モンパレに向けてレベルの底上げをしよう!
希少種であるリザードマンの索敵範囲に入らぬよう、カゲミツは晴輝の戦闘を注意深く見守る。
戦い方はヒットアンドアウェイ。
――だとカゲミツは考えていたが、意外にも足を止めた連続攻撃だった。
相手の攻撃はスウェーで躱し、
危うい攻撃は植物の攻撃ではじき返す。
カゲミツは素直に、感心した。
短剣装備人口が少ない現在、短剣での戦い方を研究する人材はまずいない。
そのため、どうしたって大剣や長剣の二番煎じみたいな戦い方になってしまう。
それならわざわざ短剣を使う必要はない。
大剣や長剣でいい。
しかし彼の戦い方は、彼自身のものだった。
大剣や長剣などの動きの基礎は流用しているが、一撃の強さではなく、回転数に重きを置いている。
一撃が強いと戦闘時間が減る。
戦闘時間が減ると、命を落とす確率が減る。
だから皆、一撃の強さを重視する。
間合いの狭い短剣で、しかも足を止めて攻撃の回転数を優先するのは、ただただ命を落とす可能性を増やすばかりのようにカゲミツには思えた。
だが彼は違った。
敵の攻撃がしっかり見えている。
しっかり見て、見定めて、
その後の追撃も予測して、スウェーのみで回避している。
これが出来る中級冒険家は、カゲミツが知る限りどこにもいない。
短剣使いなので、他と比べようもないが……。
「どう思う?」
「……ちょっと足りないね」
「だな」
カゲミツが尋ねると、ヨシとヴァンが同じ意見を口にした。
もちろん、カゲミツも同意見だ。
空気は10階で狩る分には、一切問題ない実力がある。
むしろ12階くらいまでなら楽々到達出来るだろうレベルである。
だがモンパレに特攻するとなると、殲滅速度が圧倒的に足りない。
魔物1匹倒すのに10秒以上はかけられない。時間がかかると、一気に魔物に圧殺されてしまうからだ。
モンパレに特攻するなら最低でも1匹あたり10秒。
出来れば平均5秒で倒せた方が良い。
しかし戦闘が始まってから20秒が経過した現在でも、空気はいまだに魔物を倒しきれていなかった。
「……カゲミツさん、どうするの? このままモンパレに突っ込ませたら、きっと彼、死ぬよ?」
「うーん」
指摘されるまでもなく、カゲミツは気づいている。
だが、モンパレに突っ込めそうな冒険家が他に見当たらない。
少なくとも、現在札幌に残っている冒険家は初級ばかり。中級以上はエアリアルを残して新宿に発ってしまっている。
残った初級冒険家を中層まで引っ張ることは可能だ。
だが死なない程度に鍛え上げる時間はない。
現状のエアリアルに切れる手札はない。
だからこそカゲミツは、モンパレを一人で殲滅した空気の噂に飛びついたのだが。
――狙いがはずれたか。
カゲミツは表に出さず、内心落胆する。
「動きに悪手が多いな。やっぱ冒険家歴が短いだけあって、戦闘経験が足りてないな」
「なあ、どうする?」
「……もう少し様子を見るべ。まだ慌てるほど、モンパレも活性化してないようだしな」
ただのモンパレであれば違っただろうが、今回は希少種が率いている。
モンパレが活性化すれば、スタンピードは十分起こりうる。
もしいま『ちかほ』でスタンピードが起きれば……。
札幌は確実に、新宿の二の舞になる。
カゲミツが札幌に残ったのは、ダンジョンにもしもの事があったときのための保険だ。
ダンジョンはいつ、なにが起るか判らない。
それを先のスタンピードで嫌と言うほど理解した。
(日本を救いに行った奴らの帰ってくる場所くらい守れねえと、ランカーの名折れだからな)
札幌に残ったランカーとして、札幌を守り抜く。
たとえいまある希望が小さくとも、必至に縋り付いて、最高の未来を手に入れるのだ。
