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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
3章 最凶の魔物を倒しても、影の薄さは治らない
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美しい魔物と再戦しよう!

「……なんだお前か」

「――ヒッ!!」


 火蓮が背後で小さく悲鳴を上げた。

 その横で晴輝は、想像を外れた生物の登場に落胆した。


 体長は1メートル。太さは野球のバットほど。

 黒々とした体躯を、ヌルヌルとした膜が被っている。

 頭部にある8対の目が晴輝を一斉に睨み付けた。


 現われたのは、晴輝が何度もお世話になったヌメヌメウナギだった。


「しかし食料階なのになんで魔物除けが…………ん、食料階?」


 ウナギが発射するヌメヌメ粘液の攻撃を回避しながら、晴輝ははたと気がついた。


 ――もしかしてこいつ、食えるんじゃね?


 気がついてからは、速かった。

 晴輝は迅速に頭を狩り飛ばし、体を一直線に縦に切り裂いた。


 どしゃ、とヌメヌメウナギの臓物と粘液が地面で音を立てる。


「うっぷ!」


 その光景に、背後で火蓮が顔を青くした。

 口を押さえて蹲り、プルプルと震えている。


 そんな火蓮を放置して、晴輝は倒したばかりのヌメヌメウナギを手に取った。


「……ふむ」


 いままで度々ヌメヌメウナギを使ってきたが、晴輝はそれを魔物除けとしてしか認識していなかった。


 だが捌いてみて判る。

 ヌメヌメウナギは、最高の白身だった。


「白米と……ウナギ…………くっくっく」


 奇妙な笑い声を上げて、晴輝は湿地帯に飛び出していった。



 ――パンッ。


 軽い破裂音と共に、足が痺れて晴輝は停止した。


 両手には6匹のヌメヌメウナギ。

 ベルトにも、ウナギが4匹結わえ付けられている。


 鞄に収まっていたはずのレアが、いつの間にか火蓮と共にゲート傍で待機していた。


「…………あれぇ?」


 俺はなんでこんな状態になってるんだ?

 晴輝は自らの行動を思い起こす。


 1匹目を倒したあと、食欲に囚われた晴輝はウナギの捕獲に全力で乗り出した。


 しかし食料階とはいえ、さすがは中層の魔物だ。

 ヌメヌメウナギは体からヌメヌメ成分を放出し、晴輝の短剣攻撃を軽減した。


 ウナギのガードは堅かった。

 ヌメヌメに触れると、短剣の切れ味が一気に落ちてしまうのだ。


 ウナギの討伐に、晴輝はことのほか手を焼いた。

 だが戦闘はあっけなく終了する。


 自らを守るために分泌したヌメヌメ成分があまりに強力で、ウナギ自身ヌメヌメから抜け出せず身動きが取れなくなってしまったのだ。


 放出したヌメヌメの塊の中で、身動きが取れなくなったウナギの首に、晴輝は無慈悲に短剣を突き立てるのだった。


 強力な能力も、制御しきれなければただの足かせ。

 守るための力が災いするなど、皮肉な結果である。


 晴輝はウナギのヌメヌメに足を取られぬよう、ベシャベシャと足音を立てながらゲートに近づいていく。


「……はぁ」

「(ふるる……)」


 火蓮とレアがケダモノを見るような目つき(仕草)で晴輝を出迎えた。


 何故そんな目で見られなければいけないのか。


「一人で狩りに熱中して悪かった」

「いえ、そこは別になにも思ってませんよ」


 じゃあ他になにがあるんだ?

 晴輝は首を傾げるが、さっぱり判らない。


 ぬちゃぁ……と糸を引くウナギを地面に置いて、晴輝は1つずつ丁寧に捌いていく。

 解体用ナイフで捌き始めると、火蓮とレアが晴輝から距離を取った。


「……どうした?」

「いえ、どうぞ気にせず続けてください」

「お、おう」


 火蓮に促され、晴輝は次々とウナギを捌いていく。


 ウナギは全部で10匹。

 これだけあれば、色々な料理で楽しめる。


 捌き終えたウナギをマジックバッグに入れようとするが、火蓮に拒否されてしまった。

 仕方が無いので自らの鞄にウナギを詰め込もうとするも、今度はレアに怒られた。


「……むぅ」


 仕方ない。手に持って帰るか。

 二人に拒絶されたことでしょんぼりしながら、晴輝は片手に5匹ずつ捌いたヌメヌメウナギを持ってゲートに向かうのだった。



 地上に戻り、晴輝はプレハブに向かう。


「ヒッ?!」


 店に入ると、朱音が目を見開いた。

 晴輝が店に入ってすぐに反応するなんて珍しい。


「素材の買取を頼む」

「いやぁぁぁ! 来ないで。そんな姿でこっちに来ないで痴漢変態空気!!」

「一体俺がなにをした!」


 酷い言われようである。


 晴輝は犯罪者ではない。

 犯罪者面でもない。


 どこからどう見ても善良な一般冒険家ではないか!

