閑話 とあるヒロインの1日
情○大陸風味
語り始めた、いまの自分。
「(漠然とした不安)」
「(独りで部屋にいるときに、ふっと寂しくなることがある)」
北海道某所。
田園風景に囲まれた一軒家の二階に、彼女がいた。
【レア(0)】 職業:冒険家(自称)
いままさに姿を現した日光を、彼女は全身で受け止めている。
~いまはなにをされているのですか?~
「(食事中よ)」
彼女の言葉は非常に少ない。
朝一の甘い日差しを取り込むのに熱中しているのだ。
しばし日光に体を任せたあと、彼女はおもむろに近くにあった桶の水を土にかけた。
そうすることで、プランターに詰め込まれた土が乾燥することを防いでいるのだ。
水やりをおえると、再び日光に集中する。
その眼差しは、とても真剣である。
朝日が出てから1時間ほど経った頃、部屋に一人の男性が訪れた。
顔は仮面で被われ、首からは羽が生えている。
何故か体は見えにくい。
仮面と羽以外の存在感が希薄なのだ。
「おはようレア」
一見すると、魔物か悪魔と見まごう人物である。
しかし彼こそが、彼女のパートナであった。
彼女は男の鞄に入り背負われた。
背中の鞄の中こそが彼女の仕事場だった。
彼女は運転席に乗るドライバのように、男の方に手を置いた。
その表情には、これからの仕事に向けた気合いが満ちている。
家を出たところで、一人の女と合流する。
女は男のチームメンバーである。
その女に対し、彼女は威嚇を開始した。
そうすることで、立場の違いを明確にしているのだ。
「ん? どうした?」
不意に、気配に気づいた仮面の男が振り返った。
だが彼女はすぐに雰囲気を取り繕う。
朝一の威嚇は、決して男に気づかれぬよう行う。
これこそが彼女の、プロフェッショナルとしての技量の高さの表れであった。
彼女がこれから赴くのは『ダンジョン』。
誰しもが知る、危険な場所である。
命を落とす可能性のある『ダンジョン』。
そこに足を踏み入れる彼女達は、いわゆる冒険家だ。
~なぜそんな危険な仕事を?~
「(彼を一人にすると、うっかり死んじゃいそうだから)」
「(保護者みたいなものよ)」
魔物が現われると、男が魔物を討伐する。
その男が、決して攻撃を受けぬようサポートする。
男に近づくあらゆる危険を除去するのが、彼女の仕事だった。
反撃や攻撃を、自らの弾丸で次々とはじき返していく。
この間、男は常に動き回っている。
動き回る男が背負った鞄に座した状態で、刹那に戦況を判断し、正確なポイントに弾丸を射出する。
仮面の男には、決して指一本振れさせない。
彼女の攻撃は正確無比だった。
まさにプロフェッショナルの仕事である。
今日も、男はダンジョンから無傷で帰還することが出来た。
その結果に、しかし彼女は満足げな表情を浮かべることはない。
あるのはプロフェッショナルとしての厳しい視線。
ダンジョンを出られた彼女の仕事は、ここが正念場だった。
このまま無事に、『何事もなく』家に帰らなければいけない。
――女を、仮面の男に近づけてはいけない。
男に近づくあらゆる危険を除去するのが、彼女の仕事である。
羽虫1匹近づけてはいけない。
彼女は次第に、葉をトゲトゲと変化させていく。
「火蓮。今日は夕食を食べていくか?」
「は、はいっ!」
「ちょおっと、空気のー!」
遠くから、なんでも屋の女の声が轟いた。
彼女ら全員が認める、アホの子である。
「空気ぃ、コレを貸してほしいんだけど」
アホの子が女を指さした。
「どうしたんだ?」
「ちょっと採寸が間違ってるみたいなのよ」
「採寸?」
「ええ。アンタ、胸のあたりダブついてない?」
「うぐ――」
アホの子の言葉に、女は心臓を打ち抜かれたように苦悶の表情を浮かべた。
「きちんとフィットするように直したいんだけど」
「なるほど。火蓮、時間はあるか?」
「え、ええ……はい」
「じゃ、行くわよ」
アホの子が女を連れてプレハブに移動した。
その姿を見て、彼女は葉を握りしめた。
トゲトゲとした雰囲気を和らげる。
これで平穏無事に、本日の大仕事が終わった。
今日、彼女の表情に始めて、満足げな笑みが浮かんだ。
家に戻ると、彼女は自室に入って日が落ちるまで、本日最後の日光に身を任せる。
仕事を終えてもまだ、彼女は孤独な戦いが続けていた。
冒険家にとって、体調管理は欠かせない。
日が落ちるとすぐに眠りにつく。
「(……)」
しかし、すぐに眠れるものではない。
「(漠然とした不安)」
「(独りで部屋にいるときに、ふっと寂しくなることがある)」
一人、暗がりの中佇む彼女から、呼吸音が小さく響く。
その音はやや、ため息に近かった。
「レア、起きてる?」
「(……!)」
暗い部屋の中に、すぅっと光が差し込んだ。
仮面の男が彼女に近づき、手を伸ばした。
彼女は男に、触れられるがまま触れられる。
時々思い出したように、男の手の甲をペチっと叩く。
だが男はその衝撃も、喜んで受け入れる。
時々、彼はこうして部屋に訪れる。
その日の夜だけは、彼女は心穏やかに、ぐっすりと眠ることが出来た。
最後に、彼女に尋ねてみた。
~この生活が辛いと感じたことは?~
「(あるわよ。もう辞めたいってね)」
「(けどね……)」
「(ずっと幸せで、何もかもが上手くいく。そんな世界なんてどこにもないのよ)」
「(幸せが姿を見せるのはいつも一瞬)」
「(その一瞬のために)」
「(私は生きていくのよ)」
※本編は以前行われた『神様の名前当てクイズ』で、正解者にプレゼントされたナンセンスなSSです。
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