1匹目のベロベロをようやっと倒し終えた空気が、がくっと地面に膝をついた。
「……ん? レベルアップ酔いか?」
「いや、さすがにレベルアップ酔いは早すぎでしょ」
「たぶん、スタミナだと思うけど……」
それぞれが憶測を呟く。
10階の魔物を倒したからといって、膝を突くほどのレベルアップ酔いは起らない。
少なくとも、エアリアルのメンバーが中級冒険家になってから、膝を折るほどのレベルアップ酔いに罹ったことは1度たりともなかった。
それはパーティで経験値を分け合い、さらに安全マージンを必要以上に取っているせいもあるのだが。
カゲミツの経験上、冒険家がダンジョンを攻略するために不可欠な要素が3つある。
1つ、肉体レベル。
2つ、技術レベル。
3つ、戦闘経験。
戦闘経験と肉体レベルを欠いた状態で強い魔物を倒せるほど、魔物は容易くはない。
戦闘経験の少ない初級上がりの空気が、魔物を倒して得た経験に酔うほどレベルが低いとも、ましてや圧倒的に格上の魔物を倒せるとも、カゲミツには考えられなかった。
だからカゲミツは、おそらく空気はスタミナ切れを起したのだろうと帰結した。
たった1戦。1分未満の戦いでスタミナ切れなど普通は起こさないが、レベルアップ酔いよりは現実的だった。
「どうする空気。休憩す――」
「次!」
空気がカゲミツの声を遮った。
その鬼気迫った声に、カゲミツは一瞬言葉を失った。
空気の瞳には、疲れや酔いを感じさせない、強い光が灯っている。
それを確認したカゲミツが、真剣な表情でいた。
「わかった。ヨシ」
視線で合図し、ヨシに魔物を引きつけて貰う。
スタミナは、大丈夫だろうか?
まさか雑魚との連戦で、さくっと殺されないだろうな?
もし彼が危うくなったら、すぐに助けに入れるよう、カゲミツは緊張感を高めていく。
カゲミツの心配はしかし、
「次!」
「次!」
「もっと!」
「遅い!!」
空気の追加注文により、かき消える。
「お、おいおい。あいつ、いつまで戦うんだ?」
「カゲミツさん。そろそろ止めないとヤバイんじゃない?」
「あれを止めろって? ……馬鹿いうなよ」
さすがのカゲミツでも、現在の空気を止めるのは気が引ける。
というのも、彼の動きが、戦闘を重ねる毎に目に見えて良くなっていくのだ。
まるで、これまで戦い方を忘れていた名のある冒険家のように。
カゲミツの背筋が、だんだんと冷たくなっていく。
背筋の冷たさとは裏腹に、血液は熱を帯びる。
はじめは1分近くかかった戦闘も、次の戦闘では40秒。
その次が30秒、20秒、15秒……。
どんどん縮まっていく。
攻撃にもキレが増した。
攻撃速度と力強さが、明らかに上がっている。
相手の隙を突く攻撃は、カゲミツも舌を巻いた。
相手を揺さぶり隙を生んだ動きは、思わず声を上げたほどだ。
空気は、急成長している。
その成長速度はガチ勢と呼ばれるカゲミツの、一般のものとはかけ離れた常識さえ置き去りにする程のものだった。
「レベルアップしてる?」
「馬鹿を言え。ベロベロを数匹狩ったくらいでレベルアップしてりゃ、俺たちはいまごろ30階を制覇してる!」
「確かに、レベルアップは違うかもしれないけど……」
「じゃあ仮面の能力か? 戦闘時間によってバーサク化するとか?」
「違うな」
狂戦士化すれば、声色や態度に現われる。
だが彼からは、狂戦士化した雰囲気は感じられない。
おそらくは、最善の1手を選べるようになっただけ。
自らの経験を元にカゲミツは、空気の変化を無理矢理結論づけた。
「たぶん、なまら目が良いんだべ」
口にした途端に、カゲミツの背筋が震えた。
空気はこの短時間で、ベロベロの弱点を完璧に見抜く目を持っている。
それも強い冒険家が、ではない。
中層に足を踏み入れたばかりの、初級冒険家上がりがだ!