 それをここまで拒絶するとは……。


「あのぅ、空星さん」

「なんだ?」

「さすがにその姿でお店に入るのはどうかと……」


 言われて、晴輝はようやく気づいた。

 ヌメヌメウナギが放出した分泌液で、体がヌタヌタのデロデロになっていることに……。



 ヌメヌメした晴輝は、エスタにさえ避けられて傷心。

 井戸水を荒行のようにかぶって体中のヌメヌメを、涙と共に洗い流した。


 素材を販売し、お土産に狩ってきたイナゴをエスタに与えてご機嫌取りをする。

 その後、晴輝は満を持して七輪に入れた熱石を叩いた。


 収穫したウナギを小さく切って網の上へ。

 フツフツと、ウナギの脂が浮かび上がり、熱石に落下し煙を上げる。


「んー、良い匂いねえ」


 鼻をヒクヒクさせる朱音。

 その手にはきちんと箸が握られている。


「……何故お前がいるんだ」


 当然ながら、晴輝は彼女を呼んでいない。

 炭焼きを始めた途端に、まるで誘蛾灯に集う羽虫のように近寄ってきたのだ。


「アタシのお店をヌメヌメだらけにしたんだから、お詫びをくれてもいいんじゃない?」

「……」


 確かに、晴輝は体中にヌメヌメを付着させたままお店に上がり込んだ。

 悪いのは晴輝だ。お詫びにウナギをご馳走するのもやぶさかではない。


 だが何故だろう。

 朱音に求められると、拒みたくなる。


 茶碗にご飯を盛り付け、その上に白蒲焼きを載せる。

 わさび醤油があれば最高だったが、ないものは仕方ない。

 上に梅塩を振りかけて完成。


「「「いただきます!」」」


 晴輝と火蓮が白蒲焼きを口に運ぶ。

 朱音もマイ箸で器用に持ち上げかぶり付いた。


「――ッ!」


 口の中に広がるウナギの脂。

 筋肉がほどよく締まっていて、噛めば噛むほど肉の甘みがしみ出してくる。

 筋肉に混じった軟骨がコリコリとして、最高の食感である。


 濃い味付けで誤魔化さない分、素材が持つ本来の味がより鮮明になっている。


 味は白身魚。

 食感は蒲焼きに代表されるウナギではなく、ヤツメやヌタウナギに近い。


 身に泥臭さは全くない。

 炭の香りが実に香ばしい。


 もしこれでウナギのタレがあれば。

 あるいはわさび醤油があったなら。

 晴輝はあまりの美味さに意識を失っていたかもしれない。


 晴輝は感動しながら白蒲焼きを噛みしめた。

 これほど美味いウナギを食べたのは始めてだった。


「素晴らしい……」

「えぐ……えぐ……」

「ハフハフ!」


 火蓮は涙を流しながらも口を動かしている。

 朱音は、必至に白蒲焼きを口にかっこんでいる。


 ガツガツと白蒲焼きを堪能していると、イナゴを食べ終えたエスタが晴輝に体を擦り付けてきた。


「ん、なんだ。エスタも食べたいのか?」


 焼けたウナギをプレゼントする。

 エスタが足を一斉に上げてバンザイ。

 感情表現が実に器用だ。


 逆にレアは晴輝らとは一定の距離を保ったまま動かない。

 晴輝が「いる?」と尋ねても、ふるふると葉っぱを横に振り、脇に用意しておいた水筒を傾け、器用にプランターの土を湿らせた。

 彼女はあまり、ウナギに興味がないようだ。


 10匹のウナギは、あっという間に3人と1匹の腹の中に消えてなくなった。


          *


 そろそろレベリングをしないと。

 14階を制圧しながら、晴輝は考えを巡らせる。


 スキルレベルは問題ない。

 晴輝もレアも火蓮も、魔物に対応出来ている。


 だが、基礎レベルがやや心許なくなってきた。

 それを、13階と14階の狩りで思い知らされた。


 それまで20・30匹狩っても軽いレベルアップ酔いだけで済んでいたのだが、10匹ほどでレベルアップ酔いを感じ、また時々強い頭痛を感じることもある。


 基礎レベルが、階層レベルに追いついていない。


 晴輝らは冒険家としてまだ1年目だ。

 中層に出て中級冒険家になりはしたが、他の冒険家と比べて圧倒的に戦闘経験が少ない。


 戦闘経験が少ないと、突発的な出来事への対処が遅れてしまう。


 戦闘経験は一朝一夕に積み重なるものではない。どうしても時間がかかる。

 晴輝は現状、ダンジョンを攻略する上で足りない戦闘経験を、スキルや基礎レベルで補うしかない。


 スキルや基礎レベルが高ければ、突発的な出来事にも対処出来る。


 ただスキルはボードでどうにでもなるが、基礎レベルは地道なレベリングを行わなければ上がらない。


 予想外の出来事が起って事故に繋がる前に、どこかで腰をすえて基礎レベルを上げた方が良いだろう。



 14階のボスが放出したヌメヌメはかなり強力で、晴輝の攻撃の一切が通じなかった。

