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冒険家になろう! スキルボードでダンジョン攻略(WEB版)  作者: 萩鵜アキ
3章 最凶の魔物を倒しても、影の薄さは治らない
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日本の魂を手に入れよう!

「火蓮、下がるぞ!」


 晴輝は声を上げて後ずさる。

 だが魔物の群はその声に反応した。


 草むらから大量に姿を現した。

 魔物の群が黒い煙のように舞い上がり、一斉に晴輝らに襲いかかってきた。


「――ヒッ!!」


 ――タタタタタン!


 晴輝の背後で火蓮が息を飲んだ。

 火蓮とは対象的に、レアは既に魔物の群に向けてジャガイモ弾を連射している。


 チャチャ相手には致命打とならなかったジャガイモ弾が猛威を振るう。

 現われた魔物を空中で四散させていく。


 魔物の防御力は、チャチャに比べ相当低い。

 だが敏捷性能が高い。

 跳躍した瞬間は、晴輝でも見失いそうになる。


 そんな魔物相手にジャガイモ弾をピンポイントでヒットさせる、レアの射撃のコントロールは凄まじい。


 ジャガイモ弾であっさり撃ち抜かれる柔らかな装甲。

 俊敏な動きを可能にする、太い足。

 草木に擬態する、緑色の体。


 現われた魔物は、


「イナゴか」


 50から70センチほどもある巨大イナゴだった。

 レアが葉をトゲトゲさせているのは、イナゴがレアにとって天敵だからか。


 しかしイナゴ。

 短剣でイナゴを切り刻みながら、晴輝はそのあまりの多さにうんざりする。


 食料階だから期待していたんだが……いや、食料ではあるのか?

 イナゴの別称はオカエビで、長野県では佃煮として食べられていた。


「イナゴはエビの味で――」

「空星さんダメですイケマセン!」


 杖先から雷を発射する火蓮が、悲鳴のような声を上げた。


 そこまで危機感を露わにしなくても……。

 まるでイナゴを無理矢理食べさせられるとでも思っているかのような反応である。

 火蓮の声に、晴輝は苦笑した。


 晴輝は短剣を振るい、次々とイナゴを処理していく。


 晴輝はイナゴの魔物のWIKI攻略データをチェックしていない。

 強いのか弱いのかさえ判らない。


 見た目はまるきり弱そうだ。

 実際11階のチャチャと比べると、目を見張るのは敏捷のみ。他はパッとしない。


 装甲は晴輝が蹴りを入れるだけで死んでしまうほど脆い。

 火蓮の雷撃など、イナゴを貫通して分岐し、さらに複数のイナゴを感電死させている。


 力も、12階の魔物としては低いように晴輝には感じられた。


 このまま押せるか?

 そう思ったのもつかの間、晴輝はイナゴの群に押されていく。


 数が尋常じゃない。

 一体何匹いるのやら。数えることさえ出来ない。

 まるでモンパレだ。


 晴輝の短剣とレアのジャガイモ。

 さらに火蓮の雷撃があっても押されてしまう。


「一旦逃げるぞ!」

「は、はい」


 合図と共に、晴輝らは一斉にゲートに向かって走り出す。


 幸いだったのが、イナゴがかなり脆いこと。

 たった1撃で殺せるので、退路を切り開くのは容易だった。


 逃げ道を塞ぐイナゴを切り払い、晴輝は道を拓いていく。

 背後から迫るイナゴは、レアの連射と火蓮の雷撃によりなぎ払われる。


 晴輝らは無事にゲート前まで到達。

 その頃には、イナゴの群は草むらの向こうへと引き返していった。


 まるでスズメバチに追いかけられたような気分だった。


「一体なんだったんだ……」

「ここはまた、酷い階ですね」


 火蓮が早くもおなかいっぱいといった顔をした。

 晴輝にもその気持ちはよくわかる。


 イナゴはかなり倒したはずだが、レベルアップ酔いはちっとも感じない。

 どうやらここは、低レベルの魔物が大量湧きする階層らしい。


 防御が弱くてすぐバラバラになるので、素材も期待出来ない。


 うま味が非常に少ない。

 この階は、足早に通過しようと晴輝は方針を定める。


 ――だが、どうやって通過する?

