中層の門番に勝利しよう!
9階の捜索はあらかた完了した。
残る部屋は1つ。
その部屋が見える最も遠い位置に、晴輝と火蓮が佇む。
アリクイが出没する階層なので、晴輝は大アリクイのボスを想像していた。
しかし、少し想像が外れた。
ボス部屋に居たのはアリクイ頭の人型モンスター。
ベロベロという名の亜人だった。
身長は2メートル。
アリクイよりもスマートな体に、常時二足歩行。
手には槍を持っている。
晴輝が戦ってきた魔物の中に、武器を装備したものは居ない。
かつてのどの魔物とも違う。
さすがは中層への門番といったところか。
「……強そうだな」
晴輝の背筋が震える。
おそらく、相手に気づかれない位置に居るはずだ。
しかしボスには、一切の隙が見当たらない。
既にこちらの存在に気づいているのか。
はたまた隙を生まないほど強敵なのか。
「どうか、後者であってほしいな」
にやりと晴輝の唇が歪んだ。
強敵への高揚感に、背筋を震わせながら……。
その横でボスを眺めながら、火蓮が怯える。
9階のボスは、中層手前ということもあってかかなり強そうだ。
これだけ離れているというのに、ボスの強さを肌で感じる。
「……怖い」
火蓮はボスが怖いと思った。
この感情は、モンパレに放置されたときと同じかもしれない。
きっとそれくらい、火蓮とボスの実力には差があるのだ。
それでも前に進まなくてはいけない。
冒険しなくては、いけない。
相手の力に怯えたままでは、火蓮はいつまでも弱い火蓮を抜け出せない。
*
「……いくか」
「はいっ」
武具をチェックし終えた晴輝が、集中力を高めていく。
今回は、部屋の外からの一斉射撃はしない。
きっとそれじゃ、倒せない。
放った弾がことごとく弾かれる様しか、晴輝は思い浮かばなかった。
隙を作らなければ、遠距離攻撃は当たらない。
なのでまずは、深く切り込む。
集中力の、深い泉へ。
落ちる、潜る。
「――ッ!」
晴輝は全力で飛び出した。
即座にボスが晴輝に気づく。
「……」
槍を構えたボスが、
にやりと笑った。
ゾクッ、と晴輝の背筋が震える。
20、10、5。
間合いが消え、両者の武器が交わる。
――ィィィィイイイン!!
腕力は互角。
だが 身長と体重に差がありすぎる。
それに得物の違いもある。
故に、晴輝は押された。
しかし慌てない。
体を僅かに浮かせ、晴輝は相手の攻撃の威力をそぎ落とした。
晴輝が次の攻撃姿勢に入るより早く、ボスが槍を動かした。
振りかぶった槍が、鋭く晴輝に振り下ろされる。
それを短剣で流し、魔剣で喉元を狙う。
即座にボスが手を返す。
手元を回転させ石突き。
早い!
踏み出した足でブレーキ。
靴底が甲高く鳴く。
体が軋む。
晴輝の眼前を、石突きが通過する。
その風音に、冷たい汗が噴き出す。
いまの石突きを食らっていれば、晴輝は確実に昏倒していただろう。
それほどの威力を、音から感じ取る。
反撃が来る前にステップ。
晴輝は相手の間合いから抜け出した。
一瞬の交わりで感じる相手の力量。
考えなしに戦っては、負ける。
ゴリ押しが通用する相手ではない。
だから集中しろ!
集中し、集約し、観察し、想像し、想定し、試行する。
相手のすべてを見極め、すべての攻撃を防ぐ。
そうして相手の暴力を――上回れ!!
晴輝は果敢にボスを攻める。
ボスは晴輝のどんな攻撃も、槍を柔らかく使い防いでいく。
無理に深く踏み込めば、鋭い反撃に退避を迫られる。
かといって手をこまねいても同じだ。
僅かな隙につけ込まれてしまう。
いいね。
実にいい!