10度、20度の戦闘を終えるころには、ついに空気は最善手のみでベロベロを討伐出来るようになった。
そこで終わりかと思いきや、
「次!」
空気はまだ魔物を要求した。
「い、いやいや。もういいだけ狩った――」
「もっとだ!!」
「……っは!」
顔を引きつらせながらも、カゲミツは笑う。
こいつ、狂ってやがる。
「おうヨシ。アイツがぶっ倒れるまで延々と魔物を引き続けろ」
「え……でも」
「いいからやれ」
空気が一体どれだけの魔物を連続で倒せるか。
カゲミツはいま、それだけが気になって仕方がなかった。
人類の、冒険家の、己の、限界点を突破する。
その一部始終が、見られるかもしれない……。
魔物をおびき寄せるヨシの顔が引きつる。
きっと自分の引いた魔物が、空気を殺す未来を恐れているのだろう。
「大丈夫だ」
ヨシを安心させるよう、カゲミツは大きく頷いた。
「もし空気が殺されそうになったら、そのときはオレが全力で助けに入る」
「……はい」
*
気がつくと、晴輝はうつ伏せで倒れていた。
背中がレアの葉で痛い。
ぺしぺし、ぺしぺしと、叩かれ続けている。
その叩き方は「大丈夫?」と言うより、「ちょっと苦しいんだけど!」という不満だ。
……もう少しいたわってほしいんだけど。
苦笑しながら、晴輝はゆっくり起き上がった。
「おう、起きたか。水飲むか?」
「ああ。ごめん。久しぶりに倒れた」
「久しぶり?」
「いままでチームメンバーに戦闘時間を調整してもらってたからしばらくは無かったんだが、その前まではたまに倒れてた」
「…………ぶっ倒れたまま死んだらどうすんだよ」
「そう言われて怒られた」
そのときの火蓮の表情を思い出し、晴輝は苦笑する。
「手を煩わせて悪かった」
「いや、魔物は全部狩った後だからな。オレらはお前の目が覚めるまで待機してただけだ」
だがそのおかげで、晴輝は命を落とさなかった。
晴輝は頂いた水で喉を潤す。
レアにもたっぷり水を与えた。
「ベロベロと戦った感想はどうだ?」
「はじめは武器の間合いに戸惑ったな」
魔物の思考パターンもそれぞれ違っていた。
だが飼い主との戦闘経験から、おおよその感覚は掴めていた。
それを元に、ベロベロに重ねる。
さらに晴輝はカゲミツらの動きの骨子を模倣した。
これが、なかなか難しかった。
それも当然だ。
下層に手を伸ばす冒険家の動きを、いくらスキルの補助があろうとすぐに真似られるはずがない。
晴輝はただひたすら、試行錯誤を繰り返した。
レベルアップのせいか、あるいは加護の発現が原因か。
戦闘を繰り返すうちに、自らの身体能力の変化に晴輝は少しずつ気づいていった。
全力を出しても、まだ上があるように感じられるのだ。
いつの間にか上昇した新たな天井へと、晴輝は戦闘を繰り返しながら近づいていく。
根気強く模倣を繰り返し、動きを修正し、己の限界――天井に向かう。
結果、50匹狩る頃にはベロベロに後れを取らなくなった。
そうして集中力が最高潮に達したとき、晴輝は見た。
視界の中で、仄かに輝く白い光を……。
これがなんなのか。
意識した途端に、消えてしまった。
再び見たいと思えば思うほど、光は灯らない。
逆に集中力が上がると、ポッと光は浮かび上がった。
集中しているから、即座に反応出来ない。
しかし反応しようとすると、消えてしまう。
……一体あれはなんだったんだ?