 晴輝は顎に手を当てて、じっと平原を睨み付けた。


 先ほど晴輝は、考えなしにまっすぐ進んでいった。

 平原には草が大量に繁茂している。


 かわってダンジョン壁周辺には草がない。


 壁際に獣道があり、中央が草。

 その構図はまるで、連作障害対策に緑肥作物を植えた畑――休閑中の農地のようである。


「空星さん、どうしますか?」

「うーん。ひとまず壁際に進んでみようか。ダメそうなら一旦引き返す」


 背中では依然として、レアが草むらを睨みながらトゲトゲしている。

 そんな彼女を宥めつつ、晴輝は壁際を進む。


 常に全力で探知を行いながら、しばらく壁際を進む。

 草むらには多数のイナゴが潜んでいた。

 だが10メートルまで近づいても、イナゴが晴輝らに襲いかかる気配がない。


 壁が苦手なのか?


 晴輝は試しに、ダンジョンに攻撃と判断されぬよう、壁に解体用のナイフを突き立てた。

 1センチほど削り、砂を練り固めてイナゴに投げつける。


 ッパァァァン!


「――あ」


 力加減を間違えて、イナゴが粉々になってしまった。


「……空星さん、一体なにをやっているんですか?」


 晴輝に火蓮の、冷たい視線が突き刺さる。

 対してレアは『いいぞもっと殺れ!』と晴輝を褒めてくれた。


 11階までの魔物より、イナゴの装甲が遙かに弱すぎる。

 手加減をしてもイナゴが死んでしまう。


 晴輝は再度、ダンジョン壁を削って団子状にし、イナゴに投げた。

 今度は子供に玉を渡すつもりで、軽く放った。


 壁団子はイナゴの目の前に落ちた。

 だがイナゴは団子を軽く回避しただけで、ほとんど動かない。


「……うーん」


 益々判らなくなった。


 まず、ダンジョン壁にイナゴが苦手な成分が含まれているわけではなさそうだ。

 軽く避けたことから、玉に気づいてないわけではない。


 だが、何故玉を放った晴輝に襲いかかってこないのだろう?

 先ほどは大量に襲いかかってきたというのに……。


「もしかして、草か?」


 イナゴにとって、草がテリトリーなのか。

 あるいは行動可能範囲が、草むらに限定されているのか。


 そう予測を立てた晴輝は、足早に壁際の道を進んで行く。


 どこかに中央に通じる道はないか?

 探していると、見つけた。

 途中で草が割れ、一本道が中心部へと向かっている。


「これ、罠に見えません?」

「うん。罠っぽいよな」


 両サイドはイナゴが生息する草むら。

 その中央を突っ切る細い道。


 なんのガードもない。

 襲いかかられたら逃げることさえ出来なくなる。


「やっぱり、イナゴ攻略についてはWIKIをチェックした方がよさそうだな」


 ブログにもイナゴの魔物への対処が書かれているかもしれない。

 ネットをチェックして出直そう。


 そう思ったとき、晴輝の探知が戦闘の気配を感知した。

 戦闘が行われているのは、一本道の向こう。


「誰かいるのか?」


 しかし一体誰が?


 目をこらすと、通路の向こう側にイナゴの大群が見えた。


 イナゴが宙を舞い、空気を黒く染める。

 そのイナゴと戦っているのは、金色の植物。


「あれは――!!」


 気がつくと同時に、晴輝の体は無意識に動いていた。


 全身を荒ぶる血液が駆け巡る。

 鼓動が、体を熱くする。


「か、空星さん、どうしたんですか!?」

「火蓮、レア、全力だ。全力でイナゴを皆殺しにするんだ!!」


 この日、晴輝は始めて明確な殺意を持って魔物の浄化を決意した。

 背中のレアが、力強く晴輝の指示に頷いた。


 何故ならイナゴと戦っているのは、金色の植物――稲だったのだから!


