チームハウスで顔合わせをしよう!
討伐期間は1週間を予定。
その間、晴輝は札幌で寝泊まりする。
火蓮はカゲミツに誘われなかった。
火蓮の魔法は単体攻撃のみ。手数が必要なモンパレでは不利である。もしカゲミツが彼女も誘ったとしても晴輝は断っただろう。
しばらくのあいだ、一緒に狩りが出来ない。
そのことに火蓮は多少の不満を示すと晴輝は考えていたが、彼女は晴輝の札幌行を応援してくれた。
『カゲミツさんに誘われるなんて名誉なことじゃないですか!』
『私の分まで頑張ってきてください!』
火蓮に見送られて、晴輝は単独で札幌に移動した。
ホテルの部屋を押さえてから、カゲミツに指示された住所へと足を運ぶ。
晴輝が訪れたのは、『ちかほ』からそう遠くない場所にある一軒家だった。
コンクリート製の建物で3階建て。
10人くらいは余裕で暮らせる広さがある。
インターフォンを押し込むと、すぐに扉が開かれた。
「はいは――ヒッ!!」
現われたのは20代前半くらいの女性。
その女性が晴輝を見た途端にギクリと体を強ばらせた。
それでも即座に体勢を整えるあたり、彼女の実力の一端が窺える。
「驚かせて済みません。空気です」
「食う気!? ……あ、ああ空気ね。びっくりしたー」
一体なにに驚いたというのか。
言葉のニュアンスに、晴輝は大きな誤解を感じた。
だが、ブロガーの空気だと判ってくれたらしい。
警戒感がみるみる引っ込んで、2割ほど残った。
ゼロにならないのは……仕方がない。
初めて会う相手なのだ。
警戒して当然だ。
そう自らを納得させ、晴輝は女性に案内されて家に上がり込んだ。
リビングに通された晴輝は、その奥でソファに腰を下ろしている男を見て目を細めた。
「おう、来たか」
「……どうも空気です」
男は体から、決して無視を赦さぬ強烈な存在感を放っていた。
どこにでもある普通の服を着ているというのに、あたかも照明で照らされたかのように輝いて見える。
「カゲミツだ。よろしく」
その男の名はカゲミツ。
ランカーの一人であり、北海道にいる冒険家の憧れの的でもある。
そのカゲミツを前にして、晴輝の体が震え上がった。
やばい。
まぶしい!
存在感が強すぎて消えてしまいそうだ!!
まるで除霊師に出会った幽霊のように、晴輝の体がその男を拒絶する。
晴輝は、自らの薄すぎる存在感の消失に怯え、震えた。
カゲミツは北海道で最も有名な冒険家であり、
そして、最も存在感のある冒険家だ。
町を歩けば注目を浴び、ダンジョンに潜ればヘイトを稼ぐ。
体は晴輝よりも一回り以上大きい。
カジュアルな服を着ているが、その内面の筋肉の大きな盛り上がりが如実に感じられる。
そしてなにより、マサツグのものに似た威圧感があった。
もしカゲミツと戦闘で対峙しても、晴輝は一切抵抗する間もなく負けてしまうだろう。
見ただけで力量の差を思い知らされる。
着席を促され、晴輝は恐る恐るカゲミツの前に腰を下ろす。
やばい。
どうしよう。
存在が消えそうなんですけど!
本物の存在感を前に、仮面の晴輝は落ち着かない。
あるいはそれは、カゲミツの実力を感じ取ったからかもしれないが。
いずれにせよ、晴輝はもぞもぞと、お尻の位置を動かし続ける。
「どうだ、俺のチームハウスは? デカいだろ」
「そうですね。チームハウスには初めて来ました」
「拠点を持ってるチームはなまら少ないからな」
チームハウスはその名の通り、チームが利用する拠点だ。
共に冒険する仲間と寝泊まりしたり、冒険で得たアイテムを保管したりする。
大きなチームになると、このようなハウスを持つようになる。
マサツグやベーコン、時雨などもハウスを持っている冒険家である。
逆に、それくらいの冒険家でなければハウスを持てないとも言える。
ハウスを持つだけでお金がかかるので、初級・中級程度の冒険家じゃハウスは持てないのだ。
けど、いいな。秘密基地みたいで。
晴輝の中に眠る少年心がくすぐられる。
「ああそうだ。これからはしばし共に命を賭ける討伐メンバーだ。敬語は使わなくていいぜ」
「けど……」
「空気のが年上だべ? 細かいこと気にすんな」
確かに、ブログで公開している年齢は、カゲミツよりも晴輝の方が上だ。
それが真実なら……という話だが。
しかし相手はランカー。
会社人を経験した晴輝にとって、目上の相手へのため口はかなりの勇気が必要である。
むしろあえてため口を要求することで、相手の性格を見抜こうとしているのではないかと勘ぐってしまう。
本当にため口で良いのだろうか?