晴輝は笑う。
久しぶりの強敵。
久しぶりの全力。
己の能力を限界まで振り絞る。
それでもボスまでは、足りない。
足りない部分を、レアが補う。
射出されたジャガイモ石が、防ぎきれない攻撃を弾いていく。
そのとき、
レアが肩を強く叩く。
晴輝は慌てて跳躍。
その場から退避。
晴輝の横を、白が色濃く渦巻く塊が通過。
ボスの槍にぶつかった。
ッパァァァン!!
おそらくいままで入念にチャージしていたのだろう。
飼い主でさえ蹴散らす威力の魔法。
だがそれを、ボスは足を滑らせながら耐えきった。
ギロリ。
晴輝に向いていたヘイトが、火蓮に向かった。
ボスが晴輝を無視して火蓮に接近する。
まずいっ!
火蓮ではボスの攻撃を防ぎきれない。
慌てた晴輝は即座に移動。
全力で火蓮に駆け寄る。
だがボスが動くのも、ほぼ同時だった。
「レア!」
晴輝の意図を汲んだレアが、ボスに射撃。
脅威でないと踏んだのか。
ボスはジャガイモ石を避けない。
当たるに任せている。
もうすぐ火蓮がボスの間合いに入る。
その前に、
「ひゃっ!」
晴輝は火蓮を抱えて部屋を脱出した。
そのまま部屋から100メートル以上を走る。
探知でボスが追って来てないのを確認して、スピードを緩める。
背後を振り返り、ボスから逃げ切ったのを確認して晴輝は、大きく息を吐き出した。
へたり込むように腰を下ろし、肩で呼吸を繰り返す。
「……危なかったあ」
今のボスの動きは、かなり危険だった。
これまでの戦闘で、晴輝は1度も魔物に横を抜かれることがなかった。
あるいは抜かれても、火蓮の元にたどり着く前にレアと火蓮の攻撃で消し飛ばしてきた。
だがベロベロは違った。
晴輝と同等の速度で火蓮に迫った。
レアの射撃もものともしなかった。
いくら防御力の高い装備を身に付けていても、後衛の火蓮ではダメージを防ぎきれない。
あのまま晴輝が救わねば、火蓮は今頃大けがを負っていた。
「今までの必勝パターンが通用しないとなると、厳しいな」
戦略を変えなければ勝てる相手ではない。
ヘイト管理はした方が良い。
火蓮の強力な魔法だと、1撃でタゲを奪ってしまう。
少々威力を絞り、手数を上げた方が良いか……。
「いや、もう少しレベリングした方が良いかもしれないな」
今回のボスは、力量差がほとんどなかった。
晴輝と同等か、それ以上だろう。
であればレベリングをして、ボスを圧倒出来る力を身につけた方が良い。
強い相手との戦いは面白いが、それで命を失ってはおしまいだ。
「…………ん? どうした?」
考える晴輝の横で、火蓮が痛みを堪えるように唇を噛みしめていた。
瞳にはうっすら涙が溜まっているように見える。
「怪我をしたか?」
「いえ……」
火蓮がなにかをためらうように、深呼吸を繰り返す。
だがみるみる顔が赤らみ、そして――、
「空星さんは、どうして私を助けたんですか?」
「私は頼りないでしょうか? いまの攻撃を、私が対処出来ないと思われたんですか?」
「い、いや……最悪を考えて行動するのは当たり前だろ?」
「私たちは、チーム、なんですよね?」
「俺は、仲間だと思ってる」
「じゃあどうして、“最高の状況”で私を助けたんですか!」
――決壊した。
堪えきれず、火蓮は涙をボロボロと零した。
火蓮は晴輝とチームを組んでいる。
組んでいると、思っている。
だがはたしてチームとは、こんなに他人行儀なものだろうか?
連携さえ取れれば、チームなのだろうか?
