メートル直進してもなお、弾は脅威を失わない速度を保っている。
さすがは中層の魔物である。
「いてっ!」
そんなことを考えていたからか、レアが晴輝の後頭部を葉っぱで痛打した。
決してジャガイモ種を貶めたわけでは……ごめんなさい。
レアの機嫌を回復させつつ、晴輝は枝豆と対峙する。
枝豆が身につけたサヤは全部で20個。
さらにその中に3つずつ弾が入っているので、合計60発分だ。
豆が小さいため、弾丸の飛来速度はジャガイモ以上。
いまの晴輝でも多少、ぎょっとする速度だ。
だが、回避出来ない速度ではない。
晴輝は難なく弾丸を回避していく。
しかし相手も、晴輝を追い詰めるように次々と弾丸を撃ち放っていく。
「……っく!!」
撃たれた弾丸が晴輝の横を通り過ぎる度に、晴輝が小さくうめき声を上げる。
くそ、もったいない!!
ジャガイモと同じ方法で収穫しても良いが、それでは枝豆の醍醐味である『サヤを口に含んで豆を出す』あの感触が楽しめなくなる。
なんとかサヤに豆が入ったまま収穫せねば!
焦る晴輝の背後で、レアが生暖かい視線(?)を枝豆に向けていた。
どうやら彼女は枝豆に、若干の仲間意識を持ったようだ。
魔物が現れてトゲトゲしていた葉っぱが、枝豆の攻撃を見るなりみるみる丸くなっていった。
中身が無くなったら攻撃手段を失うあたりが、レアの琴線に触れたのだろう。
晴輝には理解出来ない感覚なので、そっとしておくことにする。
枝豆の弾丸を避けて晴輝は、手早く茎と根のあいだを短剣で切り離した。
途端に枝豆の葉がクタっと力を失った。
晴輝は手早く倒したつもりだったが、枝豆は既に半分以上の豆を失っていた。
「……っく」
次は見つけ次第デストロイせねば!
そう、晴輝は心に誓った。
豆は枝から外すと鮮度劣化が早くなる。
なので豆はそのままにして茎をツタでひとまとめにした。
「ん?」
腰でくつろいでいたエスタの触角が晴輝の腹を何度か叩いた。
「豆? 食べたいの?」
どうやら彼は、地面に落ちた豆に興味があるらしい。
豆はサヤから外れても、茹でれば食べられないこともない。
潰せばズンダ餡になるし、酵母があれば枝豆味噌も造れる。
だが至高はやはり、サヤ付きだ。
とはいえ食べ物を粗末にするのももったいない。
地面に落ちた豆の処理はエスタに任せよう。
「食べてもいいよ」
やった! とエスタがお尻を振りながら、地面に転がる豆をカリカリ囓っていった。
熱石を採取しながら、晴輝は枝豆を見つけ次第迅速に刈り取っていく。
熱石と同じように、枝豆も出来ればマジックバッグに入れたかった。
しかし色々な種類を入れると、取り出すときに苦労する。
マジックバッグには荷物が大量に入るが、中身を覗けないデメリットがある。
目的のものを取り出したいとき、手探りで見つけ出すしかないのだ。
中身が目に見えない分、通常の鞄からものを取り出すよりも大変な作業である。
なので晴輝は熱石のみをマジックバッグに入れ、枝豆は枝付きのまま鞄にくくりつけていくことにした。
普通の魔物を鞄にくくりつければ、レアが嫌な顔(?)をする。
エスタでさえ同席を嫌がったほどだ。
だが相手はレアに似た属性を持つ枝豆。
レアも、多少の憐憫を葉っぱから滲ませながら同席を受け入れてくれた。
晴輝は当初、小石とはいえすぐに100キロくらい集まるだろうと考えていた。
熱石1つにつき100グラム。
1つ集めるのに1分掛かるとしても、16時間とちょっと。
1・2日くらいで条件が満たせる。
そんな予測を立てていた。
しかし1日中採取し続けた結果、晴輝は25キロほどしか集められなかった。
原因は単純。
熱石が晴輝の予想よりも遙かに小さく軽かったのだ。
1つで50グラムもない。
希に200グラムほどのものも見つかる。だが希だ。
どれほど晴輝が全力で採取しようと、1日で25キロしか集められないのも無理がない。
「朱音に騙された!」
晴輝が勘違いしたのは朱音のせいだ。
彼女が『ゴロゴロ』落ちているなどと言うから、大きな塊を想像してしまったのだ。
このサイズが普通なら、『ゴロゴロ』ではなく『コロコロ』がいいところだ。
帰ったら泣かせてやる……。
遠くK町にいる朱音に、晴輝は怨嗟を送るのだった。
買取店が閉まる前に、晴輝は地上に戻り集めた熱石を売却する。
晴輝が鞄から取り出した次々と熱石をカウンターに載せていく。
すると何故か店員の表情がみるみる引きつっていく。
(彼女は店に入った時も顔を引きつらせていた。そういうクセでもあるのだろうか?)
「あの……これは今日、空星様が集められたんですか?」
「そうだが」
答えると、店員の顔が青くなった。
まさかこの程度では足りないのか?
晴輝は不安を覚える。
中札内の冒険家は1日でもっと集めているのだろうか?
『こいつ25キロしか集められなかったのかよ、使えねえ』と思われていなければ良いのだが……。
店員の表情の変化に、晴輝は内心戦々恐々とするのだった。
そして――。
「はふはふ……むはぁ!!」
コテージに戻った晴輝は、大量に収穫した枝豆と地鶏の消化に勤しんでいた。
枝豆はプリプリしていて歯ごたえがある。
なのに噛んだ途端に口の中で豆の粒がほどけていく。
ほどけた途端に強烈な甘みを感じる。
やめられない、止まらない。
地鶏は腿部をザンギにした。
下味は塩のみ。本当ならば醤油と生姜で味付けをしたかったが、ないものは仕方がない。
だが、塩のみの味付けで大正解だった。
中札内地鶏は肉のうま味が強い。
濃い味付けをするよりも、塩で肉本来のうま味を引き立てる味付けのほうがぴったりなのだ。
噛んだ瞬間に溢れる肉汁。
脂はさらさらで、べたつきが一切ない。
ここまで『飲める!』と感じさせる脂はそうない。
「はふはふ……っくぅ!!」
熱石での稼ぎに、地鶏と枝豆。
魔物のレベルは低いのに、ダンジョンのポテンシャルの高さが凄まじい。
「中札内ダンジョン。恐るべし!」
レアには茹でた豆を。
エスタにはサヤから外した豆とザンギをそれぞれ与え、この日晴輝は最高の夕食を堪能したのであった。
(1つだけ欲を言うならば……)
晴輝は、キンキンに冷えたビールを望まずにはいられなかった。
ザンギ=北海道版『唐揚げ』
各家庭や地域によって違いがあって、ザンギを決定づける「これ!」というものはないようですね。
とはいえ『醤油ダレで濃い目に下味を付けた鶏肉を揚げたもの』という説が有力みたいです。
次回、中札内の混乱は最終局面へ……。