あれこれ考えているあいだに、カゲミツが立ち上がった。
その膝が、僅かに震えている。
日々のレベリングの疲れでも溜まっているのだろうか?
「まずメンバーを紹介だ」
晴輝を出迎えた女性が招集をかけたのだろう。
女性を先頭に、4名の冒険家がリビングに入り――、
晴輝を見て一斉にびくついた。
……何故だ?
「俺の名前は伝えたな。メイン武器は大剣で前衛だ。次が――」
カゲミツが小柄な男を指指した。
「アイツがヨシ。弓使いだ」
「ヨシです。よろしくお願いします」
ヨシは男性だが、女性みたいに体のラインが細い。
気が弱いのか、少しおどおどしている。
「次はベッキー。同じく弓使いだ」
「べ、ベッキーです。よろしくお願いします」
ベッキーは晴輝を出迎えた女性だ。
まだ少し腰が引けている。
「その横がヴァンで、俺と同じ大剣使いだ」
「……ヴァン」
ヴァンはカゲミツと同じ。
かなり筋肉があるのだろう。衣服の二の腕あたりが窮屈そうだ。
何故か瞳が動揺している。
「最後がどら猫で槍使い」
「どど、どら猫です!」
どら猫が慌てて背筋を伸ばす。
あがり症なのか、体が震えている。
「これが俺のチーム・エアリアルだ」
「空気です。よろしくお願いします」
挨拶のために立ち上がる。
途端に、エアリアルのメンバーがびくっと体を震わせる。
「だからため口で良いって言ったべさ」
「はあ……」
どうやら本当にため口で話して貰いたいらしい。
カゲミツの不機嫌な雰囲気を感じ、晴輝は意を決する。
「わかった。……で、エアリアルはあがり症が多いのか?」
「なわけねえべさ」
「みんな強ばってるが」
「そりゃお前のせいだ!」
カゲミツが顔を引きつらせながら息巻いた。
「俺?」
「噂で聞いてたが、初めて見るとなまら怖ぇぞその仮面」
「そうなのか」
晴輝は無意識に仮面をなぞる。
「体の気配が希薄だから、仮面が浮いてるように見えんだよ」
「…………」
「しっかしその気配の絶ち方、尋常じゃねーな。開眼スキル持ちか?」
「……」
晴輝の視界が、徐々に歪む。
なな、泣いてないもん!
欠伸しただけだもん!
ずず、と鼻をすすって口を開く。
「素だ」
「は?」
「素で、存在感が薄……っく!」
その言葉を口にした途端に、精神力がガリガリと削られた。
奥歯を噛みしめ、意識の消失に耐える。
「ブログに存在感空気ってあったが、ありゃキャラ作りじゃなかったのか?」
「…………ああ」
キャラ作りだったら良かったね!
くそっ!
カゲミツの確認が、晴輝の心を貫いた。
そろそろ精神力がゼロになりそうだ。
事実はいつだって……痛い。
「そうか。オレは空気の気持ちがよく理解出来るぞ!」
「は?」
「オレはな、隠密になりたかったんだよ……。けど、存在感が濃すぎて、気配が消せやしねえ!!」
なんて羨ましい!