晴輝はいつだって、火蓮に優しい。
『ちかほ』で袖すり合っただけの赤の他人相手なのに、火蓮のレベリングを常に手伝ってくれた。
当然ながら、火蓮は晴輝と恋仲ではない。
家族はないし、親友でもきっとない。
だが、仲間ではあると、思いたかった。
彼の家にあるダンジョンに押しかけ、勝手にレベリングに付きまとい、彼の貴重な時間を割いている。
さらに『ちかほ』ではスキルボードで得た力に溺れ、脇が甘くなり失敗した。
数えてみれば成功なんてない。
冒険家になってからは失敗続きだ。
そんな奴が更に願うのは、図々しいと承知している。
だが、火蓮は願わずにはいられなかった。
このまま『最高の状況』を無視して晴輝が火蓮を救うなら、
火蓮は、永遠に晴輝の足手まといにしかなり得ないのだから。
「私はいつも失敗ばかりしてます。また、失敗するかもしれません。信用がないのも自覚してます。ですが、空星さん。私も冒険がしたい。空星さんと一緒の、冒険がしたい。どうか、お願いです」
火蓮は深々と頭を下げる。
「私を信じてください!」
胸に溜まった感情の熱を吐き出すと、途端に震えが火蓮を襲う。
もし彼に拒絶されたら……。
ここで全てが終わってしまう。
その終わりが顔を覗かせた。
「…………どうすればいい」
だが、晴輝は頷いた。
火蓮の意見に、耳を傾けてくれた。
見えた終わりが、姿を消した。
途端に体に、熱が舞い戻る。
火蓮は袖口で乱暴に涙を拭う。
「自由に戦ってください」
「え……?」
「私のことは一切気にしないで。私がいないものと思って戦って下さい」
「でもそれじゃ火蓮が――」
「なんとかします」
火蓮は毅然と言い放った。
これからは晴輝が生み出した安全な道を歩くのではない。
変化する戦闘に合せ、自らが道を拓くのだ。
仲間と――空星晴輝と共に。
だから、信用してくれ。
その声に、晴輝はしばし瞑目した。
晴輝の意識にあったのは、『最高の状況』という火蓮の言葉。
あのタイミングは、晴輝にとって最悪だった。
それを何故彼女は、最高だと口にしたのか?
10秒。20秒。
頭の中を巡るのは、先ほどの戦闘。
飽和する殺意と暴力の嵐。
その中に、キラリと道筋が見えた。
いままで見えていなかった。
……いや、見えていたが無視をしていた、
最善の道筋が。
「わかった。火蓮に任せる」
「――ッはい!」
火蓮の笑顔が弾ける。
それでもどこか、ぎこちない。
少し緊張しているようだ。
晴輝は一番最初にこのダンジョンに来たときの火蓮を知っている。
弱かった頃の火蓮を散々目にしている。
無理をすれば壊れるのではないか。
失敗して、痛い目を見るのではないか。
そんな不安が頭をかすめる。
晴輝は、出来るなら彼女は傷付いて欲しくないと思っている。
だからこそ『最善の状況』を無視して火蓮を救った。
だが火蓮は言った。
自分も冒険がしたいと。
安全を第一に考えるばかりに、晴輝は過保護になりすぎた。
火蓮から冒険のチャンスを奪っていた。
そしてそのせいで、自らの攻撃手段を大きく制約していたことに気がついた。
その反省と気づきが、晴輝に彼女の意見の採用を促した。
装備を1度チェックし、体勢を整える。
火蓮も念入りに装備を確認している。
確認を終えて、どちらともなく頷いた。
「さあ、再戦だ!」
口にすると同時に、晴輝は全力で駆け抜ける。
火蓮のことは、もう考えない。
考えるのは魔物――ボスを倒すことのみ。
ボス部屋に入ると同時に、今度はボスからも打って出てきた。
振り上げた武器が早々に払われる。
一旦回避。
回り込んで、バックアタック。
だが遅い。
簡単にボスに払われた。
集中しろ。
もっと、もっと集中するんだ!
攻撃を、変化を、兆しを、見逃すな!!
晴輝はさらに深く潜る。
集中力の限界に向かう。
2本の短剣を操り、ボスの槍を防ぐ。
時々ボスが、口から舌を飛ばして晴輝を牽制する。
おかげで防戦一方だ。
腕力は向こうが上。
だが速度は晴輝が僅かに勝っている。
対処は出来ている。
だが、打ってでられない。
晴輝が防戦一方になるのは、なにかが足りないから。
なにが足りない?