 しかし火蓮の雷撃が面白いように決まり撃破出来た。


 ボスは晴輝よりも火蓮の魔法のほうが、相性が良かったようだ。


 粘液でデロデロになったボスがズププと、あたかも排水溝に大量の水を流したような音を立てて粘液ごとダンジョンに取り込まれていく。


「うぷぷ……」


 一人でボスを倒すと、レベルアップ酔いが厳しいのか。

 一番の功労者である本人は喜びもせず口を押さえて蹲ってしまった。


 緩い寒天のようなヌメヌメに包まれたボスが消えて、ドロップと階段が出現。


 ドロップはヌメヌメウナギの皮と、


「……ウナギのレプリカ?」


 素材不明のヌメヌメウナギの人形が2つだった。

 手にするが、晴輝には特になにかがありそうな気配が感じられなかった。


 あとで朱音に鑑定してもらおう。



 15階は14階とは打って変わって、からっと乾いた草原だった。

 時々風が地面の砂を舞上げて、茶色く空気を染めている。


 ゲートをアクティベートした晴輝は、早速索敵を開始する。


 じり、と晴輝のうなじが粟だった。

 どこからか、殺気を感じる。


 いままでの階層とは明らかに質の違う強い気配に、晴輝はツバを飲み込む。


 晴輝の探知が1匹の魔物を捕らえた。


 即座に戦闘態勢。

 2本の短剣を抜いて構えたとき、前方から白銀の毛並みを持つ魔物が現われた。


「――ワーウルフ!」


 途端に晴輝の血が沸き立った。


 ワーウルフとは、以前スタンピードで一度だけ戦ったことがある。

 その時は、もう二度と戦いたくはないと思った。


 だがレベルアップするにしたがって、晴輝は次第にあの魔物との再戦を望むようになっていた。


 あの強さが、美しさが、

 晴輝の脳裏に焼き付いて、離れなかった。


 あの頃と比べて、自分はどれくらい強くなったか。

 今の力が、どこまでワーウルフに通用するか。

 晴輝は気になって仕方がない。


 ようやっと見つかった。

 ようやっと、たどり着いた。


 晴輝は口を斜めにして、一気に飛び出した。


 晴輝とワーウルフが中間で衝突。


 ――ィィィイイイン!!


 短剣と爪がぶつかり、甲高い音を響かせる。


 腕力は、互角。

 敏捷も同じ。


 だが、晴輝は後ろに下がった。


 その晴輝の鼻先をワーウルフの爪が通り過ぎる。


「相変わらず綺麗だな」


 晴輝の背中を冷や汗が流れ落ちる。

 もし退避の判断がコンマ1秒でも遅れていれば、いまごろ晴輝の側頭部に深々と爪が突き刺さっていただろう。


 ワーウルフの動きは、晴輝のそれより美しかった。

 動きに無駄がないからこそ、同じ敏捷性でも連撃が速く届く。


 晴輝の背筋がゾクゾクと震えた。


 いいね。

 実に良い!


 晴輝はこれまで、ワーウルフの動きを模倣してきた。

 さらに動画で、剣術の達人の動きも学んだ。


 だがそれでも足りない。


「まだまだだな」


 実際に比較して足りなかったのは、以前に戦ったワーウルフが弱かったからじゃない。

 晴輝が記憶を思い起し続けたせいで、僅かに摩耗していたから。

 気づかぬうちに、晴輝の中に息づくワーウルフの映像が劣化していたのだ。


 もう一度、最初からやり直しだ。

 今なお手が届かず残念だと落胆する反面、それ以上にやる気が湧き上がってくる。


 自分が想像した美は、まだまだ上があった。

 それが判っただけでも、大きな収穫だ。


 まだ先がある。

 まだ先に行ける。


 だから集中しろ。

 集中するんだ!


 晴輝は意識が深い場所へと潜っていく。


 集中し、集約し、想像し、想定する。

 仮定し、試行し、調整、再試行。


 晴輝は何度もワーウルフに攻撃を繰り出す。


 斬って、突いて、蹴って、受け流す。

 退避し、反転、踏み込み、カウンタ。


 危うい攻撃は、レアがすべて弾いてくれる。

 だから晴輝は安心して、深く意識を潜らせる。


 時々、火蓮が叫ぶ。

 同時に晴輝は退避。


 瞬間。明滅。

 激しい雷鳴が耳を劈いた。


 だが火蓮の雷撃は、コンマ1秒もワーウルフをスタンさせられない。


 通じないわけじゃない。

 スキルの威力が、弱すぎるのだ。


 それでも僅かな隙が生まれた。

 素早く動いてワーウルフを大きく揺さぶる。


 ワーウルフが深く踏み込む。

 その刹那。

 火蓮がワーウルフに、再び雷撃を見舞った。

ヌメヌメウナギ=ヤツメウナギ+ヌタウナギ

8対の目がある設定の魔物です。(注:ヤツメウナギの八ツ目と言いつつ目は2つです)

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