晴輝は声を荒げて抗議したかった。
だが彼の悲しみは本物だ。
彼は本気で、存在感強に悩んでいるらしい。
目に涙を浮かべて小刻みに震えている。
横ではエアリアルのメンバーが「まーた始まった」と口にした。
何度も愚痴として聞かされているのか、うんざりした雰囲気だ。
存在感が強い呪いに打ち震えるカゲミツを、存在感が薄い呪いにむせび泣く晴輝が宥め、晴輝らはモンパレの具体的な作戦を話し合う。
とはいえ打ち合わせる点はそう多くない。
晴輝の担当はモンパレ。
晴輝の補助に弓使いのヨシが付く。
晴輝がモンパレを相手取っているあいだ、エアリアルは全力でボスを引きつけ、これを倒す。
作戦はそれだけだ。
「カゲミツさん、モンパレ討伐要員は俺とヨシさんだけか?」
「おう兄弟。さん付けもいらないぞ」
「いやいや」
「オレらは互いに、存在感に悩みを抱える兄弟だべ?」
「お……おう」
カゲミツに特殊な親近感を持たれてしまった晴輝は、曖昧に息を吐く。
下っ端冒険家がランカー相手に敬称なしはさすがに失礼である。
とはいえ否定も難しい。
「……善処しよう」
そう言うに止めておいた。
「モンパレ要員のことだが、他にはいない」
「何故だ?」
「モンパレに切り込みたい馬鹿が他に居ると思うか?」
「……」
誰が馬鹿だ。
言い返したい。
しかし彼の言うことは最もである。
モンパレに立ち向かう馬鹿はいない。
せいぜいが、モンパレに巻き込まれながらも魔物を倒して逃げ延びる程度だ。
だからこその偉業。
しかし存在感が空気だからスポットライトが当たらない。
「まあそれだけじゃないんだがな。いま、強い冒険家は軒並み新宿に向かってる。残ってんのはほとんどが上層レベリング組くらいだ。10階の魔物と戦えるだけの奴らを中途半端に集めても、被害が出るだけ。なら、モンパレを切り抜けられそうな冒険家と一緒に、少数精鋭で立ち向かった方が被害が抑えられる」
「うーん」
「なにも1度のアタックで成功させろって言ってるわけじゃねえんだ。やばくなったら即逃げる。力が足りねえなら、アタックを何度も繰り返して、徐々にモンパレを削ってく」
確かに彼の言葉には一理ある。
中途半端な人数・戦力で立ち向かっても、統率が取りにくく、またフォローに余計な労力が取られるため、逆に悪い喧嘩をもたらしかねない。
一度で削りきるのではなく、遊撃しながらモンパレを削った方が、良い結果が生まれる可能性はある。
「サポートは全力でする。オレらがリザードマンと戦って生き残れるかは、空気次第だからな」
彼らが晴輝をサポートするのは、あくまで自分達が生き残るため。
ほどよくプレッシャを与えて、しかし与えすぎもしない。
丁度良い発言。
歓迎の意思が窺えた。
晴輝はそこからカゲミツらと、具体的に攻略手順の確認に入った。
*
【モンパレ】ちかほについて語るスレ 75【回避】
54 名前:カゲミツ★
おい前スレでモンパレ突破した冒険家を教えてくれた奴
いたら出てこい!
55 名前:モンパレを回避する名無し
なんだどうした?
56 名前:カゲミツ★
てめえか?!
なんて魔物を俺に教えやがったんだよ!!
チームハウスに来たアイツの姿見て
ビックリしすぎて心臓爆発するかと思ったぞ!!
57 名前:モンパレを回避する名無し
>>56 クソワラタ
意外と小心者なんだな
58 名前:モンパレを回避する名無し
宙に浮いた仮面に触手に植物だっけか
マジで噂通りの奴だったか?w
59 名前:カゲミツ★
>>57
いやお前も間近で見てみろって
宙に浮いた仮面がこっちに迫ってくるんだぜ?
メンバーで泣きそうになった奴もいたぞ
>>58
触手はなかった
代わりに羽が生えてた
60 名前:モンパレを回避する名無し
羽www
くそっww俺の腹筋返せwwwww
で、マジで仮面は魔物なの?
61 名前:カゲミツ★
魔物じゃないと思う
・・・たぶん
62 名前:モンパレを回避する名無し
自信無くしてんじゃねーよwww
で、これから狩りか?
どうやって短剣で魔物倒してるか興味ある
詳細報告を期待する!
62 名前:カゲミツ★
おう
まかせとけ!