浮かんだ光が気になって気になって、
晴輝は次々と魔物のおかわりを要求し、そして倒れた。
結局あれがなんだったのかは判らずじまいだった。
もう少し戦えば判るような気はするんだけど……。
水の入ったボトルをカゲミツに返却し、晴輝は体を隈無くチェックする。
全力で様々な動きを試したが、どこかが痛んでいる様子はなかった。
ただ、体は重い。
ぶっ続けで戦ったのだから、これは仕方ない。
「そろそろ戻るか?」
「今何時だ?」
「丁度14時だな」
「じゃあ、もう少し狩る」
「……え?」
「ん、このあとなにか予定が入ってるのか?」
「いや、なにもないが」
「なら狩る」
「えっと……」
カゲミツが困惑した表情を浮かべてヨシとヴァンの顔を見た。
予定はないと言っていたが、実はあるのか。
「無理を言って済まない。なんなら俺一人でも――」
「いやいやいや! 大丈夫。問題ない。お前がやるなら、付き合うぞ」
慌てたようにカゲミツが晴輝の言葉を遮った。
手伝ってもらっている手前、無理はしないで欲しいのだが……。
しかし折角大丈夫と口にしているので、彼の好意に甘えよう。
栄養補給のレーションを口に放り込み、晴輝は立ち上がって短剣を握りしめた。
「よぉし!」
今日の目標はベロベロ200匹だ!
*
【モンパレ】ちかほについて語るスレ 75【回避】
211 名前:カゲミツ★
おいいいいい!!
例の冒険家のこと教えてくれた奴
いたら出てこいよ!
212 名前:モンパレを回避する名無し
今度はなにがあったんだよ・・・
213 名前:カゲミツ★
とんでもない人材を押しつけやがって!
あいつ11時から20時まで狩りを続けやがったぞ!
214 名前:モンパレを回避する名無し
ガチ勢のカゲミツさんとは思えない発言だな
たかだか9時間だろ?
大したことないじゃん
215 名前:カゲミツ★
9時間ずーっと魔物と戦い続けるのが大したことないか?
わんこ蕎麦方式でずーっとだぞ!?
216 名前:モンパレを回避する名無し
わんこ蕎麦方式って・・・
休憩はちょくちょく入れたんだろ?
217 名前:カゲミツ★
休憩は奴が疲労でぶっ倒れたときだけだ
218 名前:モンパレを回避する名無し
ん?
ごめんちょっとよくわからない
倒したベロベロは全部で何匹?
219 名前:カゲミツ★
>>218
200越え
リポップが追いつかなかった
追いついてたら300突破してたかもしれん
220 名前:モンパレを回避する名無し
リポップ追いつかないとかwww
どこのモンパレ突っ込んだんだよ?www
どうせお前も手伝ったんだろ?
そうだよな?(迫真
221 名前:カゲミツ★
モンパレはまだ突っ込んでない
俺はただ見てただけだ
一切手伝ってない
222 名前:モンパレを回避する名無し
・・・え?
俺一日の討伐数50で喜んでたけど
底辺クソ雑魚ナメクジだったんだな・・・
223 名前:モンパレを回避する名無し
おれも50が限界だわ
てかカゲミツさんそれ本当に人間なの?
224 名前:モンパレを回避する名無し
嘘おつwww
225 名前:カゲミツ★
嘘だったら気が楽だったんだがな・・・
>>223 たぶん人間
レーション食ってた
ちなうちの最高討伐数は150体くらいだ
5人フルメンバーでな!
まぢ、なまら、わや・・・
うちのチームメンバードン引き
俺もドン引き
226 名前:モンパレを回避する名無し
札幌で一番ガチ勢のカゲミツさんを引かせるとは
やはりマサツグさんが気にした人材だけあるな・・・
なまら:「いいだけ」と似た意味合いを持つ。
わや:「酷い」や「むちゃくちゃ」、「凄惨」などの意味を持つ。
「なまら、わや」=凄く無茶苦茶