なんだ?
考えろ!
刃を交えながら、目の前に現われた難問に、晴輝は唇を歪め笑う。
そのとき、
――ッタァァァン!!
ボスの頭が僅かに傾いだ。
火蓮の魔法だ。
途端にボスが火蓮に憎悪を向ける。
咄嗟に晴輝はまた、火蓮に意識を向けそうになった。
だが強い意志をもって、脊椎反射をねじ曲げる。
――ここだ。
ここなんだ!!
判断した刹那。
晴輝は隠密をオン。
空気に溶け込んだ。
対峙していた相手の存在感が消失した。
それに気づいたボスの動きに、僅かに躊躇が生まれた。
だが遅い!
晴輝は笑う。
火蓮に向かったボスの背中に、晴輝はシルバーウルフの短剣を投擲した。
狙い違わず、短剣がボスの肩口に深々と突き刺さった。
「ギャゴォォォォ!!」
ボスの鼻と口で、空気が強く振動する。
そのあいだも、晴輝はボスの死角に回り込む。
死角に入ると隠密をオフ。
「――!?」
晴輝を察知したボスが後ろを振り返る。
その隙を、火蓮は逃さなかった。
――ッタァァァァン!!
再びボスの頭部に魔法が直撃。
ボスの瞳が、みるみる血走っていく。
体を火蓮に向けると同時に、晴輝が背中を切りつけた。
「おいおい、俺のことも忘れるなよ」
即座に隠密。
振り返りながらの石突きを、辛うじて躱す。
常にアドリブ。
歩く道は、想定外。
一歩でも踏み外せば……。
考えると、震えが止まらない。
しかし晴輝は笑う。
いいね。
実にいい!!
この先に、確実な勝利が待っている。
その道筋が、細く険しい道ながら、
いまはっきりと出現した。
再び晴輝がタゲを取る。
危うい攻撃を、レアが防ぐ。
時々火蓮の強烈な一撃。
ターゲットが変化。
晴輝が隠密。
さすがにボスも、気配が消えた晴輝を無視出来なくなった。
火蓮と晴輝のあいだで、ターゲットの天秤が大きく揺れ動く。
この上ない、大きな隙。
「こっちだぞ」
晴輝が姿を現した。
途端にボスが反応。
刹那。
火蓮の魔法が飛来。
――ッタァァァァン!!」
背中に刺さった短剣に魔法が激突。
肩口の短剣を押し込み、切断。
ボスの腕が、地面に落ちた。
「グアァァァァァァ!!」
前屈みになったボスが、叫びながら肩を押さえた。
憎悪に塗れた瞳を火蓮に向ける。
残った手で槍を握り、腕に力を込めた。
ボスが火蓮めがけて槍を投擲する。
その前に、
「だから俺の存在を忘れるなよ……」
晴輝がボスの延髄に魔剣を突き刺した。
ブプ、と魔剣が深々と埋まる。
1秒。
ボスが大きく痙攣し、地面に倒れ込んだ。
魔剣を引き抜き退避。
10秒、20秒。
僅かに痙攣していたボスの体が停止する。
瞬間、
ダンジョンが明滅。
同時に、ぼぅと全身が熱くなる。
かなり激しいレベルアップ酔いだ。
だが、
「か、空星さん!」
ふらふらとした足取りながらも、手を上げながら火蓮が近寄る。
その手に、晴輝は勢いよく右手を重ねて叫んだ。
「……っしゃぁぁぁ!」
晴輝と火蓮はこの日、互いの力で共に、中級冒険家へと至った。
仮面さんの能力について質問があったのでこの場でまとめて掲載。
1,装着感ゼロ。
視界も遮断されず呼吸も苦しくありません。ゴムがなくても顔に張り付き、楽々着脱可。
2,存在感アップ。
みんな仮面にクギヅケ。(やったね!
2章はまだまだ続きます。
そうして次回、活動報告に掲載した布がやっと登場。
お楽しみに。