 晴輝の瞳に宿った、農家の魂が燃え上がる。


 待ってろ銀シャリ!

 いま助けにいくからな!!


          *


「――で、なにか言うことはありますか?」

「いえ。すみませんでした」


 戦闘が終結したあと、晴輝は仁王立ちする火蓮の前で正座をさせられていた。

 ……いや、自主的に正座をした。


 背後に風神雷神を召喚して笑顔で佇む火蓮を見れば、誰だって正座をしてしまうだろう。

 もし正座をしない奴がいるなら、そいつは生存本能が著しく欠如している。


 晴輝がメラメラと燃え上がり乱入したのは、イナゴと稲の戦闘だった。

 戦闘というより戦争に近い。


 イナゴは稲を食わんと空を飛び、

 稲は身を守ろうとイナゴに米の弾を飛ばす。


 2種族の戦争に飛び込んだ晴輝は、米の弾丸を避けながらイナゴを駆逐していった。


 そんな場所に対策なしに飛び込んだのだ。

 攻撃を受けないはずもない。


 当然、晴輝は米の弾丸を受け、イナゴの突進を食らった。

 だがリザードマンがドロップした鱗の上衣のおかげで、晴輝は一切の怪我を負わなかった。

 レアも、晴輝の体に密着して米弾をやり過ごし、イナゴの襲撃には殺意がたっぷり塗られたジャガイモ石で応えていた。


 苦労したのは火蓮だ。

 米とイナゴが飛び交う戦場に踏み込んでしまった火蓮は、半泣きになりながらも雷撃魔法でイナゴを駆逐していった。


 火蓮の攻撃では手数が足りない。

 彼女を救ったのは、晴輝同様に荒ぶったレアだった。


 レアは火蓮に迫るイナゴすらも、余すこと無くすべて打ち落とした。


 幸いだったのが、イナゴと稲の敵意が、一斉に晴輝らに向けられなかったことだろう。

 互いの憎悪は晴輝らが乱入しても、微塵も揺るがなかった。


 もしこれで憎悪が晴輝らに少しでも傾いていれば、悲惨な目に遭っていたに違いない。


「命を落としていたらどうするんですか」

「本当に、申し訳ない……」


 晴輝は両手を揃え、深々と頭を下げる。


 火蓮の怒りは最もだ。

 晴輝は米の誘惑に負けて、彼女を危険な目に遭わせてしまったのだから。

 全面的に晴輝が悪い。


 だが、目の前に稲が現われたのだ。


 久しぶりに米が食べられる。

 そう思った晴輝が、暴走してしまったって仕方が無い。

 きっと日本人の大半が晴輝に情状酌量を与えてくれるだろう。


 米は他のダンジョンでも出現する。

 有名なのは新潟だ。

 上層で稲の魔物が出現するため、新潟ではある程度米が市場に供給されている。


 しかし北海道では主に中層からの出現となる。

 現在稲が出現するダンジョンは旭川で、15階から。

 車庫のダンジョンでも12階。中層だ。


 中級冒険家でなければ収穫しに行けないため、どうしても大量に供給が出来ない。

 食べたくても、食べられないのが現状なのだ。


「判決を言い渡します」

「はい」

「地上に戻ったら、空星さんは私のためにお米を炊いてください」

「はい……はい?」

「それで赦します。あ、当然ながらご飯が進むおかずは必須ですからね?」

「…………任せろ!」


 晴輝は拳を握りしめて立ち上がる。

 火蓮の望み通を全力で叶えようじゃないか!

 その程度で赦してもらえるならば安いものだ。


 晴輝は解体用ナイフで、倒れた稲を刈り取っていく。

 ついでにイナゴにも手を伸ばし、


「空星さん。佃煮はダメですからね?」

「え、でもエビの味――」

「ダメですからね?」


 ニコニコ顔で凄まれ、晴輝は背筋を震わせ手を引っ込めるのだった。

稲の収穫目前に出現するイナゴ。

……絶赦。

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